後藤忠徳(ごとうただのり):
京都大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻准教授
【出展引用リンク】:
http://www.spc.jst.go.jp/hottopics/0911inquiry/r0911_goto.html
http://www.spc.jst.go.jp/
【引用始め】以下の通り
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海底資源と電磁探査
近年、海底下に埋没している化石燃料や金属資源といった、海底資源に世界中からの注目が集まっている。このような海底資源は陸上に比べて未知数の部分が多いためにリスクが大きく、新しい技術開発と多くの費用がかかると予想される。にもかかわらず海底資源が注目されている理由は、近年の世界経済(特に中国・インドなどの工業化が急速に進む国々)の成長に伴って、資源需要が拡大しているためである。2008年に起きた世界的な経済危機の影響で原油価格や金属価格は下落したが、開発途上国の資源需要は今後も拡大し続けると予測されている。
海底資源の分布規模などを調査する際には、陸上の資源開発と同様に物理探査(=物理的現象を測定・分析して地下の状況を探査する技術)および試掘を実施する。この物理探査のうち、近年は特に電磁波を用いた物理探査に注目が集まっている。その理由は海洋資源そのものの電気的特性に因っている。例えば石油・ガス・メタンハイドレートを含む堆積層の比抵抗(=単位断面積1 m2、長さ1mの物質電気抵抗)は数十Ωm以上とされており、通常の海底堆積物や海底玄武岩の比抵抗(1~3Ωm程度)よりも高い。また海底鉱物資源のうち、硫化物鉱床は0.2Ωm程度の比抵抗であり、標準の堆積物や海底玄武岩あるいは海水自体(0.3Ωm程度)よりも低い。従って、海底下の電気的構造を調査する物理探査を実施すれば、これらのターゲットの海底下の分布を明らかにすることができ、海底資源発見や量的評価が容易となるため、最終的には海底資源の商業採掘を推し進めることへと繋がる。そこで本稿では電磁波を用いた海底探査について、その種別や動向を概説する。本稿の一部は後藤他(2009)に寄っており、詳細な議論はそちらをご参照頂きたい。
海底で電磁場を測定して、海底下の比抵抗情報や比抵抗構造(断面図)を得る電磁探査を「海底電磁探査」と呼ぶが、大別すると自然の電磁気信号を用いる場合と、人工的に発生させた電磁気信号を用いる場合がある(図1)。前者の代表例は海洋MT(Magnetotelluric)探査であり、複数の海底電位差磁力計(Ocean Bottom Electromagnetometer: OBEM)によって海底での自然の電磁場変動を測定し、地下情報を得る電磁探査の一つである(図1)。自然の地磁気変動が海底に作り出す誘導電場の大きさは、その変動周波数と地下の比抵抗に依存する。また低周波数の電磁場変動ほど地下深くまで浸透する。従って様々な測定周波数で電磁場変動を測定すれば、海底下浅部~深部の比抵抗構造の情報を得ることができる。海洋MT探査はすでに油ガス調査に適用されており、例えばKey et al.(2006)では、メキシコ湾において海洋MT探査を実施し、石油貯留層生成に関与する岩塩を海底下1~5kmに分布する高比抵抗体としてイメージしている。
ただし海洋MT探査の場合は、海底直下の地下比抵抗構造の情報を得ることは難しい。海洋MT探査で利用する自然の電磁場変動は電離層起源であるため、高周波の電磁場変動は海水中で減衰してしまい、海底まで届かない。一方、低周波の電磁場変動は海底まで届くが海底直下で急速に減衰しないために、海底下深く(数km)までの平均的な比抵抗情報が得られることとなる(図1)。従って海底下数kmよりも浅部を探査するためには、海底付近に比較的高周波の人工電磁場信号源を設置し、人工電磁探査を行う必要が生じる。
図1 三種類に大別される海底電磁探査
MMT=海洋MT探査、MCSEM, MMR=海洋CSEM探査およびMMR探査、MDCR, Towed-CSEM=海底電気探査、曳航式CSEM探査。
MMT探査は電離層起源の自然の電磁場信号を利用し、その他は人工信号を利用する。大まかな探査深度も図として示した。
人工信号源を用いた海底電磁探査
人工信号を用いた海底電磁探査には大きく二種類あり、その一つは受信部分を海底へ設置して送信部を調査船で曳航する手法である。代表例は、海洋CSEM探査やMMR探査である。海洋CSEM探査(Controlled Source Electromagnetic sounding)とは、深海曳航型の人工電流送信装置から海底付近を曳航されている2つの送信電極間に交流電流を流し(図1)、このとき海底に発生する電場・磁場信号を離れたOBEMなどの海底に設置された装置で受信する電磁探査法である。一方、MMR探査(Magnetometric Resistivity sounding)は海洋CSEM法と似通っているが、水平ダイポールではなく鉛直ダイポールを用いて人工電流を送信している点が異なっている。
