2009年10月27日火曜日

月間 寺島実朗 第36回 〈中国建国60周年の日本にとっての意味)動画 2009年10月24,25日

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【月間 寺島実朗 第36回 〈中国建国60周年の日本にとっての意味〉 】:(動画/テキスト) 2009年10月24,25日


【出展引用リンク1】: 動画版

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Vol.1
Vol.2

日時: 2009年10月25日 09:00 | パーマリンク

第36回

<中国建国60周年の日本にとっての意味>

【引用はじめ】:以下の通り
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木村>  先週の放送では「政権交代の夏を振り返って~自民党は何故大敗したのか? 世界潮流の中での日本の選択~」というテーマでお送りしました。
 私たちが、これからの日本をどのようにしていくのかという事により重く責任を負った事になるとわかってきました。
 今週のテーマは「中国建国60周年の日本にとっての意味」です。国慶節の10月1日で軍事パレードもあって、これが大きなニュースになりました。私は10年前の国慶節のパレードを現場で見ていました。今回はニュースでパレードを見ていて、巨大に成長していく中国に私たちがどのように向き合うのか、なかなか難しい問題だと思いました。


寺島>  私はあらためて、中国建国60周年を考えてみる時だと思っています。1949年に毛沢東の中国と言いますか、共産中国が成立しました。まず、この事が日本にとってどれだけ重い意味があったのかという事を歴史的に総括したいと思います。
 1949年という年は終戦からわずか4年後ですが、この年に中国が2つに割れたという言い方もできます。それはどういう事かと言うと、それまで中国のリーダーとして、日本が戦った蒋介石の中国と言いますか、蒋介石率いる国民党の中国が毛沢東率いる共産党の中国に敗れて、蒋介石は台湾に追い詰められたという見方が出来るからです。そこで、日本人にとってこの事がいかに重かったかという事をよく考えてみる必要があります。
歴史に「たら」「れば」はないけれども、もし、蒋介石が戦後の中国で本土の政権をバッチリと掌握し続けていたのならば、日本の戦後復興はおそらく、後ろに30年ずれただろうと言われています。それは何故かと言うと、それまで戦前から戦中、戦後にかけてアメリカのワシントンにおいて、蒋介石の国民党を支援して日本と戦うという一群の人たちがいたのです。それを我々は「チャイナ・ロビー」と呼んでいますが、ワシントンで中国支援派として、蒋介石と手を携えて日本と戦った人たちです。その頭目がヘンリー・ルースというタイム・ワーナーの創始者で、「タイム」や「ライフ」という雑誌等を生み出した人物で、彼が中心になって旗を振っていました。彼が何故そのような事をしたのかと言うと、ルースは中国で生まれて14歳まで中国で育ったのです。彼の父親は長老派プロテスタント教会の宣教師でした。同じく、日本で長老派プロテスタント教会の宣教師の子供として生まれたのがライシャワー(元駐日大使)でした。ライシャワーは学者になり、ヘンリー・ルースはメディアの帝王になっていきました。ルースは自分が生み出したメディアを使って日本の危険性、つまり、自分が生まれ育った中国にひたひたと攻め寄せてくる危険性をアメリカ人に知らしめる必要があるという異様なまでの使命感に燃えて、例えば蒋介石の夫人の宋美齢をアメリカに呼んで反日キャンペーンのヒロインに祀り上げて全米ツアーを行ないました。アメリカの厭戦世論を反転させて日本を真珠湾に追い詰めていった男とも言われていたわけです。
 しかし、わずか4年で自分が支援した蒋介石が毛沢東に敗れて、台湾に追い詰められました。その事に衝撃を受けたチャイナ・ロビーの人たちは、今度は日本を西側陣営に取り込んで戦後復興をさせるべきだという流れをつくっていったのです。これはヘンリー・ルースとダレス国務長官の間に行き交っている書簡等を分析してみると見えてくるのですが、要するに、日本を西側に取り込んで日米安保条約を結び、本土の共産中国を封じ込めるという立場から「台湾ロビー」へと変わっていったという事です。そこからアメリカの対中国政策は、1972年のニクソン訪中というところまで、本土の中国を承認しないままに台湾を支援するという形で走りました。そして、その間、アメリカのおぼえめでたさを一身に浴びて、復興成長の流れの中を生きたのが日本だったのです。
 したがって、もし、戦後の中国に蒋介石の政権が続いていたのならば、アメリカの支援も投資も、まず、中国に向かって日本に回ってくる余地は30年後ろにずれただろうという事から先程の話になるわけです。
1949年の共産中国の成立が日本にとってどれだけ大きな意味があったか。日本にとって僥倖にも近い形で中国が内紛によって2つに割れ、その間隙を縫う形で日本の復興が始まったという事を考えたならば、いかに中国という要素が日米の関係の谷間に挟まっている要素なのかという事がよく見えてくるはずです。
したがって、共産中国成立、つまり、中華人民共和国成立から60年という節目を迎えて、日本人がいま考えておかなければならない事は、米中関係、日米関係、日・米・中のトライアングルの関係であり、いかに日米関係が二国間関係では解決しない、中国という要素が絡みついているのかという事をまず知らなければならないのです。これは私が今回の60周年という意味において、原点として確認しておきたい事なのです。
次に、視界を今度は1989年の天安門事件に転じたいと思います。今年は、中国建国から60年でもあるが、天安門事件からもちょうど20年が経ったのだという事です。1989年という年は、ベルリンの壁が崩壊した年であり、翌年1990年に東西ドイツの統合、更に1991年にはソ連が崩壊しました。中国が何故、天安門に集まっていた学生をあれだけ大きく弾圧したのかと言うと、東欧圏からソ連と言われた地域を睨んで、ひたひたと盛り上がってくる民主化運動に対する恐怖心と言いますか、中国もソ連崩壊に至ったプロセスと同じ様な方向に向かっていくのではないのかという恐怖心があったからです。中国の指導部の意識としては、天安門事件にあれほどまでの過剰反応をする事で国際社会からの批判を浴びる事を承知しながらも民主化運動を弾圧せざるを得なかったのです。それがいかに非道な事であっても、冷戦が終わった局面における社会主義陣営の中にあったそれほどまでの恐怖心が伝わってきました。
今回の60周年記念で胡錦濤主席が話した言葉の中で私が非常に気になった事は、冷戦が終わった後の中国は「社会主義的市場経済」だという言葉です。これは社会主義の本質は残すけれども、世界の潮流である市場経済に合わせていくという事です。かつて、多くの人たちは「社会主義市場経済」という言葉自体がブラック・ジョークだと言って、それ自体が矛盾をはらんでいるのではないかとからかっていました。しかし、政府が根底のところでコントロールしている中国経済の仕組みの方が、行き過ぎたマネー・ゲーム経済によって躓いた資本主義の総本山と言われているアメリカと比べると安定した舵とりをしていられており、社会主義的市場経済は必ずしもブラック・ジョークではないという状況になってきています。
そのような中で、今回の胡錦濤主席のメッセージでは「社会主義というものを基軸に大事にしなければならない」という方向にウエイトがいって、市場経済という言葉が話の中から少し消えました。これは世界の動向を微妙に反映していると思います。いま、全般的に見て、新自由主義の行き詰まりという流れの中で、政府なり公的な経済のコントロールが有効であり、重要なのではないのかという事に世界の目線が向かっている事を微妙に反映しているのです。
私は日本の今年の1月から8月までの貿易統計を見て、驚きました。日本の輸出と輸入を足した貿易総額の相手先の国の比重を見ると、中国との貿易比重が20.5%で、米国との貿易比重が13.5%でした。ちょうど20年前の冷戦が終わった頃、日本の貿易に占める中国との貿易比重はわずか3.5%しかありませんでした。つまり、いま、日本がいかに中国との貿易によって景気を下支えしているかという事がわかります。1990年のアメリカとの貿易比重は27.4%でした。それが13.5%まで落ちてきています。
日本という国がこの20年間で経済の基本性格を変えたと言ってもよいくらいです。どのように変わったのかと言うと、「通商国家日本は主にアメリカとの貿易によって飯を食っているのだ」と言っていれば当たらずとも遠からずだったのですが、いまや、「中国との貿易によって飯を食う日本」という姿に大きく変わってきているという事です。
更に、中国の発展を考えた時に、何度かこの番組でも話題にして参りましたが、「大中華圏」という切り口が一段と重要になってきているのです。日本は貿易の30.4%を中国を中核とするグレーター・チャイナとの間で行っています。つまり、中国と香港と華僑国家と呼ばれるシンガポールと台湾で、政治体制の壁はあるけれども、産業的には連携を深めているゾーンなのです。かつて香港、シンガポール、台湾と中国との関係は、海外に展開している華僑という人たちが親類縁者に送金をする程度の関係だったのですが、中国の成長力に合わせてビジネスモデルを一緒に創り出していく関係になっていき、中国も中国本土単体としてではなく、華僑圏をジャンプ・ボードにしてネットワークの中で発展していくのです。
例えば、シンガポールは中国の発展エネルギーをASEANに取り込む起点となっています。大中華圏の医療センターという言い方があるのですが、要するに、中国の金持ちになった人たちはシンガポールに行って最先端医療の病院に入院したり、検診を受けたりするという事で、それが年間に10万人近くになっているのです。つまり、それぞれが役割を果たしながら相関し合って、グレーター・チャイナのエネルギーを盛り上げていくという事です。
したがって、中国建国60周年という時に、我々の視界の中に捉えなければならない事は、「中華人民共和国が60年経って物凄い勢いでGDPを拡大していますよね」というイメージだけではなくて、そこを起点とするグレーター・チャイナが有機的に連携を深めながら躍動しているので、中国という存在がより大きな存在に見えるという力学の中に我々がいま身を置き始めているという事です。しかも、それに大きく依存して飯を食う日本と言いますか、つまり、分かり易く言うと、日本は貿易の2割を中国と行ない、貿易の3割を大中華圏の国々と行なう国になってしまっているわけです。これからますますこの流れは日本の産業の基本性格となって、一段とその中に組み入れられていくと言いますか、このような視界を持っていなければならないのです。私は「中国建国60年になったのですよね」という視点から、そのような視界に我々の目線を広げていきたいと思っています(註.1)。


木村>  いま、我々がグレーター・チャイナというものをキチンと見る事ができるのかどうか、となると、中国の存在感は大きくなって、日本の中には中国を遠ざけるのか、牽制するのかという論がすぐ起きるのですが、そこについてはもう少し我々は冷静に世界、アジアを見る力が必要で、そうしないと日本は生きていけないという事になりますね。


寺島>  「しなやかな」という言葉がありますが、拒否反応や拒絶反応等で生きていくのではなくて、アメリカに対しても同じ事だと思いますが、脅威と捉えるのではなくて、それ自体に日本が関わる事によって変えて行く事だと思います。
 中国という巨大な力を持ちつつある国を、とにかく世界のルールに従う国に引き込む事が重要です。知財件の問題や環境問題等において、中国が世界のルールの外にいる事はやはり、まずいわけです。中国が世界ルールに準拠して行動する国にしていくための役割としての日本というのは物凄く重い話です。要するに、苛立って罵倒したり、拒絶したりするのではなくて、世界のルールに引き込んでいくのです。私はそのような役割をニコニコしながらやっていくくらいの胆力がなければ、この巨大な存在と向き合えないだろうという事が中国の我々にとっての意味であると思います。


木村>  命題としては、ますます重くなると思いながら寺島さんのお話を伺いました。



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<後半>


木村>  番組の後半はリスナーの方からのメールに対して寺島さんのお話を伺います。北海道のラジオネーム「うに丼」さんからです。
「先日、自民党の中川昭一元大臣が突然お亡くなりになりました。中川元大臣は農業政策に関して、また、経済問題に関しても非常に長けていらっしゃった方であったと記憶しております。今回の事は非常に残念で仕方がありません。寺島さんは中川さんの訃報にどう感じていらっしゃいますでしょうか」というメールです。
 寺島さんは中川さんとは随分親交もおありになったとお聞きしていますが、いかがでしょうか?


寺島>  友人という言葉は当たらないと思いますが、つい6月末に北海道新聞の関連で帯広に講演をしに行った時に、帰りの飛行機の中で彼が隣に座って、羽田までの1時間半くらいの間、二人でじっくりと話し込んだという事がありました。更には、安倍内閣の時だったと思いますが、ワシントンから飛行機で帰ってくる時に、中川さんと一緒になり、飛行場の待合室にいる時からずっと話し込んでいたこともありました。
 彼も私も北海道の縁がベースにありますが、私がまだワシントンにいた頃、彼が農林水産大臣になるかならないかの頃の時に、私が日本に戻ってきて彼と会って、バイオマス・エタノール、例えば、とうもろこしから抽出したエタノールをガソリンに混ぜて車を走らせるという動向にアメリカが舵を切り始めようとしていた頃だったので、私が「これからバイオマス・エタノールという流れがきますよ」という話をしました。その後、中川さんは日本で「E3ガソリン」という3%のエタノールを混入できるような制度設計や流れをつくりました。彼は言葉に実があって、いい加減な人ではなく、本気で真剣に取り組む非常に責任感のあるよい持ち味の政治家だったと思います。
 彼も私に対して感じていたと思いますが、思想信条の違いと言いますか、私は彼と共鳴し合っていたのかと言うと、全く違っていました。例えば、彼の「日本も核武装をすべきだ」というニュアンスに近い考え方に対して、「途方もなく間違っている」と率直に言い合った事が何度もあります。私は「AGREE TO DISAGREE」の関係だという言い方をよくしますが、どのような意味かと言うと、私は全くあなたの意見に賛成は出来ないけれども、あなたがどのようなロジックと、どのような論点で主張しているのかという事だけは正確に聞き届けようというスタンスだという事です。DISAGREEである事をAGREEする、つまり、賛成しないという事を了解するのです。中川さんと私は、まさに、この関係だったと言ってよいと思います。したがって、親友でもなければ、友人でもなく、彼もおそらくそのように思っていたと思います。しかし、彼は政治という世界で飯を食っている人間の中で、いい加減さのない、ある面では非常に真剣に生きた人だったと思うのです。それ故に、最後の段階で彼が消耗していって、あのような形で燃え尽きたかのように亡くなったという事は物凄く悲しいです。そして、もう一度彼と本気で核について「何を言っているのだ」と言い合いたかったのです。
 そのような意味で、何と言いますか、思い出深い人間でした。先程、彼とは北海道の繋がりがあると申し上げましたが、彼は父親の地盤を引き継いで北海道の政治家になりました。日本興業銀行から父親の後を継ぐ形で政治家になっていった人です。そして、私と日本興業銀行は大変縁があったので、彼がそのような面で非常に経済の現場で若い時に鍛えられていたのだという事もよくわかりました。
 そのような意味でも彼は素材としても非常に重要な人物でした。自民党の中でもリベラル保守という谷垣禎一さんに象徴されるような、宮澤派の流れをくんだ人がいて、私は比較的に近い部分があります。
一方では自民党における保守派のロジックも大切だと思っています。どのような国においても、健全な保守というものが必要なのです。守るべきものの基軸というものが必要で、そのような意味合いにおいて、彼がどのような政治家として大成していくのかという事が日本には物凄く大事だと思っていたのですが、自民党の保守の軸の部分の歯が1本欠けたような印象があるのです。


木村>  中川さんの年齢からすると早すぎる逝去だったと言えるでしょう。寺島さんがお話になった、これから自民党がどのように再生していくのかという命題を担う一人でもあったと思いますし、そのような意味では我々にとっても本当に突然の死というものが衝撃的な出来事だったと思います。


(註1、大中華圏に関しては、2004年10月に岩波書店から発売された『大中華圏-その実像と虚像』(渡辺利夫、寺島実郎、朱建宋編)参照)



日時: 2009年10月25日 09:00 | パーマリンク

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【引用終わり】以上の通り
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【補足参考リンク1】 :

 【第154回国会 憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査ーーー第3号 平成14年5月9日(木曜日) 】 :

 http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/010915420020509003.htm#p_honbun
 
 http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/010915420020509003.htm


【同上参考リンク引用】以下の通り
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第3号 平成14年5月9日(木曜日)



会議録本文へ


平成十四年五月九日(木曜日)


    午前九時二分開議


 出席小委員


   小委員長代理 近藤 基彦君


      石川 要三君    高村 正彦君
      土屋 品子君    葉梨 信行君
      平井 卓也君    首藤 信彦君

       中川 正春君    中村 哲治君
      山田 敏雅君    赤松 正雄君
      藤島 正之君    山口 富男君
      阿部 知子君    井上 喜一君


    …………………………………


   憲法調査会会長      中山 太郎君


   憲法調査会会長代理    中野 寛成君


   参考人


   (株式会社三井物産戦略研


   究所所長)        寺島 実郎君


   衆議院憲法調査会事務局長 坂本 一洋君


    ―――――――――――――


五月九日


 小委員近藤基彦君四月十六日委員辞任につき、その補欠として近藤基彦君が会長の指名で小委員に選任された。


同日


 小委員金子哲夫君同日小委員辞任につき、その補欠として阿部知子君が会長の指名で小委員に選任された。


同日


 小委員阿部知子君同日委員辞任につき、その補欠として金子哲夫君が会長の指名で小委員に選任された。


    ―――――――――――――


本日の会議に付した案件


 国際社会における日本のあり方に関する件



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     ――――◇―――――


○近藤(基)小委員長代理 これより会議を開きます。


 小委員長の指名により、私が小委員長の職務を行います。


 国際社会における日本のあり方に関する件について調査を進めます。


 本日、参考人として株式会社三井物産戦略研究所所長寺島実郎君に御出席をいただいております。


 この際、参考人の方に一言ごあいさつを申し上げます。


 本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。


 次に、議事の順序につきまして申し上げます。


 最初に参考人の方から御意見を四十分以内でお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。


 なお、発言する際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。


 御発言は着席のままでお願いいたします。


 それでは、寺島参考人、お願いいたします。


○寺島参考人 寺島でございます。


 きょうは、この大切な調査会にこういう形でもって発言の機会を許していただいて、ありがとうございます。


 私の立場を一言で申し上げますと、私、九七年からさかのぼる十年間、アメリカの東海岸で、前半の四年がニューヨーク、後半の六年がワシントンで仕事をして帰ってまいりました。その前、国にも相当御迷惑をおかけした、三井グループが中東のイランでIJPCという大変大きな石油化学のプロジェクトを試みまして、イラン・イラク戦争、さらにその前にはイラン革命という、戦争と革命という二つの大きな障壁にぶつかって、結局、全面的にこのプロジェクトから撤退するという経験をしたわけですけれども、その際、IJPC関連の情報活動で世界じゅうの中東問題の専門家を訪ね歩き、シンクタンク等を動き回っていた時期がございます。


