ノアの箱舟を創ろう Let us Create the Super Ocean-Floating-Structures such as the Noah's ark.

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Monday, July 6, 2009

星野芳樹氏のアフリカ活動の弟子 市川隆雄氏の活躍について

星野芳樹氏のアフリカ活動の弟子 市橋隆雄氏の活躍について
                
                             2009年7月6日
  


  市橋隆雄氏の活動リンク
 

【出展引用初め -------------------------------------

 つい先日に、Webで、私に恩師である星野芳樹氏 を調べていたら、上記の人が、見つかりました。       
  2000年11月10日「市橋隆雄さんを囲む会 講演会」(三重県亀山市にて) P8
 このように、私たちは「共に生きる」ということを課題としているんですが、また、歴史がどう動いているかということを、どんな風に考えているかということにも関心があります。

 日本では、歴史は「輪廻転生」といわれるように、ぐるぐると回っていると考える人が多いです。けれども、僕はそうは思わなくて、私たちの一生は生まれるときがあって死ぬときがある、だから歴史の流れも、始めがあって終りがあると。つまり、歴史の流れは一直線にどこかに向っていると考えるのです。
 では、歴史の終りに何が来るかっていうと、それは破滅ではない。そこには、新しい共同体というものができる。どんな共同体ができるかって言うと、世界の人たちがひとつの場所に集まって、一緒に生きる。それぞれの国の、それぞれの文化というものはそのままに、一緒に生きる共同体の生活が更に豊かになるための、捧げ物として用いられる、そういう世界。
 なぜそういうことを信じられるかって言うと、先ほど言いました幼稚園の子供たちの世界を見ているからです。いろいろな国籍を持った子供たちが、違いを越えて一緒に生きています。そしてもうひとつ、私の教えているデイスター大学で、アフリカのいろんな言葉・習慣の違った国々の人たちが、ひとつの場所で一緒に生きている。

 そして、私たちもケニヤに行って、日本人としてケニヤ人と一緒に生きています。
 そういうことを私は体験して、それが、新しい世界を創りつつあると思っています。
 国際結婚をして国籍のわからない子供たちが生まれてくる。そういう国籍を超えて生きようとする人たちが、この世界に増えていることだと思うんです。

 ですから、私たちはケニヤに行ったらケニヤ人のようになれ、「日本国籍をどうして捨てないの」なんて聞かれるわけですけど、私はケニヤ人になろうとは思っていません。
 いくらガンクロして、日焼けサロンで日焼けして、アフロヘヤ―にしても、私は絶対ケニヤ人にはなれないわけです。
 むしろ、日本人として、このまま亀山の街で育って受け継いできたもの、日本人として受け継いできた文化、あるいは訓練が、アフリカ人と一緒に生きるときに、そこの生活を豊かなものとするために用いられる。
 そして、日本人とケニヤ人が、違いを持ったまま一緒に生きている。
 そのほうが僕は素晴らしいことだと思っています。

 それから、歴史の最後に起こることを僕達は信じています。
 今、「ナウい」ってことはかっこいいという意味で使われていますね。今「ナウい」ことはITですか…僕のイニシャルと同じですけど(笑)。
 今新しいことは何かって言うと、たとえばこういうネクタイをしていますが、これは来年には古くなって、それもまた新しいのが出てきて古くなってしまう。
 そうなると、一番ナウいことはどういうことかって言うと、一番最後に起こることが一番ナウい、新しいことだと思うんです。
 ですから、歴史の一番最後に起こる、世界の人と違いを越えて一緒に生きることが……それを、今そのための努力をして生きているって言うことが、一番ナウい生き方だということになるんだと、思うんです。

 今、僕はアフリカで生きていますけど、皆さんはこの亀山市で生きていらっしゃるわけですね。
 ですから、この亀山市でも助けを必要としているひとたちがいても見えない場合もあるし、見ても目をそらしているかも知れないけど、そうじゃなくて、そういう人たちをしっかり見て、そういう人たちと一緒に生きようとするのが、ほんとうに素晴らしいコミュニティということではないかと思います。

 最後に言いたいんですけど、平和を創りだすと言うのは、隔てを超えて生きる努力を、根気よく忍耐と情熱を持ってやることだと思います。
 このことを、最後にひとつの例で説明したいと思います。

 1994年4月に、ルワンダという国で2つの部族が争い、ひとつがもうひとつの部族を50万人以上虐殺する事件がありました。
 その年の5月に、私はナイロビの大学で教えていたわけですけど、そのクラスにひとりのルワンダ人の学生がいました。
 彼女は、その日非常に険しい表情でクラスに入ってきました。
 で、その前日、彼女はルワンダにいる自分の家族が全部殺されたという知らせを受け取っていたのです。
 彼女がどんな思いでその夜を過ごしたか、ほんとに皆さんも自分の愛する人を失ったことのある人ならおわかりになると思いますけど、もう一睡もできず、息も詰まって、胸が詰まってもう破裂しそうになったと言いました。
 しかし、彼女はクラスに出てきて授業を受けました。
 そして、自分の身に起こったことは、もうこれ以上の悲しみは生涯にないだろう。もう悲しくて身が張り裂けそうだ、と語りました。
 他の学生たちも皆彼女のためにお祈りをしたわけですが、それで彼女は、「祖国に帰りたい。しかし帰れる状況にない」というんです。それは、殺した人たちへの憎しみから、自分は今、何をしでかすかわからない。自分が恐ろしいというんです。
 しかし彼女が最後に言うのには、「自分は悲しいけど、今はここにとどまって勉強を続けて、この学校を卒業する。そして、卒業したら国へ帰りたい。そして、今ひどくなっている国のために、私は働きたい。私は、そのときは憎しみではなく、許しを、喜びを、持って帰る人間に変わりたい」と。

 こういう女性がアフリカにはいます。
 そういう人達がたくさんいて、そういう人たちがアフリカを支えていくと思います。
 そして、平和というのは、そういう祈り、そういう願いから生まれてくると思います。
 そういう人がいるということが、アフリカの未来を約束しているのだと思うわけです。

 私達は、そういう人たちと一緒に生きるということ、いろんな悲しみはあるけれども、ひじょうに驚きもあるし感動がある、そういう生活を、これからもやっていきます。

2000年11月10日収録
講演:市橋隆雄


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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上出展引用終わり   


 星野芳樹氏リンク :  google 検索

http://www.google.com/search?q=%E6%98%9F%E9%87%8E%E8%8A%B3%E6%A8%B9&rlz=1I7GPMD_jaJP323&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sourceid=ie7

Sunday, July 5, 2009

 植草さん、了解しました。外資に繋がる村上ファンドとオリクッスとを結ぶ偽善売国の政治家、財界人を究明することですね。

 植草さん、了解しました。外資に繋がる村上ファンドとオリクッスとを結ぶ偽善売国の政治家、財界人を究明することですね。

1.日本の国民が営々として、汗して、積み上げた形成された国富を、ダニの如く、吸血鬼の如く、飢えたブタの如くに寄生し、貪る既得権力擁護の官僚と権力支配的な偽善売国の政治家、財界人を、主権者である国民が,営々として、積み上げて創りあげてきた政治、司法、行政の総力で、主権者である国民の前に、国民のための社会的な正義のために、国民のための正義に反する欺瞞的な不当行為・不法によって、収奪をする人々やその悪徳の集団とその偽善的な作為について、そして、その陰謀について、国民の前に、公表しようとするか弱き正義感のある賢人達を、冤罪等で、陥れる悪徳な、悪魔的な人々を主権者である国民の面前において、白日のもとに、公表して、一連托生の不当・不正義の陰謀に対して、国家反逆罪で、合法的に、断罪し、地祭りにして、国家の大事な国法に定められた公正な合法的手続きを経て、裁き、監獄へ送り出せば宜(よろ)しいのですね。

2.既得権力を利用して不当権力行使を行っている官僚、政治家、財界人達の社会的な不当・不正義を正すことが、日本の主権者である国民から、大勢の人々から求められているのである。不正義を正すこと。これが、次期政権に対して、一番重要な案件であると私は考えます。これは、混迷する現在の日本の政治に、対して、国民に信頼を取り戻すための第一の必須条件である。

3.日本の日々に汗して働く人々は、政治的、権力の不当行使や不正義を、厳格に、裁き、この闇黒支配の集団を公的な正義をもって、断罪することを、真実の心で、望んでおられます。

4.社会的不正義に対して、断罪することにおいて、このことは、天地開闢の古来からの厳格な人類社会の法則の中で、確実に行われてきていることであり、そのことを確信し、そして、日本の社会に、厳然と蔓延る(はびこる)不正義を断罪し、日本の社会的、公的な正義を守るべき天地の神々(主権者国民)が、必ずや、その正義のための成就をやり遂げることになるでしょう。

5.その裁きのときは、刻、一刻と、確実に、近づいています。

6.どのような、敵の卑劣な罠でも、恐れる必要などない。

7.あせらず、一歩、一歩を、その暗闇が、明らかにされるように、正義を裁く主権者である国民と、ともに、正義の旗を、高く揚げて、進めば、必ず成就されることが証明されるのである。

8.あなたのインターネット論説の主張を、その悪魔的な力で、不可能とするための陰謀的な工作によって、苦しまれているようですが、そのことに、理解をしている仲間達が、力強く、大勢控えていることを認識して、これからも、がんばってください。

9.悪なる集団は、一見しぶとく、強がりをもって、その怨敵を追い落とすことに、悪知恵にたけているだけで、実体は勇気のない弱い無能力なもの達の集まりである。

10.いざ、その正義のための大風・おおかぜをこの日本中に、巻き起こさん。

11.現在のこの闇黒的な日本を麗(うるわしい)日本にかえるために、正義を掲げた主権者国民の前に、神風を吹かせよ。 

12.その時は近いのである。

13.覚悟せよ。自公政権に蔓延るその悪の集団の人々達よ。

14.一人、二人と冤罪で、陥れても、国民による貴き汗で成り立つ税金の収奪のような不適切な運用・搾取によって、陥れても、正義による追求は、止むことなしで、主権者である国民の手によって断罪がなされるでしょう。

15.正義の風を巻き起こすため、あらゆる善知識・知恵を集結させて、その目的の完遂のために、油断することなしに進めていきましょう。

16.主権者国民とともに、勇気と正義の力で、その正義の神風をこの日本に巻き起こしていきましょう。

17.まずは、その悪の集団に取込まれた最大の敵陣である自民・公明党政権に寄りかかる一人一人を善知識・知恵をつかって、確実に、無尽の深き谷底に、2度と再起できないように、合法的な方法により、きれい、さっぱりとして、地獄の暗闇に、徹底的に、つき落とし、国民が決定する公なる正義にて、断罪を進めて行きましょう。

18.国民の期待を裏切り、悪性的な存在と化した自民・公明与党政権の国会議員諸氏は、その因果によって、そのような場所が、その煉獄の地底が、とても良く、お似合いの適時な場所である。 偽善的な権力ではなく真の公明・公正の国民の力を結集させて、究明で、判明された悪人を奈落の底に、つき落として行きましょう。

19、次期政権は、国民のこの期待に応えるために、これを実現させるため、現在の政治・選挙、官僚制度改革、司法制度改革の刷新を、断固として、推し進めねばならないことが国民から求められている。

20.このことを憂いている国民は、正義は必ず勝たねばならぬという信念を持ちて、いざ、出陣の勝ち鬨を揚げたまえ。

 元創価学会員より Asyura投稿リンク:

        http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/959.html

http://blog.with2.net/link.php?847650
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元自民党幹事長 野中広務氏について。Asyra投稿記事を読んで。

 元自民党幹事長 野中広務氏について。Asyra投稿記事を読んで。

出展引用→《 特別インタビュー・野中広務さん 憲法・戦争・平和【しんぶん赤旗 2009年6月27日】》
       
    http://blogs.yahoo.co.jp/aleido_che_guevara/28038793.html
       
         
   →【出展紹介 http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/645.html 】
      
        投稿者 gataro 日時 2009 年 7 月 02 日 07:41:57:
       ( http://ameblo.jp/warm-heart/entry-10291619296.html )
       から転載。)
        連載 政界地獄耳 赤旗が報じた「野中の声」【日刊スポーツ】
        2009-07-02 07:18:50
        gataro-cloneの投稿
        テーマ:戦争と平和   


→【出展引用以下の通り】
『 - - - - - - - - - - - - - - - - ― - 
 
  特別インタビュー・野中広務さん 憲法・戦争・平和【しんぶん赤旗 2009年6月27日】
小渕恵三内閣で内閣官房長官を務めた野中広務さん(元自民党幹事長)に、憲法などをめぐって最近思うことを聞きました。野中氏は2003年秋の総選挙を機に衆議院議員を引退。その後、憲法や戦争と平和、政治の原点をテーマに全国各地を講演に歩き、テレビや雑誌上で活発な発言を続けています。
*********************
 25歳で郷里の町会議員になり、衆議院引退までの52年の政治生活を通じて「宿敵」だったあなた方(「赤旗」)に私の思いを語るのも、いまの時代が、そうさせるのだと思います。

■議員引退の訳
 国会議員を退いて5年8カ月。私は全国各地で、ざっと300回の講演をしてきました。招かれる先にはあなた方と親しいグループや団体、また憲法9条を会もあります。

 いま静かに日本の政治を見ると、おかしくなっていく日本を感じます。とくに小泉内閣の5年は、短い言葉で国民を狂わせて、アメリカ型の市場万能主義をそのまま持ち込み、アメリカの権益がかかわる戦場に自衛隊を派遣して日本社会の屋台骨を粉々にしてしまいました。私はこんな内閣と同じ時代に国会議員でいたら後世恥ずかしいと思い、議員退いたのです。

 私自身は、軍隊経験は6ヶ月だけですが、あの戦争の時代とその後を体験した人間として、今日ほど日本の人々が、この国の進路を誤らないように明治以後の歴史を振り返り、平和を考えなければならない時はないと思います。

■大政翼賛会に
 01年10月、衆院本会議にテロ特措法案の採決がかかったとき、私は、本会場を退場して棄権しました。03年6月のイラク特措法案が採決にかかったときにも本会場を出て棄権しました。この法案が自民党総務会に示されたとき、自衛隊の派遣については慎重であるべきだといったのは、ぼくと野呂田芳成さん、谷洋一さん(ともに元農水相)の3人だけ。あとの議員は「こんなときに何をいっているのだ。自衛隊を派遣するのはあたりまえじゃないか」といってきました。

 正直いって僕はむなしさを感じました。自民党は戦争が好きな政党になってしまった。それこそ大政翼賛会時代にもどってしまったわけです。

 このできごとに先立つ1997年4月、衆院本会議で僕は、日米安保条約の実施に伴う土地使用にかんする特別委員長としての「沖縄駐留軍特措法改正案」報告で「この法律が沖縄を軍靴で踏みにじる結果にならぬように。…国会の審議が再び大政翼賛会的にならないように、若い人にお願いしたい」と自分の思いをつけ加えました。国会ルール違反と批判され、議事録から削除された経験があります。

 しかし、そのあと、特措法を積み重ねて自衛隊は地球の裏側まで出かけていけるようになってしまいました。

 私は、振り返って今も三つの特措法に対する自分の当時の判断は間違っていなかったと思っています。

 最近、この国のこれからの平和を考えるうえで、僕が一番恐れているのは米軍再編です。米軍は米本土にあった米陸軍第1軍団司令部を座間(神奈川県)に移転させ、そこへ陸上自衛隊の司令部を集結させました。かつて日本は傀儡(かいらい)国家である「満州国」をつくり、そこに関東軍司令部を置いて、中国大陸を植民地化していく橋頭堡(きょうとうほ)をつくりました。あのときの日本の植民地政策と同じ考え方ではないでしょうか。当時と違うのは日本政府が、この米軍再編に3兆円ものお金を出そうとしていることです。

 (民主党前代表の)小沢(一郎)さんは、国連の下ではら自衛隊をかいがいに出しいてもいいなんておかしなことをいっています。こんどの総選挙で民主党が政権をとってもわれわれにとっても何の展望も開けないでしょう。また政界再編なんていっても、本当にまともにこの国の行方を決める政治家の集団はできないんじゃないかと思います。

 日米間には現在、安保条約があるだけで、平和友好条約はないです。やはり日米平和友好条約を結べる環境をつくらねば、日本はいつまでたっても米国と対等になれないと思います。

■憲法
 たしかにいまの憲法にはいろいろ矛盾はあります。しかし、わが国は日本国憲法の掲げる「戦争放棄」「恒久平和」の理念を一つのよりどころにして、自衛隊を海外に出したりすることを「卑怯(ひきょう)者」といわれても避けてきました。

 憲法を盾にして戦争に加担しない道を歩んできたんです。このことが戦後64年の平和につながったんです。一つ足を踏み出したら取り返しのつかないことになることは20世紀の戦争の一つ一つが物語っています。

 私は、この事実だけは何があろうと忘れてはいけないし、日本はあくまでも憲法の掲げる理念に則(のっと)って国際平和に貢献すべきだと思います。

 私自身は、憲法について、9条2項を変えて自衛隊を認め、しかし、海外へ出さないという規定にすべきと考えています。あなた方とは違うかもしれないが、これが実現しないうちは、9条を含めて現在の憲法を守るべきだと思います。

■戦争の傷跡
 私の生まれ育った京都府船井郡園部町(現在の南丹市)がある口丹波(くちたんば)といわれる地方には戦争前、マンガンなどの鉱山がありました。

 僕は子どものころ、鉱山で働く朝鮮人が、背中にたくさんの荷物を背負い、道をよろよろ歩く、疲れ切ってうずくまるとムチでパチッと叩(たた)かれ血を流しながら、はうようにまた歩き出す、そんな姿を見てきました。また私の家から300メートルほど先に大阪造兵廠(しょう)が疎開してきて、兵器を造るため連行されて来た朝鮮人が同じようにひどい仕打ちで働かされていました。