海洋CSEM探査は1970年頃から海底下数km~10kmの深さの海洋地殻の構造調査に適用されてきたが、2000年頃からは油ガス調査を目的とした商業ベースでの適用事例が急増しており、成果を上げている。例えばConstable and Srnka (2007)は油ガス層をターゲットとした海洋CSEM探査を3例紹介している。このうち西アフリカ沖での2事例では海底下1~3kmにある油ガス層を50Ωm以上の高比抵抗層として検出できている。一方、別の西アフリカ沖の1事例では高比抵抗層を検出できなかったが,この油ガス候補層は実は塩水で満たされていたことが分かっていた。地震波探査のみからは油ガス層と思われたので掘削したのだが、結果はハズレであったのだ。すなわち海洋CSEM探査を用いることで、このような掘削リスクを減らせる可能性が示された。これらの成果を踏まえて、海洋CSEM探査は油ガス探査を主目的として現在は世界各地で行われている(山根, 2008)。
人工電流源を用いた海底電磁探査としては、送信装置・受信装置を一体化して共に海底付近を曳航する探査法も利用される。その代表例としては、曳航式CSEM探査や海底電気探査が挙げられる(図1)。海洋CSEM探査では探査深度が浅い場合(数百m以下)には送受信間距離などの測位誤差が問題となるが、曳航式CSEM探査や海底電気探査では送受信装置が一体化されているために大きな問題にはならず、海底下極浅部の探査に優れている。また送受信装置一体化には、探査時にリアルタイムの電磁探査データをモニターできるメリットもある。曳航式CSEM探査は、海底下のメタンハイドレート調査などに適用され始めている。また海底電気探査は地下水調査などを目的とした浅海域(水深50m程度以下)での適用例が多いが、下記に記すように深海での資源探査での適用例も報告され始めている。
海底下メタンハイドレートの海底電磁探査例
ここでは人工電磁探査の一例として、日本海上越沖のメタンハイドレート分布域上で実施された海底電気探査の結果を紹介する(Goto et al. 2008; 後藤ほか, 2009)。この海底電気探査システムは、深海曳航体とその後方の長さ160mの送受信ケーブルから成っており、これらを海底から高度5-10mを保ちながら曳航することにより、海底下100m程度までの比抵抗構造を得ることが可能となる。2005年8月の海域調査により得られた送受信データを解析し、最終的に得られた海底下比抵抗構造を図2(a)に示す。これみると、海底地形の高まり部分では海底直下~海底下100mまで高い比抵抗値を示しており(5Ωm以上)、水平位置600m地点付近の比抵抗値は100Ωm以上と特に高い。また測線全体を通じて、海底下60-80mより地下には3Ωm以上の高比抵抗層が広がっている。この地域でピストンコアラーによる海底堆積物の採取を行ったところ、海底直下に高比抵抗体が認められる地域ではメタンハイドレートやその溶解物が採取され、さらにその周辺海底をカメラ曳航体で観察したところ、100m程の幅で海底変色域が認められた。一方、海底直下が1Ωm程度の地域では通常の堆積物が採取され、海底変色域も認められなかった。以上のことから、海底電気探査で示された高比抵抗体はメタンハイドレートあるいは付随するメタンガスに関連するものと考えられる。さらに、堆積物の間隙は海水とメタンハイドレートで満たされていると仮定して、得られた比抵抗構造から堆積物中のメタンハイドレート飽和率を求めたところ(図2(b))、海底表層付近~海底下100m程度まで部分的に50%を超えるメタンハイドレート飽和率が推定された。また測線下には共通して、海底下60-80mより下に50%を超えるメタンハイドレート飽和率の層が広がっているように見える。このように、海底電気探査によって、メタンハイドレート層と思われる高比抵抗体の深さ分布(特に上面の分布)を詳細に知ることが可能であることが示された。
図2 日本海上越沖の海底下比抵抗構造(a)と、そこから推定されたメタンハイドレートの間隙飽和率分布(b)(後藤他 2009)
図2 日本海上越沖の海底下比抵抗構造(a)と、そこから推定されたメタンハイドレートの間隙飽和率分布(b)(後藤他 2009)
海面からの深さで表示。菱形=構造解析に用いた送受信データの取得位置。白丸=ピストンコアリング(PC)や海底カメラ観察などで、
メタンハイドレートが海底面上に分布すると思われる地点。灰色丸=PCによって通常の堆積物が採取された地点。
海底熱水鉱床のための新たな物理探査
図3 海底熱水鉱床近辺における海底電気探査の概念
ROV=遠隔操作型無人探査機、OBE=海底電位差計、
Submarine Massive Sulphide=硫化物堆積物(レアメタルなどを含む)。ROVから伸びた長さ数10mのケーブルから人工電流を送信し(赤)、
それをROVやOBEの受信電極(青)で受信し、地下比抵抗構造を解析する。