 したがいまして、私の議論というのは、外から日本を見る機会が非常に多いということから議論を組み立てていると御理解いただければわかりやすいかなというふうに思います。


 まず、冒頭の話としまして、私、「一九〇〇年への旅」という日本の二十世紀を総括する連載を新潮社の国際情報誌でずっと続けてきていまして、日本の二十世紀とは一体何だったのかということをずっと追いかけてきております。そういう中で、国際社会における日本のあり方ということがテーマですので、日本の二十世紀の国際関係とは一体何だったのかということを、日本外交の二十世紀と言いかえてもいいかと思うんですけれども、ざっくりとキーワードで言うと、アングロ・サクソン同盟というのが日本の二十世紀の外交を特色づけるキーワードだと思っています。


 どういう意味かというと、百年のうち実に四分の三、七十五年間、アングロ・サクソンの国との二国間同盟で生き延びたアジアの国という自画像を日本は持っている。前半の二十年、一九〇二年から一九二一年のワシントン会議で解消するまで、御承知のように、この国は、日英同盟という英国との同盟によって、これはユーラシア外交の成功体験という言い方がありますけれども、日露戦争から第一次世界大戦まで、いわゆる勝ち組として極東の小国からすい星のように大国の一翼を占める国にのし上がった時期がございます。


 日英同盟の時代が前半の二十年、間に二十五年、戦争を挟んだ非常に不幸な時期があって、その後、一九四五年から御承知のように五十五年間、新手のアングロ・サクソンと言ってもいいんですけれども、米国というアングロ・サクソンの国との二国間同盟で今日まで進んできた。


 しかも、その日米同盟も、復興から成長へという一種の成功体験というイメージと結びついていますので、多くの日本人にとって、アングロ・サクソン同盟を持っていた時代は、日本は成功体験をしたという認識がかなりの程度共通の認識として埋め込まれているといいますか、特に間に挟まった二十五年が戦争を挟んだ不幸な時期であったため、アングロ・サクソン同盟こそこの国の安定軸だという一種の基本的な考え方みたいなものができ上がっているというのが、多分この国の二十世紀の外交の、ほかのアジアの国には全くない特色だろうと私は思います。


 したがって、後でその議論になるわけですけれども、この国のこれからの国際関係について議論すれば、ここから二つに議論が分かれます。歴史の教訓としてのアングロ・サクソン同盟を大事にしていくべきだという議論と、そこから新しい発想でパラダイムを変えていくべきだという考え方とが必ず出てきます。そこで今、我々が何を考えなければいけないのかということをお話ししたいというのがきょうの僕の最大のポイントでございます。


 ちょうどことしが、日米安保が発効して、締結されてからは五十一年なんですけれども、発効して五十年の年です。日中国交回復三十周年の年です。非常に記念すべき年なんですね。問題は、日中国交回復三十年、日米安保発効五十年のこの谷間に挟まっている二十年についての認識というのが非常に重要だろうと僕は思います。


 この二十年の間というのは何を意味しているかというと、一九四九年に中国に共産中国が成立して、毛沢東の中国ができた。アメリカのワシントンで、戦前から戦中戦後と、いわゆるチャイナ・ロビーという言葉があるんですけれども、中国を支援して、反日親中国の論陣あるいは活動を展開していた一群のグループがあるんです。例えば、ヘンリー・ルースなんというタイム・ワーナーの創始者なんかがその中心にいた人物です。


 彼は、たまたま山東省で長老派プロテスタント教会の宣教師の子供として中国に生まれて、みずから育てたタイムとかライフとかフォーチュンなんという雑誌を駆使して、戦前のアメリカの世論を、自分が生まれ育った中国にひたひたと攻め寄せていく日本を、中国を支援して排斥しなきゃいけないという考え方で一大キャンペーンを張って、蒋介石夫人の宋美齢をアメリカに呼んで一大ヒロインに祭り上げたりしたんですね。


 要するに、真珠湾に向けて米国の世論を反日親中国に変えた男と言われていますけれども、例えば、そのヘンリー・ルースのような男に代表されるチャイナ・ロビーの人たちが、今まで自分たちが支援してきた蒋介石が敗れて台湾に追い詰められたことに衝撃を受けて、ちょうどバイメタルがひっくり返るように、日本を西側陣営の一翼に取り込んで、戦後復興させて、反共のとりでにしていかなきゃいけないという考え方がすっと浮かび上がったんですね。


 翌年、御承知の朝鮮動乱。それが一九五一年のサンフランシスコ講和会議につながっていくという意味は、当時ダレスとヘンリー・ルースの間に行き交っていた書簡なんかを、私「ふたつのフォーチュン」という本をそのことについて出しているんですけれども、分析してみるとよくわかりますが、要するに、一群のチャイナ・ロビーの人たちが、大陸の中国を封じ込めるために、日本を西側陣営に取り込んでいこうというシナリオがすっと浮上してきた。


 したがって、こう説明すれば一番わかりやすいんです。


 敗戦後、わずか六年で日本が国際社会に復帰できた最大の理由は何だということなんです。イラクが湾岸戦争に敗れて十年以上たっていますけれども、国際社会に復帰するというのは容易じゃないです。まるでモーゼの十戒の海が割れるように、日本にとっては僥幸にも近いタイミングで中国が二つに割れた。そのことによって今申し上げたようなシナリオが浮上してきた。それが五一年、サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約というシナリオの下地になった。


 さらに、こういう言い方をすると一番意思が伝わるかと思うんですけれども、もし戦後の中国を蒋介石がしっかり掌握し続けていたとしたら、日本の戦後復興は三十年おくれただろうと言われています。なぜならば、アメリカのアジアに対する投資も支援もすべて中国に向かって、戦後のアジアは戦勝国の中国とアメリカによって仕切られていった、日本の戦後復興の余地はかなりおくれただろうというふうに、これはもう一つの常識みたいな話です。つまり、間隙をつくように日本の戦後復興の可能性というシナリオが浮かび上がってきた。


 松本重治さんという有名な国際問題の研究者がおられましたけれども、戦前、一九三〇年代の上海でジャーナリストとして活動して、六本木の国際文化会館なんかをつくった人ですけれども、彼はなぞ解きのような言葉を実は残していまして、後進に対する教訓ということで、日米関係は米中関係だという言葉をくどいほど言い残しているんですね。それは何を意味しているかというと、日米という関係は二国間関係で完結しない、中国という要素が絡みついているということを言いたかったんですね、彼は。


 事実、そうなんです。この過去百年間の日米中の関係史を分析すると浮かび上がってくることですけれども、日米関係の谷間には常に中国という要素が絡みついている。ところが、戦後の日本人は、幸いなことと言えると思うんですけれども、このことを忘れていられた。


 なぜならば、今申し上げたように、中国が二つに割れて、アメリカの対アジア政策が二十年間の空白期間に入ったわけですね。御承知のように、アメリカが本土の中国を承認したのは、一九七二年のニクソン訪中というのがあったわけですけれども、要するに、二十年、対中政策がブラックボックスの中に入った、チャイナ・ロビーの中でも台湾派という人たちが物すごく影響力があったから。先ほど申し上げたヘンリー・ルースは一九六七年に死んでいるんですけれども、ヘンリー・ルースが死ぬまでアメリカは中国が承認できなかったという表現があるぐらい、つまり六〇年代末まで引っ張られたわけですね。


 香港問題を抱えている英国は、一九四九年の共産中国の成立と同時に本土の中国を承認しています。アメリカが二十年おくれたんですね。アジア政策が二十年空白の期間に入ったという表現をする人もいます。


 その間隙をつく形で、まさにすい星のごとく、復興、成長という、つまり、アメリカの支援とアジア戦略の中心としての日本という位置づけを受けて、戦後復興、高度成長というシナリオの中に七〇年代まですっと入っていけた。これはまあ僥幸にも近い風だったということですね。


 しかし、今、アメリカのアジア政策の基軸が根底のところで変わっている。それはどういう意味かというと、中国という要素の新たなる展開といいますか、要するに、表層観察していると、政権がかわるごとに米国の対中政策は揺れ動いているように見えますけれども、根底のところで、二十一世紀の経済大国、二十一世紀の軍事大国になりつつある中国に対するビジネス面からの期待という意味と脅威という意味の二重の意味で、アメリカの中国に対する関心はいやが上にも高まっている。


 したがって、アメリカの東アジア外交の基本性格が、日本がバイパスされて米中同盟ができるなんという、そんな単純な話じゃなくて、日本も大事だけれども中国も大事という相対的なゲームに変わりつつあるということは間違いない。


 ついこの間、胡錦濤の訪米というのもあったわけです。ブッシュ政権設立直後は、中国に対して、前クリントン政権が使っていた戦略的パートナーという言葉を引っ込めて、中国は戦略的コンペティターだというふうに言っていたわけですけれども、この間、日本、韓国、中国を訪れたブッシュ大統領及びパウエル国務長官は、中国に対して戦略的コンペティターという言葉を今後使わないということを言い始めて、御承知のように、次の国家主席だと言われている胡錦濤の訪米を歓迎するというシナリオに、政権発足当初の対中こわもて外交といいますか、ハードライナー的な対応というものがすっと変わってきています。


 したがいまして、そういう短期間の表層的な変化に対する観察だけじゃなくて、長期構造的に、二十一世紀の半ばに向けて、アメリカのアジア政策が、今私が申し上げているように、日本も中国も大事というゲームの中に収れんしていくであろうということは十分に想定しておかなきゃいけない。


 つまり、私が言いたいのは、戦後のこの半世紀というのは、特に米国の対中政策が空白期に入った二十年間というものの余韻を引きずって、アメリカのアジア外交の基軸が日本であり続けるという、ウイッシュフルシンキングという言葉があるんですけれども、期待感みたいなもので成り立ってきた。ところが、構造的にその期待が持ち得ない状況に入ってきているということを、日本人として我々は腹にくくっておく必要がある。


 しかも、悩ましいのは、アメリカという国も、多民族国家を束ねるために、理念の共和国という言い方がありますけれども、理念性を強く打ち出してきて、これが、御承知のように、政治的には民主主義というキーワード、経済的には世界の市場化といいますか、競争主義というキーワードで、世界じゅうをその価値のもとに引っ張っていかなきゃいけないという考え方。中国の方も、自分の国が発信している価値に非常にこだわるといいますか、世に中華思想という言葉があるぐらい、世界の文明、文化の中心は中国だと思っているような、この二つのある種の自国利害中心的な大国に挟まれて、日本が二十一世紀のかじ取りをしていかなきゃいけなくなるということは間違いない。


 そこで、私が申し上げたいポイントに入っていくわけですけれども、誤解していただきたくないのは、私は反米でも嫌米でもなく、自分では、私ぐらい親米派はないといいますか、アメリカに十何年世話になってきて、アメリカの社会システムの持っている多様性だとか、経済の活力を生み出している源泉だとかということについてはだれよりも評価している立場だと思っています。むしろ親米派がこそ、今まで戦後五十年、日米安保がこの国の安定軸を確立する上で大きな役割を果たしてきてくれたということを一定の評価をする立場の人間こそ、この先五十年どうしていったらいいかということについて、ある固定観念から脱却して、アメリカとの関係を冷静に再設計しなければいけない時点に差しかかっているんではないかということを申し上げたいわけです。


 私、国際関係の中でいろいろな人と議論してきて、特にOECDでも、最近、欧州の外交官等と話をする機会が多いものですから余計それを実感している部分もあるんですが、よく私が書いたものでも言っているんですけれども、二つの常識ということ。この国の国際関係のあり方を今後考える上での二つの常識ということを盛んに申し上げているわけです。


 それは、視野の狭い意味でのナショナリズムということで申し上げているんではなくて、グローバルなコモンセンスとして、国際社会の常識として、二つの常識ということに立ち返らなきゃいけないところに差しかかっているんではないか。


 まず第一の常識は、一つの独立国に外国の軍隊が長期にわたって駐留し続けているということは異様なことだという常識です。そんなことないよと言う人も世の中にはいます。ドイツにだって、あるいは世界じゅうにアメリカの軍事基地ぐらいあるじゃないか、日本だけじゃないじゃないかという議論があります。しかし、じっくり情報を集積すればわかることですけれども、例えばドイツは、九三年に米国の在ドイツ基地の地位協定というものを改定して、ドイツの主権を大きく回復するところにまで踏み込んでいます。


 つまり、日本における米軍基地のステータスを、反米でも何でもなく、冷静に分析すればわかることですけれども、ほとんど占領軍の基地のまま、一九六〇年の、四十年以上前の安保のステータスのまま今日現在も、冷戦が終わってもう十年たっていますけれども存在し続けているということになっています。


 最近、よく北京に行くんです。それから、サハリン・プロジェクトをやっていますからロシア関係の人ともよく議論をします。中国、ロシア、本音の部分で、日本をアメリカ周辺国だと思っています。ブレジンスキーが、最近の本でも、日本のことをプロテクトレートと呼んでいます。プロテクトレートというのは保護領という意味ですね、日本人の自尊心を甚だ傷つけるものですけれども。


 したがいまして、私が今申し上げたいのは、国際社会から見た日本は、国家としての問題意識において、今申し上げた第一の常識という意味において、過去五十年、冷戦の時代に日本を安定させる軸として日米安保が機能したということを評価する立場の人間でも、この先五十年、この国に例えば四万五千人、一千万坪の米軍基地が今のままあり続けても全く平気だとにやにやしているような国が、国際社会の中で大人の役割が期待されるだろうか、こういう意味での常識です。


 それから二つ目の常識ですけれども、米国はみずからの世界戦略とその時点での国民世論の枠組みの中でしか日本を守らないという常識です。


 というのは、きょう机の上にお配りいただいている委員会の関係法規集に日米安保条約が出ています。日米安保条約を読めばだれもが当たり前のことだということに気づくはずです。米国はみずからの世界戦略の枠組みとその時点での国民世論の枠の中でしか日本を守らないという意味はどういう意味かというと、日本人の多くは、日本を取り巻く有事なるものが起こったときに、いつでも駆けつけてくれる善意の足長おじさんのように日米安保というものを期待している節があるわけですけれども、そんなものじゃないということですね、基本的に。


 例えば、一番わかりやすい例が一つだけ浮かび上がってくるわけです。尖閣列島問題というものです。例えば、尖閣を中国がある日突然武力を行使して占拠したとすると、日本人の感覚からすれば、それはすぐさま日本のためにアメリカがみずからの国の青年の血を流してまで戦ってくれるんだろうというふうに日米安保を理解している人がいるかもしれませんけれども、これはアメリカの中にでもさまざまな意見が入り乱れています。


 国務省のアジア関係の人たちは、日中間の領土問題に巻き込まれたくないという意思を隠そうとしない。表面的には、いや、そのときはアメリカは動きますよという説明をする人もいますけれども。ところが、日本の立場からいえば、沖縄が一九七二年に返ってくる瞬間まで、尖閣というのはアメリカが施政権を持っていた領域で、あれはどちらの国の領土だかわからないんだよねというスタンスはあるはずがないロジックなんですね。にもかかわらず、アメリカは、先ほど申し上げたように、中国に息をのむように配慮しながら、できればこの問題には巻き込まれたくないという本音を隠そうとしない。


 したがって、私が申し上げたいのは、今後、朝鮮半島の統一だとか、いろいろな我々が今予測もできないような事態が展開されていく中で、日米安保さえあればこの国の二十一世紀の安定も確保されるという考え方は、簡単にはとれないということなんですね。


 この二つの常識ということをよく今考える必要がある。


 私が申し上げたいのは、対米関係の再設計という話なわけですけれども、僕はいかなる国家、民族にもナショナリズムというのがあって当然だと思っていますが、このナショナリズムというものをかなりねじれた形で封印してきたのが日本の戦後だと思うんです。


 健全なナショナリズムというものがあるとすれば、今我々がこの国のことを思って考えなきゃいけないのは、開かれたナショナリズムというものですね。つまり、近隣からも理解と共感が得られるようなナショナリズム、どんな国にも、一寸の虫にも五分の魂で、みずからの民族と国家を思う気持ちというのはあるわけで、そういう中で近隣の国からも共感と理解が得られるようなナショナリズムでなければいけない。


 といったときに、近隣の国を刺激するようなナショナリズムではなくて、この国において大人が今まともに取り戻さなきゃいけないセンスというのは、開かれたナショナリズムとして、アメリカに対する問題意識こそしっかり取り戻さなければいけない。つまり、ユーラシア外交などという言葉を使おうにも、僕は非常に魅力ある言葉だと思いますけれども、近隣の国がこの国をアメリカ周辺国としてしか位置づけないような状況下で、ユーラシア外交の展開というのは無理だろうというふうに思います。


 我々、戦後五十年の日米同盟、それからさらには、先ほど申し上げたように、戦前の日英同盟というある種の成功体験認識というものをベースに、米国というフィルターでしか世界を見ないという傾向をいつの間にか身につけてしまっている。


 したがって、これは、何も外交安全保障だけじゃないんです。きょうはそれがテーマじゃないから触れませんけれども、経済、産業についての考え方も、アメリカというフィルター、アメリカの価値観においてしか世界のあり方を認識しないという傾向が身につき過ぎちゃっているものだから、ブラインドが起こっています、陰の部分が、見えていない部分が。


 そういう中で、この外交安全保障の議論に戻して、例えば、では、この国のあり方としてどうあるべきなんだということについて私なりの意見を申し上げたいわけですけれども、私は、米国に対して、日米安保の二十一世紀をにらんだ見直しということを堂々と机上にのせていくべきではないか。その際、非常に重要なテーマになってくるのは、先ほども言いかけましたけれども、地位協定の改定、それから段階的な基地の縮小、ドイツがやったように、基地ごとの利用目的というものを厳密に再検討して、段階的に基地を縮小していく。


 例えば、この国には米国の陸軍が二千人駐留しています。アメリカのペンタゴンの中でのいろいろな資料で、御承知の先生は多いと思いますけれども、世に瓶のふたという議論があって、なぜ日本に陸軍兵力の駐留が必要なのかということの説明に際して、日本に軍国主義の復活を許さないために、アジア諸国の期待を担って陸軍兵力を駐留させておくんだというような説明さえなされている部分があります。


 これこそ日本人として大きく傷つけられる部分があるわけで、要するに、日本の軍国主義の復活を許すか許さないかは、独立国であるならば、日本の国民自身が主体的に考え、行動していくべきことであって、例えばそういうことを一つ一つ積み上げたならば、この国における日米安保をベースにしたアメリカの基地のステータスがどういうものになっているかということに気づいていきます。横須賀とか佐世保の基地のステータスは、米国の海軍基地というのは世界じゅうにありますけれども、例外とも言えるほどアメリカが占有権を持っている基地です。それを段階的に見直していく。


 ただ、これはちょっと話が横になりますけれども、お手元に、実は、きょう出た岩波の世界という雑誌に、ついこの間、僕は、アメリカのワシントンへ行って、アジア外交のいろいろな関係者の人と議論してきた結果を踏まえて、アメリカの新外交ドクトリンという論文を書いていますけれども、皮肉なことに、アメリカにとっての在日米軍基地というのは、むしろ重要性を九・一一以降高めちゃったんですね。


