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Sunday, April 25, 2010

巨大噴火:そのメカニズムと「生物絶滅」 2010年4月22日

【出展リンク】: 

http://wiredvision.jp/news/201004/2010042223.html



巨大噴火:そのメカニズムと「生物絶滅」

2010年4月22日

Jeremy Jacquot

トバ湖の衛星写真。湖中央の島はトバ・カルデラの中央火口丘。Image:NASA
最も激しい地質学的現象の1つである巨大噴火は、地球史上に何度も起こった環境激変の引き金になったと考えられている。
約7万4000年前、インドネシアのスマトラ島トバ湖にあった大火山が噴火し、莫大な火山灰を大気中に噴出した。過去2500万年間で最大規模の噴火だったと考えられているこの大噴火により、地球は、長期にわたる寒冷期、いわゆる「火山の冬」に突入した。気候系は完全に乱れ、地球の気温は摂氏3〜5度下がった。全人類の60%近くが絶滅、地球に当時生息していた動物の多くも絶滅したと考えられている。
[火山の冬の長期間に及ぶ冷却効果は主に、大気上層部に構成されるエアロゾル中の硫黄化合物が増加することによるとされる。トバ・カタストロフ理論によると、トバの大噴火により、ホモ属の傍系の種(ホモ・エルガステル、ホモ・エレクトゥスなど)は絶滅し、生き残ったホモ属はネアンデルタール人と現世人類のみ。現世人類も、気候変動によって総人口が1万人程度までに激減したとされる]

上空から見たトバ火山噴火時の想像図。画像はWikipedia
巨大火山のメカニズムについてはほとんどわかっていないが、イタリア領内のアルプス山脈にあるセシア渓谷の、地殻が隆起している地域において、研究者たちは近年初めて、地表下の奥深くを覗きこみ、化石化した巨大火山の「配管系統」――上昇して地殻を突き抜ける際にマグマが通る網状の跡――を観察することができた。南メソジスト大学のJames Quick氏が率いたこの調査については、2009年7月号の『Geology』に論文が掲載された。
セシア渓谷の地殻隆起は、地下25キロメートルのところにある岩も露出させている巨大なものだ。この隆起は、約3000万年前に、アフリカ大陸とヨーロッパ大陸が衝突し始めたときに形成され、その際の大規模な摩擦により、イタリアの地殻は上に押し上げられた。この隆起は、マグマのアンダープレーティング(プレートの沈み込みによって、マントル物質が地殻下部で部分的に溶解すること)に関する、これまでにないほど詳しい観察を可能にした。
Quick氏らの分析から、アンダープレーティングが約2億8900万〜2億8400万年前の二畳紀に何回か起き、その過程で噴火が生じたことが明らかになった。
米国のロングバレーやイエローストーンにある活火山など、他の巨大火山に関しても同様の分析を行なうことは、地質学者が地球物理学上の統計データをより良く解釈するのに役立つだろう。もっと重要なことには、将来の噴火を予測するのに役立つ可能性がある。
[トバ火山の噴火は、火山爆発指数(VEI)でカテゴリー8(最大)とされる。オルドビス紀から更新世にかけてVEI=8以上の噴火は47回発生しており、そのうち42回は3600万年以上前の噴火。直近に起こったVEI=8の噴火は、2万6500年前に起こったニュージーランドのタウポ湖付近で起こった噴火であり、それ以降は発生していない。

VEI区分ごとのテフラ量を球で表したもの。画像はWikipedia
火山の種類は、大きく分けると3つに分類され、海嶺型(熱いマントルが上昇してきて地殻が新たに生成される「発散型境界」)、海溝型(海洋プレートの沈み込みによる。日本はこの例)、ホットスポット型(ハワイやイエローストーン)に分けられる
また、これら3種類以外に、過去にはスーパープルームと呼ばれる、地球コア付近からの大規模なマントル上昇による大噴火もあったと考えられている。地球生命史上最も大きな大量絶滅が発生した2.5億年前のペルム紀/三畳紀境界(P-T境界、酸素が急減し気温が急上昇した結果、全生物の95%以上が絶滅したとされる)は、スーパーホットプルームによるものと考えられている。この時期は超大陸パンゲアが分裂を開始した時期に相当している。
アイスランドは、大西洋中央海嶺とホットスポットが重なっているため、火山活動が特に活発であると考えられている。同国のエイヤフィヤットラヨークトル氷河の火山に関しては、同国気象庁が19日、火山の溶岩が地表に現れたと発表した。これまで氷河の下の噴火口は水で覆われ、水蒸気爆発が起きて火山灰が大量にできていたが、今後は火山灰が減るのではないかと見られている]
[日本語版:ガリレオ-矢倉美登里/合原弘子]

コメント
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火山の冬の長期間に及ぶ冷却効果 とか
dododod2010年4月22日 22:43:09
火山噴火と寒冷化
waman2010年4月22日 18:12:26
そういえば、気のせいか最近地球温暖化の話をあまり聞かないような気がする。 巨大噴火:そのメカニズムと「生物絶滅」

「月刊 寺島実郎の世界」:「普天間混迷が教えてくれたこと・-戦後日本のアジア復帰~バンドン会議とは何だったのか~」



2010-04-24 21:09:53

「月刊 寺島実郎の世界」:「普天間混迷が教えてくれたこと」:

テーマ:ブログ
【出展・引用リンク】:

http://www2.jfn.co.jp/tera/index.html

オンザウェイ・ジャーナル「月刊 寺島実郎の世界」。この番組では、政治・経済・社会そして文化、歴史にまで視野を広げてこれからの日本のあるべき姿をテーマに、財団法人日本総合研究所会長で三井物産戦略研究所会長、そして多摩大学学長の寺島実郎さんと共に考えてまいります。

第48回


最新の動画 vol.1
[2010/04/17,18 OA] :
今回のテーマは、
「普天間混迷が教えてくれたこと」
来月にも鳩山首相は、米軍普天間基地の移設問題について結論を出さなければならない時期にきています。しかし現段階でも多くの問題が山積し過ぎていて、まさに混迷中といった状況の中、私たちはどういった視座でこの問題を考えるべきなのか? 寺島さんにお話を伺います。 

Vol.1
http://www2.jfn.co.jp/tera/archive_doga/tera_20100417_1.wvx

Vol.2
http://www2.jfn.co.jp/tera/archive_doga/tera_20100417_2.wvx

番組を聴く
http://www2.jfn.co.jp/tera/dl/tera_20100417.mp3

第48回
-普天間混迷が教えてくれたこと-
木村>  今朝のテーマは「普天間混迷が教えてくれたこと」です。この番組では普天間基地の移設問題について寺島さんに何度かお話を伺ってきておりますので、私たちの問題意識としては、いまメディアが伝えている「とにかく5月末までに結論を出さなければならないから時間がないのだ」という論調と、もう1つはキャンプ・シュワブだ、ホワイトビーチだ、徳之島だという、「候補地はどこになるのか」という論調の2つに絞られています。私たちはこのメディアの報道に幾分、違和感を感じながらずっと見てきましたが、寺島さんは「普天間混迷」ついてどのようにご覧になっているのでしょうか。

