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Saturday, January 16, 2010

【氷河期とは】

【出展引用リンク】:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7%E6%B2%B3%E6%9C%9F#.E6.B0.B7.E6.B2.B3.E6.9C.9F.E7.90.86.E8.AB.96.E3.81.AE.E8.B5.B7.E6.BA.90

【引用始め】:以下の通り
======================

氷河期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


目次 [非表示]
1 氷河期理論の起源
2 代表的な氷河期
3 氷期と間氷期
4 氷河期が起こる原因
4.1 主な3つの要因
4.2 大気組成の変化
4.3 大陸の配置
4.4 新生代氷河期開始の原因
4.5 地球軌道要素の変化
4.6 ミランコビッチ説の問題点
4.7 最新の研究
5 最近の氷期・間氷期と最終氷期
6 亜氷期と亜間氷期
7 関連項目
8 出典
9 参考文献






氷河期(ひょうがき、ice age)は、地球の気候が長期にわたって寒冷化する期間で、極地の氷床や山地の氷河群が拡大する時代である。氷河時代とも呼ばれる。
氷河学的には、氷河期という言葉は、南半球と北半球に氷床がある時期を意味する事が多く、この定義によれば、グリーンランドと南極に氷床が存在する現代、我々は未だ氷河期の中にいることになる。過去数百万年に関して言えば、氷河期という言葉は一般的に、北アメリカとヨーロッパ大陸に氷床が拡大した寒冷期について用いられる(アジア地域は氷床が発達せず寒冷な地帯であったらしい)。この意味で言えば、最後の氷河期は1万年前に終了したということになる。この約1万年前に終わった出来事を、文献によっては「最後の氷河期」と記載していることもあるが、科学者の多くは氷河期が終わったのではなく、氷河期の寒い時期「氷期」が終わったとし、現在を氷期と氷期の間の「間氷期」と考えている。そのため、最終氷期終了後から現在までの期間を後氷期と呼ぶこともある。
ここでは、氷河期は氷河学的な意味で使用し、氷河期の中の寒い時期を氷期(ひょうき、glacial)、氷河期の中のかなり暖かい時期を間氷期(かんひょうき・かんぴょうき、interglacial)と呼ぶ。
過去数百万年は、4万年から10万年の周期で多くの氷期が起こり、これについては研究がさかんに行われている。各氷期と間氷期ではそれぞれ平均気温が異なり、最近の氷期では年平均気温で7-8℃以上低下したというデータもあるが、「気温何度から氷期」というわけではない。その間にも小氷期、小間氷期が認められる。ヨーロッパでは「ギュンツ」、「ミンデル」、「リス」、「ウルム」の4氷期に区分されている。
数万年単位などの短期的視野ではなく、さらに大局的・長周期的に見ると過去地球上では、少なくとも4回の大氷河期があった。過去五億年の周期図について代表的な氷河期の項目で後述する。
この長い「氷河時代」が重要なのは人類の進化に並行しているからである。氷期が訪れると海岸線が極端に遠退き、陸上の大部分が氷に覆われる。そのため動植物も激減し、動植物を食料とする狩猟採集生活の人類にとっては、大きな打撃であった。人類(猿人)になる前は樹上生活であったらしいが、氷期の環境で地上生活を始め、2足歩行を開始し人類となったというのが通説である。



氷河期理論の起源 [編集]

過去5億年間の気候変化(横軸は単位百万年前、縦軸は温度の指標)



過去およそ5百万年間の氷期、間氷期の変動を示す堆積物の記録(横軸は単位百万年前、縦軸は地球上の氷床量の指標)