 どういう意味かというと、それまでは極東に十万人の前方展開兵力、日本に四万五千人、一千万坪とさっき申し上げたような前方展開兵力を配置しておくことが必要だということについて、例えば北朝鮮の脅威だとか、中国の潜在脅威とかということも含めてそこはかとなく説明がなされていたんですけれども、軍事の専門家であるならば、今サイバー戦争という言葉があるぐらい、衛星でモニターしてトマホークを撃ち込んでいくような戦いの時代において、仮に北朝鮮が南進しても、極端に言えば、ハワイ、グアムの線までアジアに展開している兵力を引っ込めても、一週間で北朝鮮をつぶせるぐらいの軍事力を持っているということについては、アメリカ側は盤石の自信を持っているにもかかわらず、ホスト・ネーション・サポートで七割の駐留経費を負担してくれるような基地、ビューロクラットという立場からいえば、後ろに、ハワイ、グアムまで引いたら、いわゆる縮小しなきゃいけないというんですね。


 そういう意図が働いているものですから、何らかの理由をつけて、極東に展開しておく兵力が十万人必要だということを一生懸命説明していたわけですけれども、皮肉なことに、この九・一一が起こって、アフガン攻撃をやってみて、日本のような占有権を確保している基地がいかに重要かということを思い知ったと思うんです。


 例えば、アフガンを取り巻いている基地、パキスタンの基地にしても、サウジアラビアの基地なんか、結果的には、サウジアラビアのちょっと反米的な動きに対する懸念もあって、アフガン攻撃には利用できなかったんですね。それぐらい気を使いながら、利用目的を限定して、交渉しながら使っていかなきゃいけない、基地を中央アジアなんかにも展開してみたわけですけれども。そうなってくると、一段と日本の基地のステータスのありがたさが身にしみるわけです。


 そういう意味で、特に、例えばイラク攻撃などということを想定してシミュレーションしているのは、本当に大まじめな段階に入っていると思いますけれども、アメリカ側は、インドネシアとかマレーシア、御承知のように、インドネシアは世界最大のモスレム国家という言い方があります。穏健派モスレムの国というふうに我々認識しがちですけれども、最近、シンガポールのリー・クアンユーなんかもその懸念を表明し始めていますけれども、国内に原理主義的な動きあるいは反米的な動きというものが非常に高まっていて、もしイラク攻撃なんということになれば、国内にその種の反米感、あるいは反政府感、あるいは原理主義的な動きというものに火をつけていく可能性があるということが言われ始めています。


 となると、アジアにまで中東の案件が飛び火してくるというか、そういうことを考えた場合には、沖縄を基軸にした日本の基地の重要性はむしろ高まっているという認識が、ペンタゴンの関係者の人たちの一様の発言になってきています。


 したがって、今僕が申し上げているような、基地の縮小なんというとぼけたシナリオが提示できるような時代ではだんだんなくなってきているという部分もあるんですが、私が申し上げたいのは、いかに時間がかかろうが、日本の意思表示として、対米同盟のあるべき姿への見直しということを提起していかなきゃ、たとえ五十年かけても、基地の縮小と地位協定の改定というものを提示していく意思を示さなければ、日米中というトライアングルの構図の中で、日本が存在感を持っていくことは多分できないだろうというふうに思います。


 極論すれば、僕は実は、これは現代の条約改正だと思っています。条約改正というのは、小村寿太郎、陸奥宗光を持ち出すまでもなく、我々の先輩たちは、国家が国家であるためにはどういう要件を整えているべきなのかということを、国際政治学のPhDを取った人ではないけれども、本能的に知っていたということですね。今、我々は、何やら戦後五十年の中でぼやけてきちゃって、先ほど申し上げたような常識さえ薄らいじゃって、何をすべきかということさえぼけてきちゃっている。


 僕は、誤解していただきたくないのは、日米安保を解消しろなんて言っているんじゃないんです。日米の軍事協力関係のアジアにおけるあり方を見直すべきだと言っているわけです。特に、専守防衛を基軸にして、さっき申し上げたような先端的な情報技術革新の中で戦争というもののステージがまるで変わっている状況下で、日米の軍事協力はどういうことに重点を置いたものであるべきかということをしっかり見直す。


 それから同時に、もう一つ強調しておきたいのは、多国間のフォーラムといいますか、これは予防外交というようなキーワードでも成り立つと思うんです。多国間フォーラムというのはどういうことかというと、アメリカのアジア外交の特色というのは、ディバイド・アンド・ルールという言葉があります。分断統治というものですね。二国間関係に断ち切っておくという考え方です。


 つまり、これは日米財界人会議なんかでも必ず蒸し返されてくる議論ですけれども、アジアにおいて多国間のフォーラムをつくるということに対して物すごく警戒的です。欧州においては、御承知のようにNATOのような多国間のスキームがあるわけですけれども、アメリカは、アジアについていえば、一貫して、日米、米韓それから米中、米フィリピンという二国間の関係はあるけれども、多国間の外交安全保障上のフォーラムをつくることについて非常に慎重かつ警戒的な展開を示してきています。それをディバイド・アンド・ルールと言うんですね。


 ところが、御承知のように、中国まで参加している多国間のフォーラムというのはAPECだけなんですね。しかし、これは安全保障とは何も関係ないわけです。


 これから日本は、特に東アジアに関して、ロシアとか中国だとか、韓国、北朝鮮をも含む多国間の、NATOのような仕組みはもちろんできないと思いますけれども、これは中谷防衛庁長官なんかも言われ始めているようですけれども、できるだけ情報の密度を濃く交流するようなフォーラムからスタートしていって、意思疎通を密にして、誤解とかあるいは突発的な出来事が起こらないように制御していくような予防外交的な布陣というものが必要になってくると思うのです。これは決してアメリカを排除するような構想ではなくて、アメリカをも巻き込みながら動き始めていく必要があるだろうというふうに思います。


 その他、時間が参りましたので、あと御質問の中で、アメリカの新外交ドクトリンに対する日本のスタンスだとか有事法制等に対する考え方は補足したいと思います。


 どうもありがとうございました。(拍手)


○近藤(基)小委員長代理 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。


    ―――――――――――――


○近藤(基)小委員長代理 これより参考人に対する質疑を行います。


 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。平井卓也君。


○平井小委員 きょうは、参考人、どうもありがとうございました。自由民主党の平井と申します。


 きょうの参考人のお話を聞いておりまして、同じような問題意識は我々自由民主党の議員も持っています。


 そこで、これは憲法調査会ですので、憲法との関連でまず単刀直入にお伺いしたいのですが、九条の問題、イコールこれははっきり裏表で日米安保というものがあったわけですから、私も、先ほど日米関係を長期的に見直していこうということには賛成でありますが、そのためには、その九条というものが、今の条文ではなく、私は、国際社会における日本の位置づけ論的なものに変えていかないと、今のままでは、安保の見直しだけでは十分に議論が進まないのではないかと思うわけであります。


 今まで九条の問題というのはアンタッチャブルな雰囲気もありまして、この理想を世界に広めていかなきゃいけないというような話と、また、これは非現実だから変えなきゃいけないという話、これが両方対立している中で知らない間に時がたってしまったんですが、例えば憲法の前文にしても、これはすばらしい理念だという見方もあれば、これは何だ、戦争に対して謝っているだけじゃないかというような考え方もある。


 ところが、トータルで考えていくと、やはり現実的には日米安保と九条の問題が切り離せないわけですから、私は、憲法の前文そして九条をトータルで変えていくべきではないかという個人的な意見ですが、参考人の御意見を聞かせていただければと思います。


○寺島参考人 私の今の御質問に対する答えは、九条の基本理念である部分、つまり平和主義といいますか、特に日本にとって、僕は、今後国際社会を多国間関係の中でリードし参画していくためには、日本の外交の基軸は非核平和主義であるべきだというふうに思っています。


 だからこそ、逆に言うと、今おっしゃった部分と重なってくるのですけれども、憲法を見直すということに消極的であってはいけないと思うんですね。


 軽武装・経済国家を貫くためにも、この国の中に矛盾があってはいけないんですね。私は、今早稲田の大学院大学で教壇に立って若い人と議論していても、あるいは高校生レベルでも、おっしゃったような九条と自衛隊の間に存在しているような矛盾ということに、何かこの国の大人社会には大きな欺瞞があるということの大きな根拠になっちゃっている。


 したがって、国際紛争を解決する手段として武力を行使しないなんという考え方は極めて重要だということで、きちっと、つまり非核平和主義を貫く基軸として残すべきだと思いますけれども、特に九条第二項における、例えば戦力を保持しないとか、あるいは交戦権は認めないという考え方に対しては、現実に即した考え方で矛盾のない形にすべきだというのが今の御質問に対する私の考え方です。


○平井小委員 私も共感するところは多い御意見であります。


 あと、安全保障の問題、先ほど参考人もちょっと触れようとされておりましたけれども、経済の安全保障の問題、あとまた、こういう言葉を最近使われているかどうかちょっと定かではありませんが、環境とか貧困とか病気とか、これは人間安全保障というような言葉も使われていたように思うのですが、日本の外交の場合は、ステージを幾つかに分けてこれからやっていかなきゃいけないのではないかな。


 というのは、余りにも今はパワーポリティックスと台頭する中国への対処ということばかりに頭がいってしまって、日本が中心的な役割を担えるようなもの、例えばこの間の京都議定書のようなものであるとか、軍縮であるとかエネルギーとか感染症とか、そういうグローバルガバナンスの分野において、そこは日本は独自外交ができるチャンスがあるのではないかなというふうに私は考えているのです。


 その意味で、日本ができること、さっき言ったような国土の安全保障というだけじゃない、経済とか人間とかというような分野にどのようにトータルで取り組んでいくかがこれからの日本の外交ではないか、そのように思うのですが、先生の御意見をお聞かせ願いたいと思います。


○寺島参考人 経済安全保障に関連して、お配りしている私の基本資料の五番の「エネルギー関連資料」というところをちょっと見ていただきたいのですけれども、ポイントは、日本の中東に対する石油の依存は、御承知のように八六%になってきています。あの七三年の石油危機と言われた年でさえ七八%だったのですね。いつの間にかこうなっちゃった。


 それは、九〇年代にグローバルな市場化という言葉が使われて、石油ももはや戦略的な商品ではなくて、ワン・オブ・ゼムの国際コモディティーだ、国際商品だという考え方から、IEA、世界エネルギー機関も、アメリカとかイギリスの影響力のもとに、石油のコモディティー化という流れが、グローバルな市場化というすべての分野についてその影響が出てきた。日本も、一セントでも安い原油を効率的に入手してこようということになると、太らせたタンカーで中東から数珠つなぎにして持ってくるのがいいという、効率性だけを探求していく方向へと傾斜していった。その流れの中で、気がつけば八六%になっているということですね。


 ちなみに、アメリカの中東に対する石油依存というのは、これは一〇%になっていますけれども、今約一五%だと言われています。アメリカというのは、ヒドゥンアジェンダ、隠されたアジェンダという表現でエネルギー戦略を語る人がいますけれども、極端に言えば、中東から一滴の石油が来なくてもアメリカはやっていけるというボトムラインで線引きしていると言われています。米州エネルギー自給構想というヒドゥンアジェンダ、隠されたアジェンダを持っていると言われている。したがって、権益は中東に持っているけれども、物理的には、中東に依存している度合いは、国内生産が四割ある国ですから、そういう部分もあるわけですけれども、一五%のあたりでぴしっと抑えているんです。


 日本は、気がつけば八六%です。したがって、湾岸戦争を思い起こしてもわかりますけれども、私は当時ワシントンにいて、先月までホルムズ海峡の上を哨戒していたけれども、下を通っているタンカーは全部日章旗を積んでいたぞという議論が、だれがだれのために中東を守ってやっていると思うんだという話につながって、日本の外交の選択肢を物すごく狭めている。つまり、経済安全保障の基軸というのは食糧とエネルギーだと思いますけれども、このエネルギーという問題においてもいかに虚弱な構造の上に立っているかということですね。


 アメリカという国は、エネルギーについても、食糧についても世界最大の食糧輸出国であります。今、日本の安全保障を考えるときに、まさに、おっしゃっているように、経済安保の分野で国家としての極めて重大な戦略的構想というものを持っていないとまずいといいますか、すべて市場化という流れの中に置けばいいというものじゃないという部分が、このエネルギーと食糧という部分だと思うんですね。


 したがいまして、高度の国家戦略性というものをその部分においては問いかけられているということで、これが、おっしゃるように、軍事における安全保障の問題と極めて密接にリンクしているということを私自身も痛感しているということを申し上げたいと思います。


○平井小委員 ありがとうございました。


 先生のおっしゃることは、本当にこれから我々が考えていかなきゃいけないことだと思っています。外交が非常に重要な局面に来ている中で、憲法問題というものも、さらに我々が今本当に真剣に考えなければならない問題だというふうに改めて認識をさせていただきまして、質問を終わります。ありがとうございました。


○近藤(基)小委員長代理 中村哲治君。


○中村(哲)小委員 民主党の中村哲治でございます。本日は、大変ありがとうございました。


 先生にまずお聞きしたいのは、安全保障における集団的自衛権の問題であります。


 九条から考えますと、私たち日本が自衛権を持っているのか持っていないのか、行使すべきなのかすべきでないのかという論点がまずあると思います。そして、自衛権を持っているから個別的自衛権の行使ができるというふうなロジックだと私は理解しております。


 日本が集団的自衛権の行使ができないというのであれば、集団的自衛権だけでなく、個別的自衛権も含めた自衛権が行使できないというふうに考えるべきなのではないか。自衛権を認めた以上、個別的も集団的自衛権の行使も認めるというのが、憲法解釈上私は妥当だと考えておるんですけれども、従来の議論はそういうふうになっていないと思います。そして、集団的自衛権を認めていないということが、かえって国益を損なうことになってしまっているのではないかと私は思っております。


 例えば、昨年のテロ特措法においても、個別的自衛権の範囲しか認められていないという憲法解釈をとっているがゆえに、現行憲法の範囲でできる限りのことをするということで、無限定無原則に、世界情勢によって最大限の協力をしていかないといけない。無限定無原則に自分たちがかかわる範囲を広げていってしまうというところに問題があるのではないかと思っております。


 つまり、憲法解釈でどこまでできるのかという一般的抽象的な範囲というものと、個別具体的にその状況においてどういうふうな政策決定をしていくのかということを分けて考えなくてはならないのではないか。


 そういうことを考える上においては、集団的自衛権の行使というものは認めていった方が、現代の軍事的なあり方、安全保障のあり方ともそぐうのではないか。武力行使と一体化というふうな概念が用いられておりますけれども、近代戦において、この武力行使と一体化という概念が本当に個別的自衛権と集団的自衛権を峻別する基準になるのかどうかも含めて、私は非常に疑問に感じております。


 前文の意思と九条の意思というものは、私は非常に大切だと思っております。この感覚を現代の世界情勢の中で生かすためにも、憲法解釈は変えて、そしてその中で、九条と前文の趣旨を反映して、できるだけ抑制的に自衛権の行使というものを考えていくことが必要なのではないかと考えておるのですけれども、世界情勢から見たときに、こういうふうな考え方、そして、今平井委員がおっしゃいました憲法改正のあり方を含めて、憲法改正をした方がいいのか、それとも解釈で変えた方がいいのか、その辺も、国益にはどちらがそぐうのかということをお聞きしたいと思います。よろしくお願いいたします。


○寺島参考人 私は、解釈改憲というふうな技術的な、いわゆる原則の崩壊みたいなことはまずいというふうに思っていまして、変えるならば、きちっと憲法を筋道通ったものにすべきだというのは先ほど申し上げたとおりなんです。


 今おっしゃった点について、ちょうど国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会の関係法規集というものの百六ページに、まさに日米安保条約がきちっと載っかっています。その冒頭のところをごらんになればわかるように、ここに「両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、」と明確に日米安保に書いてあるわけですね。したがって、私も、自衛権に集団的も個別的もなく、いかなる国も自衛権を持っているし、原則的にこの国も集団的自衛権も個別的自衛権も持っている。


 しかも、最も重要なのは、自衛権の発動に対する主体的判断力をこの国が持っているのかというところを重視しなきゃいけないと思うのですね。つまり、集団的自衛権を行使する判断、一緒に参画してこの国の防衛を図る、判断する、そういう基軸を持っているのかというところがポイントで、例えば今般の有事法制に関する議論にも絡んでくるわけですけれども、国家として、緊急時に対して緊急権を確立しておくということはある程度必要だということはよくわかります。


 だけれども、問題は有事認定というものです。その有事の認定にこの国が主体的な力を持っているのかどうか。現実論として、集団的だろうが個別的だろうが、今この国が、周辺事態という言葉で呼ぼうが有事という言葉で呼ぼうが、アメリカが現実的に軍事力を行使する行動に出た場合には、ほぼ自動的に、実態的にそれに巻き込まれていかざるを得ないという構図になっていることこそ問題なのではないか。


 したがって、この国が主体的に有事を線引きできる立場を確立するというのが、先ほど申し上げた、例えば地位協定だの基地の縮小だのという話を持ち出した最大の理由で、あとは、ある種の細かい技術論を超えて、日本が主体的に有事を判断できるようなさまざまな制度設計といいますか、例えば国際情勢を判断する情報力というものも含めて、国家としての戦略を確立する上での前提として、いかにも虚弱な部分を抱えているというのが僕の実感です。


 つまり、先ほどから繰り返しているように、アメリカというフィルターを通じてしか政策を判断できないようなところにまでなっているのではないかという問題意識を前提にして、今申し上げたような話でお答えにさせていただきたいと思います。


○中村(哲)小委員 次の質問に移らせていただきます。


 多国間フォーラムというお話がありまして、東アジアにおいて多国間フォーラムが大切だというお話でした。


 私、先週インドへ行ってまいりまして、インドという国から見て、インドまで含めた、東アジアからちょっと広げた方がいいのではないかというようなことも感じたんです。というのは、インドというのは大国でありながら民主主義の国でありますし、そして、行ってみてわかったのが、過去の悪い経緯がなかったということもあるのでしょうけれども、かなり親日的な国であります。


 こういったアジアの国と連携をとりながら、アジアの多国間フォーラムを考えるべきなのではないかというふうな印象を持ったのですけれども、それについてはいかがでしょうか。


○寺島参考人 望ましくは、その方向に行くべきだというふうに申し上げたいと思います。


 これは、配っている資料を若干活用する意味もあって、この二ページ目の「エマージング諸国の経済見通し」ということの中で、世界のエコノミストの平均的な予測値が、二〇〇二年、二〇〇三年についているんですけれども、おっしゃったインドというのは、今五%成長ゾーンということですごく経済的にも力をつけてきている、中国の七%ほどではないですけれども。