寺島>  私は普天間基地問題をどれだけ柔かく考え新たな構想力を燃やせるかどうかが日本の将来に関わっていると思います。自ら制限時間付きのジグゾーパズルのようなものにしてしまった政権の愚かさについて日本人として真剣に考え直さなければならないと思います。
そもそも普天間問題は、普天間基地の安全に関わる問題です。2004年8月に沖縄国際大学に米軍のヘリコプターが墜ちたという事件が起こりましたが、あまりにも住宅密集地に近いところにこのような基地があって危険であるということが背景になっているのです。仮に、普天間基地の中に現在のまま海兵隊の戦力が留まっていようが、アメリカ側にこの基地を安全にオペレーションする責任があるということは間違いないのですが、「移ってやってもよいから自分たちも納得ができて、満足できる代替案があったのであればもってきて下さい」という懐で、安全を確保するための挙証責任さえ、日本側が背負う形となって、日本があちらへ行き、こちらへ行きとジグゾーパズルをやっているようになってしまいました。本当であればアメリカも一緒になって並走して安全という問題をどのように解決すればよいのかというところで、最後の最後まで責任を共有していなければなりません。しかし、いつのまにか日本側だけが全部背負って走り回っているという変な空気になっているということです。
 この6ヶ月間にわたる迷走劇をじっと見ていて、私は問題の本質で確認できたことがいくつかあります。まず1点目は、「アメリカは本気で日本に基地を持ち続けたい」という気持ちがあるということです。これはどのような意味かというと、いままでは、もし、日本側が基地の縮小や地位協定の改定等についてごちゃごちゃ言ってくるのであれば、我々はいつでも日本から引き揚げてもよいというくらいの恫喝のシナリオとも言えるようなものを効かせていたのですが、政権が代わって、もしかしたら日本側が基地の縮小のようなことを言いだしてくるかもしれないと感じとった瞬間に、米軍がいま日本に存在していることがいかに重要であるかという、世に言う、抑止力論を持ち出し、極東の安全のために、或いは、日本の安全のためには米軍が基地をここに持っているということがいかに大事なことなのかということを、あたかもキャンペーンをするかのように日本側に訴え始めてきました。
そのことによって「なるほど」と思いました。アメリカは日本に基地を置き続けたいのだということが見えています。その判断の後ろには日本側が米軍の駐留コストを7割も負担しているという構図があるわけです。つまり、ほぼ、占領軍の基地のステータスのまま、占有権を持った基地を、受け入れている日本側が7割もコストをもってくれて、基地をもっていられるというのは既得権からいっても、居心地からいっても、こんなによい基地はないわけです。つまり、アメリカの本国に基地を置いておくよりも日本に基地を置いておいたほうがコストを7割ももってくれるので一番安上がりな基地をアメリカとしては展開できるということです。
また、その間、新たな基地のもつ意味も見えてきたように思います。いま第三海兵隊が普天間に駐留していて約70機のヘリコプターをもってオペレーションしているといいますが、実際はおそらく半分以上がアフガニスタンに展開していて、ほとんどもぬけの殻に近いような状態になっていると推定されています。実際に沖縄第三海兵隊の所属の人たちがアフガニスタンに出ていって、かなりの数の戦死者まで出していると言われています。これがどのようなことを意味しているのかというと、沖縄の基地、もっと言うと日本に展開しているアメリカの基地全体が、抑止力のためにと言うけれども、「日本を守るために」とか、或いは、「極東の安全のために」という文脈をとっくに通り越して、「不安定の孤」という表現がありましたが、まさに、アメリカの米軍再編の中で、ユーラシア大陸を睨んだ、つまり、中東から中央アジアまで睨んで、アフガニスタンのオペレーションにも大変に大きな役割を果たしていて、完全に日本の基地がアメリカの戦争に組み込まれているということを、この間より鮮明に示してきたと言ってよいと思います。
しかも、先日、キルギスタンで革命騒ぎが起こりました。キルギスタンの米軍の空軍基地はアフガニスタンのオペレーションにとって大変に重要な意味がありましたが、ここも失いかけています。このようになってくると、今後ますますアメリカにとって、日本における米軍基地が大変に大きな意味をもってきていることは間違いありません。
ここで1点目を整理しておくと、当り前のように聞こえるかもしれませんが、アメリカは本気で日本にこれから先も長期にわたって基地を展開し続けたいのだということが確認できました。
2点目は先程木村さんがおっしゃったメディアの論調にも関わることですが、この間、私が日本のメディアの報道や色々な人との議論を通じて感じていることは日本人国民の中に、「米軍にいて欲しい」と言いますか、「米軍にいてもらわないと不安だ」という気持ちがあるということです。例えば、北朝鮮問題があり、中国が軍事力をつけてきている状況下で、「もしもアメリカがいなくなったら日本が困る」という空気が漂っているのです。つまり、冷戦が終わって20年も経ち、戦争が終わって65年経って、政権も代わってこれから21世紀の日本とアメリカの軍事的な協力関係をしっかり見直して、新たな方向性を求めようという考え方をとるのではなくて、「いままでのままがよいのだ」という考え方で、現状を変えることよりもなんとか穏便に落ち着かせたいというだけの空気が漂っているということです。極端に言うのであれば、新しく出来た日本の政権にアメリカと向き合って、「冷戦後の新しいアジアの秩序のために日米のどのような軍事協力関係が必要なのか正面から向き合え」と言うのではなくて、「何もしないでいままで通りに落ち着かせろ」というような空気が漂っているということを我々は確認したのではないのかと思います。更に、別の言い方をすると、それほどまでに日本人は戦後65年という米軍基地に関する不変の構造の中に浸りきっているということです。
私が盛んに論文で書いてきていることなのですが、「ひとつの独立国に外国の軍隊が駐留し続けているということは不自然なことなのだ」ということさえ不自然とも思わなくなって、「抑止力」という言葉にしがみついて、そのためにはいてくれたほうがよいという空気のほうへ日本人のかなりの部分が傾斜しているということを私はこの間に確認したのではないかと思います。