ヨーロッパの山岳地帯に住む人々にとって、過去には氷河がより広がっていたというのは一般的な知識であり(Imbrie and Imbrie 25ページには木コリがスイスのグリムゼル氷河の過去の広がりについて Jean de Charpentier に語ったことが引用されている)、誰かがこのアイデアを作り出した訳ではない[4]。J. Charpentier はこの説を支持する証拠をまとめあげた。1836年には理論をルイ・アガシーに納得させ、アガシーは、Étude sur les glaciers を1840年に出版した。
この最初の段階で研究されたのは現在の氷河期の中で過去数十万年に起こった氷期についてであり、更に過去の氷河期の存在については想像されもしなかった。
氷期の証拠は様々な形で得られる。岩が磨かれたり削られた跡(擦痕)やそのような浸食作用をうけてきた独特の形状の岩(羊背岩など)、氷河の末端や縁辺に堆積した角礫(モレーン)、独特の氷河地形(ドラムリン、氷河谷など)、「ティル」や「ティライト」等の氷河性堆積物である。しかし繰り返し起こる氷河作用が、それ以前の氷河作用の地質学的証拠を変形・消去することで解釈を難しくしており、現在の理論に到達するまでには時間がかかった。
近年では氷床コアや海底堆積物コアの解析により、氷期間氷期の過去数百万年を明らかにすることが可能になっている。

代表的な氷河期 [編集]

過去5億年間の気候変化(横軸は単位百万年前、縦軸は温度の指標)
過去地球上では、少なくとも4回の大きな氷河期があった。
24億年前から21億年前頃の原生代初期に最も古い氷河期(ヒューロニアン氷期 Huronian glaciation)があったことが仮説として考えられている。
証拠が残っているもので一番古いのは(原生代末期)の7億5千万年前からの氷河期(スターティアン氷期 Sturtian glaciation(~7億年前)およびマリノア氷期 Marinoan glaciation(~6.4億年前))で、過去10億年のなかでおそらくもっとも厳しいものとされている。氷が赤道まで覆いつくしスノーボールアースを作り出したと言われている。この氷河期の終結が引続き起きたカンブリア爆発の原因になったと言われているが、この説はまだ新しく現在も論争の的である。
古生代には、4億6千万年前から4億3千万年前にかけて小さな氷河期(アンデス−サハラ氷期 Andean-Saharan glaciation)があり、同じく古生代の3億6千万年前から2億6千万年前にかけてにも氷河の拡大期(カルー氷期 Karoo Ice Age)があり、このときには生物の大量絶滅が起きている。


過去およそ5百万年間の氷期、間氷期の変動を示す堆積物の記録(横軸は単位百万年前、縦軸は地球上の氷床量の指標)
現在の氷河期は、4000万年前の南極の氷床の成長により始まり、300万年前から起きた北半球での氷床の発達とともに規模が拡大した。更新世に向かうにつれて更に激しくなり、その頃から氷床の拡大と後退の繰り返しによる4万年と10万年の周期が世界中で見られるようになった。最後の氷期(最終氷期)は約1万年前に終った。
氷期と間氷期 [編集]

過去45万年間の気候変化と氷床量の変化(横軸は単位千年前)

それぞれの氷河期と氷河期の間には数百万年続く温暖な期間がいくつかあるが、氷河期の間でも(少なくとも最近の氷河期では)温暖な時期と寒冷な時期がある。より寒い時期が「氷期」、より暖かい時期が、例えば「エーミアン間氷期」のように「間氷期」と呼ばれている。


過去45万年間の気候変化と氷床量の変化(横軸は単位千年前)
最近の氷期が終わったのは、1万年ほど前である。現在は典型的な間氷期が、1万2000年ほど続いていると考えられているが、氷床コアデータによる精密な時期の断定は難しく、世界的な寒冷化をもたらす新しい氷期が間もなく始まる可能性もある。今のところ「温室効果ガス」を増加させている人為的な要因が、ミランコビッチの軌道周期のどの影響よりも重いだろうと信じられているが、地球軌道要素に対するより最新の研究では、人間活動の影響が無くとも、現在の間氷期は少なくとも5万年は続くだろうとも示唆している。
氷期と間氷期の変動に関連して、アメリカ国防総省が専門家に依頼して作成した地球温暖化の影響による大規模な気候変動を想定した安全保障についての報告書(Schwartz, P. and Randall, D. 2003)[1]の存在が2004年に明るみに出て注目を集めた。 それによると、地球温暖化による海流の変化が原因で、北半球では2010年から平均気温が下がり始め、2017年には平均気温が7~8℃下がるという。逆に南半球では、急激に温度が上がり、降水量は減り、旱魃などの自然災害が起こるという。
氷河期が起こる原因 [編集]