 御承知のように、ASEANとインドの関係というのは物すごく重要なんですね。特に、シンガポールとインドのITにおける連携というのは我々が物すごく気にしているところです。ASEANに対するインドの影響力、それからさらに、中国の南進という言葉がありますけれども、要するに、ASEANに対する大変大きな浸透性、影響力、そういう中で、アジアの経済大国としての日本がどういうスタンスをとっていくのかということは非常に重要で、こういう経済的な関係をも背景に置いて、それをより安全、安定したものに持ち込むための、おっしゃるような多国間の外交安全保障に関する意思疎通の場を南西アジアにまで広げたフォーラムにということは、一つの視界に入れておくべき戦略だろうと思います。


○中村(哲)小委員 それにはまだ状況が足りないということを、まず東アジアじゃないと現実的ではないというお話だと理解してよろしいんでしょうか。


○寺島参考人 僕が言いたいのは段階的接近法で、まずこの国にとっての、例えば日米安保そのものが極東条項というものに今日現在も縛られているはずで、いつの間にかそれを忘れられちゃっているわけですけれども、やはり東アジアにおけるまず予防外交に最大の重点を置いて、ただし、中国に対するカードとしてのインドというのは、これは歴史的にも大変重要なものがあるし、インドは、チャンドラ・ボースからパール判事まで、二十世紀の日本の外交に大変大きな意味を持ってきたところでもあるし、そういう意味合いにおいてインドカードというものを重視しなければいけないという視点は、おっしゃることは物すごく重要だと僕も思っています、ここのところインドとの関係もいろいろあるものですから。


 特に、インドのIT分野での力のつけ方というのは、日本が今後アジアとの連携を図るときに、ITにおける連携というときに必ずインドが視界に入ってこなきゃいけないということです。そういう意味合いにおいても、インドにより注目すべきだという視点をこれから大事にしなきゃいけないと思います。


○中村(哲)小委員 時間が参りましたので、終わらせていただきます。


 ありがとうございました。


○近藤(基)小委員長代理 次に、赤松正雄君。


○赤松(正)小委員 公明党の赤松正雄でございます。


 実は、先ほど寺島さんがお話をしてくださったとき、ちょうど衆議院のいわゆる有事法制に関する特別委員会で四十分間、小泉総理中心に質問をしてきましたので、肝心のお話が聞けなかったんですが、私は寺島さんが書かれたほとんどと言っていいぐらいの本を読ませていただいております。同世代、ちょっと私の方が年が上だろうと思いますけれども、団塊の世代、私は団頭の世代、塊の上、ビール瓶の先っちょのところ、昭和二十年生まれは団頭の世代だという造語をしておりますが、団塊の世代を引っ張っていくのは団頭の世代だという自覚を持っておるんです。


 寺島という人は、アメリカ通でありながら、アメリカにのめり込まないで、大変にアメリカに対しても辛口な論評をされている、今の日本の論壇状況の中では非常に珍しい位置の人だろうかな、いわゆる右でもない、左でもない、公明党と同じように真ん中じゃないのか、こういうふうに思った時期が随分あります。きょうは、こういうお話をさせていただくのは非常にありがたいと思っておるわけです。


 そこで、三つほど聞かせていただきたいと思うんですが、一つは、実はゴールデンウイーク、アメリカではゴールデンウイークなんてないんですけれども、ワシントンへ行ってまいりました。私は、寺島さんと違ってワシントンに行くこと二度目という、前回行ったときが例の湾岸戦争の直後、今回が九・一一直後、極めて節目に行っているわけですけれども、私は、そこで実はヘリテージ財団でちょっとばかり、五分間ぐらいのスピーチをする機会があったんです。そこで二つの失望という話をいたしました。


 一つは、日本から見たアメリカへの失望。


 これは、簡単に言うと、ブッシュ政権が沖縄の基地をいわば縮小する、そして世界の警察官たることをやめるんだということをブッシュが大統領選挙のときに言ったんですよね。言ったけれども、九・一一以降これは撤回したと見ざるを得ない、非常に残念だという一つの失望、日本から見たアメリカへの失望です。


 もう一つ、アメリカから見て、恐らく近い将来抱くであろう失望。


 それは何か。それは、要するに、これ以上日本に期待してもらっても困ると。日本は、十年前のPKO法から周辺事態安全確保法、テロ特措法、そして今度の有事法、これはすべてに公明党が深くかかわっています。これは、日本の憲法という枠の中で、日米安保条約の持つ特質をいかに生かすか、私の言葉を言わせてもらえば、ぎりぎりの知恵を使ってやった一つの所産だろうと思っています。しかし、これ以上求められても困る。先ほど集団的自衛権の話がありましたけれども、もっと日本にやるべきことがあるんじゃないかと言われても困る、もうここまでよという話をしてきました。恐らく、それに対して、アメリカの政権関係者は失望を抱くであろうという話をして、実に希望のない話をしてきたんです。


 こういう、私がトータル思うこと、今、寺島さんに聞きたいと思うことは、日米のいわば認識ギャップというんですか、日本がアメリカに期待すること、アメリカが日本に期待すること、この日米の認識ギャップというのはどうやったら埋められるのか。


 つまり、寺島さんのような人は、いわばアメリカに長くいてワシントンにもいろいろなつき合いがあって、今の立場でいろいろなことをおっしゃっている。だけれども、大多数の日本人はアメリカがよくわかっていない。ましてアメリカも、アメリカの国会議員なんて、今日本にほとんど関心がないと聞きましたよ。我々が行ったって会いたいなんていう人はほとんどいない。こういう状況で、ますます日米認識ギャップは広がる。こういった状況で、寺島さんはどういう秘術というか、こういった状況を打開するための考えを持っておられますか。


○寺島参考人 今、大変重要なことをおっしゃったと僕は思うんです。米中関係と日米関係の大きな違いは、相互敬愛というモチーフが違うといいますか、中国から見たアメリカに対する、これは美国と書くぐらい、近代中国外交史の中でアメリカが中国に登場してきたタイミングが、欧州とか日本からむしばまれていくプロセスの中で、カウンターカードとしてのアメリカの登場を歓迎したというところから始まっているものですから、米中関係というのは根本的にいい部分があるんですね。相互に敬愛しているような部分があるんです。


 日米関係にそういう部分がないというのが僕は非常にワシントンで実感してきた部分です。中国の要人がアメリカを訪問するときの雰囲気と、日本の要人がアメリカを訪問するときの向こうサイドでの受けとめ方をじっくり深く入ってあれしていると、親中国派とか知中派の人の厚みと親日派とか知日派という人の厚みは十倍違うだろうと思うぐらい、ずしっとくるんです。


 それはなぜかというと、例えば安保というものは、アメリカから見たら本音の部分で日米安保は片務条約です。なぜ自分の国の青年の血を流してまで日本を守ってやらなきゃいけないのという床屋政談的な議論が、アメリカ人の本音の中でフリーライダー論として蒸し返されてくる部分があります。一方、日本から見たら、一時、中曽根さんがそういうことを言われて問題になったことがありましたけれども、傭兵条約といいますか、ガードマン条約といいますか、おれたちが金を払っているんだという、七割はおれたちが負担しているんだと言わんばかりの本音がちらちらかいま見える。


 ですから、安保というものに対する相互リスペクトといいますか、敬愛がない仕組みを、お互いにやはり敬愛できるような仕組みに変えていかなきゃいけないということがこの外交安全保障における、まず、僕はポイントだと思う。それで、さっきからくどいほど僕は発言してきたのが、二つの常識というものに返って、この国におけるアメリカ軍の基地のあり方だとか地位協定の改定だとかというものをしっかり持ち出して、相互に敬愛できるような仕組みに近づけていこうよということを言い出さねばならないということを申し上げたんです。


 そこで、一つだけ、ちょうどきょう発売になっているから、お手元にコピーを配らせていただいた米国の新外交ドクトリン。多分、アメリカで議論されて同じようなことをお感じになったと思いますけれども、ブッシュ政権が、アフガン・モデルという言葉があって、アフガニスタンに短期に攻撃をしかけて親米政権をつくれたということをイラクにもというモチベーション、さらにはその延長線上に、この中で、後でお読みいただいたらよくわかっていただけると思いますけれども、ちょうど戦後直後に対共産圏封じ込め政策を発表したジョージ・ケナンという人がいたわけですけれども、ジョージ・ケナンがつくった外交ドクトリンにも匹敵するような、二十一世紀の新しい外交ドクトリンをつくろうという動きがアメリカの中でじわっと盛り上がっていると僕は思うんですね。これはチェイニー・チームだけじゃなくて、国務省のパウエルを支えているようなラインも一緒になって動き始めている。


 そういう中で、では、新外交ドクトリンというのは何だというと、アメリカのドミナントな、圧倒的に優位な役割を確保しつつ、テロとの闘いと、それから世界じゅうに民主主義という旗を立てていく。ただし、テロとの闘いも民主主義も、アメリカ的なコンセプトにおけるテロとの闘いであり民主主義なわけですけれども、そういうものを基軸にした外交ドクトリンを打ち立てようということで動き始めている。ある意味では、一種の役割意識肥大症みたいな気分になってきていて、今までユニラテラリズム批判というものがあって、世界の出来事に無関心なアメリカというものに批判があったものだから、ぐっと反転して、ねじれた形でのユニラテラリズムといいますか、アメリカ一極主義みたいなものが新たに展開されようとしている。


 私が言いたいのは、イラク攻撃カードとか、あるいは朝鮮半島政策の変更だとかというアメリカの新しい外交ドクトリンの中で見えてくるシナリオに対して、相当リードタイムを長くこの国が準備しておく必要があるということです。また、青天のへきれきのように、湾岸戦争とか九・一一とかという形で、パッチワークとは言いませんけれども、緊急避難的に事態に対応していかなきゃいけないというようなことに追い込まれないように、アメリカとの軍事協力関係というものを先ほど申し上げたリードタイムの中で見直しておかないと、結局この国に残された回路というのは、仕方がないじゃないか症候群といいますか、要するに、ほかにとる道はないじゃないかというところで政策が選択されていくということになりかねないんじゃないかということなわけです。特に、この新外交ドクトリンというのはかなり緊迫した動きだというふうに僕は思っていますので、後でお読みいただければと思います。


○赤松(正)小委員 わかりました。ありがとうございます。


 先にそういうお話がいろいろあったことを知りませんで、失礼しました。


 あと、では最後に一つだけ。


 これは、今も小泉さんにもお話し申し上げてきたんですが、要するに、日本のやるべきは、有事対応は万の一つだ、九千九百九十九の外交的努力が大事なんだという話の中で、私たち、一つの提案として、沖縄に国連のアジア本部というものを誘致したらどうだという、これには外務省がいろいろだめだと言うんですけれども、これはやはり二十一世紀の前半における大きなテーマとして、課題として、執拗に迫っていこうと思っているんですが、御感想を教えてください。


○寺島参考人 私自身も、国連がニューヨークに本部があるわけですけれども、ジュネーブに国連機関が十五本部を持っていて、年間四十万人の国連関係者がジュネーブを訪れ、一泊五百ドルするホテルがいつも満杯というジュネーブをつくり上げて、国際中核都市としてのジュネーブが、情報密度というのがキーワードだと思うんですけれども、いかに国際情報密度の高い町になっているかということを考えたときに、日本にも、おっしゃっているような国連アジア太平洋本部みたいなものを引っ張ってくるぐらいの気迫を見せて国連外交にかかわるべきだということを、実は書いているものの中で何回も主張していまして、おっしゃっている沖縄の人たちともよく意見交換しているんです。


 これは、沖縄であるべきかどうかということはまた別にしまして、沖縄が一番熱心であればそれを実現していくということも大いに重要で、そういう意味で、アジアには国連関係の本部というのは、日本にも例えば国連大学が青山にありますけれども、何も大学のキャンパスがあるわけじゃない。実際問題として、幾つかの国連関係機関のセンターが神戸とか横浜にあるだけで、あとはタイのバンコクにESCAPの本部があるぐらいですね。


 したがって、日本が国連外交を重視するならば、しかも欧米偏重と言われている国連に対する問題点を提起する意味も込めて、アジア太平洋の国連本部、特に日本が得意とする分野での国連機関、例えば経済協力に関する機関だとかアジア太平洋地域のエネルギーとか食糧の、さっき申し上げたような安全保障にかかわるような国際機関だとかを粘り強く積み上げて誘致して、国連アジア太平洋本部というものを日本に引っ張っていこうという考え方は、この国を空洞化させないためにも、あるいは安全保障戦略においても実に意味があると思います。というのは、要するに、年間四十万人の国連関係者が訪れるようなところというのは、例えば核攻撃できませんから、そういう意味も含めて、おっしゃっているポイントはすごく重要だと思います。


○赤松(正)小委員 ありがとうございました。終わります。


○近藤(基)小委員長代理 次に、藤島正之君。


○藤島小委員 自由党の藤島正之でございます。


 米国が我が国を考える場合、日米安保条約もそうですが、やはり意識的には、当時は極東ソ連軍が随分大きなウエートを占めていたと思うんですが、今は、当時の十分の一ぐらいしかないわけで、全く考えていないわけです。それにかわって中国が出てきておるわけですけれども、米国が中国を考えると同様に、日本にとっても中国というのは大変重大な影響のある存在になっているわけです。米国は、今後の中国をどういうふうになっていくと見ておるんでしょうか。


○寺島参考人 今のブッシュ政権の中国政策というのは、台湾問題を封印しながら、台湾問題の存在をきちっと重視しているということを明確にしながら中国との関係を改善していこうという、いわゆる七九年の上海コミュニケみたいなところに戻ったというふうに考えていいだろうと僕は思っています。


 その背景には、先ほど申し上げたように、やはり二十一世紀の経済大国中国に対するアメリカの、ビジネスの熱烈とも言えるような関心。アメリカにとっての貿易赤字ですが、米中間の貿易赤字の方が日米間の貿易赤字よりも超えたという、去年からそういう数字になっているわけですけれども、アメリカにとって、日米間の貿易赤字と米中間の貿易赤字は性格が大きく違うんですね。


 それは何が違うかというと、中国からアメリカに輸出されていっているものの六割は、アメリカの企業が中国に投資をして、そこの工場からできた製品が、例えばナイキの靴屋が靴の製造工場を中国につくって、それがアメリカに戻っていっているといいますか、いわゆるブーメランというものなんですね。したがって、アメリカの企業がもうかる形ででき上がっている米中間の赤字と、アメリカの企業がもうかる形にはなっていない日米間の赤字とでは性格が違うということが言われているのですね。したがって、対中最恵国待遇を毎年のように見直す行事が行われていたわけですけれども、ワシントンに圧力をかけに来るのは中国政府でもなければ何でもなく、アメリカの企業自身が最恵国待遇を延長しろという圧力をワシントンにかけるというか、それぐらい米中関係の密度というのは経済面でも深まっていっている、投資、貿易含めてですね。


 しかも、先ほど申し上げたように、歴史的に見て、米中関係というのは非常に根の深い、在米華僑三百万と言われていますけれども、いろいろな意味で根深い関係を持っている中で、日本が、先ほど申し上げた米中日のトライアングルの中で、この両国との関係をバランスよく組み立てていくというゲームは物すごく難しくなってくるというか、それを意識しなきゃいけない局面に入っているということが、申し上げたかった大変大きな問題意識なわけです。


○藤島小委員 もう一点。


 日米安保が、十五年ぐらい前には、日米の経済戦争に対する、非常に日米関係をうまくやっていく基本みたいなものがあったわけですけれども、今やアメリカと日本の経済がどんどん差がついて、逆にアメリカでは五十一番目の州みたいなことを言う人もおるし、我が国でもその方がいいんじゃないかなんて言う人もいるんですけれども、米国は、今のような日本がずっと日米関係として続いていく方を望んでいるのかどうかですね。


○寺島参考人 私も、直近に行ったワシントン、ニューヨークでの議論で、先生が今御心配されているような、アメリカにとって日本が極端に小さくなっていくというか、私、十年いた間、これほど日本がある種のさげすまれた目線で議論されている経験をしたことないというぐらい小さくなってきているという実感があります。したがって、アメリカの議員も、この一年間、世界じゅう、先ほど話題に出ていましたけれども、中国にはどんどん今関心を持って行くけれども、日本に行く議員はいなくなったみたいな話をどこからも耳にするようなことになっちゃった。


 ただし、ここから一つ申し上げたいのは、話を長くしちゃいけないんですけれども、僕は、九〇年代にアメリカは産業構造の基本性格を変えたと思っているんです。冷戦が終わって、それまで軍事という産業に基軸を置いていた産業構造が、金融といいますか、要するにウォールストリートに軸を置くようなマネーゲーム型の産業構造に変わったということを盛んに僕は分析して言ってきているんです。そのことのために、日本に発信してくるメッセージも、やたらに金融に関心を持ったメッセージに変わってきているということに気がつかなきゃいけないと思うんです。


 ところが、この国の産業の基軸というのは、マネーゲームの国じゃないわけです。物をつくることに対する生まじめさ、例えば製造業を中軸にした、農林水産業からあるいは建設業に至るまで、ここの部分でやはり日本の産業化というものの基軸がなされてきたわけです。そういう意味で、この先の日本ということを考えたならば、同じ土俵だけで、つまり金融にだけ軸足を置いた産業国家になりつつあるアメリカと同じ土俵の中だけで針路を議論してちゃいけないということが僕の言いたいポイントです。


 したがって、アメリカに対して話をするときに、全員が株価と不良債権の話だけ話題にしているような構図から、日本の新しい産業の創成とか活性化というときに、どこに軸をとって産業の創成とか活性化をやらなきゃいけないかということを視界に入れなきゃいけない。


 したがって、アメリカというのは新しい技術パラダイムを成長力につなげていく巧みな力を持っていますから、ITだバイオだナノだとしかけてきているわけですけれども、日本も、新しい技術パラダイムとともに、新しい、その技術に乗っかった、自動車産業の次の新しいプロダクトサイクルをつくり出していくような産業政策といいますか構想力が物すごく問われていて、そこの部分が踏み固まらないと、やはり日本が国際社会の中で敬愛されている最大のポイントはまだそこなわけですから、アメリカも日本を見る目を改めて見直すという気持ちになるときに、多分このポイントが重要だろうなと思っています。


 一つだけわかりやすい具体例を挙げると、僕、これは半分冗談だという意味で言っているわけじゃないんですけれども、今回、ずっと関係者といろいろ議論してきて、それだけは日本はやめた方がいいよということを大いに進めることがこの国の再生にとって役に立つという気がしてきた、逆説的な表現ですけれども。何かというと、例えばジェット旅客機のことなんです、わかりやすく言うと。


 日本は、ボーイングだとか欧州のエアバスに対抗していくようなジャンボジェットをつくるということは、市場性からいって大変現実論からかけ離れるかもしれないけれども、例えば沖縄なんかの空港の整備なんということを前提にしたら、台湾とか香港とか上海だとかというところと、コミューター型の中距離の航空機需要は二十一世紀になったら非常に大きいわけですね。