木村>  それは、ちょっと溜息をつきながら確認したと言わざるを得ませんね。

寺島>  そのようなことを踏まえて、どのような方向へこの話をもっていけばよいのかということになってくるのです。
 この局面で日本人が腹を括るべきことは、まず、普天間問題の解決は、先程申し上げたように、ジグゾーパズルがどこかにはまって決ればそれで一件落着という話ではなくて、21世紀の日本という面で考えたのであれば、戦後というものを終わらせるためにも、日本における基地のあり方の問題を根本的にいま見直して、そして、その見直しの方向をアメリカ側にしっかりと見せて、日米の戦略的対話という仕組みを提案して基地の使用目的や地位協定のあり方等をしっかりと提起する方向づけしていかなければならないということなのです。しかし、まず、いまのような空気を前提にしたのであれば、アメリカも居続けたいと思い、日本人もいままで通りのほうがいいのではないのかと思う人が多いかもしれないという局面の中で、日本が独立国である限り踏み込まなければならない方向は少なくとも何だろうかと私自身も考え始めています。
それは何かというと、日米地位協定においては、理論上3つのタイプの基地が存在することになっています。1つ目は米国が占有権を持って利用している基地で、日本にいま駐留している米軍の大部分の基地はこの性格の基地だと思います。これはほとんど占領軍のままのステータスを確保していて、日本人はアメリカが海外で展開しているほとんどの基地がそのようになっているのだろうと思いがちですが、実はそうではなくて、極めて稀なタイプです。2つ目は米軍が管理権を持っていて、自衛隊が共有しているというステータスの基地です。3つ目は日本側が管理権を持っていて、そこに米軍が駐留しているというタイプの基地、或いは、利用しているというタイプの基地です。具体的に言うと、北富士演習場は米軍が使ったりしていますが、日本側が管理権をもっている基地です。これは世に言う「シンガポール方式」というものです。フィリピンに駐留していた米軍がフィリピンから引き揚げさせられたことがありましたが、その当時、シンガポールのリー・クアンユーは東南アジアに軍事的空白が起こってならないと、まさに抑止力を働かせるために米軍基地があったほうがよいということでシンガポールが受け入れたのです。ただし、管理権はシンガポールが握ったまま渡さずにいて、いまでもシンガポールにそのように米軍が駐留している基地があります。
ここで、問題は抑止力が必要であると双方で思っているのであれば、この3つのタイプの基地のうち段階的に基地のステータスを第3のタイプの基地に近づけていき、少なくとも日本が独立して自立した国民国家であり、自立自尊の精神をもって向かわなければならないのならば、占有権を外国の軍隊に与えているというステータスは不自然であるということに気がついて、いっぺんにではなくてよいから、日本側に管理権をもったタイプの基地に切り替えていくという方向に踏み出すことが、フェイズ1として日米の軍事的な同盟関係を変えていく時の一歩なのではないのかと思います。抑止力をお互いに認識し合っている関係において一歩改善して踏み込むために、この段階の基地に近づけるということは反対のしようがないリアリティーのある話なのです。
今度はフェイズ2として、日本にある米軍基地の施設のそれぞれの使用目的をしっかりテーブルにつけることを考えるべきです。1993年の冷戦が終わった後、ドイツは、自国に駐留している全米軍基地の使用目的を個別にしっかり吟味して優先順位をつけて段階的に縮小していく方向に踏み込みました。そして、基地の地位協定を改定してステータスをドイツが主権をもつ形にもっていったのです。しかし、日本は1990年代にそれを行なわないまま21世紀に入ってしまって、冷戦が終わって20年も経っているのに冷戦を前提としてつくった日米安保の仕組みのままに固まってしまっているのです。したがって、フェイズ2として今度は個別の基地を目的ごとに吟味して段階的に日本から米軍基地を縮小していくプロセスに入っていくことも大いにあってよいと思います。
フェイズ3として何十年かかるかわかりませんが、仮に、どんなに時間がかかろうが、最終的にはアジアの情勢をよく見ながらバランスがとれた形で日本という国に外国の軍隊が駐留している状況をなくしていくのです。これは偏狭なナショナリズムで言っているのではなくて、国家が国家である限り、この意思を失ってはならないということが大変大きなポイントで、国際社会の常識なのです。

木村>  寺島さんのお話に「段階的」という言葉が出てきたという背景について後半でお伺いします。

<後半>

木村>  寺島さんのお話の前半で、3つのフェイズということで段階的に接近するというお話を伺いました。この番組で我々が寺島さんからお話を伺ってきた重要な点は、冷戦から、或いは、冷戦が崩壊して終焉して、これだけの時間が経った時に我々は脅威というものを一体何なのかと考えるのかということです。更に、寺島さんが連載されている月刊『世界』(2010年2月号・岩波書店)の「常識に還る意思と構想」の中で、「自分のおかれた状況を自分の頭で考える気力を失い、運命を自分で決めることをしない虚ろな表情」と書いていらっしゃるのですが、これは我々にあってよいのかという警鐘の部分をいま敢えて3つのフェイズでと言わなければならない背景は一体何なのでしょうか。

寺島>  「核抑止力」という言葉がありますが、よく日本人は溜息をつきながら、そうは言っても日本はアメリカの核の傘によって守ってもらっている国だからというところで、じっと手を見るという空気があるわけです。しかし、3月5日にオバマ大統領自身が「核抑止力という考え方そのものが冷戦の時代の遺物であって、時代遅れだ」と言い始めていました。そのような発想に立って「核なき世界」に向かって、まさに、ワシントンにおいての核サミットのようなものをアメリカが主導して世界を変えていこうとしている時に、日本自身が抑止力という枠組みの中にじっと収まっているのではなくて、一番前に出て核抑止という発想自体に強い問題意識をもって検証しなければならない局面にきているはずなのです。
 事実、核抑止論は冷戦の時代の産物であるということは全くその通りで、要するに、西と東が向き合っていた時に核で先制攻撃をしたのであれば、相手からも核で自分のところに報復攻撃をされるかもしれないという恐れがあったために、お互いに核攻撃を自制すると言いますか、ためらう状況がありました。それによって均衡が成り立つので核の傘にいればむこうが核攻撃をしてこないだろうという理論が核抑止論というものです。
 しかし、核抑止論は相手が正気であるということが前提になければ成り立たない議論です。つまり、相手が先に攻撃してしまったら反撃されてしまうかもしれないという正気があるために攻撃をためらうということです。しかし、例えば、北朝鮮問題や核によるテロ等というものは相手が正気の沙汰ではないから危ない話なのです。そのような狂気の沙汰かもしれない国が核を持つことの危うさとか、テロリストが核を持つかもしれない危うさをどのように制御していかなければならないのかという時に核抑止論というのは原理原則論から言っても成り立たないのです。
 日本が核の傘の中にいれば安全だとか、アメリカが守ってくれていればこの国は安全なのだというところから、本当は頭を柔らかくして自分の主体的努力によって極東の安全をつくり、自分の国をしっかりと守っていくという意思をもたなければならないのです。
アメリカに対して過剰な期待と過剰な依存によって、この国は安全で豊かな国としていられるなどという状況ではないために話は複雑になっているのです。
 そのような状況であるにもかかわらず、先程、「溜息まじりに」という言葉を我々は使っていますが、それでもなおかつアメリカの軍事力に依存して生きていたほうがこの国はよいと、その方が金がかからないと議論する人が日本には多いのです。つまり、この国には軽武装経済国家で日本が自前で防衛することよりも金がかからないためにアメリカに任せた方がよいのだという人さえ白昼堂々いるわけなのです。このような状況であることの現実をしっかり踏まえて、ここは溜息を抑え、先程申し上げた、まず、フェイズ1に向かうのです。「戦略的曖昧さ」という表現がありますが、つまり、抑止論というものは、剥いても、剥いても中身が見えない玉葱のようなもので、本当に抑止力があるのかどうかはわからないけれども、それでも日本には米軍がいたほうがよいと思っている人がそんなに多いのであれば、せめて一歩踏み込んで日本国の国家としての威信にかけても民族としての自律心にかけても、まずは第一歩として少なくとも日本が管理権を持った形の抑止力の方向に一歩近づけましょうという考え方が先程申し上げたフェイズ1なのです。
 現実的に還って、本当は抑止力論の虚構ということにある段階で気がつかなければならないのですが、その前に、それでもなおかつ、そのようなことにしがみつきたいと思っている人が多い現実を踏まえたのであれば、段階的に接近して国民世論をつくって進み出していくしかないということが本日私がお話ししている趣旨です。