主な3つの要因 [編集]
なぜ「氷河期」が起こるのか。これは大きなスケールで起こる氷河期についても、氷河期の中で起こるより小さな氷期/間氷期の繰り返しについても、いまだ議論されている問題である。一般的な総意としては、大気組成(特に二酸化炭素とメタンのフラクション)と、「ミランコビッチ・サイクル(英語版)」として知られる、太陽を回る地球の軌道要素(おそらく銀河系を回る太陽系の軌道も関係する)、大陸の配置の組み合わせ、の3つの要素が組み合わされたものがその原因とされている。
大気組成の変化 [編集]
3つの要因のうち、最初の「大気組成の変化」は特に最初の氷河期について重要な原因とされている。スノーボールアース仮説では原生代後期の大規模な氷河時代の始まりと終りは、大気中の二酸化炭素濃度の急激な減少と、急激な上昇が原因であると主張している。残りの二つの要素については、現在最も議論が盛んに行われている。
大陸の配置 [編集]
北極圏と南極圏に大陸がどれだけ配置されているかが、氷河期が起こる際に重要であることがわかってきた。特に、新生代氷河期が始まった原因は大陸の配置の変化によるところが大きいとされる。それは、大陸の存在によって寒冷期に雪や氷が集積することが可能になり、この現象はアルベド効果のような正のフィードバック効果の引き金となるからである。また、大陸の配置は海洋や大気の循環システムにも大きな影響を与える。
新生代氷河期開始の原因 [編集]