 例えば、中型旅客機みたいなものに日本の持っている産業技術と資金力とエンジニアの力を集中していく、こういうことをやったらどうだろうかということを仮にアメリカに提起したとします、発想として。それだけはやめた方がいいよといって、必死になって反論します。なぜならば、アメリカのものを買えばいいんだよ、そんなもの自前でつくるなんということはやめた方がいいよ、大変な困難があるよということを盛んに言います。しかし、同じことを自動車産業の創成期のときに言っていたんですね、アメリカのものを買えばいいよと、日本が国民車構想なんというものを発表する以前に。ところが、頑張ったから今日の輸出第一位のアイテムになっているわけですね。


 事ほどさように、航空機というのは、ITもバイオもナノの技術も集結したようなプロダクトイメージですよね。そういうものをきちっとつくっていくことにチャレンジするぐらいの気迫がなければ、物を基軸にした経済の再生なんということはあり得ないんじゃないかということを私は言いたいんです。ジェット旅客機だけが唯一のプロジェクトじゃありませんよ、もちろん。ただ、一つの例として意思を伝えたいということでございます。


○藤島小委員 もう一点、日米安保の変質みたいな部分、極東条項で、本来、日米安保は極東の安全ということでできたわけですけれども、最近、アジア全般あるいは中東までをにらんだアメリカの世界戦略の中にどんどん組み込まれていっている。先ほど先生も、地位協定等を見直さなければいかぬというふうにおっしゃっているわけですけれども、ある意味で、本当に日本が独立国であるというためには、ある程度米国から独立したものでなければいけないわけですけれども、その辺は今後、先生さっき二点おっしゃいましたけれども、我が国としてどういうふうに発想し行動していけばいいのか、承りたいと思います。


○寺島参考人 本当の筋道論からいえばまさにおっしゃるとおりで、極東条項は今日現在も厳然として安保条約の中に存在しているわけですね。ところが、例の周辺事態法というものを踏み固めるときに、中国に気兼ねして、御承知のように、周辺事態は地理的概念ではないという考え方に少しスライドして、事態の性格というものを議論するような方向に議論が盛り上がったがために、さすがにこの間のアフガニスタンへの攻撃を周辺事態法の枠におさめるというのは無理だろうということになりましたけれども、あのあたりから、明らかに、おっしゃるように極東条項というものの空洞化が始まった。例えば今般の九・一一以降の展開の中で、アメリカが沖縄の基地からあるいは日本の基地からアフガニスタン方面に出ていくことに対して、十年前だったら、そのことを問題提起するメディアも含めて大変な騒ぎになったでしょうけれども、今、何事もなかったかのように、まさに堂々と中東にまで展開していくことを一切障壁なく展開できるような状況になし崩し的になっちゃっていますね。


 そのことに対して、先ほどから申し上げているような基地の縮小だとか地位協定の見直しという意味は、主体的に日本の危機、有事、周辺事態というものを認定できるポジショニングをとっておくことに努力しないと、イラク攻撃を米国がしようが、八六%の石油を依存している中東でアメリカが軍事行動を起こしたら、それは自動的に、あなたのバイタルインタレストじゃないか、だれのためにシーレーン守ってやっていると思っているんだという議論はずしんとこたえて、沈黙せざるを得なくて、結局、いろいろ理由はつけるけれども、後追い的についていかざるを得ないという状況に入っていくわけですね。だから、そこをきちっと線引きできる基盤をつくっていかなきゃいけない、制度設計していかなきゃいけないということは、おっしゃるとおりだと僕は思っています。


○藤島小委員 ありがとうございました。


○近藤(基)小委員長代理 次に、山口富男君。


○山口(富)小委員 日本共産党の山口富男です。


 きょう、冒頭に参考人おっしゃいましたように、二十一世紀の国際社会における日本の役割を考えた場合、当面の問題だけでなくて、二十世紀の、世紀の長い視野で物事を見ていくことが大事だという提起、私も同感なんです。


 それで、今の時期見ますと、国際社会では、アメリカとの同盟関係にある国でもきちんと物を言って、そして自国の立場を表明いたしますね。それから、特に非同盟諸国の力が強くなっておりますから、二十一世紀の新しい国際的な社会の配置というものが予見されるような時期に来たと思うんです。そういう中で日本のあり方が問われると思うんですが、特に外交の場合は、その国の理念や持っている立場が集中的にあらわれますから、きょう、日本を外から見ているなんというお話がありましたけれども、やはりよく気づかれると思うんです。


 私自身は、日本の外交の問題でいいますと、一つは自主性の弱さ、それからアジアとの関係が非常に希薄ですよね。それに加えて、平和の努力が足りないという弱さを持っているように思うんですが、きょう参考人が、安保の問題を含めまして、日米関係で新しい再設計が必要なんだというふうに提起された背景にもそういう問題があると思うんです。


 そうしますと、日米関係というものをもう一度考えていく場合に、きょう、憲法の平和主義の問題で非核平和主義という特徴づけをなさいましたが、そういう憲法の持っている平和の立場、こういうものが、見直しの中で、再設計の中でどのような役割を果たすというふうにお考えですか。


○寺島参考人 僕は、例えばアメリカの核政策に対して非核という言葉をつけ加えたところでもあるんですけれども、五大核大国のアメリカの持っている矛盾というのは、長々としゃべる気はないですけれども、唯一の被爆国論を持ち出す気もないけれども、多国間外交というのは理念が要るということなんですね。というのは、戦後の日本の外交は、極論するならば日米二国間同盟外交だから、アメリカとの調整に最大の力点を置いていますから、会社でいえば、会社側と組合との交渉みたいなものですね。同じ顔を五十回も見ていれば落としどころが見えてくるという交渉だったわけですね。


 ところが、今は、こういう丸テーブルを囲むような、多国間の外交というものに長い流れとしては向かわざるを得ないわけです。ところが、多国間外交の最大の特色は、あいつの言っていることも筋が通っているよなというものを多くの参画者が納得しなきゃいけなくなってくる。そのときに日本が、今、国際社会にこの国の外交を語るときに重要なキーワードは何だろうかということを熟慮してみると、やはり非核平和主義の徹底ということで、アメリカに対しても核政策の矛盾というものを語ると同時に、中国の核実験に抗議するにしてもフランスの核実験に抗議するにしても、日米同盟を持っているからアメリカだけには何も言わないのですかという、さげすみみたいなメッセージの中で非核外交みたいなことを言ってみても始まらない部分があるわけですよ。


 したがって、筋を通すためにも、一つの例として申し上げているわけですけれども、おっしゃっているように、アジアとの関係が希薄じゃないかという部分、それから平和の努力に欠けているじゃないかという部分、僕は、まさにそのポイントにおいてはそのとおりだと思います。


 ですから、そういう意味において、トラウマとしてのアメリカというんですか、これをしなやかな意味で、反米とか嫌米とかで興奮するんじゃなくて、アメリカとの関係を大事にしながら、しかもアメリカが掲げている理念というのは一定の度合いにおいて我々が共感できるものは大変大きいわけです、民主主義とか人権とかという部分においては。そういうものを共有しながら、しなやかにこの国の自己主張というものをきちっとしていかないと、国際関係の中で、先ほども申し上げたんですけれども、本人は子供なのに、大人だと思い込んでいる子供というか、そういう位置づけを受けているということに気がつかなきゃいけないということです。


○山口(富)小委員 私も、アメリカとの関係ですと、安保条約をなくして本来の友好的な関係に戻すべきだというふうに考えているんです。


 それで、アジアとのかかわりなんですけれども、先ほど有事法制の問題で、これは、実態としては、アメリカが戦争をやっている場合に日本が巻き込まれるというお話だったんですが、今度の有事法制の一番の問題は、武力行使法になっているということなんですね。先ほど参考人が、認定の問題が極めてあいまいだというふうにおっしゃいましたが、それと重なり合う問題だと思うんです。


 となりますと、日本は、九条を初めとして、戦後国際社会に復帰したときに、特にアジアとの関係で、五〇年代に国交回復が始まっていくわけですけれども、ああいう戦争状態を二度と繰り返さないという国際的な信義のもとに国際社会に戻ったと思うんです。その点で、アジア社会から、国交回復して五十年たつのに、非常に国際的な信義にもとるじゃないかという批判も、いろいろ物を読んでおりますとかなり出ているんですね。このような批判についてはどのように見ていらっしゃいますか。


○寺島参考人 我々が本当に発想を変えなきゃいけないという部分で申し上げるんですけれども、例えば外交安全保障の日米関係について、アメリカの方がはるかにやわらかくしなやかな可能性を探求している。という意味は、今おっしゃっている文脈とつながるわけですけれども、一つの例として、正式な公式な意見ではないけれども、フリーディスカッションをやっていると、例えばハワイ、グアムの線まで極東の全米軍基地を畳んで引き下がったとして、極東で何かが起こったときに、例えば北朝鮮の南進みたいなことが仮にあったときに、ハワイ、グアムから対応できるような緊急派遣軍を維持しておくための経費を日本がもし負担するというような構想にコミットするならば、段階的に日本の基地を縮小できる可能性は大いに広がるかもしれないなんという意見を持っている人が、ペンタゴンの中とか国務省の中なんかにも、あるいはNSCなんかにもいるんですよ。


 日本の方がはるかに硬直的な考え方で、もし基地の問題なんか持ち出したらえらいことになるだろうというぐらいの気持ちでいるわけですけれども、日本から言い出さないのに、七割も経費を持ってくれているような基地から引き下がっていくような案をみずから出す必要はないでしょうというのが多分本音だと思うんです。


 したがって、何が言いたいかというと、そういうやわらかい発想というものを日本サイドこそ、この国にはいろいろなオプションがあるんだというところに気がついて、交渉の土俵にのせながら、私は、多分、山口先生と意見が違うのは、やはり日米の軍事協力関係というものは極東の安全保障にとっても、日米安保という今の形のままという意味じゃないですよ、いわゆる日本の専守防衛という基軸を大事にしながら、しかもさっき申し上げたようにストラテジック・インフォメーション・ウォーと言われて、つまり情報戦争というものが物すごく重要なステージになってきているような段階での新しい日米の軍事協力関係、それを安保と呼ぶかどうかは別ですけれども、そういうものを構想する方向に踏み込んでいく。


 アメリカを排除していく形でアジアの安定というものはできないから、これは二十一世紀の唯一の超大国というような意味だけじゃなくて、この百年の歴史を振り返っても、日本のアジア戦略の悲劇は、ちょうど日清戦争から日露戦争にかけて、日本がアジアに、本人は進出と言い、侵略していくタイミングと、アメリカが南北戦争に戸惑って本格的にアジアへ出てきたのが、一八九八年のフィリピンを領有する形で米西戦争に勝ってアジアに出てきたタイミングがシンクロナイズしちゃったんですね。それ以降、トラウマのように、アメリカのアジア戦略と日本のアジア戦略が必ず絡み合ってくる部分があって、そのことを考えた場合には、やはりアメリカというものを大事に配慮していかなければいけないという部分も物すごくあると思うんです。


 したがって、自主性、主体性を探求すると同時に、アメリカに対する本当の意味での相互敬愛、友情を込めた関係というものになっていかなきゃいけないというのが私の申し上げたいポイントです。


○山口(富)小委員 参考人おっしゃいましたように、安全保障のあり方の問題をめぐっては意見の違いがあります。私は、九条について言いますと、これを貫く方向で矛盾を解消すべきだという立場なんです。


 しかし、いずれにしましても、日本の憲法が持った平和理念、あの時期、一九四五年から六年、七年にかけての時期と、ちょうどあの時期に国連憲章が生まれて、国際社会での平和の探求というのも一つの到達に来るわけですね。


 きょうのお話の中で、アメリカの外交ドクトリンや単独行動主義への批判が非常に強いというお話がありました。私も、特にヨーロッパの場合、アジアの場合も、国連の掲げる平和主義との関係で、アメリカの立場はおかしいじゃないかという意見が非常に強く出ているというところに注目しているんです。今、二十世紀を振り返ってみて、憲法が掲げ、それから国連憲章が掲げた、国際的な力で平和をきちんと保持していこうじゃないかという理念は二十一世紀もやはり生きるべきだと私は考えておりますが、そのあたりはどういうお考えをお持ちですか。


○寺島参考人 私も全くそう思っています。ただ、冷戦が終わって、僕はその期間ずっとアメリカにいたわけですけれども、やはりソ連、東側という対抗勢力を失ったことによる緩みとおごりという部分、それがユニラテラリズムに出た。


 それから、経済の構造が、軍事産業を基軸にする産業構造から、さっき申し上げたようにマネーゲーム型の方向へシフトしていって、全員が株のことだけ議論しているような雰囲気の中にすっと吸い込まれるにつれて、アメリカが国際社会にまじめに関与しようなんという議論が消えていって、それが社会心理にまでなっていって、ブッシュ政権のキャッチフレーズは、アメリカ・ファーストと言ってはばからない。アメリカの利害が第一だというようなメッセージに拍手が起こるようなアメリカになっちゃった。


 それが、京都議定書の問題から、昨年七月の国連の小型兵器の制限会議に関するアメリカのスタンスなんかを見てもわかるように、自国利害中心主義、困ったもんだよなというのが、欧州の外交団の人なんか、本当に、飯食うと、OECDの会議なんかに出ていると毎晩のように嘆いているというのが去年の九・一一の直前の雰囲気だったんですね。


 問題は、日本は同盟国として、友情を込めて、国際社会の出来事にまともな形で関与する方向にアメリカを引っ張っていかなきゃいけない。


 それで、太陽政策、要するに、北朝鮮を孤立させるより、建設的な形で国際社会に関与させた方がいいというので、日本語では関与政策というふうに、エンゲージメントポリシーと英語では言いますけれども、中国を孤立させるよりも、オリンピックを開催させたりいろいろな形でどんどん国際社会に取り込んでいった方がいいというときに、エンゲージメントポリシー、関与政策という表現を使うけれども、欧州の外交団の人が言っていました。エンゲージさせるべきは中国でも北朝鮮でもなくアメリカ自身だという言葉が成り立つぐらい、自国利害中心主義、ユニラテラリズムに傾斜していく傾向はあったわけですね。それを、やはり率直に友人としても意見を言い、日本自身のスタンスとしても、どうあるべきかということを発言し始めないとまずいというふうに僕は思っています。


○山口(富)小委員 ありがとうございました。


○近藤(基)小委員長代理 次に、阿部知子君。


○阿部小委員 社会民主党・市民連合の阿部知子です。きょうは寺島参考人にお話を伺うことができて、大変楽しみにしてまいりました。


 冒頭、私はまず、寺島参考人と同じ団塊の世代真っただ中で、そして、まだ議員になりまして二年弱でございますが、この仕事につく前は小児科医で、とりわけ思春期の子供たち、今日本の中でキレるとかさまざまな悪い方のレッテルを張られている子供たちの診療をしておりました。


 その子たちと話し合いながら、つき合いながら、ある種時を一緒に過ごしながら、しみじみつくづく思いましたことは、こういう子供たちを生んだ、いわゆる私たち団塊の世代の親のあり方、あるいは日本の戦後のあり方、拝金主義であったり、家庭は、守ることは正しいことであるが、それが地域的広がりを持たない、あるいはある種の公共性を持たないというふうな非常に閉塞的な社会をつくってしまったことに、私もその世代の一員としての責任を感じておる者の一人です。


 そして、先生の御本を拝読しながら、書かれているものの根底にあるのが、そうした我が国の現在の大人社会が、どのような政治的あるいは社会的責任、あるいはこの国の将来についてどういうメッセージを送るかという点がなければ、この国に未来はないという非常な決意によって書かれていると私は拝読しましたので、きょうはそういう観点も踏まえてお話を伺わせていただきたいと思います。


 先ほど来の先生と委員の皆さんのお話を伺いながら、私もアメリカにおりました短い経験の中で、アメリカでは日本人のことを黄色いバナナと一言で言うと申します。外側は黄色いけれども、気持ちは白くなりたいと。どういうことを言っているかというと、アメリカについては非常におもねるといいますか、卑屈になる、そしてアジアの方々に対しては傲慢になる。私は、今もって、実は第二次大戦の敗北の総括をいたします折に、対米国やヨーロッパ諸国への敗北という観点はあったとしても、アジアの国々と我が日本がどのような関係であの敗戦を迎えたのかということについて、日本がきちんと意識に上らせていないと思っております。


 そして、せんだって、ジョン・ダワーという方がアメリカでピュリッツァー賞をお受けになった「敗北を抱きしめて」、非常にいい御本ですが、私は、あれが日本人によって書かれなかったという日本の現在に非常にじくじたる思いを持つものであります。


 そこで、先ほど憲法との関係で先生がおっしゃいましたが、特に憲法九条第二項、これは自衛隊の存在において、ある種のごまかしがあると。私も、確かにあると思います。自衛隊という存在を、ある言い方では違憲合法というふうな言い方でとらえてまいりましたけれども、この自衛隊というものの存在。


 せんだって、私は、アフガニスタンが空爆されている最中にパキスタンに参りましたところ、パキスタンで乗ったタクシーの運転手さんから、ジャパニーズアーミーと一言でぱっと言われまして、ジャパニーズアーミーが今度ここに来てアメリカと共同行動をとるのかい、こういう簡単な問いでした。我が国では、セルフディフェンスフォースとかいう言い方である種ごまかしでもございますけれども、やはりこの点は今後明確にしていかないと、果たして我が国がどういうものとして、特に私は、パキスタンとかアフガニスタンも、広くとればアジアというユーラシアの問題としてとらえておりますから、アジアの諸国に対しての過ち、誤解、そして亀裂を生んでまいると思います。


 そこで、先生が九条二項については改正の方向であるべきだという御意見をお持ちなことを踏まえた上で、私は、その前になすべきことがあるのではないか、特に対アジア政策において、その点について一点お聞かせくださいませ。


○寺島参考人 おっしゃるところ、非常に僕もよくわかります。その前にやらねばならないことをやっていないなという意味、大いにわかります。


 ただ、私の議論というのは、自衛隊の存在というものを、自衛隊という名前で呼ぼうが呼ぶまいが、国際社会が、これが日本が持っている軍事力だと認識しているということはおっしゃったとおりで、そこに関連して、例えば、中学、高校生ぐらいのレベルでも、憲法というものをまじめに読む子供がいたら、さっき申し上げたように、この国の大人社会には巨大なごまかしがあるということに気がつかないわけがないと思うんですね、言葉で幾ら言いくるめても。そういう中で、大人が何に向かって闘っている国なのかということが見えていないから、大人社会がまるで尊敬されていない。これが、僕も中央教育審議会の委員もやっているんですけれども、あらゆる教育の議論の根底に登場してきちゃうわけですね。


 そこで、この国の外交に関する議論で非常に隔靴掻痒なのは、国益概念の鮮明化という議論なんです。という意味は、アメリカのあらゆるレポート、例えば、去年の十二月に出た、ランド・コーポレーションがペンタゴンの委託を受けた「アメリカとアジア」という大変重要なレポートが出ています。あの種のレポートをごらんになっているからおわかりかと思いますけれども、最初にオブジェクティブス、要するにアメリカにおける優先すべき国益概念とは何かということ、例えば、東アジアに覇権国をつくらないとか、ばんと明確に出ているわけですね、目標概念が。日本は、その種のことはなるべくはっきりさせないで、何だかわけのわからない、結果としての政策だけが出てくるように、オブジェクティブが、つまり目的がはっきりしない。国益が何なんだかよくわからないような状態でもって議論が進んでいる。