日時: 2010年04月25日 09:00 | パーマリンク


第49回

-戦後日本のアジア復帰~バンドン会議とは何だったのか~-

木村>  先週の放送では「普天間混迷が教えてくれたこと」というテーマでお話を伺って随分考えさせられるところがありました。このことについてはもっともっと深めていかなければならないと感じました。
 今週の前半は「寺島実郎が語る歴史観」で、テーマは「戦後日本のアジア復帰~バンドン会議とは何だったのか~」です。バンドン会議というのは1955年にインドネシアのバンドンで開かれた第1回アジア・アフリカ会議です。この時に、我々は戦後生まれなので歴史として学んだことですが、スカルノ大統領の「新しいアジア・アフリカよ、生まれ出でよ」という開会演説がとても新鮮で鮮烈な印象がありました。寺島さんは何故いまバンドン会議を取り上げて、これについて語ろうと思われたのでしょうか。

寺島>  アジアと位置関係が日本の宿命のテーマと言ってもよいと思いますが、日本はアジアの国でありながらアジアではないというような空気で生きている歴史を背負っています。これはどのような意味なのかというと、明治維新を迎えて誰もがよく知っている福沢諭吉の『脱亜論』がありました。これは1885年(明治18年)に出ているのですが、福沢諭吉は周りの隣国の開明を待って、つまり、混乱している国々の目が覚めるのを待って、共にアジアと歩んでアジアを興すという考え方は手間取るし、そのような猶予はない、と論じました。日本は西洋列強をひたすら学んでアジアに手を煩わされずに、そのようなアジアから脱して生きていこうという考え方です。
 しかし、その同じ頃に樽井藤吉が『大東合邦論』を書いていますが、これはアジア主義の典型的な本で、アジアを1つの国家のように統合していこうという考え方の走りのようなもので、アジアと力を合わせてこの国を生きていくという考え方の中心であるような本が出たのです。このように対照的な論文が2つあったのです。
 要するに、日本の近代史は福沢諭吉の『脱亜論』と樽井藤吉が『大東合邦論』が、糾える縄の如く、バイオリズムのように繰り返されてきたと言ってもよいということです。極端にいうと、西洋、アメリカを含む欧米との関係がまずくなるとアジア還りになるというバイオリズムのようなものを繰り返してきました。日本はアジアの中で最も前に出て近代化を進めるために富国強兵を進めて、この番組でも何度か「親亜」という表現を使いましたが、親しむアジアが「侵亜」=侵すアジアに変わり、日本も遅ればせながら列強の一翼を占めるという形によって、アジアに軍事的な侵攻をするという方向に傾いていき、大東亜共栄圏の夢を追いかけて一敗地にまみれて挫折をしました。大東亜共栄圏の挫折の中から、1945年の敗戦を迎えて、戦後日本は何処へ向かうのかという時期に向き合ったのです。そこで、1945年から、先ほど話題に出た1955年に行なわれたバンドン会議までの10年間が日本の戦後の進路にとって大切な時期だったのです。
 日本は1951年にサンフランシスコ講和条約で日米安保という路線に入っていって、世に言う「吉田外交」でアメリカとの同盟関係を軸にして日本を復活、成功させていく路線に向ったのです。
敗戦後、日本はあの戦争をアメリカへの敗戦と総括したのですが、厳密に言えば、中国とアメリカとの連携に敗戦したということが第二次世界大戦=アジア太平洋戦争の正確な認識であるべきなのです。しかし、日本はアジアに負けたとは一切思わなかった、思いたくなかったのです。日本は、アメリカの物量にねじ伏せられたのだと思い、アメリカのような物量豊かな国に復活しようとして「アメリカとの同盟関係を軸に」という路線を歩もうとしたことも不思議ではなかったとも言えます。
戦後の日本の視界からアジアが消えて、ひたすらアメリカとの同盟を踏み固めて戦後復興、成長するという路線に入っていこうということが1951年のサンフランシスコ講和条約においての日本の選択でした。その時に、この番組でも話したことがありますが、インドがサンフランシスコ講和条約には署名しなかったのです。日本に対しては「あなたたちはわずか6年前までアジアの解放とか、大東亜共栄圏と言っていたのに、もうすっかり忘れてアメリカの一翼を担う形で戦後復興という方向にお進みになるのですか」と言わんばかりのメッセージを発信していたのです。もしも、日本に駐留している米軍が全部引き揚げるならばインドはサンフランシスコ講和条約に署名してもよいという変な条件を出して署名をしなかったのです。翌年、インドは日本との単独講和に応じてくれたのですが、このインドのスタンスが日本のボディに物凄く効いているわけです。
そして、1949年に中国共産革命、中華人民共和国が成立して周恩来とネルーの間に協定が結ばれて中印関係が復活し、アジアに中国とインドの存在感がじわっと高まってきました。先程、木村さんが話題にしましたが、1955年にインドネシアのバンドンに中東からエジプトにかけて我々からすると胸が躍るような戦後世界史の中心に立ったようなリーダーたち、ネルー、周恩来、スカルノといった、まさにヒーローとも呼べるような人たちが一堂に集まりアジア・アフリカ会議が開かれました。アジア・アフリカが当時冷戦構造によって東と西にどんどん分断されていく中で、第三極といいますか、中立主義を保っていこうということを掲げたインド、或いは、アメリカのアジアにおける影響力に対して一線を構えて新たな国づくりを始めていた中国等がそれぞれの思惑の中でアジアに新しい胎動を引き起こさんがために、一堂に介するという会議でしたが、その招待状が日本に届いて、その時に日本はどうしたものかと迷ったのです。この話が過去のものではない不思議な因縁を感ずるのですが、その時の日本の政権は、鳩山政権だったのです。つまり、いまの鳩山由紀夫首相の祖父の鳩山一郎政権だったというわけです。外務大臣は重光葵さんでした。先程、不思議な因縁を感じると申し上げましたが、その時に、鳩山外交が目指したものは前任の吉田外交とは違って、対米自主外交、つまり、アメリカから一定の距離をとって中国、ソ連との国交を回復していこうとすることと、アジアとの関係を重視していこうとする考え方をじわっと示そうとしたのです。しかし、既に日米安保体制の中に組み込まれ、サンフランシスコ講和条約を終えて日本がある路線のもとに歩み出していましたから、バンドン会議に出てよいかどうか、アメリカに了解をとろうとしていました。
最初、アメリカはバンドン会議の開催そのものに反対だったのです。何故ならば中立主義、共産主義等のアメリカに敵対してくるか、アメリカの利害にそぐわないような人々が主導していくようなアジアになってはよくないのということで、バンドン会議そのものに対しては物凄くネガティブな雰囲気で構えていたのです。したがって、日本もそのような会議に出ていって大丈夫なのだろうかということで、アメリカに御伺いを立てたのです。しかし、インドや中国等を牽制するために、アメリカの同盟国である国がバンドン会議に出ていくことによって、インドや中国等が主導していってしまうことを中和する、流れを変えるために日本が出ることをダレス国務長官の判断によって、むしろ、大いに結構なのではないのかという形で後ろから支援するような空気が存在したのです。日本は実に及び腰でしたが、そうは言いながらも日本がアジアに復帰する最初の会議になったわけです。本当であるならば、先程申し上げた、周恩来やネルー等に対応していくためには鳩山首相自身が出ていくべきだったのかもしれません。せめて、重光外相が出ていくべきだったのかもしれないのに、日本が及び腰だったために、後に日中関係において大変活躍しますが、当時の肩書は経済審議庁(経済企画庁の前身)長官であった高碕達之助氏をバンドンに送りました。しかも、物凄く制約を与えて、羽交い締めにして、あまり目立った動きをしないように「おとなしくしていろ」というくらいの指示によって送り出されたのです。
バンドン会議が重要なのは、まず、中国が共産中国になってから初めて国際社会に周恩来が登場してきて存在感を示し始める最初の会議で、世界史的には非常に大きな意味をもっていたからです。1971年に国連で台湾が追放されて、中華人民共和国が中国の正当な政府だという形になるまでには微妙な情勢だったのですが、バンドン会議において、台湾を一切呼ばずに中国の周恩来だけを呼んだというところに大きな踏み込みがあるのです。中国が正面をきって国際会議に登場してきた最初の舞台でした。
日本にとっては、戦争に敗れた後、国際社会に復帰する大きな舞台になりました。冒頭に申し上げたように、日本自身が日本はアジアの国なのか、アジアの国ではないのかわからないような、つまり、御都合主義的にアジアに関わってきていたにも関わらず、アジアは日本を忘れなかったといいますか、少なくともバンドン会議に日本を招き込んでくれたのです。そのことによって日本が極端に言うとアジアに復帰することができて、その後のアジアにある種の経済関係等を確立していくことができる大きなきっかけとなったといいますか、道をつけてくれたような会議だったわけです。
しかも、その時に高碕達之助と周恩来が秘密会議を開きました。これが後の日中国交回復の伏線になっていくという意味合いにおいても、バンドン会議は大きな意味があるといえるのです。更に、私が話してきた文脈の中でおわかりのように単なる過去の思い出話だけではなくて、今日でもこのテーマを引きずっているのだと思います。皮肉にも鳩山政権という流れの中で対米協調を軸にしながらもアジアとの位置関係をどのようにとるのかということに向き合っていて、東アジア共同体という言葉が出てきたりする大きなポイントなのです。
私は先月、インドネシアのジャカルタを訪れてASEANの事務局の人たちとも色々と議論をしてきました。ASEANは、結束を固めて2015年迄にASEAN共同体をつることを目指しています。ASEAN・インドの自由貿易協定が1月に発効しました。ASEAN・中国の自由貿易協定も1月に発効し、つまり、ASEAN=東南アジア諸国連合がどんどん結束を固めつつあるという状況下の中で、日本が東アジア共同体と言おうが言うまいが、まず、東南アジア諸国連合の共同体が出来あがっていくであろうという状況です。アメリカとの関係や先週この番組で議論をしたような日米同盟をどのようにするのかというところを考え込みながら、アジアとの位置関係をどのように重層的に結びつけていくのかということで、極端に言うならば、15年前のバンドン会議の時に日本自身が悩みながら踏み出していった状況から考え直してみても、いま抱え込んでいるテーマと基本的にはそんなに差がないのです。
そのような中で、まさにアジアダイナミズムが噴き上げてくるような時代に、「さて、日本はどのようにしていくのか?」という時に、バンドン会議の歴史をしっかりと調べて考えるということは物凄く参考になると思い、私はいまバンドン会議関係の資料をたくさん集めていて、ひとつ書きあげてやろうと思っています。