 戦後64年が経過した今も、戦争の傷は癒えていません。未処理の問題も数多くあります。

 北朝鮮との国交回復、賠償の問題も残っています。中国に日本が化学兵器や中国残留孤児の問題もあります。多くの未解決の傷跡をみるとき、まだまだ日本は無謀な戦争の責任が取れていないと思います。そのこと自体が被害者の方々にとって大きな傷になっていると思われ、政治家の一人として申し訳ない思いです。

■歴史に学ぶ
 幕末から目地維持にかけて「富国強兵」が国是となって日清・日露戦争に突入し、その結果が「満州国」という傀儡国家をつくる、あるいは朝鮮半島を植民地にするという狂った時代をつくり上げてしまいました。美化された明治の改革ではあったけれども、このときのスタートがあの戦争の敗戦まで至っていたのか、そう思うとき、そこに焦点を当てて、もう一度、歴史を学ぶ必要があります。

 私は、子どもたちにしっかりと近現代史を教えてこなかったツケが、田母神俊雄・元航空幕僚長のような暴言を吐く人間が出てくるような、悲しい、いまの日本の狂ったような状況に拍車をかけていると思います。

 シビリアンコントロールが効かない状況が起きているのを、政治がどのようにチェックし、正常化していくのかというところにも力を置かないと自衛隊内部からの暴発によって日本の平和が脅かされる危険性があると思います。

 国の根幹を決めなくてはいけない政治家達が、しっかりした歴史認識にたって、再び誤った道へ走っていブレーキをかけなくてはならないと思います。

 去年あたりから「蟹工船」ブームといわれ若い人たちがまともに歴史に向かい合おうという気持ちが出ていることを非常にうれしく思い、また期待もしています。こういう輪が広がることで、日本が再び軍国主義になっていく道が閉ざされて、平和な国としてやっていけるスタート台に立てるのではないかと思います。

 そのための種を蒔(ま)いていく使命がわれわれにはあるんじゃないかと思っています。

- - - - -  - - -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  - 』
 
【以上出展引用終わり】



 元自民党幹事長 野中広務氏について。Asyra投稿記事を読んで。

  この場を借りて、私の感想を述べて見たい。

 特別インタビュー・野中広務さん 憲法・戦争・平和【しんぶん赤旗 2009年6月27日】の記事が
 Asyura経由で伝えられていたことで、以前から、野中氏の動向が、気になっていたのであるが、適時、適切な記事に、めぐり合えたと思いました。

 私は、共産主義が嫌いで、日本共産党も好きになれないが、今回の赤旗の企画とその読み応えのある元自民党幹事長 野中広務氏のインタビュー記事で、以外な野中氏の心持ちを知って、感動したので紹介いたします。 これを読んで、私として、思想的にも野中氏に、共感できるのである。
 
野中氏が、現在でも。自民党に所属していたら、このような、共感は、生まれようがなかったであろう。
 
 追記:古巣の現自民党に対する思いと政治全般、人生観に触れられています。

 野中弘務氏は、ユニークな人生を歩んでいる。

 京都府を選挙の地盤として、若いときから、政治家として、実績を積み上げて、自民党田中派に所属して、自民党の幹事長になり、一時は自民党の総裁を獲得出来るほどの実力があった。 
 
 しかし福田派の小泉政権誕生後に、自らの決断で、自民党を去ったのである。 弱者に優しさを秘めている人のようである。
 
 もっと、政治家として、もっと活躍をして頂きたかった人である。 政治調整的な能力は一級であった。

 以前、私は、京都市の近くに住んでいたが、建設省発注の公共土木事業の監理業務の仕事の中で、知り合った社員数人の小企業の社長は、この人を応援していた。 建設公共事業の執行では、地元住民の建設反対等が常に生じる。 その事業の遅らせないような対策として、地元の中小企業へのための予算配分や発注事業が考慮されている。 その事業を請負う中小企業にとって、貴重な収入となる事業である。 その中には、一般的な土木店や暴力団筋の土木企業や同和系の企業もあった。
 
いずれにしても、請け負った工事は、立派に契約履行を果たした。
 
 公共事業は、社会的な弱者に、仕事が、回るような配慮があるのである。 その中には、公言できないようなこともあったが、公共事業に対して、反対され、事業の執行が停止される場合の社会的な損害に比べたら、事業の監理者側の不利益となり、究極的に、税金の浪費になってしまうのである。
 公共土木事業は、政府の中小企業のための社会調整の役割を持っているのである。

  私は、上記の仕事を契約制で、期間満了として、建設省の上部の判断で、業務上の公に出来ないことを知っている私の契約が打ち切られたのである。 そのことを公表すると、当時の建設省の人と私が、長年世話になり、所属していた建設コンサルタントに迷惑になるので、いままで公表を控えて来ているのである。これは、公金の不正支出に関わる事であった。 
 現在では、時効きれに、なっているであろう。

 その離職後に、そのことに対する反発で、わずかな期間であったが、同和系の小企業に、御世話になったこともある。非常に、歓迎されて、優しい人であった。 その後、その小企業は、数年後に、不渡り倒産をしてしまったことを、知り合いから知らされた。

 再度、会って見たいのであるが、かなわないことのようである。

 私は、人間の差別には、もともと、思想的に反対なのである。 その意味においても、野中氏に政治的な功罪は別として、この記事を読んで、多くの共感を受けるのである。
   
 これからも、野中氏の活躍を見守りたいと思っています。

  参考リンク1.: 野中広務氏のWikipedia を添付します。
      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E4%B8%AD%E5%BA%83%E5%8B%99


  参考リンク2.:Asyura投稿:元自民党幹事長 野中広務氏について。Asyra投稿記事を読んで。
         → http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/826.html


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Saturday, July 4, 2009

自公機関誌《紙》読売新聞、朝日新聞、自公擁護宣伝紙の如く成り果てた次に来るのは、読者離れで、倒産が待ち構えているのだ。

自公機関誌《紙》読売新聞、朝日新聞、自公擁護宣伝紙の如く成り果てた次に来るのは、読者離れで、倒産が待ち構えているのだ。

 先日に、Asyuraに分けて投稿した上記の題名の記事である下記の①②③の投稿記事をひとまとめにして、より読みやすく、理解されるように、校正、訂正、修正をしました。

  ① 本文部;投稿記事部 http://asyura2.com/09/senkyo66/msg/716.html

    → 上記修正版を 《 § 1 》 とする。

 
  ② 追記部;投稿記事部 http://asyura2.com/09/senkyo66/msg/720.html

    → 上記修正版を 《 § 2 》 とする。


  ③ 追記の追記;投稿記事部 http://asyura2.com/09/senkyo66/msg/732.html

    → 上記修正版を 《 § 3 》 とする。

   (注)校正日 ; 2009年7月4日


《修正版;以下のとおり》 



 《 § 1 》


《 自公機関誌《紙》読売新聞、朝日新聞、自公擁護宣伝紙の如く成り果てた次に来るのは、読者離れで、倒産が待ち構えているのだ。 》

1.読売新聞、もともと、社主であった正力松太郎氏が自民党の議員であったから、自民党よりの、論調であったが、いつの間にやら、朝日新聞や毎日新聞の論調の方向が、自公政権よりの論調が主流となってしまっている。 読むのに非常に、耐え難く、義憤が生じるのである。

2.自活して独立してから。40年以上の間に、1,2年間は、読売を購読したが、後は、朝日新聞の購読をしてきたが朝日新聞の近年の論調は、購読に耐えないものに成り果ててしまっているのである。
 かっての、朝日新聞の社会的正義感あふれる姿は、どこへ、消えてしまったのであろうか???。

3.大いに、疑念がある。この論調の変転に、大きな謎が、隠されている様である。

4.新聞は、もともと、広報宣伝と社会的な論争においては、どこかの機関誌ではないのであるから言論の公正さと中立的、客観的な正義が、読者から強く求められるべきものである。

5.しかし、これが、現在の日本での、大新聞会社等は、それと正反対なことをしているのである。他の報道機関の状況も似たものである。

6.若者に限らずの多くの国民達は、ワーキングプアーになり、購読自体が不可能な状態にあり、年長のもの達にも、そのような、広報機関誌のような報道かみきれに、あいそがつき始めて来ているのである。

7.自分達のしていることが自分の首を絞めていることに、気がつかないのであろうか??? 

8.たぶん、そのことに、気はついていて、あえて、このようなことをしなければならないなんらかな理由と外部からの強い力が加えられているのであろう。

9.たぶん、この裏には、隠された仕組みと秘密の資金を供与し、その報道を担当する上層責任者を懐柔させてしまっているのであろうか?。その意図されて仕組まれた広報誘導的な狙いを持って実行されているのであろう。これらの新聞報道機関の社内においても、そのことは、おそらく、ごく一部のものに限られていて、隠密でなされているのであろう。

 昔日の隠密忍者のよう役割を担っていて、社内的な特権的な権限を行使して行われている様なのである。

10.このような状況でも、種々の情報源をもっている購読者達は、あるいは新聞の論調に、気をつけて、熟読、吟味して購読する人達は、その記事の中で、目的のもった意図を隠して、偏った表現の論調で、記されたことが、直ちに、理解されるのである。

11.このことが、論説の上層の主幹等あるいは校正担当の首脳達の判断で、行はれているのかは、購読者には、わからないのである。

12.しかし、そのような方法で、意図的な作為のある論調をのせるような新聞社等の記事は、社会的な欺瞞を嫌う我々には、読むに耐えないのである。

13.購読者の不信を生むような報道は、もはや、必要とされないのである。

14.もはや、日本の新聞業界全体が、社会的な正義を提供する言論誌ではなくなったのである。

15.なんとも、情けのない業界になってしまった。

16.国民の多くは、インターネット等で、広く、多方面からの情報を得るようになっているが、そのインターネットを利用できない老齢者は、この購読する新聞記事の論調を頼りに、社会問題についての判断をしてしまうのである。公平さのない真実を歪曲するような論調は、このような人たちをあざむいていることになるのである。

17.現代の新聞業界が、このようなものでは、社会をかく乱し、社会の発展に妨げになってくるのである。

18.新聞業界が、将来に渡り、生き残ることを望むならば、自分達の危機感と使命感をもって、社会的な公平さと中立性と社会的な正義を提示して、読者の信頼を勝ち取って行かなければ、そこに、待つのは滅亡に他ならないのである。

19.社会的な、公器である新聞に、その主柱である論調に関して、その欺瞞性について、購読者から指摘や抗議がなされることは、その新聞の存在の意義が問われていることである。

20.残されている時間は、少ない。

21.特に若い記者達や報道関係者に、その隠された意図で、報道がなされていることに対して、正義感をもって、そのような欺瞞性に対抗ができる能力になって、社会的な報道に、使命感と危機感をもって、自己の職分に誇りをもって、社会的な貢献をして頂きたいのである。 

 新聞報道に、社会的な公正と正義を取り戻して頂きたいのである。 このことを切に願う次第である。

 そうしなければ、日本の社会は、先の大戦時の時代ような、統制的な、不自由で、不正、欺瞞に満ちた闇黒的な社会に、陥ってしまうことであろう。

 (注:朝日新聞の配達を数年前に、2年間したことのある義理のある販売店の要請と購読の契約で、今年    の末までは、朝日新聞を購読をせざる得ないことが、非常に、無念に思っている。
 
《 § 2 》           



1.誤謬のあった自公政権の近年10年間の経済運営路線によって、経済的な困窮に至る人々が増大していくこの日本の社会で、家計を何とか、節約し、切り盛りさせながら、新聞を購読している人々も、かなりの数になるであろう。

2.その人達は、その購読する新聞に対して、もっと、世の中が良くなって欲しいと必死な気持ちを願いながら、その記事、論調に接するのである。

3.そのような、読者達の貴い汗に基づいて、新聞の購読が、維持されているのである。

4.ところが、その記事、論調に、求められるべき社会的な公正さと正義感がなければ、その読者は、亡失して。その言論に対して、不信を生んでしまうのである。

5.日々に、明日は、今日よりも少しは、社会の状況が、良くなって欲しいと願いながら、その新聞に期待をもって、新聞を購読している人々の姿を思い起こして欲しい。

6.話題がそれるが、敢えて、ここで述べるのであるが、私が、若かりし日に、私の師になった一人の新聞記者(当時60歳を越える)との出会い中で知遇を得た人で、当時の静岡新聞の論説委員の星野芳樹氏は、若き時代に、日本の軍事政権下で、中国の上海で、亡命生活を余儀なくされ、戦争反対の意思を貫き通して、戦争中に監獄の身を置かれた経験を持っていたのであるが、この人の外国での情報の取り方は、2,3等車の列車とか、キチン宿の安い宿に。おいて、庶民との対話の中で、生の声をひろいあげるような努力を進んでしていたのであった。 

 そこを退職して、ケニアにて、しばらくの間は、静岡新聞、朝日新聞の支援もあり、日本アフリカ文化交流協会「ケニヤスワヒリ語学院」を設立し、現地で、日本で募集した若者にスワヒリ語を学ばせていたのである。 その中で、当時の政情不安定のアフリカの各地、各国をめぐり、種々複雑な状況を日本に伝えたのである。また、この人は、戦後すぐ、思想転向し、自由党の国会議員になり、外地からの引き上げ者の促進のために、その努力を注いだ人であった。

7.報道すべき記事は、人から、受身で、情報を与えられて、書くものでは、ないのである。自分から、その庶民の生活に飛び込んでこそ、生の本当の記事が書けるのである。ましてや、政府のある筋からの広報的な宣伝記事など、困窮する国民にとって、一銭の価値もないのである。

 追記:余談になるが、日本が敗戦し、外地からの命からがら、引き上げてきた多くの人たちも、その人の恩恵を受けたであろう。 その困難な道をたどった引揚者の中の一人として、満州からの引き上げてきた公明党の冬柴氏がおられるが、現在のその氏の、国民・国政に対する増長的な政治姿勢は、その貴い人生経験を生かしておらないようである。どのような政治家に対しても、周りの人は、あらゆる場所から、常にその人なりを客観的に見ているのである。 たぶんこの人の人生は、謙虚さを失ったことで、最後は、みじめなものとなるであろう。
もっと、自分の耳で、他を頼らず、国民の声を率直に、謙虚に、耳を傾けるような、一流の政治家になって頂きたいものである。

 【追記1】:
  ここで、改めて、この旅行の企画を支援された当時の静岡新聞の社主 大石氏と静岡新聞の関係者に対して、深く感謝を表明を記させて頂きます。
 当時静岡新聞社主 大石氏は自民党所属の国会議員であった。)

 星野芳樹氏の自邸に、あるとき誘われて出かけたときに、当時の創価学会の幹部であると紹介された市川雄一氏が同席していて、創価学会についての私達の若者の意見を聞かせてほしいとのことであったので、当時の私は、創価学会に関心はあまり、感じていなかったが藤原弘達氏がTV等で創価学会と公明党の正教分離に対する批判を展開していた時代であった。 その時の私の返答は、政治と宗教を何を基準に分けるかは、困難であるから、正教分離はできないのではないか、遠慮なく意見を述べたことを思い出す。 私が当時において、この人に、親しみを感じて分かれたのである。

 後世において、小沢一郎氏と並んで、一々路線の政治路線を進めた創価学会の主流を形成した人であった。 このようなベテランの政治家が創価学会を率いていれば、現在の日本の混迷の深まるような政治状況にはならなかったように思うのである。

 最近、私が Asyura に投稿した市川氏に関係する記事を参考リンクとして、ここに加えてみます。

  Asyura投稿:2009年5月26日
《 Re: 二見伸明:燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(THE JOURNAL)【「小沢問題」の本質は民主主義の根幹に関わる問題である】》

     http://www.asyura.com/09/senkyo64/msg/167.html

 【参考リンク:市川雄一:
     http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E5%B7%9D%E9%9B%84%E4%B8%80 】
 
 現在は、創価学会員として、10年近くに渡り、経験した中での私の結論において、創価学会の正教一致の活動に対して、退会したからであろうが、大きな疑問と不信を、生じてもっている。

 後世において、現在は、1998年51歳の時に、ある縁で、創価学会に入会し、その日常活動において、参加していたのであるが、近年の自民・公明党の与党政権による政治・経済路線の大きな疑念を持って、創価学会本部に電話をした時に、私が、創価学会員であり、自分の姓名を名乗り、現在の公明党の取る政策に反対し、民主党を支持することの表明をしたとたんに、電話が、無言電話になってしまったのである。創価学会員の話を受付なかったのである。 こちらは、遠距離の電話賃を気にしながら、電話しているにもかかわらずにである。こちらが、話かけても、電話を切るわけでないのである。 無言のままである。 相手が出ないものであるから、再度電話をかけて、同一人物に、つながったとたんに、再度無言電話であった。電話をかけた者に対して、大変に、失礼なことで、大変に、憤慨したのである。このような態度の人を、創価学会本部において、平然として、電話の応対をさせているのであった。 
 いつものことであるが、創価学会本部の係りの者は、こちらから、名前を尋ねても、決して答えないのである。 話の内容によっては、地方の支部の人は、名前を教えてくれる人もあった。親切な応対をしてくれる年功者の人も多くあったが、このような横柄で、傲慢不遜なこの比較的に若い中堅の者達が、この現在の創価学会本部の主流的な勢力となっている様なのであろう。