 先週も僕は驚いたんですけれども、北京へ行って、GPS、つまりアメリカの軍事衛星が二十四個地球を取り巻いて、その衛星をただで使わせてくれて、日本は今カーナビゲーションを動かしているわけです。欧州は、御承知のように、アメリカのGPSに依存していたのでは問題もあるということで、今度自前のGPSを打ち上げるということで、ガリレオという衛星を打ち上げることにしました。中国も、今はアメリカのGPSを使わせてもらって勉強しているけれども、やがて自前のGPSを打ち上げるんですよということを言っています。


 日本は、全くそういう議論がないですね。この国におけるIT戦略というのは、インターネットをどうやって普及させるかという程度のことをIT戦略などと言って議論しているようなレベルです。ITについても、これは事例として申し上げているわけですが、国益概念というものが甚だ不鮮明な状態で、アメリカがただで使わせてくれるなら便利で結構だからいいじゃないかという話になっているわけです。GPSの基本というのは、今度のKDDIのGPS携帯電話が示しているように、逆探知できるということが物すごく重要で、国会議員の先生たちがGPSに依存してカーナビゲーションを積んだ車で動き回っているとしたら、だれが今どこを動いているのかということが掌握できるシステムだということなんですね。


 そういうことに関して、高度の国家戦略というものが、さっきエネルギーとか食糧とか申し上げましたけれども、ITについても、技術についても必要なんですね。


 そういうときに、僕が申し上げたいのは、国家が国家であるために、あるいは民族であるためには、やはりきちっとしなければいけない線引きにおいて、これはエネルギーにおいて特にそういう体験をしてきたわけですけれども、夢見る乙女のような話じゃないんですね。激しい陰謀が錯綜しているような世界の中で、日本人が安定的に発展していくシナリオというものを責任持って書いていかなきゃいけないんです、リーダーである人たちは。


 そういう意味で、軍事という問題についても、僕は何も軍事大国なんかを目指すべきなんて全く思いませんし、非核平和主義の徹底ということこそ多国間の外交における基本理念だということをもって、アメリカとも、あるいは欧州の国々ともきちっと対応していかなければいけない、あるいはインドとか中国なんかとも対峙していかなければいけないというふうに思っています。


 そういう意味合いにおいて、私がなぜ、それじゃ、例えば九条問題についてさっき申し上げたようなことを言ったのかというと、つまり、国益概念というものに対するこだわりがあるからだということなんです。普遍的な価値を探求する気持ちと、それから高度の国益性を持ってこの国の人たちを安定的に生活させていかなきゃいけないということに対する責任感がなければだめだろうという問題意識から、今申し上げたようなことになっているわけです。


○阿部小委員 ありがとうございます。


 私は、本当はあと一点、先生が世界に発信しておられるトービン税という為替取引のことに関する課税を伺いたかったんですが、時間がございませんので、また別途改めて、ありがとう存じました。


○近藤(基)小委員長代理 次に、井上喜一君。


○井上(喜)小委員 寺島参考人、本当に御苦労さまでございます。保守党の井上喜一でございます。


 日本がなかなか意見を言わない、あるいは独自の意見を言わないということ、私もつくづくそういう感じがいたすわけであります。確かに、アジア太平洋地域を考えますと、日本はアメリカと、あるいは中国、やはり日米中というのはこの地域の平和や安全やあるいは経済で大変深いかかわりを持ち、この三国関係がうまくいかないとこの地域はよくならないと私は思うんですよ。にもかかわらず、なかなか意見を日本ははっきり言わないような感じを私も持つわけであります。


 これは、日本が現在の、ある意味での平和な社会、あるいはかなり高い生活水準を維持していくという上から見ますと、日本は大変相互依存関係の大きい国だと思うんですよ。自前で何でもできるような国じゃないと思うんでありまして、そんなこともある意味で影響しているんじゃないかと思うんです。


 それにしましても、アメリカ政府の要人なんかと話しておりますと、日本人の思考というのは極めて戦略的じゃないんですね。本当に向こうの連中はよくいろいろなことを考えまして物を言っていると思うんですが、そういうことも痛感させられるんでありますが、どうして日本人はこういう戦略的な思考ができない、あるいは乏しいのか、まずそこから御意見を伺いたいんです。


○寺島参考人 私も日本の戦後の社会科学を勉強してきた人間なんですけれども、外へ出てみていろいろな人と議論して気づくのは、我々が身につけてきたことというのは、思考様式でいうと演繹法と帰納法だけなんですね。ある理論を学んでその理論に基づいて現象を説明してみせるか、あるいは現象を積み上げていって一般化できるようなルールがそこに存在するのかどうかというようなことの思考様式ですね。


 戦略的と先生がおっしゃった視点というのは、パラダイムを変えるということなんです。演繹でも帰納でもない仮説法型で、もしこれを変えたならばこのゲームはどう変わるだろうかという発想体系を持つことが戦略的思考だというふうに思うんです。


 そこで、この国において、古今東西の戦略論なるものを、本人が物すごく勉強する意思があって勉強すれば、今だっていつでもできるわけですけれども、専門的に鍛えた最後の世代というのが、陸軍士官学校だとか陸軍大学なんかでは戦略論みたいな講座があって、盛んに鍛えた人たちの名残みたいな人が今でもおられます。例えば瀬島龍三さんに代表されるような人。ああいう方がやけにさえた人に見えるのは、演繹、帰納法型の思考パターンしか持っていない人から見たら、議論のパラダイムを変えてくるから、えらくさえた人に見えるというのは、そういう構図が背景にあるだろうと思うんです。


 したがって、私が言いたいのは、アメリカなんかでは、自分の娘の教育を見ても、十年間向こうで教育を受けている姿を見ていてもわかりますけれども、ディベートで鍛えられ、要するに相手のパラダイムを変えていくことで論争に勝っていくようなパターンで鍛えられています。どうも日本の場合には、おっしゃるように、戦略的思考というものからはほど遠いといいますか、あなたの問題の立て方そのものが間違っているという形で切り返さないと、相手が乗せてきた土俵の上でだけちまちまと条件闘争をやっているような議論にはまっていくことになっちゃうんですね。


 したがいまして、僕が今の先生の質問に答えたいと思うのは、やはり本当の意味での情報力。本当の意味での情報力をこの国は、例えば、あなた、個性的ないい意見を発言してごらんといってマイクが回ってきたって、ふだんから体系的な情報基盤を持って、どういう選択肢があるのかということを議論している人でなかったら、あるいは考えている人でなかったら、いきなりマイクが回ってきたって、意見なんか出てくるわけないんですね。


 そのために、今じっと考えてみると、この国にはいわゆる官庁組織という巨大なシンクタンクはあるけれども、本当の意味での代替案を出すようなさまざまな政策シンクタンクというのはないわけですよ。それが、アメリカにおける外交の議論と日本における外交の議論の違いとは何だろうかなというと、ある事態が起こったときに、例えば僕自身がお世話になったことのあるブルッキングスでもCSISでも、先ほど名前が出たヘリテージでも、それぞれ個性と臭みはあるけれども、ある情報に基づいて選択肢がばんと出てくるというか、これがやはり違う。


 だから、僕は、これからやらなければいけないのは、東アジア外交でさえアメリカから開示されてくる情報に依存するぐらいしかないというような状況から、自前のなんて虚勢を張ってみても、まず基盤をしっかりつくり上げるところからやらなきゃいけないということを考えたならば、先生がおっしゃる戦略性ということでまずやれることというのは、そこだろうと思うんです。


 フランスが非常にしたたかだと思うのは、例えば、アラブ世界研究所というのを一九七四年に構想を発表して、アラブ二十二カ国に根回しして、六割フランスが金出すけれども、四割アラブ二十二カ国に出させて、パリにアラブ世界研究所というのをつくっちゃったんですね。あそこに情報の地合いがあるから、我々はパリに行ったら必ず、中東とか石油とかについて情報を集めようと思ったら、行かざるを得ない。


 では、翻って過去二十年、五十年間これだけの同盟関係を持っているアメリカ研究所一つあるわけでもなく、アジア研究所も、アジア経済研究所もジェトロに吸収されちゃったみたいな話で、あれはどうなったというようなことになっているわけで、要は、情報基盤さえない状態で政策の代替案なんか出てくるわけないなというのが、申し上げたいことです。


○井上(喜)小委員 先生の、パラダイムを変える、それはそのような議論をしないといけないわけでありますけれども、いつどんなときにだっていろいろなことを言っていいというようなことでもないわけでありまして、やはりある時点であることを主張する、こういうことが大事だと思うんですね。


 そこで、例えば安全保障の問題とかあるいは経済の問題とか、いろいろな問題があると思うんでありますけれども、今、寺島参考人の御意見では、どういうような状況に日本がなった場合に、これこれのことを言うということをお考えですか。いつだって言っておれば、教科書に書いてあるようなことを言っておればいいということでもないと思うんですよ。やはり現実の世界というのは動いているし、パワーポリティックスみたいな部分もありますから、どういう状況がこれから来る、そういうような状況のときにどう言うというのは、特に安全保障なんかにつきましては、どういうぐあいにお考えですか。


○寺島参考人 今、先生がおっしゃっているように、アメリカが新しい外交ドクトリンなんかを準備し始めている状況において、日本が、外務省のスキャンダル問題なんかも含めて、外交のガバナンスを失っている最悪のタイミングに今あると僕は思うんですね、残念だけれども。ここから、イラク攻撃だの新たなカードが展開してきたときには、また当意的に対応せざるを得ないんだろうなという現実感覚があるんです。


 ちょうど戦後、日米安保五十年、冷戦が終わって十年という今のタイミングですね。僕は、ただ安保さえ見直せばいいというふうに言っているわけじゃなくて、日米関係についても、経済の協力関係についてはもっと踏み込んでいい。例えば、これをいわゆるフリー・トレード・アグリーメントと呼ぶかどうかは別にして、シンガポールと自由貿易協定ということでまず一歩踏み込みましたけれども、日米間にこそ自由貿易協定的な議論を俎上にのせていいという基盤があると思うんです。


 ですから、反米でも嫌米でもないという意味は、経済の協力関係においてはより密度の濃い関係を構想していくということを出すと同時に、左手で、軍事関係についてはお互いに敬愛できるような関係の方向に見直していきましょうという話を抱き合わせて提示していくようなタイミングを図るべきだ。しかも、このタイミングは、今ちょっと最悪のタイミングではありますけれども、早晩、かなり直近の段階で必要に迫られてくるんじゃないかと私は思っています。


○井上(喜)小委員 もう時間が余りないのでありますけれども、今、この憲法調査会で憲法のいろいろな点を議論しておりますけれども、参考人に現行憲法の改正について、御意見があればお聞かせいただきたいんです。


○寺島参考人 先ほど申し上げたように、私は、憲法改正をタブーにしてはいけないということで、新しい二十一世紀のビジョンを見きわめながら、基本理念を生かして憲法というものを積極的に見直していくべきだという立場で私の議論を貫いています。憲法問題についてはそういうスタンスです。


○井上(喜)小委員 具体的にどういう点が問題とお考えですか。


○寺島参考人 いや、問題というのは、先ほど申し上げたように、九条問題をですね。


○井上(喜)小委員 九条ですね。なるほど。


 どうもありがとうございました。終わります。


○近藤(基)小委員長代理 次に、石川要三君。


○石川小委員 自民党の石川です。


 きょうは、参考人のお話を聞いて、本当に共感を感じ、また大変な感銘を受けた次第であります。


 そこで、時間もないものですから、三点ばかりちょっとお伺いしたいんですが、もう一昨年になりますか、この憲法調査会のメンバーでヨーロッパの方に視察に、私も仲間として行ったわけであります。そのときに、たまたまイタリアで、女流作家であります塩野七生先生にお会いしまして、約三十分ぐらいかな、いろいろと憲法を中心としてのお話をいただきました。


 そのとき、塩野さんがおっしゃるには、古代ローマでは、法に人間を合わせるのではなくして、人間に法を合わせる、そして、それによって将来像を提示する、こういうことをお話しされておりまして、大変な感銘を受けたわけであります。


 特に、戦後五十年以上たった今日、しかも世の中の移り変わりのスピードは、それこそ物すごい勢いで変化しているわけです。こういう中で、五十年そのまま手つかずにいるということ自体が、彼女に言わせれば、生きていないような証拠じゃないか、このようなことも言われておりましたが、その点については、大体今の各先生方のいろいろな質問や参考人の御意見の中でも十分感じられます。そういうようなことを前提に考えた場合、私は、やはり憲法の改正というのはどうにも避けて通れないものではないかな、こんなふうに思います。その点について、改めて参考人の御意見を聞きたいと思います。


○寺島参考人 私は、先ほどの集団的自衛権と個別的自衛権の御質問に対しても申し上げたように、国には、いかなる形でも柔軟に考えていい選択肢が存在するということです、その時代にあれして。ただし、目指すべきビジョンとか基本理念をしっかり持ちこたえておくということが重要なわけですね。


 特に、今後のこの国を取り巻く環境を考えた場合に、一つは、我々のところから見ていると、中国の強大化という流れ。特に、この国の場合、人口が、二〇〇六年をピークアウトにして毎年六十万人ずつ減り始めて、二〇五〇年には一億人を割るというような流れの中にある。


 ところが、中国は今十二億七千万ですけれども、二〇五〇年に多分二十億超えていくだろう。今一対十の中国が、一対二十の中国になって存在している。この国が混乱しても悩みだし、中国要素に揺さぶられるだろうなということが、この五十年を想定したときには予測できる。朝鮮半島も動くだろうな、さまざまな意味で。段階的な統一ということに向けて、朝鮮半島の民族意識の高揚みたいなエネルギーに多分さらされていくだろう。


 そういったときに、例えば統一朝鮮半島が核装備をするなんというようなことに動いたときに、よほどこの国が基軸を持ちこたえていないと、誘惑に駆られて、日本も核装備しなきゃいけないなんという議論が誘発されてきかねない。


 したがって、先ほど申し上げたように、憲法の平和主義を貫いた非核平和主義というものをしっかりこの段階で確認して、腹に、状況の変化に応じても守り抜かなきゃいけない価値というのはどこにあるかということをしっかり議論しておかなきゃいけないという意味も込めて、私は、憲法の基本精神を五十年たったところでもう一回踏み固める意味も込めて、憲法をしっかり議論して見直して、その中で矛盾のあるものについては率直に、筋道を通して修正していくという考え方をとるべきだというのが、改めて確認して申し上げると私の意見です。


○石川小委員 全く同感でありますけれども、特に今、御承知のとおり、有事法制を特別委員会でやっているわけですね。あの質疑を聞いておりましても、国民は果たしてどれだけこれを理解できるのかな。


 それから、先ほど参考人が述べられました、要するに、我が国は確かに経済も大国になったし、その他福祉も増進して結構な国になったんですけれども、逆に、外国から非常に侮られているみたいな面がある。


 そういうようなことはどこから来ているのかなというと、やはり平和主義というものに対する理解が何となく漠然過ぎちゃって、今参考人がおっしゃったような本当の平和主義というのはどういうことなのか、またどうすべきかということを徹底的に議論をしなかったところに私は若干問題があるんじゃないかな、こんな感じがしてなりません。


 ですから、例えば有事法制の中で、今盛んに、仮定の問題として、朝鮮半島に問題があった場合に、米軍が出動した、それに対して、いわゆる周辺事態の場合はこうだ、しかし武力攻撃の場合はこうだというようなことで、ややこしい議論が展開されております。


 先般の防衛庁長官の答弁の中にも、場合によったら、周辺の問題の場合、もし日本が後方支援をしているさなかに武力攻撃のおそれがある場合には、その現場から離脱も考えなきゃならないというようなことを言われておりますが、現実的にはそんなことが果たしてできるのかなと思うし、また、そういうことをもし仮にやったら、私は、世界じゅうから日本は何という国なんだということで軽べつされるようなことにもなるし、また逆に、日米という関係から見ると、アメリカは、先ほど参考人も言われたように、我々の若い青年の血を何で流すんだということから見て、全くこれは信用できないというようなことにもなるし、お互いが非常に不信感が募るようなことになりはしないかな、こんなふうに思うんですね。


 ですから、そんなことを考えると、やはり憲法の問題、特に九条との問題が非常に関係があるので、私は、こういう法案は、本当はどちらが先に議論をすべきかということも本来ならば考えなきゃいけないんじゃないか。憲法というものをきちんとして、その上で、いわゆる有事法制とか、あるいはその他のいろいろな安全保障に関する問題を議論するのはいいけれども、それが前後逆になっちゃって、そこに非常に何か拡大解釈、あるいはあいまい、そういったようなものがあるから国民にはさっぱりわからないというようなことになりはしないかな、こう思うんですが、そこの関係はどんなふうにお考えになりますか。


○寺島参考人 私、ちょっと基本的なことで申し上げておかなければいけないと思うのは、今でも国際社会は動き回っていますけれども、日本の憲法とか平和主義の問題について、日本人が自虐的になってはいけない部分があるということをまず冒頭申し上げたい。


 どういうことかというと、紛争の解決に武力を用いないという国がこの世の中にある、この考え方は何も日本だけではないわけです。そういう考え方がいかに一歩前に出たビジョンなのかということについて、普通の国という議論で、つまり、金だけじゃだめだ、血も流せという議論をする人たちに、平和主義に対してある種の自虐的な議論を組み立てる人たちがいるんですけれども、国際社会で、今申し上げたような日本が持っている紛争の解決に武力を用いないという基軸が、いわゆる日本人が無責任だとか、一国平和主義に酔いしれているんだとかという批判を受けたことはないということなんですね。という意味は、これをきちっと貫いていく思想性といいますか、理念性といいますか、決意がしっかり説明できる力があるならば、何一つ恥ずかしくない。


 ですから、僕は、あの九・一一以降の展開でもそういう発言をしてきているわけですけれども、この国の海外派兵については物すごく慎重であるべきだ。しかも、この国が、ハリネズミ防衛論という言葉がありますけれども、いわゆる存亡の危機といいますか、自衛権を発動しなきゃいけないことに関してはハリネズミのように強靱なものを持っているけれども、海外にまで紛争の解決に軍事力をもって介入するということはしないという基軸をしっかり持ちこたえることが、逆にこれからの多国間の国際関係の中でこの国が発言力を持つ大変重要なポイントだと思っているという、ここが、今先生がおっしゃった問題に対する僕の議論を明確にするためには申し上げておかなきゃいけないことなのかなというふうに思います。


○石川小委員 もう時間がないそうですから、ありがとうございました。


○近藤(基)小委員長代理 次に、首藤信彦君。


○首藤小委員 民主党の首藤信彦です。


 私は、実は有事法制の特別委員会に出ていましたので、参考人の意見をちょっと聞く時間がなかったんですが、同僚のメモなどを参考にして、また、寺島参考人が今まで書かれて、あるいは発表されたものを中心にして御質問をさせていただきたいと思います。