新生代の気候変化。横軸は単位100万年前。
新生代の氷河時代が始まった原因の大きなものとして南極大陸の移動がある。中生代にゴンドワナ大陸の一部であった南極大陸の分裂と南への移動によって南極大陸の寒冷化が始まり、分裂と南下によって発達した周南極流が南極大陸への熱輸送を遮るようになり更に寒冷化を進めた。4000万年前には南極の氷床の成長が始まり、3000万年前には巨大な氷床で覆われるようになった。その後、300万年前頃から北半球でも氷床の発達が始まったが、この原因としては、北アメリカ-ユーラシア大陸の配置に加えて、パナマ地峡の形成による大規模な海流の変化、ヒマラヤ山脈の隆起による大気システムの大きな変化が提唱されている。
地球軌道要素の変化 [編集]
地球軌道要素は長期にわたる氷河期では大きな原因とはならないが、現在の氷河期の中で交互に起こっている凍結と溶解の繰り返しのパターンを支配しているように見える。地球軌道とアルベドの変化の複雑なパターンによって、氷期と間氷期の二つのフェーズが起こるようである。
氷河期については現在の氷河期、特に最近40万年間について詳しく研究され理解が進んでいる。最近40万年のデータは、大気組成や気温、氷床量の指標が記録されている氷床コアの分析から得ることができるからである。この期間は氷期/間氷期の繰り返しがミランコビッチの提唱した周期(ミランコビッチ・サイクル)とよく呼応しているので、その説明として軌道要素が一般的に受け入れられている。太陽からの距離の変化(軌道離心率)、地軸の歳差運動、地軸の傾き(傾斜角)が複合して、地球が受ける日射量の変化に影響を与えている。特に重要なのは季節性に強い影響を与える地軸の傾きの変化である。たとえば、北緯65度における7月の太陽光の入射量は計算によれば最大で25%(1平方m当たり400Wから500W)変化するとされている([5]のグラフ参照)。夏が涼しい時、前の冬に積もった雪が溶けにくくなるので氷床は前進するというのは広く考えられていることである。日射量のわずかな変化は「前の冬の雪が完全に溶解する夏」と「次の冬まで溶けずに残る夏」の間のバランスを調節する。何人かの研究者は、軌道要素は氷期の開始の引き金になるには弱過ぎるとしているが、二酸化炭素のようなフィードバック機構でそれは説明できる。
ミランコビッチ説の問題点 [編集]
ミランコビッチ周期は、地球軌道パラメーターの周期的な変化が氷河作用の記録に表現されているであろうと予言したが、氷期/間氷期の交代にどのサイクルがもっとも重要であるのかについては更なる説明が求められている。特に過去80万年の間、氷期/間氷期が繰り返す周期は10万年が支配的であり、これは地球軌道要素の離心率と軌道傾斜角の変化に対応しているが、ミランコビッチに予言された3つの周期の中でははるかにもっとも弱いものである。300万年前~80万年前までの間、氷河作用の支配的なパターンは、地軸の傾き(傾斜角)の変動の4万1000年周期に対応していた。一つの周期が他のものより卓越する理由はまだ理解されておらず、現在重点的に研究が行われている分野であるが、その回答は、おそらく地球の気候システムの中で起こる共鳴現象と関係すると予想される。
最新の研究 [編集]
従来のミランコビッチの説では10万年周期が支配的な時期が過去8回あったことの説明が難しい。Muller と MacDonald らの研究 ([2][3][4]) では、それは軌道の計算が2次元的な手法に基づいているからであり、3次元的な解析を行えば傾斜角にも10万年周期が現れると指摘している。彼らは、これらの軌道傾斜角の変化が日射量の変化を導いていると述べており、同様に太陽系のダストバンドと地球軌道との交差が影響している可能性も提示した。これらは従来提唱されてきたメカニズムとは違うものだが、計算結果は「予言されていた」最近40万年間について得られているデータとほぼ同じ結果を示している。Muller 及び MacDonald の理論は Rial [5] により反論されている。
他には Ruddiman が10万年周期をもっともらしく説明するモデルとして、2万3000年の歳差運動の周期に対する離心率(弱い10万年周期)の変調効果が、4万1000年と2万3,000年の周期でおこる温室効果ガスのフィードバック効果と結びついたという説明をしている。
また、他の理論では Peter Huybers による研究が進んでおり、4万1000年周期がいつも優勢なのであるが、現在は2番目か3番目の周期だけでも氷期へのトリガーとなりうる気候モードに入っているということを議論している。この研究では、10万年周期は8万年と12万年の周期が平均されているものを本当は錯覚しているのではないかと暗示している[6]。この理論は年代測定の不正確さが存在することと整合した矛盾の無いものであるが、現在のところ広く受け入れられているわけではない[7]。
最近の氷期・間氷期と最終氷期 [編集]

更新世の氷期と間氷期には名前がつけられている。最近のものから新しい順に並べられている(年代は1000年BP)。北米、北欧、アルプス(ドイツ)、ロシア、イギリス、イタリア、南米、ニュージーランドの研究者は別の名称を使ってきた。日本ではアルプス名を使うことが多い。


北米
北欧
アルプス
日本
氷/間氷
年代
後氷期
間氷期
15–
Wisconsinian
Weichsel or Vistula
Würm
ヴュルム
氷期
15–70
Sangamon
Eemian
Riiß-Würm
間氷期
70–130
Illinoian
Saale
Riß (Riss)
リス
氷期
130–180
Yarmouth
Holstein
Mindel-Riß
間氷期
180–230
Kansan
Elster
Mindel
ミンデル
氷期
230–300
Aftonian
Cromer
Günz-Mindel
間氷期
300–330
Nebraskan
Elbe
Günz
ギュンツ
氷期
330–470
Waalian
間氷期
470–540
Weybourne
Donau II
ドナウII
氷期
540–550
Tiglian
間氷期
550–585
Donau I
ドナウI
氷期
585–600