 このことが、創価学会を辞める決意をした一つの大きな要因であった。退会した理由は、これだけでないが、2008年の10月に、創価学会を退会したのである。


《 § 3 》

1.先に述べた星野芳樹氏の兄弟で、その長男 星野直樹氏は、満州国の総務長官を経験している人である。

 その満州国において、この星野直樹氏は、岸信介、松岡洋介氏と並ぶ存在の人であった。
 
 【 参考に星野直樹氏のWikepediaを下記にリンクする。 

   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E9%87%8E%E7%9B%B4%E6%A8%B9  】
 

2.星野芳樹は、その3男であった。芳樹氏には、共産党の活動の中での亡命生活中に韓国人の鄭氏との間に生まれて韓国内で、生まれ母親の手で育てられた隠された娘《このことは、おそらく身内には、伝えずに、あの世に旅たって行ったのであろう。》その娘の子である長男と長女が現在において、存命されているはずである。  【Asyura投稿時には、5男 と誤記したのを訂正いたします。】

     【星野芳樹氏の参考リンク】:
       1.  http://www.jacii.net/page004.html  

       2.  http://www.suikodo.com/job/book.html

       3.  http://www.jacii.net/newpage13.html

       4.  http://74.125.153.132/search?q=cache:ER8cwTV3NiAJ:www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/syuisyo/005/touh/t005003.htm+%E6%98%9F%E9%87%8E%E8%8A%B3%E6%A8%B9&cd=5&hl=ja&ct=clnk

 当時の静岡在中の大学生(当時の県立静岡大学、静岡薬科大学、東海大学海洋学部)から、選ばれた私達4人を乗せて、老齢にもかかわらず韓国への日本からフェリーを使い、自動車での韓国旅行を引率し、実子の娘とプサン市で合流して、同行されたのである。その娘さんの通訳で、快い旅となった。

3.私が訪れた当時の韓国の政権は朴大統領であった。フェリーでプサン港に上陸し、すぐに、私達一行は、KCIAの人に、監視されたようである。 当時のプサン港は、地方の小さな漁港のようなものであったが現在のプサン港は、世界的でも、有数の国際流通港湾になっている。

4.途中慶州市と浦項市に立ち寄って、浦項市では最新式の鉄鋼所の新設のための港湾施設造成の最中であった。当時の八幡製鉄所の協力のもとで、浦項製鉄所が作られようとしていた。

5.ソウル市では、現在のサムソン財閥:三星財閥を率いる三星物産の会長の李氏の本人が、自ら、私達一行を迎えてくれて、懇談をしてくれた。その理由は日本から、きた若い人の意見を聞きたいとのことからであった。私は、その時に、会長に、遠慮なく、次のように話しをしました。(韓国において、これからも、まだやるべきことがたくさんあるようです。)と伝えたのである。その時代から、すでに、40年経過したサムソン:三星財閥の成長や韓国経済の成長は、すばらしいものになったのである。
 この三星物産の起源は、敗戦となって、日本から、撤収され、現地に返却された施設を政府から融通されて、出発していったようである。

6.ソウル市では、ソウル郊外にある南北を隔てる38度線上の板門店を建物内で、見物したのである。北朝鮮側と厳しい対立がある中で、米国憲兵に守られながらの緊張した場面であった。

7.ソウルでは、成均館大学、高麗大学、李花女子大学生等との楽しい懇談も行われた。その間に東亜日報新聞社や朝鮮日報の人々にも、非常にお世話になったのである。

8.国や国籍が違えても、若者同士の心や思いは、会話をすれば、相互に通じるものであることを経験できたのである。これが、この旅行の最大な成果となったのである。 人生における最大な贈り物になったのである。

9.そのような青年達を、権力者の都合で、再び、悲惨な醜い戦場につかせてはならないのである。

10.戦前までは、長い間、日本の植民地支配で、ソウル市に日本の総督府が置かれていたのであるが、植民地の象徴として議論の中で、近年その建物が取り壊されることになったようである。

11.戦前には、当時の日本政府は、韓国の人からは反発を受ける中で、軍事強制的に日本語で、教育を行ったのである。

12.名前は、覚えていないので申し訳ないのであるが、途中で、立ち寄った50歳代頃のある市長は、私達を親切で、丁寧に迎えて、私達と懇談の中で、私達に、《夏草やつわども達の夢の跡》と日本語で親しく語ってくれたことに感動し、今も思い出される。 この言葉は、訪れた日本人の若者に対して、戦争の無意味さを示す教訓として、話をなされたのであろう。当時の殖民地主義の日本語強制の教育制度の中で、生き残るがために、必死で、学んだのであろう。

13.日本に帰って、翌年後に、当時の大統領選挙で、朴大統領を凌いでいたとの世評もあった金大中氏は、本国を避けて、日本に滞在し、日本の政治家や日本の世論に、自論の広報をしていたのであるが、朴政権の圧力で、日本からの拉致事件が、発生したのである。その後において、朴大統領は、その身内の側近によって、拳銃で殺されたのである。金大中氏が大統領になったのは、朴大統領から2人、3人が大統領となって、金大中大統領はその後である。その後に 先日、自殺(?)したと発表された盧 武鉉(ノ・ムヒョン、노무현)大統領から、引き継いだ現在の李明博大統領が政権を担っている。 この李明博(イ・ミョンバク)大統領の育ちは、親が日本に強制連行されて日本で生活する中で、生まれ育ったのである。 日本にうらみを持って当然であろうが、この大統領は、親日的である。立派な精神を有してがんばっておられる。 睡眠時間も4,5時間程度で、その政務に励んでおられるとの報道もあった。

 国内的には、不安定な韓国政権や韓国の人々は、取り巻く国際的な力に翻弄されながらも世界へ活動を拡げることに成功しているのである。

 日本にとって、隣国であるこの韓国民族は、歴史の中で、幾度かの戦争状態や紛争があったのであるが、日本の文化の源流には、この韓国民族の帰化人等の活躍によって、築き上げられた文化源流が、この日本に強く影響しているのである。 

 モンゴル系統の同じ顔、姿である。朝鮮半島から、その地の戦乱で、逃れてきた人々が私達の日本の先祖であったかもしれないのである。 その温故ある民族に対して、人種的な差別等の扱いをしてはならないのである。差別する人は、自分達の先祖につばをかける行為と同然であることに、気がつかなければならないのである。
 
14.旅行から帰り、その年の4月から、就職し、社会人として、歩みを始めた。その星野芳樹からの連絡で、国会近くの尾崎行雄(咢堂)記念館での、バングラデッシュ独立の記念の会合に、誘われてでかけたが、そこに、当時自民党総裁候補として、田中角栄氏と争っていた福田赳夫氏にバングラデッシュの大使との通訳を駆ってでて相互間に紹介をしていた。 その数ヶ月後に、私は福田赳夫氏が総裁選で選ばれると予想していたのだけれど、天の声の間違えもあると福田氏はコメントを公表していた。
 
  (参考リンク: 尾崎行雄 Wikipedia :
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E5%B4%8E%E8%A1%8C%E9%9B%84   )
  
  (参考リンク: 福田赳夫 Wikipedia :
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E7%94%B0%E8%B5%B3%E5%A4%AB  )


 大分、言論についての本論から、外れて、申し訳ありませんでしたが、これも、老婆心の思いで、国や国籍が異なっても、若い人々が、仲良く、相互に協力して、生きていくことが、大事な大きな時代の流れだと考えるからである。


【 結論 】
 
 言論報道は、あくまでも、政権の片方に、肩入れや不公平な報道をして、国民の撹乱の要因になってはならないのである。

 新しい社会を築き上げ、時代を形成する原動力は、若者にあるのである。 この大事な若者達をこのような社会状況に陥らせた現自民・公明党与党政権は、この責任を、国民から求められているのである。 

 若者は、この状況を抜け出すために、社会的な正義の旗を高く掲げて、声を張り上げて、非暴力的な言論闘争を開始していかなけれならないのである。 自信と勇気を持って進めば、恐れることや恐れる者など存在しないのである。

参考リンク:Asyura投稿: http://www.asyura.com/09/senkyo64/msg/167.html
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Scuba diving in Hawaii

Friday, July 3, 2009

音で見る:「イルカ等の反響定位」を人で訓練(動画)

音で見る:「イルカ等の反響定位」を人で訓練(動画)

http://wiredvision.jp/news/200907/2009070223.html

「塩水で育つ植物」がエネルギー・食糧問題を解決? WIRED VISION2008.12.10.mht

 
 私のコメント: 
《 海水で、種種の植物が、育てることができれば、海水を使用して、海上の構造物の上で、農業が可能になる。 近未来には、実現されるでしょう。
  

 
以下は紹介記事です。


「塩水で育つ植物」がエネルギー・食糧問題を解決?
2008年12月 9日
環境
コメント
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Alexis Madrigal
テキサス州ガルベストンに生育するアッケシソウの仲間、Salicornia bigeloviiとSalicornia virginica。Image: flickr/Anna Armitage
塩水を好む植物が、これまで有効利用できなかった約130万平方キロメートルにも及ぶ土地を、エネルギー用作物などの栽培地に変えてくれる可能性がある。そうなれば、昨年バイオ燃料の成長を大きく妨げるもとになった、食糧か燃料かという激しい論争に終止符が打たれるかもしれない。
塩水を好む作物を栽培することで、世界の灌漑農地の面積を50%増やすことができる。これが実現すれば、代替燃料のメーカーはこうした作物を、罪悪感なくバイオマスとして利用できるようになり、食品価格の高騰を懸念する国際連合の語気も和らぐだろう。国連のある関係者は、耕作地をバイオ燃料用作物の栽培地に転用することを「人類に対する犯罪」だと非難している。
塩水で作物を栽培することは、園芸の世界では数十年前から細々と行なわれてきた。だがここへ来て、代替エネルギーへの新たな需要が生まれたことで、このアイディアが米国屈指の権威ある科学誌にも取り上げられるようになり、ついには米航空宇宙局(NASA)の科学者の関心を引くまでになった。
『Science』誌の12月5日号では、2人の生物学者が、アリゾナ大学の植物生物学者Robert Glenn氏の研究を基に、次のように論じている。「農作物への需要が高まり、塩分を含む土地が拡大している。そんな今こそ、この概念を真剣に検討し、資金を投じるべきだ」
Glenn氏は30年近くにわたり、塩水を利用したあらゆる農法の価値を訴え続けてきた。関心を示す人は少ないながらも着実に増えていたが、バイオマスを燃料に変える必要性が生じるに至って、ついにNASAからもコンタクトがあった。
Glenn氏の研究チームがNASAに提出した報告によると、テキサス州のほぼ5倍の面積の農地を開拓すれば、塩水を好む植物から年間15億バレル[約2億4000万キロリットル]のエタノールを生産できるという。
「農業に塩水を利用すれば、作物の生産に、全く新しい土地と水を利用できるようになる」とGlenn氏は言う。「おそらく人類はこれまで、灌漑農地の面積を50%も拡大する必要がなかった。食物が十分に足りていたためだ。しかし、バイオ燃料がかかわってきた今、作物の生産はそのような方向に進むべきだと思う」
世界の人口は、1900年から50億人も増加し、現在67億人という驚くべき数字に膨れ上がっている。これだけ激増したにもかかわらず、主に家畜の飼料と穀物からなる食糧の生産が追いつかなくなることは今までなかった。しかし一方で、食糧生産システムはさまざまな要因から重圧を受けている。その1つが、バイオ燃料用作物の栽培に使われる耕地の増加だ。
2007年に起きた食品価格の急騰は、エネルギー用の作物ばかりが原因ではなかった(日本語版記事)が、それでも、社会や環境の問題に取り組む団体のほとんどが、バイオエネルギーになる作物の栽培は、今現在利用できない土地を切り開いて行なうべきだと主張している。そうすれば、貧しい国で食用作物の栽培に使われていた土地が、先進国で車の燃料になる作物の栽培地に転用される心配がないからだ。
しかし、そこで1つの大きな疑問が浮上する――現在使われておらず、なおかつ作物の栽培に適した広大な土地など、一体どこにあるというのだろうか?
塩水を使った作物の栽培に使える土地の内訳を示した棒グラフ。左から順に、「海岸の砂漠」「内陸の塩類土壌」「灌漑地」「合計面積」。単位は平方マイル。
塩分を非常に多く含む土地なら、これまで過小評価されてきた大きな役割を果たせるかもしれない。海岸の砂漠化した地帯や、内陸の塩類土壌には、これまで開墾されていないところが多い。またすでに農地となっていても、塩分が過剰な土地が少なからずある。
Glenn氏は、環境保護などの要素を考慮に入れた上で、世界の約125万平方キロメートルに及ぶ使われていない土地を、塩生植物と総称される耐塩性の植物の栽培に利用できると報告している。Glenn氏らの計算によると、この土地から1年に生産できる燃料は石油15億バレルに相当するという。米国で必要とされる液体燃料の35%にのぼる量だ。
塩生植物は、塩水で育つ。塩分はほとんどの[地上]植物に害を与えるが、塩生植物では塩水を利用して水分を吸収している。簡単に言うと、自らの塩分濃度を周囲の塩水より高くすることで、浸透圧を利用して水を取り込んでいるのだ。
塩生植物は、燃料用だけでなく食用としても魅力的だ。バイオマス収量が非常に高い上、油分を含む種子も大量に収穫できるためだ。Science誌に論文を寄せた先述の生物学者たちによると、塩生植物の中でも特に有望なのがアッケシソウの1種であるSalicornia bigeloviiで、これは植物油の原料として一般的なヒマワリに比べ、同じ面積から1.7倍の油を生産できるという。
[アッケシソウは、日本では1891年に北海道東部の厚岸町で発見され、厚岸草と命名されたが、サンゴソウとも言われる。液胞にかなりの量のナトリウムを蓄積し、昔はこれを焼いてソーダ灰を作ったという。北海道以南では宮城県、愛媛県および香川県の塩田跡地で生育が確認されていたが、塩田跡地が開発によって転用された事に伴い、環境省のレッドデータブックでは近い将来に絶滅の危険が高い種に指定されている]
「(一部の塩生植物は)スイッチグラスなどより効率が良く、今現在使われていない土地で栽培できる」とGlenn氏は説明する。
もちろん、塩生植物のバイオマスを燃料として利用するには、セルロースから燃料を生産するコストを今以上に下げる必要がある。セルロースからエタノールを作る研究(日本語版記事)は世界中で驚異的なペースで進んでおり、多くの観測筋が、5年後には十分なブレークスルーが起こり、安価な技術になっていると予想している。
塩生植物は、他の形でも環境問題の助けになる可能性がある。大規模農場から流れ出した、塩分を含んだ水が人造湿地などに流れ込んでいるという問題だ。[乾燥地などで水分散布を続けると、地表付近の塩分濃度が上昇して塩害が発生する]
例えばカリフォルニア州では、Salton Sea[ソルトン湖、コロラド川の河口にある]の問題がある。80年間にわたって農業用水が入り込んできた結果、[さらに、2003年から農業用水としての取水が大規模に始まった結果、]Salton Seaの塩分濃度は海よりも25%高くなり、生態系への深刻な悪影響が出て来ている。こうした問題を、塩生植物の栽培で解決するためのテストが行なわれている
Science誌の論文『塩分を含む土地に適した作物』(執筆者:Jelte Rozema氏、Timothy Flowers氏、DOI:10.1126/science.1168572)から引用した。
[東京工科大学の研究チームは、海水でも育つマングローブの一種「オルヒギ」から耐塩性の遺伝子を発見、この遺伝子を他の植物に導入して耐塩性をもたせることに成功している。また、東京農業大学の研究チームは、バングラデシュで栽培されている耐塩性品種のイネを研究しており、他の複数の研究所でも耐塩性を高めた遺伝子組み換えイネが研究されている]
{この翻訳は抄訳です}
[日本語版:ガリレオ-米井香織/高橋朋子]
WIRED NEWS 原文(English)
コメント
エネルギー用に植物を育てるっていうのが普通になるのかな
janus_wel2008年12月10日 07:36:18
「耐塩性品種のイネ」←あればいいなが、あった。すげえ。
mittason2008年12月10日 03:07:23
和名は宮部金吾が命名したんだ。これも赤くなるのかな。
monopticon2008年12月10日 01:23:17
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Thursday, July 2, 2009

Ocean Wave Energy

海洋利用

Wednesday, July 1, 2009

日本の社会の発展を妨げる権威・組織機構権力行使を見直して、提起された課題を解決のための、総合調整を担う行政機構制度を創生していこう。

日本の社会の発展を妨げる権威・組織機構による権力行使を見直して、提起された課題を解決のための、総合調整を担う機構制度を行政機関に創生していこう。  いわゆるプロジェクトチーム制度を有効化し、その目的別の課題解決の制度化を政治・行政の世界に展開していこう。 単なる肩書き等の権威主義的な制度によって、固定的に、形骸化した社会・官僚制度は、社会の発展に妨げとなっているだけで、その役割の有効性を生かせないで、無意味なものになっているのである。 
 
1.人間社会に、提起されてくる課題が、現代の様に、多方面に関係する激しく、厳しい衝撃波が、急激に、目前に迫りながら、姿、形をかえながら、次々と新しく、到来し、人類社会がその衝撃波で、大きく傾いて、今にも転覆してしまうような状況に直面している。

2.人々の生活環境を根底から覆すような社会状況の激変に対して、乗組員である人々の社会がその波を乗り越えることが不可能な状態に陥っていっているような状況に、私達の社会は日々に直面しているのである。

3.現代の社会は、既存の制度で形成された制度的な疲労の中に、かろうじて浮かび、目前に急激に現われる経験をしたことのない巨大津波に対して、動転して、どのような方策で、その大波に立ち向かうことができるのかの判別や経験や津波の特質に対する知恵をもっていないで、右往左往を繰り返す、船長に、その舵取りをまかせ、適宜適作の舵取り(対策実行)が行うことができなくなってしまている老朽化した浮き船のごとくに、大波にもまれ続けている状態である。