 また、今中国のお話がございましたので、私が今までいた有事法制の問題の空間からも引きずってきまして、その観点でまず最初に質問させていただきたいわけです。


 有事といいますか、武力攻撃あるいは緊急事態というものは、最大の問題は、憲法はそれを想定していないわけですね。憲法は、大国が攻め込んでくるとか、あるいは、もちろん日本自身が戦争に出ていくことも含め、あるいは九・一一のような大規模テロが出ることも、あるいはサイバーテロのようなものがこれから予定されるというようなことも全く想定していないわけです。


 同時に、あの憲法が成立したときの国際状況の中で想定していないものは、中国も想定していないんだと思うんですね。もちろん中国という国は歴然としてあったわけですが、それは、強大な軍隊を持っているといっても、日本の軍隊が国土に入ってさんざん荒らし回る、それに立ち向かうことすらなかなか難しかったような軍事国家であったわけです。そういうような中国というもの、現在の中国のように年率一七%も軍事費を膨張させていく、強大な軍事力のポテンシャルを持った中国というのは、もちろん憲法は想定していない。そういう国家がすぐ隣にあるという状況は、当然憲法は想定していないわけですね。


 それからもう一つ、憲法が想定していないと同時に、現代社会のパラダイムといいますか、例えば世界経済の仕組みもそれを想定していない。例えば、寺島参考人は、大体私と同時期、同時代人だと思いますけれども、大学、大学院で学んだのは、W・W・ロストウの経済発展段階論なんですね。


 それはどういうことかというと、貧しい国がだんだん豊かになってきて、やがてテークオフして、そして最後は高度文明、高度消費社会にたどり着くという話なんですが、そこで想定しているシナリオは、実は、それはアメリカだけが到達できる社会だ、ひょっとしたらヨーロッパも到達するかもしれない、もしかしたら日本も到達するかもしれないというところでありまして、そこに十二億の人間が、例えばマイカーを持つようになる、例えば自動洗濯機を使うようになる、こういうようなことは想定していなかったわけですね。しかし、そうした想定していなかったものが現実となりつつある。


 こういうような状況で、では、この中国というものが果たしてそういうレベルで認識されているかどうかということが一つの大きな問題だろうと思います。こういう視点というのは、実は憲法論議にも余り出てきていないんだなと思うんです。


 さて、その中国という巨大な要素が、日本の外交関係の基軸である日米関係に登場してきているというのが寺島参考人の御意見であったと思うんですが、では、この日米関係に登場してきた中国という追加要素、これに対して日本はどう対応するかということですけれども、例えば、これに新しい要素を追加してみたらどうか。中国という巨大要素をバランスするのに、例えば、日本が東南アジアと積極的にさまざまな形で一体感を強めてバランスをとる。あるいは、歴史に見られたように、巨大な国家の周辺にある周辺民族連合といいますか、そういうようなことも考えてみる。あるいは、アメリカがやっているように、中国の存在はファクトであって動かしようがないんだから、もう思い切って中国と同盟していくというアメリカのシナリオと同じように、日本が中国と同盟していく。こういうようなシナリオに関してどのようにお考えか、御意見をお聞かせ願いたいと思います。


○寺島参考人 私は、先ほども、過去五十年の日本の外交が、その歴史的な背景もあって米国との二国関係だけで成り立っていたという構図から、米国から見た東アジアも中国の台頭という要素によって変わってきているから、アメリカの外交の基本政策が変わっているという話を申し上げたんですけれども、そういう中で、日本も、一言で言うと、多次元多層的な外交のゲームに転じていかざるを得なくなる。ただし、その基軸には日米関係を重視するということはやはり大変重要だろうと思います。


 日中同盟ができるかどうかということは、これはアメリカにおける一つの悪夢だと言われて、アメリカの外交問題で東アジアを議論する人が、日中同盟の可能性なんということをよく我々に質問します。それぐらい気にしているんです、本音では。もし日中が連携したらえらいことになるぞという気持ちは、アメリカの本音の中には絶えず横たわっているということだと思います。ただし、中国が日本と同盟なんという関係を選択するほどたやすい国だったならば、この議論はおめでたい話で、それほど単純な国ではないというところに中国の中国たるゆえんがあるわけですね。


 そういう意味合いにおいて、僕は、中国との適切な協調と間合いをしっかりとりながら、日中同盟というものは多分現実的じゃないだろうと思いますから、日米中のトライアングルの中で、少なくとも米中という軸が同盟関係にはならないと思います。日本も中国もという相対的なゲームをアメリカは展開していくだろうということを想定した場合に、ただ、米中関係の方がより密度が濃くなる可能性は大いにある。


 なぜならば、先ほども申し上げていたんですけれども、米国のアジア外交のゲームの中に、例えば、クリントン政権の第二期のときにUSTR代表をやっていたバシェフスキーという有名な女性が、これはブラックジョークだとお聞きいただいたらいいんですけれども、知的所有権の問題で中国へ乗り込んでいって交渉したときに、中国の代表が冒頭こう言ったというんですね。中国は世界の三大発明を全部やったけれども、一度もアメリカに知的所有権を要求したことはなかったという話をしたというわけですね。


 これはワシントンのパーティージョークでよく言われるんですけれども、この話は、中国というのはしたたかで困ったもんですなという苦笑いの話と同時に、火薬とか活版印刷の話が三大発明という話なんですけれども、やはり中国の持っている歴史軸だとか、アジア文明の中心軸にいる中国の自尊心だとかというものに対して、苦々しさをも込めた敬愛の気持ちというものが米中関係の中には横たわっているから、日米関係以上に密度の濃い部分があるということを我々は覚悟しておかなきゃいけないという話もさっきしていたんです。


 そういう意味で、我々がやっていかなきゃいけない対応軸というのは、日本は、アメリカも中国も大事にしながら、おっしゃるようにアジアに軸足を、視界を入れて、中国が今ASEANに対して自由貿易協定を提起しているというのは御承知のとおりですけれども、日本こそ、ASEANもしくは、小泉さんなんかもそういう視界でもって、この間、ニュージーランドであれされていましたけれども、要するに、多層多次元の外交というものを組み立てなきゃいけないゲームになりつつあるんだという認識をしっかり腹にくくるべきだというのが、私の申し上げたいポイントです。


○首藤小委員 時間もだんだんなくなってきましたが、今の話で、中国と接近するのは難しいという話がありますね。


 私も、随分紛争解決というのをやっていまして、悲劇の国に行くわけですね。ボスニア、ルワンダでもアフガニスタンでも、どこでもそうですよ。それで、本当に悲劇は、自分たちが殺し合いしているのに、自分たちの運命を自分たちで決められないということだと思うんですよ。


 例えば、今のアメリカの関係でも、日朝関係というのがあって、日本は微妙な問題をたくさん抱えていて、これは微調整しながらやらなきゃいけない。一方では、悪の枢軸ということで、有無を言わさずやらなきゃいけないという差があると思うんですね。


 そこで、何を言わんとしているかというと、これは九・一一のテロとも関係するわけですが、では、アメリカの外交に日本はどれだけ影響を与えられるのかということなんですよ。今までは経済とかなんとかいいましたけれども、今問題となっているのは文明なわけですね。


 私は、この悪の枢軸でつくづく怖いなと思うのは、非キリスト教文化圏なんですよ。私は、いろいろ紛争地へ行って、欧米のNGOと一緒に協力してやりながら、やはりキリスト教圏と非キリスト教圏のギャップというものを感じないわけにいかないんですね。


 ですから、こういうような状況の中で、例えばアメリカが勝手に悪の枢軸をやっつけると言ったときに、今までと違うパラダイムの中で、どうして日本は外交で影響力を与えられるのかというところを、もう時間終わりましたので、ちょっと簡単に御意見お伺いしたいと思います。


○寺島参考人 一言で言うと、文明の対決的な構図にならないように、日本としてどういう基軸のある発言をアメリカに対してできるのかということに僕はかかってくると思うんです。先ほどから申し上げていたような、今までどおりでいいんだという発想から脱して、この間、欧州の外交官の人が、会議が終わった後、日本はアメリカのような国になりたいとでも思っているんですかという最後のボトムラインクエスチョンというのを受けて、僕はぎょっとなりましたけれども、そうじゃないんだという部分を、経済産業政策から外交安全保障政策まで含めて、しっかりとビジョンを組み立て直していくということが大事なんだろうというふうに思っています。


○首藤小委員 ありがとうございました。


○近藤(基)小委員長代理 次に、土屋品子君。


○土屋小委員 自由民主党の土屋品子です。


 前から「正義の経済学」を読ませていただきまして、きょう、お越しいただくということで楽しみにしておりましたけれども、本当にお忙しいところありがとうございました。


 その「正義の経済学」の中で、特に印象深かったんですけれども、日米関係を深化させ、過剰依存や過剰期待の構図を脱皮するという先生のお考え、これは私たちも本当にしっかりと認識していかなければならないのかなという気がいたしました。


 それで、きょうの皆さんの質問の中でも、先生の憲法に対する考え方が大変柔軟で、現実に即したものにしていくというお考えを聞きまして、私はこの憲法調査会に入ったのは今回の国会で初めてなんですけれども、もうこの憲法調査会もかなり前から議論が続いているわけですけれども、前からの資料を見せていただきましても、議論は尽くされているような気がいたしまして、その先の発展というのがなかなかないのかなという気がしております。


 その中で、国会の中での議論だけではもう行き詰まっているという感じがするわけですけれども、先ほどシンクタンクのお話が出ました。日本には、安全保障問題について考える、中立的な立場からの政策提言のできるシンクタンクが存在しないということを先生もいろいろなところで書いておられまして、これは大きな問題だと思うんですけれども、では、そのシンクタンクを日本につくるには、一体何から始めればいいんだろうかということをぜひ先生にお伺いしたいなと思います。


○寺島参考人 シンクタンクに入る前に、冒頭おっしゃったことで申し上げておきたいんですけれども、さっき申し上げたランド・コーポレーションのUSアンド・エイシアという、多分ブッシュ政権のUSナショナル・セキュリティー・カウンシルの中心にいる人間に大変大きな影響を与えていると思われる昨年の秋に出たレポートの中に、日本に対してというところで、憲法改正を期待したいということと、地域安保の枠組みを超えた日本からの協力を求めたいということを明確にして、これがアメリカの本音だろうという部分はかなりはっきり見えてきていると思うんです。そういうことに対して、そのままそれに乗っていくのではなくて、先ほど申し上げてきているような文脈の中で、日本側の準備をしておかなきゃいけないというんです。


 アメリカという国は、今僕が議論しているようなことが、何やらやけに親米派に思えるけれども、あなたも結構米国に厳しいことを言いますねなんていうことをよくからかわれるんだけれども、自己主張する人間こそ尊敬するというか、相手の意見に耳を傾けようとする。おっしゃったように、覚えめでたさだけを一心に得たいと思ってすり寄るスタンスでは敬愛されないというところだけは、しっかり我々は考えておかなきゃいけないということをまず申し上げておきます。


 そこで、シンクタンクなんですけれども、今、この国のシンクタンクというのは、シンクタンクがないかというと、山ほどあるわけですね。ただし、よく見るとわかるんですけれども、外務省の持っている国際問題研究所というのも、立派な人もいますけれども、これはあくまでも官僚組織補完型のシンクタンクです。財団法人型のシンクタンクというのはことごとくそうです。どこかの官庁組織をサポートする。一方、企業、僕自身が率いている三井物産戦略研究所も、あるいは野村総研的な、三菱総研的なものも、いわゆる企業内調査部が発展したような形のものです。


 問題は、その間に、さっき例に出しているようなブルッキングスだとかCSISのような、いわゆる公共政策志向の独立系シンクタンクというものがないんですね、この国には。


 アメリカが国際社会に発言せざるを得なくなった第一次世界大戦前後に、政も官も財も学もみんなで力を合わせて、アメリカ外交評議会、CFRもそうです、ブルッキングスもそうです、そういうものをやはりつくらなきゃいけない。そのモデルになったのは、御承知のイギリスのチャタムハウス、王立国際問題研究所だとか戦略研究所だとかというようなところがモデルになっているわけです。どの国も、国際社会にしっかり体系的なシナリオを提示しなきゃいけないという必要に迫られたときにシンクタンクをつくろうとしているんですね。


 僕は、今まさに日本は、戦後五十年、一応アメリカとの関係を軸に、余り真剣に多様なオプションがあるなんということを議論しないでも済んだ幸せな時代というものを過ぎて、これから自前で考えなきゃいけないときこそ、今申し上げているようなシンクタンクを、政財官学、力を合わせて育てていかなきゃいけない、つくり始めなきゃいけないということは確かです。一部そういう動きも出始めていますけれども、特定の企業だけに抱きかかえられたようなシンクタンクでなく、多くの人が支援しているような仕組みとしての、あるいは多くの企業が、あるいは多くの立場の人たちが参画しているような形のシンクタンクというものを育てていくべきではないかというふうに、特に国際問題について、特にアジア太平洋問題について、世界に冠たるシンクタンクの一つぐらいつくるべきだというふうに思います。


○土屋小委員 そのシンクタンクをつくることこそが、先生のおっしゃる多国間同盟にもつながるというような気もしますけれども。


○寺島参考人 全くそうだと思います。


 つまり、情報の質量ともにしっかりしたものがないと発言できないという意味で、いろいろな立場の違う人が見れば、例えば中東情報一つそうですけれども、ユダヤ筋の情報もあれば、アラブ筋の情報もあれば、アカデミックな人たちの客観的な分析と称するレポートもあれば、さまざまな情報が錯綜するといいますか、問題が複雑になればなるほど、そのときに、多様な情報を正確にプロットして、その中から、我々にとっての利害からそれを選別して優先順位をつけて分析していくような体制というものをつくらないと、絶対に政策シナリオは出てこないですね。


 情報というのはサイクルがあるわけで、いわゆる情報を入手して分析して政策企画にしていくというサイクルの中で、企画が突然登場してくるわけじゃないわけですね。やはり、頭を使うためには絶対情報基盤を整えなきゃいけないという意味で、先生がおっしゃっているように、いわゆるシンクタンクの問題というのは極めて重要な問題だと僕は思っています。


○土屋小委員 私も真剣にとらえていきたいと思いますし、何か模索を、それこそ国会議員全体でできればなという気がいたします。


 それから、いろいろ質問はあったんですけれども、もう一問だけお願いいたします。


 先生が、ITが政治にもたらす影響は大きいということをおっしゃっているんですけれども、国民が直接民意を反映する手段としても非常に大きいと思うんですけれども、現状の国会議員選挙制度についてちょっとお伺いしたいんです。国会議員の現状の選挙制度の改正と、それから二院制に関して、今後どうあるべきかというお考えがあれば、お伺いしたいと思います。


○寺島参考人 話はずれますけれども、IT革命なるものが進行すればするほど、IT革命というのは中抜きと言われているように、例えば経営でいえば、トップの意思決定と現場を直接情報でもってネットワーク化してつなぐというシステム設計ができるというのがIT革命で、流通でもすべてそうですね、中抜きという形になっていく。消費者が直接情報を入手できるような時代ということが言われるわけです。


 政治も、大きな流れとしては、アメリカを見ているとわかりますけれども、IT化が進めば進むほど、代議制民主主義というものに問いかけが起こってくる。技術的に直接民主主義は不可能だという前提で成り立っていたんですね、今までは。


 つまり、タウンミーティングができるような規模ならともかくとして、大衆が政治に参加するような時代では、代議者が仲介しなければ政治は成り立たないということで我々は政治学を習ってきたわけですけれども、IT革命が進行するにつれて、ひょっとしたら、例えば指紋で検索するか、ひとみでやるか別にして、直接国民の意見を確認できるような技術的基盤がIT化によってでき上がってくる。となると、じゃ、代議者とは何かということになってくる。代議者はオピニオンリーダーであり、ただ単に国民の意見をつなぐだけじゃなくて、むしろ国民に意見を投げかけてリードしていくリーダーでなきゃいけないという方向へだんだんなっていく。


 したがって、アメリカは、IT化が進めば進むほど、代議制に厳しい問い直しが起こって、議員の任期制限だとか州ごとに決め始めていっているわけです。あるいは、代議者の数の制限だとか、これは何も国会議員的なレベルだけじゃなくて、地域の、地方の代議者の数の制限だとかということがどんどん進行している。ですから、遅かれ早かれ必ず日本にもこの議論は上陸してくる。


 したがって、IT革命の中で代議制民主主義をどうやって鍛え直すのかということは、迎え撃っていかなきゃいけないと思います。だから、選挙制度を手直しするぐらいの話じゃなくて、いわゆるIT革命によって政治的意思決定システムはどう変わっていくのかということ、あるいはどうあるべきなのかという議論を準備しなきゃいけないところに来ているというのが私がいろいろ発言している趣旨でもあるし、かなり詳しくそういうものを報告しているものもありますので、またお読みいただければと思います。


○土屋小委員 時間になりましたので、どうもありがとうございました。


○近藤(基)小委員長代理 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。


 この際、一言ごあいさつを申し上げます。


 寺島参考人におかれましては、大変貴重な御意見をお述べいただき、本当にありがとうございました。小委員会を代表して、心より御礼申し上げます。(拍手)


    ―――――――――――――


○近藤(基)小委員長代理 これより、本日の参考人質疑を踏まえ、国際社会における日本のあり方について、小委員間の自由討議を行いたいと存じます。


 一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、小委員長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いをいたしたいと存じます。


 小委員の発言時間の経過につきましてのお知らせでございますが、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせしたいと存じます。


 御発言を希望される方は、お手元にあるネームプレートをこのようにお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。


 それでは、ただいまから御発言を願いたいと存じます。


○赤松(正)小委員 武力事態法案の審議をやっている最中で、出たり入ったりで、まことに申しわけございません。


 先ほども少し話題に出ておりましたけれども、きょう、私、質問の最後で小泉総理大臣に、小泉総理大臣がたしか去年の就任なさってしばらくたったときに、集団的自衛権の問題について研究してみてはどうか、そういうふうな発言をされた。その集団的自衛権についての研究ということについては、どういう方向性を持ってそういう考え方を披瀝されたのかなということがずっと気になっていました。それで、それを実はきょうの質問の最後でただしてみたんです。


 その前提として、私が考えている集団的自衛権問題というのは、いろいろな機会に言っているんですけれども、集団的自衛権というふうな言葉で一言で言っても、もちろんこれは、かつて稲葉誠一さんでしたか、質問主意書に対する政府の、集団的自衛権とは何かということについての公式な見解はあるんです。あるんだけれども、私は、集団的自衛権という言葉で語られる概念というのは結構複雑多岐にわたっている、少しその辺のとらえ方における混乱があるんじゃないかという考え方でいます。