Donau I ドナウI 氷期 585–600
南北の大陸氷床の発達により、最近の氷期間氷期では海水準が大きく変動したことが知られている(ただし時代を遡ると地殻変動の影響が無視できなくなる)。蒸発した海水が両極に氷床として固定されるため、地上の海水の体積全体が減少し、結果として世界的に海水準が低下する。反対に氷期の終了に伴って融解水が海洋に還元されると海水準は上昇する。酸素同位体比曲線によって示される氷床量の変動は、特に新しい時代になるにつれて、世界的な海水準の変動を反映しているといって良い(上記「過去およそ5百万年間の氷期間氷期の変動」グラフ参照)。その変動幅は最近の氷期では100m以上におよぶ。
日本近海では、太平洋と日本海を結ぶ海峡の深度が浅いため、少なくとも過去数十万年の間の氷期では、海水準の低下に伴って対馬暖流の流入が止まり、気候に大きく影響を与えた。氷期には寒冷化のために亜寒帯林が西日本まで分布していた。また、対馬暖流が流入しないため(現在の日本海側の降雪は対馬暖流の蒸発量に影響を受ける)氷河は日本アルプスおよび北日本の高地にわずかに発達するのみであった。それでも、これらの氷河が最終氷期に形成したカールやモレーンなどの氷河地形は現在の日本アルプスや日高山脈で明瞭に確認することができる。
最も後の氷期は最終氷期とも呼ばれる。最終氷期の終了後、人類が定住し農業が発展するという出来事が起こった。このことは農業の発達が人類の生活様式と深い関係があるということであろう。

亜氷期と亜間氷期 [編集]

氷期もしくは間氷期が続く間に、更に細かな気候の変動が見られることがある。寒い時期を亜氷期 (stadial)、温暖な時期を亜間氷期 (interstadial) と呼ぶ。最終氷期終了前後から現在にかけてはヨーロッパの泥炭湿地で発見された花粉層序がしばしば用いられ、現在では最終氷期終了~後氷期にかけての気候変化を表現する際に幅広く使われている。


ヨーロッパの花粉帯
花粉帯
花粉層序
年代
植生
ヨーロッパの考古学的時代区分
気候
IX
サブアトランティック (Sub-Atlantic)
500 BCE-現在
草本類、マツ類、海岸性森林帯の拡大
鉄器時代
冷涼-温暖湿潤(亜間氷期)
VIII
サブボレアル (Sub-Boreal)
3000 - 500 BCE
ナラ類の混合林
青銅器時代-鉄器時代
温暖乾燥(亜氷期)
VII
アトランティック (Atlantic)
5500 -3000 BCE
ナラ類の混合林
新石器時代-青銅器時代
温暖湿潤(亜間氷期)
V and VI
ボレアル (Boreal)
7,700 - 5,500 BCE
マツ/カバノキ林混合林の増加
中石器時代
温暖乾燥(亜氷期)
IV
プレボレアル (Pre-Boreal)
8,300 - 7,700 BCE
カバノキ林
後期旧石器時代-前期/中期中石器時代
冷涼(亜間氷期)
III
ヤンガードリアス(Younger Dryas)
8,800 - 8,300 BCE
ツンドラ
後期旧石器時代後半
寒冷(亜氷期)
II
アレレード (Allerød Oscillation)
9,800 - 8,800 BCE
ツンドラ、カバノキ林
後期旧石器時代後半
温暖(亜間氷期)
Ic
オールダードリアス (Older Dryas)
10,000 - 9,800 BCE
ツンドラ
後期旧石器時代後半
寒冷(亜氷期)
Ib
ベーリング (Bølling Oscillation)
10,500 - 10,000 BCE
park ツンドラ
後期旧石器時代後半
冷涼-やや温暖(亜間氷期)
Ia
オールデストドリアス (Oldest Dryas)
13,000 - 10,500 BCE
ツンドラ
後期旧石器時代後半
寒冷(亜氷期)




関連項目 [編集]



ウィキメディア・コモンズには、氷河期に関連するカテゴリがあります。



出典 [編集]