(注).話題からそれることになるが、巨大な大津波は、孤立波である。孤立波は、引き起こされた波の
エネルギーが単独で、集中されている単独的な波である。 津波は山と谷が時間経過で変形しないで進行していく。 この津波には、その成因で、引き波と寄せ波の2種類がある。引き波は波の谷が先行して、進行する。寄せ波は山を先行して進行する。 地殻変動で、生じた津波は、独立した5、6回程度の孤立波が周辺に輪のように広がり、拡散して、進行していくのである。
 大波を船で、舵をきるときは、その波に対して、向かって略45°の方向に、舵を向けて、進むことが良いといわれている。
 教育訓練をなされた航海士や船長は、このような。基礎的知識を学んで、実習しているのである。
 この基礎的な知識があれば、経験のない大波に対しても、惑うことなく、進むことができるのである。

5.しかし、人類社会に現われる衝撃的な波動は、物理的な要因で出来ていないのである。 人類社会の海の中で、引き起こされているのである。

6、どのような、特質のある波なのかは、事前に理解できないのである。

7、人類社会の構造は比喩的に例えれば、船に似たような構造を有している。

8.小船に乗った乗員が、片側に寄ってしまえば、その船の浮心が変動し、傾いてしまうのである。

9.現在の世界の行き過ぎた一部の権力者の思念から生み出され権威つけられて、実行された金融経済政策の運営の世界で、このような状況にそっくりな状況が出現したのである。

10.これが、人類社会の経験によって、制度的、学問的な欠陥があったことの歴史的な証明となって現在の状況にあるのである。

11.再度、人間の社会のバランスを破壊する先進的、近代的な経済政策制度は、見直す必要があることが理解されたのである。

12.この改革は。世界の人々の合意に基づいて、行われたものではないのである。

13.目的の不謬を覆い隠した理論のみで、実証的な検証や経験を無視したこの経済政策路線の運営は、競争原理に基づいて、独善的な、強者支配を目論んで、形成されたものである。

14.この目的する行き先は、強者によって、世界の人々を支配し、制御運営を既得権益として、権力支配者が主導的に占有することにあるのである。

15.国際経済貿易における、過度の投機的な資金の運営においても、その制度的な誤謬が存在しているのである。 その行き過ぎを制御すべき国際的な監視制度、機構が存在していないのである。
 権威に基づいて、社会的な信頼があるとされる金融資本は、目先の近視眼的な利益追求に拡大している。そこには、人類社会をどのようにしていくのかの理念が欠如している。

16.資金の運用で、人類社会を動かし、社会・経済を制御するという考え方自体に、人類社会がどうあるべきかの基本的な理念が欠如しているままで、十全の監視機構体勢が成立されていないのである。

17.その欠陥をもったままの制度政策で、世界の経済社会が揺り動かされているのである。

18.世界の政治・経済的な政策について、話し合う場である色々なサミットにおいても、各国の政治首脳達だけの権威・権力を誇示し、表明しているだけで、人類社会の創生に係る合意形成上の過程がまったく省略されているのである。このよう行事が人類社会の発展に、結びついていないのである。 存在するのは、権威・権力をかざしたただの顔見世の舞台だけである。

19.このような形骸だけの首脳のお茶のみ仲間の会話だけで、人類社会のあるべき物事について、決定や方針で、世界が振回されているのである。

20.ここにも、世界的な制度運営における誤謬が存在しているのである。

21.付け加えて、いえば。そこに、明確なプランと実行の方策制度の確立が存在していないのである。 現代的な政治・行政の不備、不全が社会の発展を妨げているのである。

22.このような舞台の行き着くところは、権威、権力支配者や強者による支配の世界の形成だけである。

23.世界を舞台として、このようなことが正義として、広報宣伝されて、実行されたきているのである。

24.ある種の信仰宗教的な崇拝の要素によって構成されて、進行されてきているのである。。

25.最近において、このような権威・権力者によって、行われる欺瞞と偽善が、世界の人々により、明らかになってきている。

26.権力や権威を振りかざす人は、社会の合意の手続きをとらないで、その目的を成就させるために、その権力を行使して、人々に、その責任だけを押し付ける身責任な集団であることがこのことで。判明されるのである。 権威に反対する側からの提出・提案・代案の見解に対してを、検討することなどを省略し、無視して、推し進める傲慢を有しているのである。

27.そのことが、結果として、後に失政や失敗となって、社会に出現されてくるのである。

28.結論的に言えば、社会的な合意がなく、バランスの調整の経過を経ない権威・権力による制度の実行は、既存の人類社会を破壊してしまうのである。

29.人類社会を、効率よく、どのような方向へ、どのような方法で、めざしてゆくべきかの基本的な哲学的な合意がなければ、人類の社会は、発展など不可能なのである。 目的地も判明しないのである。

30.同様に、社会的な肩書きの権威のもとでは、世界が発展しないのである。

31.このような社会的な背景の中で。形骸化されて、権威・権力を振りかざす官僚機構や財界に対する批判が拡大されて来ているのである。

32.温室的な権威・権力に従事しているもの達は、社会のこの大きな変化の動きを理解していないのである。

33.官僚機構制度それ自体が、人類社会の発展に、十分に役割を見出していないのである。

34.偽善的な権威・権力者が、それを妨げているのである。

35.人々が主体となって社会的な合意と調整の制度化を創生させる大事で重要な方法・方策について、我々の人類社会は、未だこれを、作り上げていないのである。

36.地球が丸く、太陽の周りを回転していると主張して、人類の歴史に消えたガリレオの地動説時代から、まだ。おおよそ400年後の姿で、我々は、未知の世界に向けて、闇黒や混沌の前に立たされているのである。

37.当時において、権威などを、持たないガリレオの地動説は、真実の追究の過程を、世間に公表し、人々に説得する闘争の過程で生まれて形成されてきたのである。

38.集権的な権威・権力勢力によって、人類の文化が形成されるわけではないのである。人間一人ひとりの知恵や見識の拡大に基づいた汗の積み上げと改変の総和で、新しい人類社会の文化が花を咲かせることが出来るのである。  植木鉢に植えた苗は成長に合わせて、入れ物や土をそっくりと変えなければ、枯れてしまうのである。 社会の制度改革も、時代の要請に応じて、敏速に、適宜な政策を速やかに実行しなければ、同様に枯れ果てて、無益な存在になってしまうのである。

39.世界の人々とともに、この権威や権力者の偽善を見抜いて、人類社会の発展のために新しい時代を切り開き、時代の大波を乗り越えるべき、知識と努力と協力を積み上げながら、新しい制度を創案し、創生し、理想の人類社会を求め、明るい未来社会を我々自身の力で、築いていこう。

 参考:Asyura 投稿: http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/615.html


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Tuesday, June 30, 2009

現在の自民・公明党与党は、日本の社会、政治・経済の改善すらできずに、日本の社会・経済を闇黒の世界に引きずり込み、主権者である国民を困窮の淵へ、突き落としたのである。

現在の自民・公明党与党は、日本の社会、政治・経済の改善すらできずに、日本の社会・経済を闇黒の世界に引きずり込み、主権者である国民を困窮の淵へ、突き落としたのである。

暗闇に覆い尽くされた日本の社会を変えるために、自公与党議員は、天の岩戸の前で禊をせよ。 松岡伊勢の神風(matuokaisenokamikaze)より。

 暗闇に覆い尽くされた日本の社会を変えるために、自公与党議員は、天の岩戸の前で禊をせよ。 松岡伊勢の神風(matuokaisenokamikaze)より。


1.自分達の似非的な権力支配を終焉させるために、天の岩戸の前で、身を隠した古来の大和姫(主権者の国民)のご機嫌を立て直すために、その大和姫のために、禊をしなければ、大和姫は、その輝きをこの大和日本の社会に、見せることはないであろう。

2.麻生総理が今年正月に、伊勢神宮に、お参りなされたけど、そこには、すでに大和姫《主権者国民》がいなっかったのである。

3.天の岩戸は、伊勢神宮より離れた伊勢志摩の山中の鍾乳洞に実在しているのである。

4.与党議員は、その古来のいわれの縁起のある岩戸の前で、その禊を行うべし。

5.謙虚に、その狼藉を反省して、清らかな私心のないの姿を大和姫(国民)にしめさなければならないのである。

6.自公与党議員は、率先して、身体中を汗を流してこそ大和姫《国民》に好かれるのである。

7.禊は、寒中の厳しい中で、汗をかいて、日本の天地を司る神々の表徴の大和姫(国民)に誓うことである。

8.自公政権が、このような方法がとれないというならば、国会を直ちに解散し、主権者の国民が求める国民に対する禊としての次期衆議院選挙を 直ちに実行して頂きたい。

9.主権者である国民である(この日本の麗しき(うるわしき)大和姫達によって、現在の自民・公明党与党政権の欺瞞性と傲慢で。無能力の権力支配に、不支持を、厳然として、表明しているのである。

10.麗しき大和姫たちは、すでに、辛抱、我慢の限界で、すでに、あなた方を見放しているのです。

11.あなたがた自民・公明党の与党議員諸君は、その偽善性を覆い隠した正体は、すべて、国民(大和姫)達は見抜いておられるのです。

12.速やかに、潔く禊【選挙】をして、謙虚に反省して、どこぞの野山へでも、身を隠しなさい。

Asyura投稿リンク:http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/843.html

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与野党ともに、消費税を上げることを検討する前に、日本の国民が、安心、安定した生活ができる政治経済・社会の創生の制度対策の具体案を国民に提示し、実行すべきである。

与野党ともに、消費税を上げることを検討する前に、日本の国民が、安心、安定した生活ができる政治経済・社会の創生の制度対策の具体案を国民に提示し、実行すべきである。

1.現在の自民・公明党与党政権は、現在の国民のあらゆる人々が、生活経済、雇用・就業に関して、不安、不安定や経済的な困窮に直面していることに対して、真正面からその対策についての根本的な解決のための制度作りについて、検討をしていないようである。 景気対策のための目先の整合性と計画性のないバラマキによる選挙対策のためのような支離滅裂な補正予算だけで、応急処置で、済ませようとしている。この応急処置についても、いい加減の計画性のない。非合理的な予算配分である。まったく無責任な政治政策を、いかにも合理性があるように見せかけているだけで、その偽善性を覆い隠そうとするだけの無能力な、自民・公明党の与党政権である。

2.この自民・公明党与党連立政権の10年の政治・経済路線によって、主権者である日本の国民が栄栄として汗で、積み上げた来た国富を、ごくわづかな時間の中で、霧散させて、国民の社会・経済の土台を台無しにし、破壊させてしまったのである。現在の日本の社会経済状況は、この自民・公明党与党連立政権の経済路線の誤謬で、引き起こされたものである。この危機的な経済状況を国民にもたらして、主権者である国民を困窮な状況に引きずり込んで、それでも、一度足りの謙虚な反省も無しで、平然として、その政治・権力を不当的に、行使しているのである。

3.ほとんどの、国民は、このように理解・解釈しているのであるが、この自民・公明党政権は、この経済的な失政についての自らの経済制度・政策的な誤謬について、主権者国民に対して、不正直、不誠実・無責任であり続け、その誤謬に言及しようとはしないのである。 それに、増し加えて、自らの政策について、自画自賛を表明する傲慢さや高慢性を併せ持っているのである。 それに加えて、国民が早期の解散選挙を望んでいるにも関わらず、居座り続けて、選挙の先延ばしをしているのである。まったくどうしようもない無責任な自公連立政権である。 

4.この与党政権に属する人たちの、政策能力のレベルが疑われるのである。 明確に言えば、賢い知恵を生み出せない無能力な、低レベルの烏合的な政権であると国民に判断されているのである。

5.社会的常識性、人間性においても、行動においても、非常識な人々が政治政権の中央に居られて、国政を担当していたのである。中川氏や鴻池氏の例を挙げるまでもない。

6.さらに総理大臣にしろ、政治政策の主導権が取れていないのである。政治的な都合や政治状況によって、総理大臣を3度も変えても、内閣の政治政策の実行性が停滞したままである。

7.このような状態では、自民・公明党の連立与党政権に対して、信任していた国民でさえ、信頼をしなくなってしまっているのである。

8.このことを、存じているのか、無視をしているのかは判明しないけれど、いずれにせよ、そのような政治に対して、主権者の国民に対する欺瞞性と偽善性を覆い隠している欺瞞性だけが、浮き上がるような自民・公明党与党政権である。

10.このような主権者の国民から不信をもたれる政権は、もはや政治・政策を語る資格を失っているのと同然なのである。

11.多くの困窮する国民が、政治・政策において、現在、早急に求めているものは、社会生活・安心・安寧と経済の安定である。

12.与野党ともに、これを、実現させる政策を早急に創り、実行して頂きたい。

13、経済的な状況の改善には、一番の効果は、政治不信に信頼を取り戻すことで国民に安心を与えることから始めれば良い。 現在の自公政権には、もはや、この資格さえないのである。

14.昔から言われていることであるが景気、不景気の根底にあるのは、国民の気の持ち方で変わるものである。

15.現在の野党におられる政党はこのことを十分に認識して、善処して頂きたい。

16.野党間で、政策上の反目をするようでは、もっての外である。国民から不信を受けるだけである。

17.日本の現在の危機に際して、大同につかなければ、主権者の国民の我慢の緒が切れることになリ。その影響は、多大である。混乱の未曾有の闇黒がそこに出現されることになるであろう。

18.主権者の国民も、次回選挙で、しっかりした政策を持ち、安心感と責任感と実行力のある政治家を選び出そう。

19.新しい政治・政策は、あくまでも、主権者である国民が決定をしていく権利を有するのである。

20.主権者である国民が、困窮するような政治・経済政策は、断固として、してはならないのである。

 Asyura投稿リンク:http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/886.html

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youtube matuokaisenokamikazeのチャンネル

 
  youtube matuokaisenokamikaze の私のチャンネルの紹介です。

 どうぞ、よろしくお願い致します。 是非御覧下さい。 コメントもお待ちしています。

 色々と投稿コメントをしています。
  

 リンク: 
    
    http://www.youtube.com/user/matuokaisenokamikaze
    
    http://www.youtube.com/user/matuokaisenokamikaze

Youtube動画:お気に入り

  私のYoutube動画:お気に入りの紹介です。

   http://www.youtube.com/my_favorites?pi=1&ps=20&sf=none&sa=0&sq=&dm=1

Monday, June 29, 2009

Non ho L'eT'a (Per Amorti)

私の好きな歌手です。

 ジリオラ・チンクエテイ Non ho L'eT'a    :Youtube

http://www.youtube.com/watch?v=0fDhVPTKJUk&feature=channel_pag

Sunday, June 28, 2009

民主党の政権構想の中で、国際的な外交戦略が不明確である。

 私の民主党幹事長 岡田克也氏への投稿メールです。

 以下の 私の提案です。


 拝啓岡田様、大変忙しいところご苦労様です。

 民主党の政権構想の中で、国際的な外交戦略が不明確である。

1.日本の政権を獲得する前に、民主党は世界の人々に対して、民主党の外交路線を早急に、内部で、積み上げて、その外交戦略を明確に提示する必要があると想います。

2.世界の現状に対する改善に対する姿勢が、世界の人々から、歓迎されるような政治・外交戦略の確立が、世界の世論の中においても、非常に大事なことであると思います。

3.そこで、民主党政権の政府が世界に対して、どのようにして、どのような方向で、どのような目的で、日本の外交や国際的な社会の創生をしていくべきかを明らかにすべきであると思います。

4.是非、選挙前に、そのことをお願いしたいと存じます。

5.混迷の世界に対して、希望のあふれる世界の創生のために、先陣を切っていただきたく存じます。

6.これには、多くの国際的な世論と外国政府の協力が必要です。時間もかかるようですが、在日の各国の大使館との接触も重要であると思います。大いに外交路線の広報活動を拡げることもひとつの方法であると考えます。

7.日本の潜在力を大いに世界の発展に振り向けていく戦略が、これからも重要なものになっていくと思います。

8. 民主党の最大限の努力を期待し、困窮する世界の人々に対する責任のある政権運営を願っております。

9.困窮する人々に対して、人類の未来社会の創生のための新しい分野の産業の創生、育成が、国際的な協力関係の構築の中で、非常に重要で必要な時代の波音高く押し寄せてきています。

10その激動に政治が停滞することは許されないことです。

11.賛同する国民を増やしながら共におおいに、がんばって行きましょう。

 民主党サポーターより。 では失礼をいたします。

人類の希望を創生させるために、私は現公明党政権とその支持団体の創価学会の路線の誤謬を正す戦いをこのブログで、展開している。

人類の希望を創生させるために、私は現公明党政権とその支持団体の創価学会の路線の誤謬を正す戦いをこのブログで、展開している。


1.