木村>  寺島さんがおっしゃるように、いまアジアは世界で経済の成長、発展ということにおいては最もエネルギーに溢れた地域です。そこで、バンドン会議が、戦後日本が戦後のアジアと再会するということを通して、我々がこのアジアで日本がどのように生きていくのかということを考える時に、非常に示唆するものが深いということがわかりました。そして、いま改めてバンドン会議を見つめ直してみたいと思いました。
<後半>

木村>  今週の後半はリスナーの皆さんから頂いたメールを御紹介してお話を進めたいと思います。
 寺島さんがお出しになった『時代との対話』という対論集に対して、プレゼント募集もしまして、「是非私も欲しい」というメールも含めて、たくさんのメールを頂きました。
先ず、東京でお聴きの女性のリスナーの方からでラジオネーム「アンアン」さんからです。「東京の大学に通うため昨年4月長崎から上京しました。前回の放送を聴き、一番心に残ったのは就職についてです。今の時代就職氷河期で、これから先、自分の将来を決めていかなければならない私は自分の未来に漠然とした不安を感じていました。そんな時、このラジオを聴き、『稼ぎのためではなく、自分を高めていける仕事をみつけること』というコメントがとても心に響きました。現在、モラトリアム期で自分の将来について模索中ですが、自分を高めていける天職に出会えるよう充実した大学生活を送っていきたいです」という内容のメールです。
もう1人のリスナーの方のメールも御紹介します。岡山でお聴きのラジオネーム「焼きニンニク」さんからです。
「3月27日放送の中のリスナーからのメールで『就職先が決まらない。景気がよくなったら就職も容易にみつかるのか』という問いかけに対する寺島さんのお話に実に感動、賛同できました。僕はトラックの運転手をしていますが、仕事をしていて配送先のお客から『御苦労様』、『ありがとうございます』と言われるのが一番嬉しい瞬間です。この時世、決して給料も多くなく、なんとか生活している状況ですが、僕がしている仕事が人に感謝されているとわかった時、この仕事をしていてよかったなあと思います」
お2人のメールを読んだ私の感想なのですが、ある意味ではこのように放送を届けている側の我々も心励まされます。

寺島>  私も大変やりがいがあります。盛んにこの番組でも何カ月に渡って話題にしてきた私の書いた本『世界を知る力』が若い人たちに読まれていることを実感する瞬間が多いのです。