 わかりやすく言うと、集団的自衛権問題は、コアとして、要するに、海外に日本の自衛隊が出かけていって武力行使をする、これが一番中核をなしている考え方。それは、もちろん、自国が攻撃されていないにもかかわらず、同盟関係にある国が攻撃を受けた、それを助けるという意味合いの流れの中で、海外に出かけていって武力行使をする。この部分がコアにある。


 それの次に、まんじゅうで例えると、例え方がいささか適切じゃないかもしれませんが、イチゴ大福に例えますと、イチゴの部分が、いわばそういう海外における武力行使活動ということだろうと思うんです。その周辺が、いわゆる武力行使と一体化という考え方。武力行使と一体化というのがその周辺を包んでいる。外の部分が、限りなく一体化に近い行為。しかし、一体化ではない。こういう三つがいわば集団的自衛権という名前のもとに、全部同時に語られている。


 そこで、憲法に対する姿勢という部分で、私に言わせれば、縮小解釈する人と拡大解釈する人によって、この憲法の、私の言うところの集団的自衛権概念の三つのことがいささか伸縮自在にとらえられているという傾向があるんじゃないかと思います。


 例えば、この十年の中で、PKO法、これは性格が違いますけれども、周辺事態安全確保法で可能になった自衛隊の行動というのは、軍事行動する米軍に、武力行使を伴わない形で後方地域において米軍を支援する。この行為は、いわば立場によって、先ほど言った、それそのものがいわば武力行使と一体化だと見る人と、政府はそうじゃないと言っています、私たちもそうじゃないという立場に立っています。つまり、武力行使と限りなく一体化に近いけれども、そうじゃないという考え方。


 ところが、この辺が概念がはっきりしていないために、それもだめだと言う人もいるし、そうじゃない、それは許されるんだ。それは、縮小と拡大という、憲法に対する縮小解釈と拡大解釈がもたらせる、いわばわざだと私は思っているんです。


 そういった意味で、私の立場は、そのコアの部分、海外における武力行使活動、これは断じてやっちゃいけない、憲法を改正してもそれはもちろんできない。しかし、その前の、武力行使と一体化あるいは一体化に限りなく近い、これはもう既に許されているわけですから、武力行使との一体化というものについては検討の余地があるんじゃないか。


 こういうことで、いささかこの問題については整理する必要がある。小泉さんはそういう私と同じ問題意識を共有していて去年言われたのかなと思ってきょう質問してみましたけれども、ちょっと違ったかなという感じを持ちました。


 ちょっと時間が過ぎてしまいましたので、問題提起的に言わせていただきます。


○中村(哲)小委員 民主党の中村哲治でございます。


 先ほど赤松委員がおっしゃったことと、私は違うとらえ方をしております。私は、まんじゅうの例で例えるのであれば、まんじゅう全体というものは自衛権全体でありまして、集団的自衛権と個別的自衛権を違うまんじゅうに例えることは、私はできないと思っております。そして、自衛権の真ん中にあるのはやはり個別的自衛権ではないか。自衛権の核になっているのは個別的自衛権ではないかと考えております。


 そして、そのあんこと皮のすき間というか、まんじゅうに例えればかっちりと分かれているんですけれども、実は国際法に見ると、個別的自衛権の範囲、まんじゅうのあんこの部分と、皮である集団的自衛権の範囲というのは、国際的に見るとその境目は余りはっきりしていないんじゃないか、そういうふうに考えております。


 一番国際法の考え方として考えなくてはいけないのは、自衛権の問題と集団安全保障の問題です。集団安全保障というのは、言うまでもなく、国連を中心にして全国家が、全世界的な規模で同じ国際機関をつくって、その中で解決をしていくというのが集団安全保障です。しかし、地域的なものを多国間で安全保障を考えていくとなると、これは集団的自衛権の問題に入ってきます。そういった意味で、国連憲章五十一条が、どの国も個別的ないし集団的自衛権を持っている。そしてまた、それを概念的に拡大していくのとは違うレベルで国際連合という形で集団安全保障を考えている、そういうふうな位置関係をきちんと押さえる必要があると思います。


 またまんじゅうの話に戻りますけれども、赤松委員がおっしゃった武力行使と一体化であるという、赤松さんがおっしゃるところのイチゴの周りの部分と、外国に行って武力行使をするということの違いが、私はよくわからないわけでございます。近代戦においてこの武力行使がどういうことに当たるのか、基地を貸していることは武力行使に当たらないのかどうか、そういうことも私はきちんと認識する必要があると思っております。


 私の今の分析、考えでは、沖縄に行ってきて沖縄の現状を見ておりましても、米軍にあれだけの規模で基地を貸しているという国が集団的に自衛権を行使していないと、国際法で見て、国際的な見地から見て言えるのかどうか。それは、私たちもう一度きちんと認識しないといけないのではないでしょうか。


 きょうの参考人のお話でもありましたけれども、七割の費用を私たちが持って基地を維持しているということは、近代戦において果たして集団的自衛権の行使に当たっていないのかどうか。そういうことも考えながら、もう一度、まんじゅうの議論でいえば自衛権の問題を考えていかないといけないのではないか。


 私の立場は、やはり自衛権の真ん中にあるのは個別的自衛権であり、そしてその範囲から集団的自衛権を考えていく、そして、行使をすべき範囲というものは、外側は、外側だからやはり抑制的に考えていく、やむを得ず出せるのも個別的自衛権の範囲であって、集団的自衛権の範囲というのは、本当に、九条の精神、前文の精神からしても、よっぽどのことがないと行使しない、そういうふうな考え方をとるべきだと考えております。


 以上です。


○山口(富)小委員 日本共産党の山口富男です。


 きょう参考人の質疑を通じまして、一つは時代認識の問題として、参考人が強調されたような、自前で物を考え、外交でも多層多次元で再構成していくことが大事だという時代認識というのはとても大事だと思うのです。米ソ対決を中心とした時期が終わって、そして二十一世紀を迎えて、第三世界と言われるような国々の力が非常に国際社会の中で大きくなっているもとで、異なる文明間の平和共存というのが非常に大事になってきていると思うのですね。そういう時期に、私たちの国は、それを支えるきちんとした理念、立場を持っていると思うのです。それがやはり憲法の一連の原則だというふうに思うのです。


 それで、先ほど集団的自衛権の問題が出ましたけれども、日本の憲法と国連憲章の関係でいいますと、国際法の中で集団的自衛権、個別的自衛権というものが定められたのは、国連憲章の五十一条しかありません。これはなぜそうなったのかといいますと、二つの世界大戦を通じて、少なくとも国際紛争を解決する手段として戦争をやっちゃいけないという戦争違法化が確認されたもとで、自衛権とは何かということがきちんとされる必要があって五十一条に入っていったわけですね。


 しかし、それは一九四六年の段階の定めで、日本国憲法というのはそれをもう一歩進めて、戦争しないということを実効あるものにするために、みずから戦力を持たないんだというところまで一歩進めたわけですね。そこの関係をやはりきちんと見ることが私は大事だというふうに思うのです。


 それで、これはこの五十年来、米ソ対決もありましたし、アジアでの不安定な問題というのもありましたから、国連憲章が定めた、あるいは日本国憲法が定めた平和の構想が実現する条件というものをなかなか持たないまま動いてきたわけですけれども、今二十一世紀の初頭に立って、私たちの国の憲法やそれから国際法が定める方向での平和の秩序の維持という問題をきちんとした我々の足場にして、きょうの参考人が提起された多層多次元でしなやかに考える、それはやはり憲法の非核平和主義という問題をきちんと生かす方向で考えるべきだというふうに感じました。


○赤松(正)小委員 しばしば発言して申しわけないのですが、今の御発言に直接かかわらないんですけれども、山口委員にちょっとこの際お聞きしたいんですが、要するに、日本共産党の政権下、仮に日本共産党が政権をとったときのいわば国の安全保障というのはどうなるのかということについて、私の認識では、かつて日本共産党というのは、いわゆる自主独立の自前の日本共産党的軍隊を持つんだ、こういうふうにいわば、山口さん首をかしげておられるから、そうじゃないと否定されるんだろうなと思うのですが、一般的には、日本共産党は独立自主の軍隊を持つ、そういうふうに考えておられるんだと僕は思っていたんです。


 ところが、どうも最近は違うみたい。では、今仮に日本共産党が政権をとられたら、日本共産党が考えるところの日本の国の安全保障というのはどういうふうにしてやっていこうと思っておられるのか。一般的には、いわゆる旧社会党の非武装中立というのが非常に人口に膾炙しているんだけれども、日本共産党については、いわゆる自前の独立の共産党的軍隊を持つんだという意識で僕らはいたんだけれども、どうも違うみたいだ。その辺が余りはっきりしていないので、ちょっと、プレゼンテーションの機会を与えますから、言ってください。


○近藤(基)小委員長代理 質疑の形になりましたので、赤松君の持ち時間の範囲内で山口君の御発言をお願いいたします。


○山口(富)小委員 一つは、私どもは、日本国憲法の九条の立場で、中立の立場、中立自衛なんです。ただ、この自衛という場合は、国を守るということであって、イコール戦力だとか軍隊を持つという意味合いは含んでおりません。


 それから、政権下の問題なんですけれども、これは今後の生々しい問題になっていくわけですが、その時点での政権の合意というものが必要になるわけですね。その際も、私たちは、現在の自衛隊の存在については憲法上違憲なものだというふうに考えておりますけれども、これを新しい政権下になった場合に、その存在自体は、政権合意、それから国民の皆さんとの関係で、なくすかどうかというのはまた別次元の判断になってくるわけですね。ですから、一定期間、私どもが政権に参加したもとでも自衛隊というものが存続するでしょうけれども、その際に、今政府が考えているような方向での強化ということはやらないという考えでおります。


○井上(喜)小委員 私は、きょうは、寺島参考人のお話を聞いていまして、多少参考人が書きました資料を読んだことがあるんですが、具体的によくわかってきたところもあると思うのですね。


 ただ、外交政策というのは、やはり一貫性みたいなものが必要でありますので、これを転換していくというのはよほどタイミングを考えて、またその転換の中身もよく吟味したものじゃないといかぬ、私はそんな感じを持っているのですけれども、きょうの寺島参考人も大体同じようなお考えだったと思うのでありまして、十分その辺はよく検討して、現実の状況を把握しながらやっていくべきだ、こんなふうに思いました。


 それから寺島参考人は、憲法改正ではやはり九条のことをちょっと問題にしていたのでありますけれども、その九条に関連しまして、私は、自衛権の問題、あるいは、今現に米軍がおりまして、一定の場合には米軍が共同の行動をとるわけでありますから、集団的自衛権とそこはどうしてもやはりきちっと整理しておかないといかぬわけですね。それに最近は、周辺事態法というのが出てきた。今度の武力攻撃事態法も出てきて、これは重なり合う部分がありますから、これの整理。


 それから、日本自身は基地をアメリカに提供しておりますから、その基地を提供していること自身の意味、集団自衛権とどういう関係があるのかという。これは、今のところは、内閣法制局の意見に従えば憲法違反じゃないというのだから、つまりアメリカ軍の軍事行動と一体化していないということなんでしょうね。そういう解釈だと思うのであります。そういう現実が現にあるわけでありますけれども、そういう現実を踏まえてどういう整理をしていくのか、私はやはり問題だと思います。


 特に今度、周辺事態法と武力事態法、これは概念が違うんだけれども重なり合う場合があるわけですよ。観念的にもある。現実にあるかどうか知らないけれども、少なくとも観念的にあるわけで、例えば、武力攻撃が予測される場合、あるいはそのおそれがある場合、それから武力攻撃が発生している場合、日本が攻撃されている場合とあるんだけれども、周辺事態の日本の後方支援の協力の仕方というのは一定の枠がはめられているんだけれども、日本が攻撃されたら、これは撃退するわけですから、自衛権の範囲内では何だってできるわけですね。


 だから、そうなれば、米軍と一緒にやる場合、米軍に対する協力もその範囲内でできるわけですね。その辺が周辺事態法での後方支援の説明とうまく合うのかなというような感じで、内閣法制局が言っている武力一体化論、これでもって整理しているわけですね。日本がそれ以上行っちゃいかぬ、それは集団的自衛権になるぞと。そう一体視しているんだけれども、私個人は、そこの仕切り自身を多少、大幅に踏み越えてということは言わないけれども、そういう点では私は赤松説と少し近いのかなという感じがするんだけれども、もう少し見直すべきじゃないかなという感じを持ちました。


○赤松(正)小委員 済みません、中村さんにちょっと聞きたいのですけれども、要するに、私が言ったのは、集団的自衛権のコアの部分は海外での武力行使だと。実はこの説、海外における武力行使はノーであると、そうじゃなくて、例えば公海における米軍の艦船が何らかの攻撃を受けたときに、それに対して日本がサポートする、これはあっていいんじゃないのかというのは、これはたしか私の記憶によると宮澤さんの説ですね。


 要するに、日本があの戦争を経て断じてやっちゃいけないというのは、国権の発動として海外で武力行使をすること、そういう角度のものはいけない。つまり、さっき個別的自衛権がコアにあるとおっしゃったけれども、個別的自衛権の名のもとに戦争してきた歴史が世界にあまた満ちている。だから、それはどうもちょっとそういう物の考え方というのは私は違うんじゃないかなと。


 やはり、日本の置かれている状況の中で考えなくちゃいけないのは、どんなことがあっても、断じて海外における武力行動、武力行使というのはだめだと。その意味で集団的自衛権が語られるんなら僕はそれでいい。しかし、そうじゃない部分の、言ってみれば武力行使と一体化という形で語られるような部分については、これは日米安保条約における日米同盟のきずなであったって、やむを得ないんじゃないかというのが私個人の考え。それは際立って、恐らく宮澤さんの考えに近いんだと思うんだけれども、そういう考えをさっき披瀝したつもりなんです。


 その辺の混乱があるから、小泉さん、あの人も整理したいと思っているのかなと思ったら、そこまでの問題意識があったかどうかはちょっといささかよくわかっていないんだけれども。そういうことを言ったつもりなんで、まあ中村さんが言ったことと余りかみ合っていないんじゃないかという気がするので、私の今言ったことに対して限定して、賛成か反対か言ってみてください。


○中村(哲)小委員 御指名ですので、民主党の中村哲治でございます。


 私が申したいのは、これはまたかみ合っているかどうかわからないのですけれども、憲法解釈の問題として、一般的抽象的にどの範囲まで憲法が許しているのかという問題と、個別具体的な状況においてどういう立法をするのか、また、その立法の範囲でどういうふうな政策判断を政府がするのかという、べき論とは分けて考えるべきなのじゃないか、そういう視点が私たち議員にあるのかどうかというのを改めて確認させていただきたいわけでございます。そして、出ていって武力行使するのはだめだとか、個別的自衛権の範囲で拡大されていった、そういう歴史も私は十分承知しております。


 そのべき論でどこまですべきかということに関しては、前文の理念、九条の理念からして、個別的であれ集団的であれ、極めて限定的に、行使については慎重でなければならないというのが憲法が示していることであると思っております。そして、どこまで許しているのか。その範囲については、集団的、個別的を問わず、もし我が憲法を自衛権の行使を許していると考えるのであれば、分けて考えることは論理的におかしいのではないかと申しているわけでございます。


 議論として、集団的、個別的を問わず、自衛権を認めていないというふうに考えるのであれば、それは理が通るのでありますけれども、自衛権を認められているというのであれば、集団的、個別的を問わず、憲法はその範囲では認めているというふうに考えざるを得ないんじゃないかということを申させていただいたわけでございます。


○中山会長 自民党の中山です。


 先生方の意見を伺いながら、私は、日本の憲法の第九条を含めて、将来、これから五十年かかるか三十年でできるのかわかりませんけれども、アジア地域の地域安全保障、こういったものを我が国としては建設するように、つくって努力していくのかどうか。その中には、中国も朝鮮半島も統一された後の国家も、あるいは東南アジアの国々も含めて、遠くはインドまで含めた形で地域安全保障をつくる。その場合における個別自衛権と集団自衛権、この問題をどういうふうにこれから考えていくのか、この問題が私は今世紀の大きな一つの課題だろうと思います。


 そういうものをつくっていくための憲法のあり方、その憲法のあり方を考える考え方をどうするかということを、我々自身が国民のために議論していくことがこれから非常に大事な時期に入ってくるのではないか。それによって、軍事力の大きさあるいは地域の共同体のあり方、そういったものがおのずと形がつくられていく。それと国連との関係をどうするか。こういう問題を冷静に議論していくことが非常に大事ではないか、このように私は考えております。


○中川(正)小委員 せっかく最後まで残っておりましたので、一言申し上げたいと思うのです。


 きょうの寺島さんのお話の中の、国家の意思というか、そういうものをつくり上げていくということに対して執着していくべきだという、寺島さんのこれまでの貫徹した主張だと思うんですね。


 考えてみたら、戦後のいわゆる米ソの冷戦の中で、その戦略に包まれた日本の意思があるなしにかかわらず、そうした枠組みの中で、ならざるを得ない選択を日本がして、日米安保条約の中で日本の役割というのが定義された。そういう状況の中で、日本が憲法九条をどう使ってきたかというと、憲法九条があるがために具体的な戦闘行為はできない、アメリカが、例えば湾岸戦争にもう少し貢献しろと言ってもそれはできないんだ、それはなぜかといったら、憲法九条があるからできないんだ、そういう、どちらかというと言いわけに使ってきたということがあったんじゃないかというふうに思うんです。


 そこで、国の意思をつくる、決めるということは、いわば、こういう言いわけはもう通じないよ、既に全体の米ソ冷戦が崩壊をして、新しい安全保障の枠組みをつくっていくという中で、憲法九条だけで説明するんじゃなくて、日本の国の世界観というか、そういうものを前提にして、日本はこう考えるから、例えばアジアの安全保障を集団安全保障体制の中でこんなふうに構築していくという目標を持っているから、それに従って、私たちは自衛隊の使い方というのはこういう形に限定をしていくんだ、そういう国家の意思をつくっていって、それで世界に説明をして、私たちのこれからの存立基盤をつくっていくということ、このことなんだというふうに思うんです。


 この憲法の議論も、そこの部分がないと、私たちのそうした意思と世界観がないと、幾ら集団安全保障だとか個別的な自衛権だとかというふうな話をしていても、具体的なものに結びついていかないという気がいたしておりまして、できる限り、そうした意味では、これは私たちの責任だと思うんです。国会の責任として、そこの、国としてのコンセンサスをつくり上げていくということだと思っております。


 残念なことに、どこまで行っても入り口議論で、そういうのが必要ですね、必要ですねで終わっていて、具体的なものが出てこないというのが現状なんだということを肝に銘じて、さらに頑張っていくべきだというふうに思っております。


 以上です。


○近藤(基)小委員長代理 他に御発言ございますか。


 それでは、討議も尽きたようでございますので、これにて自由討議を終了いたします。


 次回は、来る六月六日木曜日午後二時から小委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。


    午後零時三分散

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【同上引用終わり】 以上の通り
 
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