この10年の日本の政治は、自民党に連なる米国の前ブッシュ政権に、いいように利用されて本来の政治正義を捨ててしまった公明党の因果で、公明党の衰退が引き起こされた。

 この10年の日本の政治において、自民党に連なる米国の前ブッシュ政権によって、いいように利用されて本来の政治正義を捨ててしまった因果によって、現在の公明党の衰退が引き起こされた。

1.公明党が10年程前に、与党連立したとき、その当時日本の経済バブル崩壊で、日本の金融経済が、危機的な状況にいたっていたのである。

2.このとき公明党は、野党に位置していたのであるが、公明党の支持団体の創価学会において、学会員の集会の中で、与党に参加すべきかの議論がなされたのであるが、その路線の決定は、創価学会の幹部虫垂が、最終の判断をして、与党連立の方向へ、舵をきったのであった。

3.そのときの創価学会幹部の最終的な決定により、当時の日本の経済危機を救うためにとの正義をあげて、与党自民党との連立に参加することになったのである。

4.その当時の自民党は、勢力としても、一旦野党になったいた時である。その当時に与党は
自由党、さきがけ、公明党、社会党の連立内閣であったが、短い間に連立が不成立になり。細川政権で、崩壊してしまったのである。

5.野党の自民党は当時の自由党、社会党、公明党と連立を組み、村山内閣の政権が生まれたのである。

6.比較的に安定した政権であったが、その中から、自由党がその連立から立ち去り、野党におりたのである。

7.当時の日本のバブル崩壊前の経済は、米国経済をかく乱するほどに成長した絶頂期にあった時に、米国の日本に対する政治的な政策として、日本経済力に対する脅威をどのようにするかの課題が米国の政権の政策課題に出現したのである。

8.このとき米国政権は、クリントン民主党政権であった。

9.日本に対する経済的な脅威に対して、米国政権は、日本の経済政策に、圧力を強めることになったのである。

10.米国政権は日本の与党政権に外需依存の経済を内需拡大の経済路線をとるように、促したのである。

11.ここに、内需拡大のために、日本の社会資本の拡大を名目にした、公共事業等の社会資本の投下拡大が生まれてきたのである。

12.この状況の中で、米国のブッシュ政権下において、9.11テロ事件が発生したために、自民・公明党連立与党政権は、米国主導のその国際政治に巻き込まれてしっまたのである。

13.米国のこのブッシュ政権によって、その後にイラク戦争への参加の政治政策が引き起こされたのである。

14.このブッシュ政権の裏には、イラクのフセイン政権の脅威を感じているイスラエルの思惑が存在していたのである。 イスラエルの与党政権によるイスラエルロビーストと米国のネオコンの保守政権が強く結びついていたのである。

15.公明党は、この米国の政治路線に対して、何ら疑うこともなしに、この米国主導の政治政策を進んでしまったのである。

16.この結果が現在の公明党の姿であり、この時点で、公明党は、国際社会に対して、平和を創生するとの党是を否定して、米国政権に協力し、正義を捨てることになったのである。

17.公明党は創価学会員に支持されて、存在しているのであるが、この国際的平和の創生の理念をすてさった偽善的な状態が現在の公明党の姿である。

18。ここに、現在の大きな公明党の路線上の誤謬があるのである。

19.公明党は、日蓮大聖人の立正安国の原点に立ち返るべきである。謙虚に不正義闇黒の政治路線を謙虚に反省すべきである。

20.切にこれを祈る次第である。



     元創価学会員より  2009.6.28

参考リンクAsyura投稿: http://www.asyura.com/09/senkyo64/msg/167.html


【参考リンク】:日蓮 wikipedia:
      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%93%AE
http://blog.with2.net/link.php?847650
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Friday, June 26, 2009

法華経とは:松岡正剛氏のブログ記事の紹介

 リンク:http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1300.html
      
       梵漢和対照・現代語訳   法華経(上下)

  参考リンク1: 「21世紀文明と大乗仏教」池田大作氏: ハーバード大学講演
           http://www2.sokanet.jp/06soka-info/achievements/02/pdf/01.pdf
     《 注 》 この講演に、池田氏の法華経の行者としての全霊がこめられている。
        大乗仏教すなわち法華経の世界展開の目的が明確に述べられている。

参考リンク2:法華経とは        
         http://www.ceres.dti.ne.jp/~kosho/kyo_001.html

参考リンク3:漢訳『法華経』と漢文について
       http://www.kojintekina.com/monthly/monthly60506.html
      
参考リンク4:日本で初めて法華経を講義をした聖徳太子:Wikipedia
       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E5%BE%B3%E5%A4%AA%E5%AD%90

 参考リンク5:南妙法蓮華経とは:Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%84%A1%E5%A6%99%E6%B3%95%E8%93%AE%E8%8F%AF%E7%B5%8C

  参考リンク6:法華経とは:Wikipedia
       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E7%B5%8C

 
 
 以下は;松岡正剛氏のブログです。
 
 法華は仏の真如なり 万法無二の旨(むね)を述べ一乗妙法聞く人の 仏に成らぬはなかりけり 今夜は「千夜千冊」1300夜にあたる。
 
 すぐる日曜日の早朝は、ぼくに近しい羅漢さんたち数十人で表沙汰「陶夜會」を打ち上げた。そしてモンゴル力士日馬富士の初優勝があけての1300夜になった。なんとなく記念したい。そこで以前からとりあげようと思っていた法華経にした(今夜は繁雑になるので『法華経』というように『×××』の二重カギ括弧でくくらない。他の経典名もそうする)。 
 
 法華経だけでなく、般若経や華厳経も維摩経も浄土三部経も、また大乗起信経や理趣経などもとりあげたいのだが、やはり法華経からだろう。もっとも華厳経については、高銀の小説『華厳経』を2003年12月の681夜にとりあげた。 テキストは梵漢和対照の『法華経』上下巻にした。植木雅俊さんが訳したばかりの最新版だ。梵漢和が対照されて一般書になったのは初めてなのではないか。植木さんは九州大学の理学科の出身で、一転、東洋大学をへて中村元さんの東方学院で研鑽されたのちは、仏教にひそむ男性原理と女性原理の研究などに勤しむかたわら、法華経サンスクリット原典の現代語訳と解明にとりくんできた。 ぼくはまだ親しく話しこんでいないのだが、福原義春さんの紹介で「連塾」に来られてもいる。そんな縁もあり、本書は植木さんから恵送された。


 妙法蓮華経 書き込み持(たも)てる人は皆五種法師と名づけつつ 終(つい)には六根(ろっこん)清しとか 日本人は長らく法華経を、僧侶ならば漢訳経典を音読で、在家の多くはその漢訳を読み下して読誦してきた。しかし、もともと法華経はサンスクリット語で書かれていた。いまはその写本のうちのネパール本・中央アジア本・カシミール本の写本が残る。原題は『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』で、すなわち『白い蓮華のように正しい教えの経典だ』。

 法華経サンスクリット語写本(ギルギット写本) それが漢訳・チベット語訳・ウイグル語訳などをへて、近代になると英訳・仏訳・日本語訳などとなってきた。漢訳は「六訳三存三欠」とよくいうのだが、笠法護(じくほうご)や鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)らの6種類の翻訳となり、さらにそのうちの3種だけがいま現存する。『妙法蓮華経』というのは鳩摩羅什の訳だ。笠法護は『正法蓮華経』とした。 日本人は長きにわたって漢訳仏典に従ってきたが、これはさしずめシェイクスピア(600夜)やゲーテ(970夜)を最初から漢訳で読んできたというようなもの、いったんはシェイクスピアの英語やゲーテのドイツ語の原典に当たったうえで、日本語訳もそこからの訳で読んだほうがいいのは決まっている。 そこで仏典にあっても、サンスクリット原典からの法華経日本語訳がゼッタイに重要になるのだが、これを最初に試みたのは南条文雄(1913)だった。ただしこの訳文は、ぼくも覗いたことがあるけれど、漢訳文語調でそうとうに堅い。これをもう少し現代日本語に近づけたのが岩本裕のものなのだが(1962)、それでもやはり漢文読み下しふうだった。それでもそれが長らく、岩波文庫版として流布していたので、たいていの法華経ファンはこれを読んできた。 それよりずっと現代語っぽいのは、レグルス文庫の『法華経現代語訳』3冊(第三文明社・1974)で、三枝充悳(1249夜)さんの思いきった訳だった。ぼくはこちらでやっと法華経の大概を知った。津島さんと対話したときは、ちょうどこの三枝訳に接していたときなのである。最初は漢文読み下しにくらべると格調がないのが気になったけれど、理解はおおいに進んだ。 ほぼ同時期、中央公論社の『法華経Ⅰ・Ⅱ』(松濤誠廉・長尾雅人訳・1975)も出た。以来、その他の試みもいろいろ出たが、かくして今度、植木さんの徹底したサンスクリット原典からの現代語訳がいよいよお目見えしたわけだ。 むろん経典の字句を点検しようとするわけではないのだから、おおざっぱな法華経議論をするならどのテキストでもいいのだが、本書のような梵漢和対照訳を見ているとやはり何かがちがう。何がちがうかというと、字句の問題をべつにすると、熱砂の時空を越えてきたという実感が湧く。
 
 一乗妙法説く聞けば 五濁(ごじょく)我等も捨てずして結縁(けちえん)久しく説き述べて 仏の道にぞ入れたまふ

 新宿番衆町のローヤルマンション10階でのこと、ぼくが「聖者はオートバイに乗ってやってくる」と言ったら、ちょっと間をおいて津島秀彦が「うん、松岡さん、それなら法華経に速度を与えよう」と応えた。ついでに「釈迦とマッハをつなげたいね」とも加えた。なんと鮮烈なことをズバリと言うものかと驚いた。 1975年に二人で対話した『二十一世紀精神』(工作舎)の冒頭だ。ぼくは痩せぎすの31歳。だからそういうふうに津島さんと出会って、もう30年以上がたっているのだが、このときに「法華経に速度を与えよう」と言った津島さんの言葉は、その後も川辺で聞こえてきた異人の口笛のように忘れられない。いまでもときどき思い出す。今夜、好んで見出しにつけている『梁塵秘抄』法文歌(1154夜)や、また宮沢賢治(900夜)の「月光いろのかんざしは・すなほなナモサダルマ・フンダリーカ云々」の詩句のように。
 
 津島秀彦さんとセイゴオの放談集『二十一世紀精神』(工作舎)扉ページより
 そのころ津島さんは、アメリカ仕込みの生体量子力学をひっさげて大陸書房でいろいろ本を書くかたわら、「エコノミスト」誌上で何人もの新宗教の開祖や2代目との対話シリーズを連載していた。それが一段落したところで、ぼくと対話したいということになった。おかげで、津島さんのせいで風変わりな法華経ファンになった。仏教経典として読むというより、最初から高速の思想テキストとして読む。いや、ちょっと気取っていえばハイパーテキストとして読むようになった。 
 
 一方、ぼくの法華経がらみの好奇心は、そのままいったんは日蓮や宮沢賢治に、天台本覚や北一輝(942夜)に向いていった。とくに日蓮である。しかし、こんなふうな法華経の読み方をするようになったのも、ひとえに“法華経の速度”に引っ張られたせいだと憶う。 それにしても、生体量子力学と法華経を一緒に語るだなんて、そんな無謀なことを平気で言うような科学者や仏教学者は、そのころまったくいなかった。 たとえば、松下真一が『法華経と原子物理学』(光文社)を書いたのは1979年で、その前にわずかにフリッチョフ・カプラが『タオ自然学』(工作舎)で華厳経とタオイズムと量子物理学を交差させているのが目立っていた程度だった。津島さんはそういう“流行”の先頭さえ走っていた。 もっともカプラのものも松下のものも、当時のぼくにはたいへん刺激的だった。そこでぼくはカプラとはサンフランシスコ・バークレーで会うことにしたのだが(そして『タオ自然学』を工作舎で翻訳刊行することにしたのだが)、残念ながら松下さんとは出会えなかった。そのかわり、さまざまな音楽をたっぷり聞いた。 松下真一は数学者としては、ハンブルク大学理論物理学研究所の位相解析学の研究員だった。作曲家としては声明(しょうみょう)や和讚(わさん)に早くからとりくんでいた。東西本願寺・高田派・光明寺派などが真宗連合を結成したときにはオラトリオ『親鸞』を作曲し、さらに阿含経(あごんきょう)にもとづいたシンフォニー『サムガ』などもつくっていた仏教研究者でもあった。レコード9枚におよぶ『妙法蓮華経』という超大作もある。けれども、あまり理解されないままに1990年のクリスマスに亡くなった。 津島さんも今日にいたるまで、ほとんど理解されてはいない。本格的な著書もない。そのうえあろうことか、津島さん自身がいつのまにか行方不明になった。行方をくらますなど、まるで中世の禅僧や歌僧のようだけれど、そういうことをしかねない信条の持ち主でもあった。そういう人って、いるものだ。十数年後、娘さんがお母さんと訪ねてきて、ぜひ松岡さんのもとで働かせたいと申し出られた。お母さんは「だってこの子にとっては松岡さんが津島の代わりなんですから」と言う。デザインが好きな娘さんだったので、しばらく手伝ってもらった。
 
 法華経このたび弘めむと 仏に申せど聴(ゆる)されず地より出てたる菩薩達 その数 六萬恒沙(ろくまんごうしゃ)なり 津島さんの「法華経に速度を与えよう」で始まったぼくの風変わりな法華経青春縁起は、その後はちょっとばかり落ち着いて、そのかわり日蓮の影響も手伝って、だんだん質的に変化して、いつしか自分でも手に負えないほど巨きくなった。 理由ははっきりしている。大乗仏教における「菩薩」や「菩薩行」とはいったい何かということが気になってきたからだ。 このことに関してはいまならいろいろのことが言えそうなのだが、それを今夜はとりあえず端的にいえば、法華経が演出した「地湧(じゆ)の菩薩」の満を持した覚悟の意味と、「常不軽(じょうふきょう)菩薩」の不思議なキャラクタラリゼーションの意図を追いかけたいということ、このことに尽きている。 地湧の菩薩は法華経の15「従地湧出品」(じゅう・じゆしゅつほん)に登場する。その名の通り、大地を割って出現した六万恒河沙の菩薩たちをいう。ブッダが涅槃に入ったのち、その教えが伝わりにくくなり、その信仰の本来の意図の布教が躊めらわれていたとき、ついに地面から出現したのが地湧の菩薩たちだった。
 
 たいそう劇的なことには、この地湧の菩薩が出現してくる瞬間、法華経全巻がここで大きく転回していくのである。 この構成演出はすばらしい。それとともに、ここに菩薩の意味がついに明示されていた。   

 かれらは「知っての通りの待機者」だったのだ。 お恥ずかしいことに、ぼくは長らく仏教における菩薩とは何者なのか、何を担っている者なのかということがわからなかった。なぜ悟りきった如来にならないで、あえて菩薩にとどまっているのか。そこにどうして「利他行」(りたぎょう)というものが発生するのか。そこがいまひとつ得心できていなかった。こんな宗教はほかには見当たらない。
 
 菩薩はエヴァンゲリオンではない。他者にひっこむものなのだ。凹部をもったものなのだ。 そういう謎が蟠っていたのだが、それを払拭したのが法華経の「地湧の菩薩」だったのである。いや、法華経における「地湧の菩薩」の巧みな登場の“させかた”だったのだ。つまりはこれは、法華経におけるブッダが示した鍵に対する凹んだ鍵穴だったのである。

 地涌の菩薩の一団の出現(「法華経曼荼羅」第十四軸部分) 実際には菩薩(ボーディ・サットヴァ)とは、ブッダが覚醒する以前の悟りを求めつつある時期のキャラクタリゼーションをいう。しかし法華経においては、その格別特定のブッダの鍵がカウンター・リバースして、いつのまにか菩薩一般という鍵穴になったのだ。 というふうには感じているのだが、まだこのことに関してはぼくの思索が現在進行形している途次なのである。

 不軽大士(ふきょうだいし)ぞ あはれなる我深敬汝(がじんきょうにょ)と唱へつつ打ち罵り悪しき人も皆 救ひて羅漢と成しければ 一方の常不軽(じょうふきょう)菩薩のほうは、法華経20の「常不軽菩薩品」に登場する。鳩摩羅什の漢訳では「常に軽んじない菩薩」(不軽)という漢名をもっているのだが、サンスクリット原典では一見、「常に軽蔑されている菩薩」とも読めるようになっている。 植木さんはそこを、こう訳した。「常に軽んじないと主張して、常に軽んじていると思われ、その結果、常に軽んじられることになるが、最終的には常に軽んじられないものとなる菩薩」というふうに。うーん、なるほど、なるほど、これならよくわかる。ネーミングの意図を汲み上げた訳になっている。そうであるのなら、この菩薩は鍵と鍵穴の関係をさらに出て、菩薩と世界の、菩薩と人々との“抜き型”そのものになったのだ。フォン・ユクスキュル(735夜)ふうにいえば、その“抜き型”のトーンそのものになったのだ。 

 常不軽菩薩がこのような、比類なくアンビバレントな名前をもっていること自体も意味深長なのだが、そのうえでこの菩薩は何をするかというと、乞食のような恰好のまま、誰だって成仏できますと言い歩く。そこがまたもっと不思議なのである。だいたい、そんな安直なことを急に言われても、誰も納得するはずがない。かえってみんなに罵られ、石を投げられ、打たれたりする。それなのに常不軽菩薩はあいかわらず誰に対してもひたすら礼拝をする。あるいはひたすら菩薩の気持ちを述べる。それしかしない。そればかりする。

 石を投げる人々に礼拝する常不軽菩薩 この常不軽菩薩のキャラクターが法華経全巻において燻し銀のごとく光るのだ。これは「愚」なのである。「忍」なのである。いわば常不軽菩薩は「誰も知らない菩薩者」として法華経に登場してきたのだった。
 
 それゆえ、ひっくりかえしていえば、この菩薩こそ“何の説明もないすべての可能性”だったのだ。 もしもドストエフスキー(950夜)やトーマス・マン(316夜)が常不軽菩薩のことを知っていれば、すぐに大作の中核として書きこんだはずである。そのくらい、断然に光る(なぜ日本文学はこの問題をかかえないのだろうか)。 
 というわけで、ぼくはいま「地湧の菩薩」と「常不軽菩薩」のあいだを行ったり来たりしているのだが、それはそれ、今夜はそろそろ法華経という構造がもっている本質的な編集構成の妙義について、以下、ちょっとだけのピクニックをしてみたい。