木村>  数だけ言うのはよくありませんが、既に20万部に迫っているようですね。

寺島>  要するに、「知」は力なのです。私は御紹介したリスナーの方のようにトラックの運転をしながら生きている人も、学生さんでこれから自分の就職や仕事等を考えようとする人も、やはり、「知る」ということが凄く大事だと思います。知れば知るほど自分がやらなければならないことが見えてくるのです。これが教養であり、知性であって、謙虚な気持ちになって人の意見に耳を傾けながら吸収すると、少しずつだけれども物事が見えてきて、更に、物事と物事の関連性が見えてくるのです。そのような中から自分に相応しい生き方とは何なのかとか、生活を成り立たせなければならないので稼ぎも大事だけれども、努めとして世の中の役に立つ仕事とどのようにバランスをとっていくのか、納得ができるものをどのように手ごたえのあるものに創り出していくのかというところなのだと思います。
 私は教育にも関わってきていますが、この辺りのことで若い人たちが力をつけていって、自分の人生を自分で創造していってくれることを本当に切望しています。

木村>  その意味においても『世界を知る力』は、つまり、世界を知るということは全体をトータルに地球規模によって物事を考えるということと、その力が1つ1つの生活の1コマ1コマを深く考えることになります。これが繋がった大きな力になってくるということがとても大事なところになると思います。

寺島>  本当にその通りです。知ることによって自分がわかってくるのです。

木村>  その意味においては、このようにリスナーの皆さんからメールを頂くと、このように寺島さんのお話を皆さんに届けているという放送の意味を我々も改めて確認することができて、是非とももっともっと多くの皆さんからこのような反響も頂きたいと思います。
 実は、リスナーの方からは他にも「スマートグリッド」や「環境問題」等の内容のメールも頂いているのですがテーマが大きいので改めて、これらを1つのテーマにしてどこかで取り上げて寺島さんにお話を伺いたいと思います。

寺島>  腰を入れて話しましょう。

日時: 2010年04月25日 09:00 | パーマリンク

2010年5月のスケジュール

■2010/5/2(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

■2010/5/14(金)06:40頃~
NHKラジオ第一「ラジオあさいちばん」
※うち、『ビジネス展望』コーナー

□2010/5/15(土)05:00~
(首都圏以外)FM「月刊寺島実郎の世界」
*4/8アジア太平洋研究所推進協議会リレー講座初回(寺島実郎講義)の模様(1)

□2010/5/16(日)07:30~
(首都圏のみ)FM「月刊寺島実郎の世界」
*4/8アジア太平洋研究所推進協議会リレー講座初回(寺島実郎講義)の模様(1)

■2010/5/16(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

□2010/5/22(土)05:00~
(首都圏以外)FM「月刊寺島実郎の世界」
*4/8アジア太平洋研究所推進協議会リレー講座初回(寺島実郎講義)の模様(2)

■2010/5/22(土)08:00~
讀賣テレビ系列「ウェークアップ!ぷらす」

□2010/5/23(日)07:30~
(首都圏のみ)FM「月刊寺島実郎の世界」
 *4/8アジア太平洋研究所推進協議会リレー講座初回(寺島実郎講義)の模様(2)

■2010/5/28(金)21:54~
テレビ朝日系列「報道ステーション」

□2010/5/29(土)05:00~
(首都圏以外)FM「月刊寺島実郎の世界」
 *4/8アジア太平洋研究所推進協議会リレー講座初回(寺島実郎講義)の模様(3)

□2010/5/30(日)07:30~
(首都圏のみ)FM「月刊寺島実郎の世界」
 *4/8アジア太平洋研究所推進協議会リレー講座初回(寺島実郎講義)の模様(3)

■2010/5/30(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」
日時: 2010年04月25日 09:00 | パーマリンク



過去の動画 2010年4月24,25日

Vol.1

Vol.2

日時: 2010年04月25日 09:00 | パーマリンク



三菱重工:液化天然ガスの洋上浮体式生産・貯蔵・積出設備(LNG-FPSO)の開発を完了

【出展・引用リンク】:

http://www.mhi.co.jp/news/story/1004204931.html


三菱重工ニュース
2010年4月20日 発行 第 4931号

液化天然ガスの洋上浮体式生産・貯蔵・積出設備(LNG-FPSO)の開発を完了
有力船級協会の設計基本承認(AIP)を取得

 三菱重工業は、液化天然ガス(LNG)の洋上浮体式生産・貯蔵・積出設備(FPSO:Floating Production Storage & Offloading unit)に関する開発を完了し、有力船級協会から2種類の設計基本承認(AIP:Approval In Principle)を取得した。LNG-FPSOは中小海底ガス田開発の活発化に伴い、移動が可能な新しい生産方式として、世界的に需要が高まっている。このため、今回の安全・信頼性に対する評価の獲得を弾みに、世界初の建造を目指して積極的な提案営業を展開していく。
 今回AIPを取得した2種類のうちの一つは、通常のLNG船で多く採用され、安全性と信頼性が立証されているMOSS方式※1の球形タンクを搭載するLNG-FPSOのコンセプトが対象。このAIPは英ロイド船級協会(LRS)から取得した。年間LNG生産量が100万~200万トン級の中規模ガス田開発向けを中心に提案。多くの需要を見込む。
 MOSS方式はこれまで、甲板上に半球が突き出しLNG生産関連設備を設置するスペースが取れないとして、LNG-FPSOには向かないといわれてきた。このため当社では、タンクを大型化することによりタンク数を減少させ、LNG生産関連設備を設置するための平坦なデッキスペースを確保することで、問題を解決した。

 もう一つは、国際海事機関(IMO)が定めた国際規則(IMOガスコード)の要件を満たす独立方形タンクタイプBが対象。このAIPはLRS、米国船級協会(ABS)および日本海事協会の3機関から取得した。年産LNGが300万トン以上のガス田を対象に、手堅い需要を見込む。
 独立方形タンクタイプBは、MOSS方式や、船体自体が支持構造の役目を果たすメンブレン(薄膜)方式※2のタンクと比べコストが高い。半面、MOSS方式に比べデッキスペースが広く取れる。また、MOSS方式同様、メンブレン方式で懸念されるスロッシング(揺動に伴うタンク内液面の周期的なうねり)による衝撃の問題がない。

 FPSOは、浮体上に石油やガスの生産設備や貯蔵施設、積出設備などを備えたもの。石油のFPSOは、油田枯渇の後に他の油田に移設・転用できる利点が評価され、当社を含め建造・納入実績があるが、LNG向けはまだ計画段階にとどまっている。
 LNGの生産はこれまで、陸上ないし比較的沿岸部の大規模なガス田を対象に、陸上の液化基地建設による対応だったが、こうしたガス田開発が一巡。陸地からより遠い大規模海底ガス田や、これまで未開発だった中小ガス田が注目されるようになっている。こうした、存在が確認されているものの未開発となっている“ストランデッドガス田”は、確認可採埋蔵量の4~6割を占めるといわれ、LNG-FPSOが脚光を浴び始めている。