  1. ^ Peter Schwartz and Doug Randall, An abrupt climate change scenario and its implications for United States national security, October 2003, http://www.accc.gv.at/pdf/pentagon_climate_change.pdfPDF
  2. ^ Richard A. Muller and Gordon J. MacDonald, Spectrum of 100-kyr glacial cycle: Orbital inclinatio, not eccentricity, PNAS August 5,1997 vol.94 no.16 8329-8334.[1]
  3. ^ [2]
  4. ^ Richard A. Muller and Gordon J. MacDonald, Glacial Cycles and Astronomical Forcing, Science Vol.277, pp215-218, 11 July 1997.[3]
  5. ^ http://pangea.stanford.edu/Oceans/GES290/Rial1999.pdfPDF
  6. ^ Peter Huybers1 and Carl Wunsch, Obliquity pacing of the late Pleistocene glacial terminations, Nature, 2005http://darchive.mblwhoilibrary.org:8080/dspace/bitstream/1912/555/1/ObliquityPacing.pdfPDF
  7. ^ Nature 434, 2005, http://web.mit.edu/~phuybers/www/Doc/Obliquity_HuybersWunsch.pdfPDF


参考文献 [編集]


  • エドマンド・ブレア・ボウルズ 『氷河期の「発見」: 地球の歴史を解明した詩人・教師・政治家』 中村正明訳、扶桑社ISBN 4-594-05143-X
  • リチャード・B. アレイ 『氷に刻まれた地球11万年の記憶 : 温暖化は氷河期を招く』 山崎淳訳、ソニーマガジンズISBN 4-7897-2283-X






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【八ッ場あしたの会】:「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」の公開を求める再要望書



【引用始め】以下の通り
====================
事務局だより
事務局だより : 「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」の公開を求める再要望書
投稿日時: 2010-01-14 (108 ヒット)
国土交通省は昨日1月13日、「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」の第二回会議を1月15日に開催すると公表しました。八ッ場あしたの会を含む31市民団体は、会議の公開を求め、1月6日に要望書を提出しましたが、要望書への回答は期限内に届かず、有識者会議の公開も認められませんでした。
前政権と同様、治水政策において非民主的な手法が継続されている現状を私たちは深く憂慮し、本日14日、以下の再要望書を提出し、国土交通省、群馬県庁にて記者発表しました。


2009年1月14日
国土交通大臣 前原 誠司 様
「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」座長 中川 博次 様

別紙申入れ団体連絡先
〒102-0083 千代田区麹町6-4麹町ハイツ502 谷合周三法律事務所内
℡03-3512-3443 Fax03-3512-3444
八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会事務局
弁護士 谷合周三

「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」の公開を再度求めます

2009年12月、前原国土交通大臣はわが国の治水政策の転換を目指すとして、「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」を立ち上げましたが、12月3日に開催された第一回会議は非公開とされました。私たち全国の河川や環境の問題に関わる31市民団体は、さる1月6日、連名で有識者会議の公開を求める要望書を前原大臣および中川有識者会議座長に配達証明で提出しました。
しかしながら、期限までに回答はなく、昨日の国交省発表により、1月15日に開催されることとなった第二回会議も、前回と変わらず非公開となることが明らかになりました。「第1回会議で非公開を会則に盛り込んだので、第2回を公開にするには、会則変更が必要になる」というのが国交省泊氏の電話での説明です。
1月15日には治水政策の転換を目指してきた二人の意見陳述が予定されていました。嶋津暉之氏と宮本博司氏です。 
嶋津暉之氏(水源連共同代表)は「公開を求めたが、受け入れられなかった。有識者会議答申が少しでも後ろ向きになるのを防ぐには陳述しておくことが大切」と判断され、15日の陳述に応じることを選択されました。
宮本博司氏((元淀川水系流域委員会委員長・元国土交通省防災課長)は、「国民の生命に関わる治水の考え方を転換する議論は国民の前で堂々と行うべきであり、また国民を巻き込んだ中で議論しないとどんなに素晴らしい方針が出ても、実効性が伴わなくなる。本気で転換をやろうとするのなら、その最低で絶対の条件は会議の公開である。私は会議が公開にならなければ、意見陳述に行きません。」としています。
お二人の1月15日の対応は異なりますが、「国民の生命に関わる治水の考え方を転換する議論は国民の前で堂々と行うべきである」「公開を求める」という考えは共通しています。
わが国の治水政策の今後に大きな影響を与える「有識者会議」が国交大臣の私的諮問機関であるからなおさらのこと、その答申が国民に認められるには、その審理過程が透明なものでなければなりません。密室で作成された答申はその内容の如何を問わず、国民の信用を得るのは困難です。
河川行政の大転換を目指す前原大臣がこの有識者会議を非公開扱いしていることに私たちは理解が及びません。有識者会議の審理内容が国民に支持されるには「公開」が大前提です。私たち31市民団体は、貴職が「有識者会議」を公開にすることを強く求めます。
併せて、有識者会議の事務局を官僚任せにするのではなく、政務三役直轄で担われることを要請いたします。