 釈迦の誓ひぞ頼もしき 我等が滅後に法華経を常に持(たも)たむ人は皆 仏(ほとけ)に成ること難(かた)からず 世界宗教としての仏教(ブッディズム)にはいくつもの特色があるが、そのひとつにキリスト教やイスラムなどの宗教では、教典はバイブル一冊やコーラン一冊に集約されているのに、仏教が多くの経典をもっていることがあげられる。
 俗に「八万四千の法門」という数だ。べらぼうだ。 ところが法華経は、そういう多種多様な経典を生み出した仏典のなかで、「万善同帰教」というふうにみなされてきた。「諸経の王」ともいわれてきた。すべてのブッディズムの教えはことごとく法華経に入っているという見方なのである。そう、法華経は思われてきた。
 そもそも仏教は、ブッダ亡きあとに長い時間と多くの信仰者と人士をもって複合的に組み立てられた宗教システムである。当然、経典もさまざまな編集プロセスをもって成立していった。それゆえ、のちには「万善同帰教」とみなされた法華経もその出自からすると、もとより一筋縄ではありえない。

 仏典結集(けつじゅう)の試みは、おそらくブッタ没後の直後からオラリティをもっておこなわれていた。きっと200年間ほどは口伝のままだったろう。だいたいブッタが喋っていたのはマガタ語というものなのだが、それがどんなものであるかは、さっぱりわかっていないのだ。
 
 それがしだいにリテラシーをともなって、紀元前250年前後のアショーカ王のころの第三結集に及んだ。ここで初めてサンスクリット語とブラフミー文字(アショーカ王碑文文字)が使われた。ほかにカローシュティー文字も使われた。 このことは決定的である。記録にのこるリテラルな文書性が交わされたことは、ついついリテラシーの対立を生み、それが思索の対立にもなったのだ。
 
 アショーカ王の時代、すでに仏教教団の内部や信仰者たちのあいだには議論や論争や対立がたえず、仏教活動は激しく分派していったのだ。ブッダの教えを守るのか教団の規律を重視するのかという、よくあるコンプライアンス問題による対立がきっかけで、大きくは伝統順守派の上座(じょうざ)部と時代適応派の大衆(だいしゅ)部に分かれた(=根本分裂)。 
 
 その対立部派が紀元前1世紀ころは20くらいの部派になって定着して(=枝末分裂)、いくつものアビダルマ(論書)が編集された。これを「部派仏教」(のちに小乗仏教と蔑称される)というのだが、それぞれのリテラル・ロジックはそれなりに強烈だった。

 ぼくもずいぶん惹かれた時期がある。 ただ、そうした部派仏教はもっぱら自己解脱をめざしていて、そのようになるために自己修行をし、自己思索を深めていくことを主眼としていたので、やがてそのような態度を批判する連中が出てきた。いや、乗りこえようとする動きが出てきた。

 これが大乗のムーブメントである。そのムーブメントがもたらした大乗仏教のあらましは、大筋についての流れを1249夜の『大乗とは何か』にもふれておいたので省略するが、ここに般若経から法華経をへて浄土三部経におよぶ大乗経典の執筆編集がとりくまれたわけである。 
 けれども、この執筆編集は決して容易なことでは組み立たない。当然、それまでの部派仏教とは異なる解釈や展望がなければならないし、部派仏教の信徒やアビダルマの研究者たちだって、むろんのことブッダの教えにもとづいた熱心な者たちなのである(かれらの理想は羅漢になることだったのだ)。そういうかれらを排斥するわけにはいかない。 
 そこで大乗ムーブメントの推進者たちは、かれらをひとまず「声聞」(しょうもん)と呼ぶことにして、そこからさらに解脱をめざしながらも独りごちしている者たちを「縁覚」(えんかく)として位置づけて、その二乗(声聞・縁覚のこと)をさらに開いて「利他行」に転じていった者を「菩薩」と位置づけることにした。  

 そのようにしたうえで、法華経の編者たちは大乗以前の考え方と大乗以降の考え方を、コンセプトにおいてもリプリゼンテーションの方法においても、うまくつなぐことを試みた。
 
 法華にまします所には 諸仏神力拝みつつ皆これ仏の菩提場 転法輪の所なり かくて西暦50年ころ、奇しくもキリスト教が確立していった時期にちょうどあたるのだけれど、今日の法華経構成でいう2「方便品」から9「授学無学人記品」までの3分の1くらいが書かれ、いったん流布していったのだ。 しかしこれだけでは、小乗から大乗への転換はまだまだうまくはたせない。
 折しも時代状況の変化やヒンドゥイズムとブッディズムの確執もあった。そのため西暦100年前後に、さらに10「法師品」から21「嘱類品」と「序品」が加わり(ここに15「従地湧出品』や16「如来寿量品」が入る)、最終的には150年前後あたりで23「薬王菩薩本事品」から28「普賢菩薩勧発品」が添加編集されて、ほぼ今日の構成にできあがった。途中さまざまな書き換えも着替えもあったろう。

 ざっとはこういう多様な編集プロセスがあったのだが、これらのなかでの最も重要な転換は、なんといっても「菩薩行」としての大乗思想を提案することだった。これを法華教学では「一仏乗」の思想達成というのだが、ただしその達成がおこるには、思想だけを提案していてもダメなのだ。

 その担い手の仏法的な意味をあきらかにする必要がある。 こうしてここに登場したのが「地湧の菩薩」だったのである。総称して菩薩群、あるいは菩薩団。その一般化。 これよって声聞・縁覚の小乗的ブッディズム理解を「一仏乗」に向かって一挙に止揚することにした。大乗仏教以前と大乗仏教以降は、まさに菩薩行の関係的介在によってなんとかつながりそうになる。 
 
 しかしながら、それだけではまだ不具合もおこる。副作用がおこる。たとえば、なぜブッダが教えを説いたときからそのような菩薩たちは登場していないのか。なぜ声聞や縁覚は出遅れたのか(つまり自己発見プログラムの開発ばかりに向かったのか)。
 
 どうしたら自分の自覚と他者の救済を同時にできるのか。それらについての説明はできてない。なにより、このままでは経典中でのブッダの教えが小乗時代の説法と大乗時代の説法とで変節しているように見える。実際に変節しているのだとしても、その理由を説明できない。 では、どうするか。ここにおいて「ブッダの方便」という格別の編集術が披露されるのだ。あるいは「法華の七喩」(法華経には有名な7つの譬喩が用いられている)といわれる数々のメタファーが駆使されたのである。ここからが法華経編集独特のアブダクションになっていく。

 空より花降り地は動き 仏の光は世を照らし弥勒文殊は問ひ答へ 法華を説くとぞ予(かね)て知る
 よく知られているように、法華経にはいろいろのレトリックがある。メタファーがある。それを総じて「方便」という。
 現在の日本人には方便は「嘘も方便」というようにあまりいい言葉と映っていないようだけれど、ぼくはそれを編集思想のたいへんよくできたラディカルきわまりない概念工事だと思っている。

 方便のない思想なんてありえない。アナロジーのない編集はなく、メタファーのない表現はない。法華経は早くもそこを存分に活用した。なかでも方便活用の最大の編集思想の妙は、ブッダの歴史性と永遠性とをどのように関係づけて説明するかというところにあらわれた。 

 ブッダの教えが永遠なものだと伝えるために、人手をつかい時間を費やして法華経が書かれたのは当然である。しかし、その生身(なまみ)のブッダ自身には永遠性はない。ブッダは80歳で死んだのだ。だからこそ信徒もふえたのである。
 一方、壮年期にたどりついたブッダの悟りはまさしく成仏・成道であるのだから(これを疑ったら何も始まらない)、そこには「仏としての永遠」もあるはずである。 

 では、この、いささか接ぎ木のようになっている二つのことを、うまくつなげて説明するにはどうするか。そこで、ブッダが菩提樹のもとで成仏したというのは方便であって、ほんとうのことをいえばブッダはずっと昔の久遠のときに成仏していたのだというふうに、法華経は後半部に進むにしたがって説き方を変えるようにしたわけだ。 衆生(しゅじょう)を救済するために、私(=ブッダ)はいったん涅槃に入る姿を示すけれど、実は実態としての涅槃に入るのではありません。

 それが証拠に、この法華経をいま説いているリアルワールドの霊鷲山(りょうじゅせん)にあって(法華経の序品はこの霊鷲山でブッダが説法をしている場面に始まっている)、ほれ、ブッダはいまもなおこのように説教しつづけているのですよ、というふうにした。

 霊鷲山上の法会(「法華経曼荼羅」第一軸部分)
 これは驚くべき解釈視点の転換だ。いわば“意図のカーソル”とでもいうものを大きく動かした。法華経はその文脈が進むにつれて、説得のコンテンツが相転移をおこすようになったのだ。それを法華経は、15「従地湧出品」に続く16「如来寿量品」のところで説明してみせるのである。しかも、その方便活用のメソドロジカルな下地は、2「方便品」や3「譬喩品」でちゃんと用意されていた。かくしてここに、「久遠仏」としてのブッダの存在学が確立していくことになる。

 三身仏性 珠(たま)はあれど 生死(しょうじ)の塵にぞ汚れたる六根清浄(ろっこんしょうじょう)得てのちぞほのかに光は照しける いささか教学的な用語をつかうけれど、歴史上のブッダは生身(しょうじん)という。
 これに対して永遠のブッダは「法身」(ほっしん)である。しかし、ブッダは生存中に成仏・成道し、偉大な智慧を獲得した者でもあったのだから、その、至高の智慧となったブッダという覚醒の内容は生身でも法身でもない。
 これを「報身」という。 他方、生身でなくなったブッダとは何者か。たしかに死んで涅槃に入ったようだった。けれどもそれはまた、たんなる死ではないはずだ。悟ったまま涅槃に入ったからである。そこで、そのブッダを「応身」というふうにする。 
 
 そうすると、ブッダは法身・報身・応身の三身にわたって過去・現在・未来をまたぐ時空を変化していたということになり、そのように変化するためには、もともとそのような変化を見せる永遠性がすでにどこかで準備されていたということになる。

 そう、法華経は編集的相転移を進めていったのだ。それで、どうなったのか。久遠仏としてのブッダという、フィクショナルではあるけれど、しかしとんでもないアクチュアリティをともなって巨変しつづけるブッダ像がつくられた。 

 もっとも、こんなアクロバティックな説明はすぐには納得できないだろうとも予想された。実際にも、この説明を聞いていた者たちはなんとなく疑問をもった。いや、法華経のテキストはそういうふうに、法華経を読む者たちが疑問をもつ場面があるだろうことも先取りをする。

 想定される疑問は、こうだ。釈尊が菩提樹のもとで悟りを開いてから教えを広めて、そこから数えて40年程度にしかならないのに、どうして久遠の昔から教えを説けるということになるのでしょうか。 
 
 そこで当のブッダがいよいよその意味を証していくというのが、法華経の後段になったわけである。「従地湧出品」とそれに続く「如来寿量品」は、そのブッダ存在学の核心部にあてられる。かくて法華経はみごとに前半部と後半部を並列処理できるように構成されて、いよいよ大乗仏典の「万善同帰教」として君臨することになったのである。

 法華経八巻は一部なり 拡げて見ればあな尊(とうと) 文字ごとに 序品第一より 受学無学(じゅがくむがく)作礼而去(さらいにこ)読む人聴く人皆(みな)仏(ほとけ) 法華経は28品で構成されている。品は「ほん」と読む。ただし28品であることにはそれほどの意味がない。あれこれ書き換えや着替えをして入念に仕上げてみたらこうなったというものだ。 

 次のようになっている。ふつうは「序品第一」「方便品第二」「薬草喩品第五」というふうに示すのが日本の仏教学の慣習になってはいるが、上記でもそうしてきたように、わかりやすく算用数字をあてた。

 1「序品」、2「方便品」、3「譬喩品」、4「信解品」、5「薬草喩品」、6「授記品」、7「化城喩品」、8「五百弟子受記品」、9「授学無学人記品」、10「法師品」、11「見宝塔品」、12「提婆達多品」、13「勧持品」、14「安楽行品」、15「従地湧出品」、16「如来寿量品」、17「分別功徳品」、18「随喜功徳品」、19「法師功徳品」、20「常不軽菩薩品」、21「如来神力品」、22「嘱累品」、23「薬王菩薩本事品」、24「妙音菩薩品」、25「観世音菩薩普門品」、26「陀羅尼品」、27「妙荘厳王本事品」、28「普賢菩薩観発品」。

 この構成が大きくは前半と後半に巧みに分かれるのである。前半の1~14品までを「迹門」(しゃくもん)、後半の15「従地湧出品」からを「本門」(ほんもん)というのだが、ここに法華経の最も特徴的な構造があらわれる。図解をすると次のようになる。

 法華経の構成 図で示してあるように、このうちの前半が「迹門」、後半が「本門」だ。そのほかいろいろ複雑な“幅タグ”がついているけれど、いまはこれらの区分けは無視しておかれたい。
 
 大事なことは全体が15「従地湧出品」のところで劇的に分かれるようになっているということだ。そのため16「如来寿量品」からが後半の本論になる。ブッダ存在学になる。 

 こうすることによって、前半の迹門で説いたブッダは歴史的現実のブッダだが、後半の本門のブッダは理念的永遠のブッダだというふうになった。そこがまことにうまくできている。
 
 これがもし詭弁的構成でないのなら、まさに超並列処理というものだ。 ぼくはこの絶妙を知ったときには、心底、感嘆した。
 
 キリスト教がマリアの処女懐胎やイエスの復活を説いたことには、たとえその後の三位一体論などの理論形成がいかに精緻であろうと、どうにも釈然としないところがのこるのだが、このブッダの歴史性と永遠性を“意図のカーソル”によって跨いだところには、それをはるかに勝るものがある。

 なにより、語り手のブッダが聞き手の菩薩たちにこのことを自身で説いているというドラマトゥルギーとしての根性がいい。 
 いったい誰がこういう文巻テキスト編集作業ができたのか。もはやその当初の着手者の名はのこらないけれど、おそらくは当初の文巻というものが下敷きになって、そこに多くの“加上”と“充填”が加わっていったにちがいない。

 仏は霊山浄土にて 浄土も変へず身も変へず始めも遠く終はりなし されども皆これ法華なり こうして、菩薩行の本来とブッダの永遠の性格を説明する後半は「本門」に集中させることができ、それにあたって使われる方便は前半部の「迹門」でも存分にアイドリングしておけるようになったわけである。 

 その前半のアイドリングを示す恰好なところはいくつもあるのだが、そのひとつ、ふたつを示しておきたい。 4「信解品」に、仏弟子たちが“あること”を告白している注目すべき一節がある。
 仏弟子たちが、私たちは世尊が説いた教理をすべて「空・無相・無願」というふうにあらわしてきが、私たちは耄碌したのかもしれない。そう言っている一節だ。

 四人の仏弟子がブッダを前に懺悔し、礼拝する図(「法華経曼荼羅」第四軸 信解品) この仏弟子たちというのは小乗の教徒たちである。「空・無相・無願」というのは、悟りにいたる三つの門のことを、すなわち「三解脱門」をさす。
 三つの門はのちに寺院の「三門」(山門)に擬せられたものでもあるが、無限定・無形相・無作為にいたることをいう。ところが、これを小乗教徒たちがどうやら虚無的に理解したらしい。だから耄碌したのかもしれないなどと自分たちのことをニヒルに語った(法華経の編者がわざとそう語らせた)。“あること”の告白とはこのことだ。 

 そこでブッダは有名な「長者窮子(ちょうじゃぐうじ)の喩え」をもって、窮子たる小乗的ニヒリズムの徒たちの迷妄を解き、大乗の可能性をひらく。この一節は、そのような小乗から大乗へのメタファーによる転換を示している。

 つまり法華経の編者たちは、ブッダの教えが声聞・縁覚にとどまる小乗教徒(部派仏教徒)によって曲解されていることをもって、これを新たな展開の契機にもっていきたかったのである。ただしその説明はすこぶるメタフォリカルだった。そのことが4「信解品」の書きっぷりに浸み出したのだ。

 屋敷で働く窮子(貧しい子)に、長者が全財産を贈与するという喩話 またたとえば、2「方便品」には、舎利弗が3回にわたってブッダに説法を願う場面がある。それに応じてブッダは説法を始めようとするのだが(三止三請)、そのときちょっと意外な場面になっていく。5000人の出家者・在家者がその場から一斉に立ち去ってしまったのだ。
 
 これから始まる法華経的説法を聞こうとしない。いったい「5000人の退席」(五千起去)とは何なのか。最高のブッダにおいて、どうしてそんなことがおこるのか。 大乗仏教の真髄に向かえそうもない連中の、その増上慢をあらかじめ戒めたというのがフツーの解釈だ。
 
 しかしもう少し深読みすると、法華経を侮ってはいけない、わかったつもりで聞くのなら、文脈から去りなさい。編者たちはそう言っておきたかったのだ。それにしてもわざわざ5000人もの退席を見せておくというのは、なんとも大胆な演出だった。

 真理は語ることができないとして説法を拒否したブッダ 法華経にはこういうふうに、「引き算」から入る文脈が少なくない。そのうえで「足し算」をする。引けばどうなるかというと、アタマの中に空席ができる。そこへ新たなイメージの束を入れるのだ。そういうことを随所で巧みにやっている。イメージの束だから、ついついメタフォリカルになるけれども、それを怠らない。
 
 これは法華経に一貫した際立つ特徴なのである。 それゆえ、ここは肝腎なところになるのだが、完成した法華経を読みこんでみると、方便や比喩はたんなるレトリックではなかったことがしだいにわかってくる。
 方便やレトリックによって聞き手に空席や空隙をつくり、そこに新しい文脈の余地を立ち上げること、それこそが法華経にひそむ根底の“方法の思想”だとも言えたのである。 
 だからこそ法華経は前半部でこそ声聞や縁覚の「二乗作仏」(にじょうさぶつ)を説くのだが、後半部では「久遠実成」(くおんじつじょう)を説いて、これをメビウスの輪のごとくに統合してみせられたのだ。