 当社は石油FPSOの建造実績に加え、LNG船などを多数手掛けた造船技術や、海洋構造物関係のノウハウをフル活用。世界的なFPSO保有・運航大手であるBWオフショア社(BW Offshore Limited)とのMOSSタンク方式のLNG-FPSOでの協業も弾みに、独立方形タンクタイプBを使ったLNG-FPSOでも積極的に営業展開することにより、海洋資源開発分野開拓のすそ野を広げていく。

※1 MOSS方式=自立球形タンクを円筒形の支持構造(スカート)により船体に固定した構造。
※2 メンブレン方式=船体内部に防熱材を取り付け、その表面をメンブレン(金属の薄膜)で覆った構造。
担当窓口:船舶・海洋事業本部   
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Saturday, April 24, 2010

Wave power startup tests Mass. waters

【出展・引用リンク】:

http://www.masshightech.com/stories/2008/12/29/weekly20-Wave-power-startup-tests-Mass-waters.html


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Bill Staby, CEO, Resolute Marine Energy Inc.
Friday, January 2, 2009

Wave power startup tests Mass. waters

By Efrain Viscarolasaga

Wave power startup Resolute Marine Energy Inc. is expected this week to take its first step toward the commercialization of its energy converter as it drops a working test unit into the water two miles off Newburyport.

The test, expected to last three to four days, comes as part of a larger project aimed at developing deep ocean aquaculture farms that would run autonomously, led by Ocean Farm Technologies Inc. of Searsmont, Maine.

The tests will measure wave and underwater currents, as well as potential energy created by Watertown-based Resolute’s wave power device. While the data will be directly applicable to Ocean Farm Technologies’ offshore “aquaculture pen,” it will also be vital to Resolute’s presentation of its technology in other potential markets, said founder and CEO Bill Staby.

There are many different designs in wave power. Resolute’s is based on a “point absorber” model, which comprises a floating buoy and fixed underwater platform. As waves move the buoy up and down, the pumping action is converted into energy. In the case of the Ocean Farm Technologies project, that energy would be converted into compressed air, which is expected to run systems on the aquaculture farm, or pod. Such activities could include automated feeding and monitoring equipment.

“As marine aquaculture moves farther offshore, there is an increasing need to automate operating systems, which will require autonomous and sustained power sources,” said Steve Page, founder and president of Ocean Farm Technologies.

The test, which is being funded through a Phase I Small Business Innovation Research (SBIR) grant from the National Oceanic and Atmospheric Administration (NOAA), is a seminal moment for Resolute Marine Energy, said Staby, but doesn’t represent the company’s full potential. The firm has its eye on other applications, including offshore oil rigs, manned and unmanned research facilities and off-grid island communities.

“In order to gain traction in this market, you need to establish a foothold in offshore power solutions in a broad sense, rather than grid-connected power, which is two or three years — or even a decade — away,” said Staby. MIT professor Cliff Goudey and his MIT Sea Grant Offshore Aquaculture Engineering Center are also subcontractors on the federally funded project.

That, of course, does not mean Resolute will not be chasing grid-connected power when the world is ready. Right now, said Staby, the industry is very young. His two-person firm recently filed patent applications on a new kind of wave-energy converter that he hopes, when the time comes, will help make larger scale, grid connected wave power a reality. For now  however, he is keeping the technological innovations under wraps.

Resolute’s test also comes in the wake of a newly proposed offshore wind-and-wave-power farm off the coasts of Nantucket and Block Island, which was announced earlier this week. Seattle-based Grays Harbor Ocean Energy Co. is seeking permits to build 100 offshore wind platforms, each with a wave converter, on two sites more than a dozen miles south of the respective New England island communities.

While the proposal is still in its infancy, and Resolute’s technology is not associated with that project, Staby said the hybrid mentality of such an undertaking is wave power’s best bet to become a mainstream part of the alternative energy portfolio.

Many experts feel that the calmer Atlantic Ocean makes the East Coast less attractive for wave power than the more active Pacific, according to John Miller, director of the Marine Renewable Energy Center at UMass Dartmouth in Fall River, an incubator where Resolute occupied an office until earlier this year. But hybrid solutions, he said, such as wave and wind, could have an impact locally.


 
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GPSで魚礁の効果を正確に診断 水産土木建設技術センター長崎が開発:長崎新聞ニュース

出展・引用リンク:
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20100424/08.shtml

4月24日のながさきニュース
GPSで魚礁の効果を正確に診断 水産土木建設技術センター長崎が開発

 
社団法人水産土木建設技術センター長崎支所(志岐富美雄支所長)は衛星利用測位システム(GPS)などを使い、人工魚礁の経済効果を診断するシステムを開発した。

人工魚礁の経済効果はこれまで、漁業者がどこで何を釣ったか記帳する操業日誌に基づき計算していた。しかし漁業者の負担が大きい上、正確性にも問題があり改善が求められていた。

システムはまず、漁船の航跡と日時を自動記録するGPSデータロガーと速度解析ソフトを使って漁船の位置や操業の有無、操業時間を特定する。こうして把握した操業データと、魚礁の位置を網羅したデジタル版魚礁台帳を照合。漁船がどの魚礁を利用したか特定する。最後に水揚げ伝票を確認し経済効果を算出する。開発費は約200万円。

昨年10月から12月にかけ美津島町漁協東海支所の協力を得て、対馬市東沿岸で操業する5隻のメダイ樽流し漁船にGPSデータロガーを設置し調査した。その結果、水揚げ量(約17・6トン)、水揚げ額(約1030万円)のいずれも約81%が人工魚礁だったという。

同支所によると、県内海域には現在、人工魚礁が約620カ所ある。志岐支所長は「これで人工魚礁の利用実態を正確に把握できる。さまざまな漁法にも対応可能で、今後漁業者が利用しやすい人工魚礁の形状や設置場所の選定にも役立つ」と話している。

Thursday, April 22, 2010

国家海洋局「2010年海洋科学技術業務要点」を発表:人民網日本語版 2010年4月19日

【出展リンク】: http://j.people.com.cn/95952/6955712.html


国家海洋局「2010年海洋科学技術業務要点」を発表

 国家海洋局はこのほど、「2010年海洋科学技術業務要点」を打ち出し、今年の海洋科学技術業務に向けた構想と、今年実施する任務10項目を明確にした。「科学時報」が19日に伝えた。

 10項目の業務とは以下のとおり。

 (1)「第12次五ヵ年計画」における、海洋科学技術の計画を急ぎ制定し、そのための準備作業をしっかりと行う。

 (2)海洋をめぐる新興産業のより良くより速い発展を推進するべく、科学技術による海洋振興計画綱要の実施に力を入れる。

 (3)海洋調査をさらに規範化し、海洋調査の常態化を徐々に展開・推進していく。

 (4)海洋における公益プロジェクトの管理を積極的に行い、全国の科学技術による海洋振興技術システムの建設を推進していく。

 (5)国による「908プロジェクト」の成果のまとめ、検収業務をしっかりと行い、「デジタル海洋」の業務化実現に向け試運行を行っていく。

 (6)海水利用の管理を強化し、海水利用産業の発展にプラスとなる政策環境を整えていく。

 (7)海洋エネルギーの発展戦略と計画・研究を進め、海洋エネルギー産業のレベルアップと大規模化を推進していく。

 (8)海洋衛星は、試験運用型から業務サービス型への転換を進めていく。海洋衛星の業務応用・サービス体系を確立する。

 (9)国の財政資金効果を十分に発揮し、海洋科学技術のソフト・ハードレベルを絶えず高めていく。

 (10)海洋科技管理制度を徐々に完備させ、海洋科学技術イノベーションに向けた良い環境を整えていく。(編集SN)