八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会
八ッ場ダムをストップさせる群馬の会
ムダなダムをストップさせる栃木の会
八ッ場ダムをストップさせる茨城の会
八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会
八ッ場ダムをストップさせる千葉の会
八ッ場ダムをストップさせる東京の会
霞ヶ浦導水事業を考える県民会議
霞ヶ浦・北浦をよくする市民連絡会義
利根川の水と自然を守る取手連絡会
茨城県の水問題を考える市民連絡会
八ッ場あしたの会
環境会議・諏訪
美しい錦川を未来へ手渡す会
太田川ダム研究会
みんなで佐倉市をよくする会
相模川キャンプインシンポジュウム
ダム反対鹿沼市民協議会
九州住民ネットワーク
球磨川からすべてのダムを無くして鮎の大群を呼び戻す会
奥胎内ダムを考える会
設楽ダムの建設中止を求める会
設楽ダムの建設中止!名古屋の会
日進自然観察会
身近な川を見守る会
全国自然保護連合
利根川流域市民委員会
利根川・江戸川流域ネットワーク
市川緑の市民フォーラム
渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える
導水路はいらない!愛知の会

---再要望書転載終わり---

【上記趣旨に賛同する団体】
環瀬戸内海会議

【参考】
小渕政権下の閣議決定により審議会等の公開、民主化が進められてきましたが、国土交通省河川局関連の審議会等では、変革が遅々として進まず、このことがダム問題の民主的な解決を遅らせる大きな要因となってきました。
政権交代後、民主党政権による変革が期待されていますが、今のところ変化は見られません。上記の要望書は、以下の閣議決定に基づいて、有識者会議の公開を求めるものです。

審議会等の整理合理化に関する基本的計画(平成11年4月27日 閣議決定)より抜粋
http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/990524singikai.html

中央省庁等改革を推進するため、審議会等の整理合理化に関する基本的計画を以下のとおり定める。
1.審議会等の整理合理化
(略)
2.懇談会等行政運営上の会合の適正化
懇談会等行政運営上の会合の適正化については、別紙4の「懇談会等行政運営上の会合の開催に関する指針」により行うものとする。

別紙3 審議会等の運営に関する指針
審議会等の運営については、次の指針によるものとする。
(略)
3.議事
(4) 公開
① 審議会等の委員の氏名等については、あらかじめ又は事後速やかに公表する。
② 会議又は議事録を速やかに公開することを原則とし、議事内容の透明性を確保する。なお、特段の理由により会議及び議事録を非公開とする場合には、その理由を明示するとともに、議事要旨を公開するものとする。
ただし、行政処分、不服審査、試験等に関する事務を行う審議会等で、会議、議事録又は議事要旨を公開することにより当事者又は第三者の権利、利益や公共の利益を害するおそれがある場合は会議、議事録又は議事要旨の全部又は一部を非公開とすることができる。
③ 議事録及び議事要旨の公開に当たっては、所管府省において一般の閲覧、複写が可能な一括窓口を設けるとともに、一般のアクセスが可能なデータベースやコンピュータ・ネットワークへの掲載に努めるものとする。

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