化石燃料の調査だけではなく、金属資源の調査にも海底電磁探査は用いられ始めており、特に海底熱水鉱床に注目が集まっている。海底熱水鉱床は、マグマ活動などにより熱せられた上昇してきた地下水が、海底面で海水により急速に冷却された結果、地下水中に溶けていた銅・鉛・亜鉛・鉄などの金属が沈殿して生成された鉱床である。これらにはいわゆるレアメタルが含まれており、将来有望な資源とされている。海底熱水鉱床の開発については、世界各国が技術開発を始めつつあり、カナダの企業等はパプアニューギニアの領海などで鉱床探査をすでに開始している。世界6番目の経済開発可能海域面積を誇る日本も、国として新しい探査・開発技術の開発に乗り出し始めた。その一例は文部科学省が2008年から実施しているプロジェクト「海洋資源の利用促進に向けた基盤ツール開発プログラム」であり、海底熱水鉱床をターゲットとした磁気・電磁気・地震波・重力などによる地下探査技術などを現在開発中である。このうち、東海大学・京都大学などが進めている「遠隔操作型探査機(ROV)を用いた海底電気探査」の概念図を図3に示した。すでにプロトタイプの開発は終了しており、2009年末には実海域での機器試験、2010年には熱水鉱床域での試験探査を予定している。同時並行して開発が進められている自律型無人探査機(AUV)による磁気探査についても、最近実施された海域試験で良好な結果を得たと聞いており、近い将来に複数の物理探査による海底熱水鉱床の地下構造可視化が達成されると思われる。
今後の課題とまとめ
以上紹介したように、人工電流源を用いた電磁探査による海底下の資源探査の事例は今後ますます増えると予想される。ただし探査手法についてはより高度化がなされる必要がある。例えば電磁探査単体では、シャープな地層境界をイメージすることは困難であるため、地震波探査との統合解析を行い、層中(地震波反射面の間)の比抵抗を精度よく求める技術が必要となっている。このような統合的解析方法は、ある地層の地震波速度・比抵抗などの複数の物性値を得ることも可能とするため、資源量評価をより適正に行える道にもつながる。さらに、物理探査が海底資源開発の事前調査に行われるだけでなく、採掘中にも行われる事例が増えている。いわゆる物理探査による海底下モニタリングであり、資源残存状況の把握による開発作業の効率化や、資源開発に伴う環境保全評価を目指している。このようなモニタリング技術は二酸化炭素貯留や放射性廃棄物地層処分の際にも必要であるため、地球温暖化対策やエネルギー問題の側面でも注目されている。
以上のような、海底資源調査を目的とした海底電磁探査については、国内外の研究者間での技術開発競争(あるいは共同研究)が今後増すであろう。また、海底電磁探査による資源調査は試験フェーズから実用フェーズに部分的に移行しつつあるが、民間への技術移転が実際にどの程度進むかは重要な課題であり、それを見越した研究開発が必要であると考えている。
引用文献:
1.Constable, S., and Srnka, L. J. (2007): An introduction to marine controlled-source electromagnetic methods for hydrocarbon exploration. Geophysics, 72, WA3-WA12.
2.Goto, T., et al. (2008): Marine deep-towed DC resistivity survey in a methane hydrate area, Japan Sea. Exploration Geophysics, 39, 52-59; Butsuri-Tansa, 61, 52-59; Mulli-Tamsa, 11, 52-59.
3.後藤忠徳ほか (2009): 海底電磁探査による海底下メタンハイドレートの検出, 地学雑誌, 印刷中.
4.Key, K., et al. (2006): Mapping 3D salt using 2D marine MT: Case study from Gemini Prospect, Gulf of Mexico. Geophysics, 71, B17-B27.
5.山根一修 (2008): 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性. 石油・天然ガスレビュー,42,55-73.
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PROFILE
後藤忠徳(ごとうただのり):
京都大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻准教授
1968年6月生まれ。1997年 京都大学大学院博士後期課程理学研究科地球物理学専攻、博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、愛知教育大学教育学部助手、(独)海洋研究開発機構技術研究員などを経て、2009年より現職。種々の海底観測装置や探査法の開発に従事。専門は物理探査学、地球電磁気学。
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