 釈迦の御法(みのり)は唯一つ 一味の雨にぞ似たりける三草二木は品々に 花咲き実なるぞあはれなる さて、まとめていえば、法華経の外観はよくできた物語だった。ドラマ仕立てのスペースオペラなのだ。場面も移っていくし、登場人物も多い。『レッドクリフ』の比ではない。だからまさに物語になっているのだが、そこには別々にできあがったエピソードやプロットをできるかぎり一貫したスクリプトのなかに収めようとしているのが、よく見える。つまり編集の苦労のアトがよく見える。

 そのことを説明するには、ここで1「序品」→2「方便品」→3「譬喩品」というふうに、1章ずつの内容をかいつまむべきだろうけれど、今夜はよくある法華経入門書のようにそれを踏襲することはやめておく。
 そのかわり、最も構成が絶妙なところだけをあらためて指摘する。 法華経には昔から、好んで「一品二半」(いっぽんにはん)といわれてきた特別な蝶番(ちょうつがい)がはたらいている。

 15「従地湧出品」の後半部分から16「如来寿量品」と17「分別功徳品」の前半部分までをひとくくりにして、あえて「一品二半」とみなすのだ。
 その蝶番によって、前半の「迹門」と後半の「本門」が屏風合わせのようになっていく。そのきっかけが、これまで述べてきた大勢の「地湧の菩薩」たちの出現だった。 
 つまりこの「一品二半」の蝶番には、前半の「二乗作仏」の説明を後半の「菩薩行」の勧めに切り替えるデバイスがひそんでいたわけである。そのため、ここで自力と他力が重なっていく。現実的な迹仏(しゃくぶつ)と理想的な本物(ほんぶつ)が重なっていく。

 その重なりをおこす蝶番が、ここに姿をあらわすわけなのである。地涌の菩薩はそのためのバウンダリー・コンディション(境界条件)だったのだ。 
 
 この蝶番の機能のことを法華経学では「開近顕遠」 (かいこんけんのん)、「開迹顕本」(かいしゃくけんぽん)、「開権顕実」(かいこんけんじつ)などという。近くを開いて遠きを顕わし、形になった迹仏から見えない本仏を見通し、方便とおぼしい例の教えから真実の教えを導く、ということだ。 

  ともかくもこのように、法華経はなんとも用意周到に編集構成されていた経典だったのである。やっぱりハイパーテキストだったのだ。なぜそうなったかといえば、理由は明白だ。そもそも大乗仏教のムーブメントは西暦前後に萌芽したものだけれど、法華経はまさにそのムーブメントの渦中においてそのコンストラクションを編集的に体現したからだった。 

 それをあらためて思想的に一言でいえば、次のようになろう。ブッダが空じた「空」というものを、ブッダが示した世界との相互関係である「縁起」としてどのようにうけとめるか、それを法華経が登場させた菩薩行によって決着をつけなければならなかったからである、と
 
 我が身ひとつは界(さか)ひつつ 十方界には形(かたち)分け衆生(しゅじょう)あまねく導きて 浄光国には帰りたし ふりかえってみると、そもそもブッダはバラモンの哲学や修行の批判から出発した。

 宇宙の最上原理であるブラフマン(梵)と内在原理であるアートマン(我)への帰入を解いたバラモンから、自身のありのままをもって世界を見ることによって離脱することを考えた。道は険しかったけれど、ブッダはついに覚悟してバラモン社会から離れていった。 
 
 覚悟したブッダが気がついたことは、世界を「一切皆苦」とみなすことだった。それによって、人間が覚醒に向かってめざすべきものは「諸行無常」の実感であって、「諸法無我」の確認であり、そのうえでの「涅槃寂静」という境地になることだろうと予想した。

 これはむろんたやすいことではない。ブッダはみごとに悟りをひらいたけれど、その精神と方法がそのまま継承できるとはかぎらない。継承者がいなくて縮退することは少なくない。

 そういう宗教なんて歴史上にはゴマンとあった。そこで、ブッダが説いた方法をもっと深く検討し、どのように継承すればいいかということが議論され、そうとうに深く研究されてきた。その方法が「縁起」によって相互の現象を関係させつつも、それらを次々に空じていくという「空」の方法だったのである。

 「空」や「縁起」がどういう意味をもっているかは、ここに話しだすとさすがにキリがないので、846夜にとりあげた立川武蔵『空の思想史』などを見てもらうこととして、しかし、ここでブッダ継承者たちのあいだで予想外の難問が生じてしまった。「空」と「縁起」を感じるにあたって、当時の多くの信仰者たちは自分の覚醒ばかりにそれをあてはめていったのだ。 
 
 それはあとからみれば、それこそが声聞・縁覚の二乗の限界だった。しかしこれを切り捨てることなく、二乗作仏の試みをして、さらに菩薩行をもってその流れに投じさせるには、ひとまずは声聞・縁覚に菩薩を加えた三乗のスキームによって、これを大乗に乗せていかなくてはならない。
 
 当初の大乗ムーブメントは、その難関にさしかかったのである。その「2+1」を進めるには、どうすればいいのか。三乗を方便としつつ、これを一乗化していく文脈こそが必要とされたのだ。 
 
 これを法華教学では「三乗方便・一乗真実」の教判という。声聞乗・縁覚乗・菩薩乗の三乗もろとも、一仏乗にしていこうというスキームだ。「2+1=10」という方法だ。 

 さてさて、ところで、こういう言い方をするのは、なんとなく気がついただろうけれど、インド的な見方というより、実は中国仏教が得意とするハイパーロジカルな表現力なのである。実はこれまで述べてきた迹門と本門という分け方も、中国法華学によっている。天台智顗の命名だった。
 
 中国仏教はこういう議論が大好きなだったのである。ついでにその話をしておきたい。
古童子(いにしえどうじ)の戯れに 砂(いさご)を塔となしけるも仏と成ると説く経を 皆人(みなひと) 持(たも)ちて縁結べ 法華経は西暦紀元前後にインド西北で成立したサンスクリット語原本ののち、やがて昼は灼熱、夜は厳寒の砂漠や埃まみれのシルクロードをへて、ホータンやクチャ(亀茲)に、そして長安に届いた。ここで法華経が漢訳されると、これには中国的解釈が徹底して加えられ、東アジア社会の法華信仰の場に向かって大きく変貌していった。

 宋版『妙法蓮華経』 法華経の漢訳にとりくんだ鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)は、344年にクチャに生まれた。父親はインド出身の高貴な出家者で、母親はクチャの国王の妹だった。幼少期から仏法の重要性を教えられて育った鳩摩羅什は、やがて自身でもカシュガルに出向いて小乗仏教を修め、さらにはサンスクリット本の初期大乗経典を読むようになった。
 その名声に関心をもったクチャ王の白純は鳩摩羅什をあらためて国で迎えることにした。ところがそのころ関中にあって勢力を張り出していた前秦の符堅が羅什の名声を利用してクチャを攻略することを思いつく。かくて符堅が派遣した呂光は西域諸国を攻めてクチャ王を殺害、羅什を捕虜とした。このあたり、けっこう血腥い(もともと宗教は血腥い)。それから17年間、羅什は涼州に停住させられる。しかし涼州を姚興が平定すると、姚興は羅什を国師として長安に招くことにした。 
 ここから鳩摩羅什が逍遥園のなかの西明閣や長安大寺で、数々の仏教経典の漢訳にとりくむというふうになる。その質量、35部294巻におよんだといわれるが、その最たる漢訳が、先行していた笠法護の『正法蓮華経』を一変させる『妙法蓮華経』だったのだ。
 鳩摩羅什はほかにも『阿弥陀経』『維摩経』『中論』『十二門論』『大智度論』などを漢訳した。廬山の慧遠(えおん)と交わした往復書簡集『大乗大義章』も興味深いものだった。 ところで姚興が羅什の出奔をおそれて美女十人をあてがったのというのは有名な話だが、羅什のほうもそれを拒むこともなく悠然と美女と遊んで暮らしたというのだから、なるほど仏典翻訳編集の難行と愉悦とはこういうものでもあるかと思わせる。
 いやいや、仏典翻訳がつねにそういうふうであるというのではありえません。鳩摩羅什はそうだったということだ。 さて、この鳩摩羅什の法華経が一挙に広まると、その弟子の道生(どうしょう)はさっそく注釈書をあらわし、それを法雲がうけつぎ、さらに随の天台智顗が徹底的に分析を始めた。『法華文句』『法華玄義』『摩訶止観』などが著述され(これを天台三大部という)、漢訳法華経にひそむ迹門・本門の構造がこのとき発見されたのだ。
 
 智顗はそのうえ、かなりハイパーロジカルな思索をもって、法華経こそが大乗仏教最高の経典であるとのお墨付きをつけた。 こうして中国法華経学が起爆した。ちなみにぼくは工作舎で「遊」を編集しているあいだじゅうずっと、親しいスタッフには『摩訶止観』を読むように勧めつづけたものだった。

 仏に華香奉り 堂塔建つるも尊しやこれに優れてめでたきは 法華経もてる人ぞかし こうした中国仏教における法華経解釈には、当然ながらいつくかの大きな特色がある。そもそも鳩摩羅什の長安における漢訳が国家的文化事業であったことにあらわれているように、中国においては仏法は王法に匹敵できたのである。ただし、そこには儒教やタオイズムとの優勝劣敗が必ずともなった。
 また、中国では最初から大乗仏教が優先された。インド仏教のような部派仏教との争いがない。そのためかえって、大乗仏教のなかの何が最も優秀なのかという議論が途絶えなかった。
 華厳経・法華経・維摩経・涅槃経はつねに判定をうけつづけたのだ。それを「教相判釈」(きょうそうはんじゃく)というのだが、たとえばさきほど述べた「三乗方便・一乗真実」という見方は、たちまち「三乗真実・一乗方便」というふうに逆転もされたのである。 
 こういう面倒な議論は朝鮮半島にも日本にもその傾向は流れこんできた。たとえば鑑真が来朝するにあたっては、天台三大部をこそもちこんだのだ。 
 一方、知られるように、日本の法華経信仰はまず聖徳太子に始まっている。その『法華義疎』は法雲の注釈からの引用が多い。ついで最澄による『法華秀句』が出て、さかんに法華八講や法華十講がおこなわれるようになると、ここに日本独特の法華美学のようなものが立ちあらわれてきた。

 法華経を紺紙に金泥で写す装飾経、法華経の一文字ずつを蓮弁に書く蓮台経、扇面に法華経を綴る扇面法華経、清盛が厳島神社に奉納した平家納経、道長の大和金峰山でのものが有名な埋経など、まさに法華経はまたたくまに人心と官能をとらえていった。 
 そこに、法華経を歌謡に転じる釈教歌(しゃっきょうか)や、今夜は見出しにおいてみた『梁塵秘抄』の法文歌(ほうもんか)や、法華二十八品歌なども加わって、公家も女房も武門さえ、ひとしく法華経賛歌に酔ったのだ。日本の法華経はずいぶん官能的であり、また美の対象とされたのだ。

 扇面法華経 このことについては、近世の狩野派や等伯や宗達らのトップアーティストの多くが法華衆であったことなどともに、いずれ論じたい。 しかし、こうした和風の法華経感覚ともいうべきに、突如として雷鳴のような一閃を食らわし、独自の法華経思想を旋風のごとく確立していった法華経行者があらわれた。藤末鎌初に登場してきた日蓮である。
 
 日蓮についてはいつか『開目抄』か『立正安国論』かをとりあげて千夜千冊したいけれど、ここではとりあえず一言だけふれておく。 ともかく凄い。その不惜身命(ふしゃくしんみょう)の行動をいっさい除いても、こんな法華経の見方をした者はインドはむろん、中国仏教者にもいなかった。そもそも「南無妙法蓮華経」という題目を設定したことが、インドにも中国にもない。また法華経そのものとその菩薩行において仏法を統一するという構想に徹したのみならず、日本という国家を法華経によって安国できると見たのも、凄かった。とくに10「法師品」から22「嘱累品」あたりをつぶさに検証して、そこに殉教・殉難の精神の系譜を見いだしたことは、すこぶる独創的だった。

 日蓮聖人による大曼荼羅本尊中央の文字は、法華経宇宙を象徴する「南無妙法蓮華経」という題目 日蓮の孫弟子の日像、舌を切られ灼熱の鍋をかぶらされた日親、不受不施派に徹して対馬に流された日奥、さらには明治近代の田中智学や内村鑑三(250夜)北一輝や石原莞爾におよぶ流れにも、日蓮の法華経世界観の投影を議論すべきであるけれど、今夜はそこまで足をのばさないことにする。
 
 達多五逆の悪人と 名には負へども実(まこと)には釈迦の法華経習ひける 阿私仙人 これぞかし では、こんなところで、今夜の法華経談義を仕舞いたい。なんだか何も説明できなかったように思うけれど、まあ、しかたない。キリなく書きたいことばかりが押し寄せて、これでも書き換えたり、削除したりするのが精一杯だったのだ。 そこで最後にちょっとばかり12「提婆達多品」(だいばだったほん)のことを、付言する。なんとなくそういう気分になってきたからだ。

 法華経はこの直前の11「見宝塔品」で、法華経の弘通に力を尽くす者がどんなにすばらしい功徳を得られるかということを説くのだが、第12品では、その弘通を阻もうとする提婆達多さえ、悪人成仏の可能性をもっていることにつなげてみせる。
 
 もとより提婆達多(デーヴァダッタ)は仏法を迫害する悪魔であって魔王のようなものである。キリスト教ならサタンやアンチ・キリストにあたる。ところがブッダはこの提婆達多に感謝した。 話の顛末は、こうである。ある国の国王がその国の人々を救いたいと考えた。
 しかしそのためには法を求めなければならない。それには国王の座を捨てたほうがいい。けれども、その法をどこで学べばいいか。もしそのようなことを教えてくれる者がいるのなら、自分はその召使いになってもいいと考えた。そのとき阿私仙人という男がやってきて、自分は法をよく知っていると言うので、国王はよろこんで仙人の身のまわりの世話をした。いくら仕えても飽きることがない。なぜなら、それが法を会得するためだったからだ。

 仙人に仕える王の図 と、いうところでブッダが、この話の裏を言う。国王とは実は自分のことなのだと明かす。そして、その仙人とは提婆達多であったとも明かす。もともと提婆達多はブッダの従兄弟(いとこ)にあたっていて、その弟が多聞第一といわれた阿難であった。これでも見当がつくかもしれないが、ブッダと提婆達多は若いころからのライバルだったのである。
 
 ブッダはヤシュダラを妃に迎えたが、提婆達多もヤシュダラに思いを寄せていた。しかるにブッダは提婆達多の成仏の可能性を説く。 だいたいはこういう話が前半にあり、ついで後半に8歳の龍女にも成仏の可能性があるというふうになっていく。 
 当時、女性は垢穢(くえ)のために法器にあらず、成仏を志す器ではないと言われていた。この第12品でも舎利弗が龍女に向かって、おまえはとうていそんな資格がないと言う。しかし龍女が黙って身につけていた宝珠をブッダにさしあげると、たちまち龍女は男子に変成した。有名な「男子変成」(なんしへんじょう)だ(『17歳のための世界と日本の見方』参照)。

 この、二つの奇妙な挿話で「提婆達多品」はできているのだが、さて、この章が鳩摩羅什の『妙法蓮華経』にはバッサリ落とされている。サンスクリット原本では前章の「見宝塔品」に入っていて、笠法護の『正法蓮華経』もそうなっている。それなのに、なぜ鳩摩羅什はこれを消したのか。実は仏教界では、その理由がいまなお取り沙汰されているところなのだ。そのため、ここは“法華経の謎”とも、また悪人成仏と女人成仏を説いたということで、“大乗仏教そのものの謎”ともされてきたところなのである。 
 ぼくは、この「提婆達多品」こそ、その後の法華経の運命を左右するものとして仕込まれたのだと思っている。付け加えておく気になったのは、このことだ。それ以上でもそれ以下でもないが、この話、やはり法華経全巻の「負」を背負っているように思う。 諸君はどう思うだろうか。あれほどの鳩摩羅什も、いささか美女と遊びすぎたのだと、そんなふうに結べれば、それもまたオツなところになるけれど……。
 

 ---以上は、松岡正剛氏のブログで、参照してください。 








明るく輝く希望のある世界を創生するためには、太陽の力を引き出そう。

  明るく輝く希望のある世界を創生するためには、太陽の力を引き出そう。

1.太陽は、古代から人間はもとより、地球生物の命を育んできている。

2.古代の人々は、その力ゆえに、この太陽に、畏敬の念をこめて、素朴な思念と謙虚さで、太陽を神のごとく、尊崇するようになってきた過程において、太陽信仰が人間社会に生まれたのである。 これが、人類文明の原初の姿である。