 「人民網日本語版」2010年4月19日

琵琶语 (The Language of Pipa)




【出展リンク】: http://www.youtube.com/watch?v=domQxO-0niQ

kenlautic  2008年11月24日 — Title: 琵琶语 Artist: 林海 Album: 琵琶相 Dance: 琵琶行
カテゴリ:音楽

大陸が考慮されたマントル対流の数値シミュレーション:www.jamstec.go.jp

【出展・引用リンク】: 

http://www.jamstec.go.jp/res/ress/myoshida/res_continent.html



大陸が考慮されたマントル対流の数値

シミュレーション



■はじめに

地球内部の進化やダイナミクスにおける未解決問題を解明しようとするとき、 数値シミュレーションは、地質学・地球物理学的観測、岩石の物性実験、 地球化学実験、理論などに並ぶ重要な研究手法の一つである。 特に、マントルの内部構造の進化、ひいては地球の進化に多大な影響を 及ぼしてきたと考えられるマントル対流と表層運動(大陸・海洋リソスフェアの運動) との熱的・力学的相互作用の歴史(時間変化)の解明には、 数値シミュレーションが非常に有効な手段である。地球表層を「漂う」大陸(大陸リソスフェア)は離合集散を繰り返しながら 約4~7億年周期で超大陸を形成する。 地質学的証拠から少なくとも過去に3回、 超大陸(3.5億年前のパンゲア超大陸、9億年前のロディニア超大陸、18億年前のヌーナ(コロンビア)超大陸)が 形成されたことが分かっている。6.5億年前のパノティア(ゴンドワナ)超大陸は比較的小規模の超大陸である。 このような大陸の離合集散と超大陸の形成はマントルの内部構造に大きな影響を及ぼしてきたと考えられる。
図の説明: 時間と超大陸形成の関係。 緑色で示された期間はそれぞれの超大陸が形成され 分裂が開始するまでの時間を表す。

■これまでの大陸モデル

大陸、あるいは超大陸が考慮されたマントル対流の数値計算研究は、 1988年に発表されたガーニスの二次元矩形モデル(Gurnis, 1988)を筆頭に、 1990年代の計算機性能の向上を経て、1999年に発表された我々の三次元球殻モデル以降、 世界の幾つかのグループによって研究が進められている。 これらの研究から得られた主な結論は次の通りである。 (1)超大陸による熱遮蔽効果(Anderson, 1982)によって、 超大陸直下のマントルの温度が上昇し、やがてマントルに全球規模の 流れを引き起こし、degree-1温度構造(超大陸下に上昇流、 海洋側に下降流が卓越する構造)が形成される。 その結果、CMBから大規模な上昇流が数億年の時間スケールで超大陸下に発生する (Yoshida et al., 1999; Yoshida, 2010a)。
図の説明: 超大陸を変形のしない剛体的な「蓋」(透明の緑色部分)と仮定し、 対流するマントルの上に設置した場合のマントル対流パターンの時間変化。 超大陸は空間的・時間的に固定されているが、 計算の途中で超大陸を対蹠点に移動させている。 超大陸下のコア・マントル境界から巨大なプルームが発生する。
(2)超大陸縁辺での海洋プレートの沈み込みによる補償流(CMBからの上昇流) によっても、超大陸直下の温度上昇が起きる(Zhong et al., 2007)。 (3)超大陸下の熱遮蔽効果に伴うマントルのdegree-1構造の形成(結論(1))は 大陸の周期的な離合集散を導く。特にコアからの加熱の割合が大きい場合には、 積極的な上昇プルームの発生により、その周期が実際の大陸の離合集散のよう に不定期間隔になる(Phillips and Bunge, 2005; 2007)-などである。

■新しい大陸モデル

しかしながら、これらの研究では、大陸は剛体的な(変形のしない)高粘性の「板(あるいは蓋)」と モデル化されてきた。大陸は本来、地球史を通じてマントル物質の融解と化学分化により生成されるものの、 その存在はマントル対流システムとは力学的にほぼ独立した領域(物理的には、 物質拡散がほぼゼロの流体の集合体)だからである。そのため、 マントル対流計算で用いられる通常の計算手法の枠組みでは計算精度の問題により、 大陸をモデル化することが非常に困難であった。 そこで、私は最近、粒子法と呼ばれる手法を発展させることで、大陸自体の変形とその移動が可能な 独自の三次元マントル対流モデルを発表した(Yoshida, 2010b)。 マントルと大陸のレオロジーや物性に関して現実的なパラメータを 用いて予備的な計算を行ったところ、超大陸の自発的な分裂、 超大陸下の熱遮蔽効果、大陸縁辺での海洋プレートの沈み込み、 約5億年後の大陸同士の衝突、大陸の衝突帯の形成-など、 ウィルソンサイクル(Wilson, 1966)の大部分を再現する計算結果が得られた。 また、地球の「拡散プレート境界」を模した大陸縁辺の低粘性帯の存在が、 地質学的時間規模での大陸クラトンの安定性に寄与することが分かった。
図の説明: 変形と移動が可能な大陸が考慮されたマントル対流の数値シミュレーション。 矢印に沿って時間が進む。 紫色はマントル上昇流、水色はマントル下降流(沈み込むプレート)、 茶色は大陸の位置を表す。
今後はこのモデルをさらに改良・発展させ、 過去から現在までのマントル対流と大陸の熱的・力学的相互作用、及び地球内部の変動の歴史を解明し、 地球ダイナミクス研究の発展の一助となるべく研究を進める予定である。

■参考文献

  • Masaki Yoshida, Yasuyuki Iwase, and Satoru Honda, Generation of plumes under a localized high viscosity lid on 3-D spherical shell convection, Geophysical Research Letters, 26(7), 947-950, 1999.
  • Satoru Honda, Masaki Yoshida, Sakie Ootorii, and Yasuyuki Iwase, The timescales of plume generation caused by continental aggregation, Earth and Planetary Science Letters, 176(1), 31-43, 2000.
  • Masaki Yoshida, Temporal evolution of the stress state in a supercontinent during mantle reorganization,Geophysical Journal International, 180(1), 1-22, doi: 10.1111/j.1365-246X.2009.04399.x, 2010a.
  • Masaki Yoshida, Preliminary three-dimensional model of mantle convection with deformable, mobile continental lithosphere, Earth and Planetary Science Letters, 2010b, in press.

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