3.生物は、生きるがために、食物を摂取して、生命を維持している。

4.人類を含めて動物達は、その太陽の力で、育つ植物を摂取することで、生命を維持しているのである。

5.その植物は、太陽光のエネルギーを利用して、光合成により、成長しているのである。

6.古代の人類の文明の発展の源流において、食物としてのその植物を増殖させる方法として、人類は拓殖農業を見出したのである。

7.稲や麦、とうもろこし、豆等は、その農耕文化の発展において、様ざまな農耕方法や、種の改良を重ね、農地の開拓を重ねて来ているのである。

8.別に、太陽は、意思を持って、生物のために、暗闇を照らしているのではないのであるが、その太陽の力によって、地球上に動植物が増殖発展をもたらされたのである。

9.近年の人類社会の発展過程において、人類種に偏重した文明の発展をさせてきたことにより、地球環境に影響拡大させてきたのである。

10.人間本位のままの論理で、自然の有する潜在力を過小的に評価してきている。

11.太陽の莫大なエネルギーは、日照の一時間も要せずに、この地球の大地表面を熱照さることができるのである。

12.この力の大きさは、原子力発電所を相当数を設置しても、遥かにに及ばないであろう。

13.地球上のあらゆる地表に、絶えずに、エネルギーを放射しつづけているのである。

14.その太陽の熱、光の力により、地表の水分の蒸発をさせ、大気に気流を巻き起こし、雨や、雪、風を地表にもたらしている。

15.その風雨の作用により、山岳や河川や砂漠の地形が形成されつづけているのである。

16.近年において、人類社会に太陽の光熱を利用する科学技術が発展拡大されはじめてきている。

17.地球の表面積の70%は、海洋の面積で、覆われているのであるが、人類の増加は、食物の確保が大前提で、実現されるのである。

18.近い将来において、人口増大を続けるために、必然的に、海洋表面の利用が必要になってくるのである。

19.現在の人口が60数億人が、2050年には、90億人を越えることが、国連機関で公表されているが、後わずか40年間に30億人のための食物をつくる体勢をつくりあげなければ、人口の増加を意図することは不可能である。

20.この人口増大は、マルサスの人口増大論において、過去において、言及されているものである。

21.この自然摂理に基づく、人口数のコントロールは、人類の力では不可能であろう。

22.生物種は、滅亡をしないがために、増殖の力を獲ているのである。

23.我々の子孫が、滅亡の道を進むことに、誰もが望まないのである。

24.現在この地球上で、生活する10億人達が、食料の獲得において、困窮な生活をよぎなくされていると伝えられている。

25.経済的に、困窮する人々を放置するような人間社会で、あってはならないのである。

26.最近の日本の経済の行き詰まりも、この困窮する世界の人々を無視するような強者の支配や大企業の市場支配を目論む経済運営の路線方法で突き進んでいることが原因で引き起こされてきているのである。

27.この路線の行き先は、やがては、人類の競争や闘争を生み出すことになり、世界の社会破綻の原因になるのである。

28.経済活動の基本は、農耕社会に、物物交換が生まれ、そこから貨幣の使用が始まってできてきたのである。

29.社会の経済の目的は、人々の日常の生活を維持し、安寧な社会を創生するものでなければならないのである。

30.これを無視する路線を進んできたがために、現在の日本の経済が停滞し、混迷した社会にいたらしめたのである。

31.過度な国際経済競争は、世界の経済を混沌に導くことに、他ならないのである。

32、日本の社会が、将来にわたり、繁栄させるために、世界の困窮な人類社会に目を向けて、世界の人と共に、人類社会の発展を促進させていかなければならないのである。

33、自らの繁栄を願うなら、現実の社会で困窮している人々と手を携えて、協力していかなければならないのである。ここに、日本の進むべき活路が存在しているのである。

34.明るく輝く希望のある世界を創生するためには、海洋の利用を促進させ、太陽の力を引き出そう。

35.大型浮体海洋構造物で、太陽光を利用して、農業基盤や世界経済の発展拡大させることも、夢ものがたりではないのである。

http://blog.with2.net/link.php?847650

この麗しき日本の社会を台無しにし、無責任極まりない自民・公明党の政治・経済路線は断じて許せない。

この麗しき日本の社会を台無しにし、無責任極まりない自民・公明党の政治・経済路線は断じて許せない。

http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/253.html 投稿者 matuoka yuuji
日時 2009 年 6 月 26 日 00:23:00

この麗しき日本の社会を台無しにし、無責任極まりない悪しき自民・公明党の政治・経済路線は断じて許せない。

1.国民の期待はずれな政策を強行している現在の悪しき自民・公明党の議員やそれを支える既得権力者の目をさまさせるために、煮えたぎる五右衛門風呂の地獄釜に、突き落とさなければならないような政治的、社会的な混迷状態である。

2.困窮する国民一般が、いつまで辛抱できるのか?

3.国民の堪忍の緒が切れるのは、もはや、目に見えているようである。

4.無責任で、やりたい放題のこの10年間の自民・公明党の政治・経済政策であった。

5.美辞麗句や巧言の巧みで、無策無能者が偽善的な自己満足の正義や政治権力を振るかざして、国政を支配してきた悪者的、魔物的なこの集団が、良くぞこの国民を騙しとうせたのか不思議に思うのである。

6.国民がこの魔物的な集団の心的な催眠術に、目をさましたのは、最近の世界的な経済的な混乱であった。

7.この世界的な混乱を引き起こした原因は、世界の人々を心理的に誘導して、世界の人々が汗して積み上げた富をその集団達が、資本経済を利益効率大一辺倒に偏った論理を世界の人々に巧に植えつけてきて、だましてきたからである。

8.この悪しき経済路線を、世界の人々が一致協力して、徹底的にこの指導集団を糾弾しなければならない。

9.これらの集団ぼ特徴は、自ら努力して汗をかこうとはしないで。言葉や論理のすり替えや詭弁によって、人々を、巧にだましていることである。

10.まるで、貪欲で超えた豚と国民の生血を貪る吸血鬼のような精神と姿を隠し持っている様である。

11.このような、傲慢なものが、社会の指導者に選ぶことが、まちがいである。

12.世界の人々や日本の国民はこのことに気がついたことは、何よりも賢明なことである。

13.大半の一般の人々は、そのような貪欲さをあえて、自己的な抑制をもっているのであるが、この権力志向の傲慢で、偽善的な集団は、これと正反対な貪欲で、自己主張型の自己顕示欲と自己満足的な、性格を有しているのである。

14.この集団は、決して周りからの批判を謙虚に受けて反省などはしない高慢的なのである。

15.己の信念を貫きとおす宗教的な自己崇拝、自己陶酔で、身を固めているのである。

16.この集団は、人間社会に対して、信用を置かないのであろう。ある意味で、精神的な異常性を有しているのであろう。

17.このような特徴が、竹中、小泉、御手洗、奥田、ブッシュ氏等の性格の中で現れている。このような人の中に、支配的、自己顕示的で、人を押しのけるような自己本位型・自己陶酔的な傲慢性ある人生観、想念が顕著に現れているのである。

18.このような自己中心的で、自己欺瞞を隠して、人々を偽善の世界に導き入れるのであるが、このような人を社会的な指導者に選ぶことが、世界を混迷に突き落としてる原因である。

19.指導者を選ぶ場合には、謙虚に他人の意見も聞く心の広さを有し、誠実な人を選ばなければならない。

20.このようなトリックを見抜いて行かなければ、結果として、人々の集まりである社会や世界は、明るい世界から。隔絶されて、暗黒的なものになってしまうのである。

 参考;私の他のブログもよろしくお願い致します。 明るい希望のある未来社会を協力して創生致しましょう。  

Asyura投稿リンク;http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/253.html

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Wednesday, June 24, 2009

Plan to address state's revenue decline, ocean energy legislation enacted

 アメリカ政府の最近の海洋政策

asyura 投稿リンク: http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/134.html

Plan to address state's revenue decline, ocean energy legislation enacted                      2009.6.11 リンク:http://knox.villagesoup.com/Government/story.cfm?storyID=162734

 アメリカ政府の政策として、海洋エネルギーの利用を計画を発表した。
 それに比して、日本の政府の海洋政策はどうなっているのだ。
 国民が期待できないで、まったく頼りにならない未来志向性、将来の社会の構築するための理念が欠如した自民・公明党の支離滅裂な無責任なバラマキ政策だけである。
 あまりにも、政策作りにおいて、官僚に依存しており、新しい社会作りのビジョンや創造性がまったく存在していないのである。  海洋の利用において、世界の諸国で、大きな感心がもたれ、発展を遂げようとしているのである。  2年前に、海洋基本法を与野党で、成立させて、現在海洋基本計画の策定中であるが、この政策の策定においても、国民の目から遠い場所で、国民不在の体勢で検討がなされているようである。  この海洋開発の政府の座長は自民党の麻生総理である。 選挙のことで、ここまで、手がまわらないのであろう。
 時代や社会は政治の停滞下においても、激動しているのである。

Tuesday, June 23, 2009

再生可能なエネルギー : Lecture 1 - Introduction to Renewable Energy Options

Law 270.7 - Lecture 1 - Introduction to Renewable Energy Options の紹介です。

 カルフォルニア大学・バークレー校の講座 : BY 

              《 再生可能なエネルギーの課題の紹介 》


         http://www.youtube.com/watch?v=r94xoS80ykk

Obama, Harper Hail Clean Energy Dialogue

 Obama, Harper Hail Clean Energy Dialogue

 Obama 氏の経済戦略の提示 : クリーンエネルギー開発  : by YouTube
      
     http://www.youtube.com/watch?v=mlNw7sar9nU&feature=fvsr

Impression of Love (rvB) The End of the World-Brenda Lee

 歌は人の情の世界を現している。  
  
 私の好きな ブレンダ・リーのThe End of the Worldの歌の紹介です。
                                 
                      2009年6月23日

 この The End of the World 《世界の果て》 を聞きながら、困窮する人々が世界の各地に現在10数億人がこの地球のどこかで、生命をいとしみながら暮らしていることに思いを傾けることも大切なことであると私は思います。
 
 この困窮する人々を放置していては、人類社会に、明るく輝く未来の社会の到来はないものと思います。
 
 世界の人々が、安心と不安のないような安寧のある世界を創生するために、世界の人々が協力して、その課題の解決に向けて努力する必要があると思います。
 
 日本の社会が進むべき道は、世界の人々から、賞賛をされるような人間的な情のある社会のための事業を私達自身の手によって、見出して、発展させ、世界の人々が共生ができる世界の希望のある未来社会を築き上げて行きましょう。

 その道は、長く、険しい道であるであろう。

 しかし、その険路をを乗り越えてこそ、未来に広がる人間社会の展望が可能となると思います。


    めざそう希望のある未来を創ろう。

 
 

Sarah Brightman - What A Wonderful World ( legendado )

私の大好きな歌です。 原語で歌えたら、この歌詞のような新しい世界がきっと開かれるでしょう。

Sarah Brightman - What A Wonderful World ( legendado )  :YOUTUBE より
  

Al gore の提案

Al Gore Testifies in Congress on Passing Critical Clean Energy and Climate Legislation
Statement to the Subcommittee on Energy and Environment, Energy and Commerce Committee
Friday, April 24, 2009 (as prepared)

Mr. Chairman, Members of the Committee, distinguished guests; it is my great honor today to testify with my friend and former colleague, John Warner, whose long record of service to the Senate and to our country is remarkable.

Senator Warner has consistently looked with a steady gaze past the politics of the day to thoughtfully and intensely focus on the national interest.

His approach reminds me of another great Republican from another era, the great Senator Arthur Vandenberg, from Michigan, who helped to create the United Nations, NATO, and the Marshall plan. He understood that our nation, when faced with great peril, must rise above partisanship to meet the challenge.

I believe we have arrived at such a moment. Our country is at risk on three fronts. The economic crisis is clear. Our national security remains at risk so long as we remain dangerously dependent on flows of foreign oil from reserves owned by sovereign states that are vulnerable to disruption. The rate of new discoveries, as you know, is falling even as demand elsewhere in the world is rising. Most importantly, of course, we are— along with the rest of humanity—facing the dire and growing threat of the climate crisis. It is at the very heart of those threats that this Committee and this Congress must direct its focus. I am here today to lend my support to one of the most important pieces of legislation ever introduced in the Congress. I believe this legislation has the moral significance equivalent to that of the civil rights legislation of the 1960’s and the Marshall Plan of the late 1940’s.

By Repowering America with a transition to a clean energy economy and ending our dangerous over-reliance on carbon-based fuels, which is the common thread running through all three of these crises, this bill will simultaneously address the climate crisis, the economic crisis, and the national security threats that stem from our dependence on foreign oil.

We cannot afford to wait any longer for this transition. Each day that we continue with the status quo sees more of our fellow Americans struggling to provide for their families. Each day we continue on our current path, America loses more of its competitive edge. And each day we wait, we increase the risk that we will leave our children and grandchildren an irreparably damaged planet.

Passage of this legislation will restore America’s leadership of the world and begin, at long last, to solve the climate crisis. It is truly a moral imperative. Moreover, the scientific evidence of how serious this climate crisis is becoming continues to amass week after week after week.

Let me share with you just a few recent examples:
The Arctic is warming at an unprecedented rate. New research, which draws upon recently declassified data collected by U.S. nuclear submarines traveling under the Arctic ice cap for the last 50 years, has given us, for the first time, a three-dimensional view of the ice cap, and researchers at the Naval Postgraduate School have told us that the entire Arctic ice cap may totally disappear in summer in as little as five years if nothing is done to curb emissions of greenhouse gas pollution. For most of the last 3 million years, it has covered an area the size of the lower 48 states. Almost half of the ice has already melted during the last 20 years. The dark ocean, once uncovered, absorbs 90 percent of the solar heat that used to bounce off the highly reflective ice. As a direct consequence, some of the vast amounts of frozen carbon in the permafrost surrounding the Arctic Ocean are beginning to be released as methane as the frozen tundra thaws, threatening a doubling of global warming pollution in the atmosphere.
Melting of the Greenland ice sheet has reached a new record, which was a staggering 60 percent above the previous high in 1998. The most recent 11 summers have all experienced melting greater than the average of the past thirty-five year time series (1973-2007). Glacial earthquakes have been increasing as the meltwater tunnels down through the ice to the bedrock below. Were the Greenland ice sheet to melt, crack up and slip into the North Atlantic, sea level would rise almost 20 feet.
We already know that the Antarctic Peninsula is warming at three to five times the global average rate. That is why the Larsen B ice shelf, which was the size of Rhode Island, already has collapsed. Several other ice shelves have also collapsed in the last 20 years. Another large shelf, the Wilkins ice shelf—which is roughly the size of Northern Ireland— is now beginning to disintegrate right before our very eyes. A recent study in the journal Science has now confirmed that the entire West Antarctic Ice Sheet is warming. Scientists have told us that if it were to collapse and slide into the sea, we would experience global sea level rise of another 20 feet worldwide. Each meter of sea level increase leads to 100 million climate refugees. Recent studies have shown that many coastal areas in the U.S. are at risk—particularly Southern Florida and Southern Louisiana.
Carbon dioxide pollution is changing the very chemistry of our oceans. Ocean acidification is already underway and is accelerating. A recent paper published in the journal Science described how the seawater off the coast of Northern California has become so acidic from CO2 that it is now corrosive. To give some sense of perspective, for the last 44 million years, the average pH of the water has been 8.2. The scientists at Scripps measured levels off the north coast of California and Oregon at a pH of 7.75. Coral polyps that make reefs and everything that makes a shell are now beginning to suffer from a kind of osteoporosis because of the 25 million tons of CO2 absorbed the oceans every 24 hours.
Salmon have now disappeared off the coast of California. Researchers are now working to determine the cause and whether or not this is due to acidity and the relationship between acidity and “dead zones” of extreme oxygen depletion that now stretch from the west coast of North, Central, and South America almost all the way across the Pacific. The health and productivity of all the world’s oceans are at risk.
The Union of Forest Research Organizations, with 14 international collaborating partners, reported that forests may lose their carbon-regulating service and that it “could be lost entirely if the earth heats up 2.5 degrees Centigrade.” Throughout the American west, tree deaths are now at record levels, year after year. For the same reason, Canada’s vast forest is now contributing CO2 to the atmosphere rather than absorbing it. The Amazon, the forests of Central Africa, Siberia, and Indonesia are all now at risk.
This year, a number of groups ranging from the National Audubon Society to the Department of Interior, released the U.S. State of the Birds report showing that nearly a third of the nation’s 800 bird species are endangered, threatened or in significant decline due to habitat loss, invasive species and other threats including climate change. The major shift attributed to the climate crisis related to the migratory patterns and a large shift northward among a vast range of bird species in the U.S.
Some of the most intriguing new research is in the area of extreme weather events and rainfall. A recent study by German scientists published in Climatic Change projects that extreme precipitation will increase significantly in regions that are already experiencing extreme rainfall. Man-made global warming has already increased the moisture content of the air worldwide, causing bigger downpours. Each additional degree of temperature increase causes another seven percent increase in moisture in the air, and even larger downpours when storm conditions trigger heavy rains and snows.
To bring an example of this home, 2009 saw the eighth “ten year flood” of Fargo, North Dakota, since 1989. In Iowa, Cedar Rapids was hit last year by a flood that exceeded the 500-year flood plain. All-time flood records are being broken in areas throughout the world.
Conversely those regions that are presently dry are projected to become much dryer, because higher average temperatures evaporate soil moisture.
The American West and the Southeast have been experiencing prolonged severe drought and historic water shortages. In a study published in January 2008 in the journal Science, scientists from the Scripps Institute estimated that 60 percent of the changes in the West’s water cycle are due to increased atmospheric man-made greenhouse gases. It predicts that although Western states are already struggling to supply water for their farms and cities, more severe climatic changes will strain the system even more. Agriculture in California is at high risk. Australia has been experiencing what many there call a thousand-year drought, along with record high temperatures. Some cities had 110 degrees for four straight days two months ago. And then they had the mega-fires that caused so much death and destruction.
Federal officials from our own National Interagency Fire Center report that we have seen twice as many wildfires during the first three months of 2009 as compared to the same period last year. Due to the worsening drought, the outlook for more record fires in Texas, Florida, and California is not good.
A number of new studies continue to show that climate change is increasing the intensity of hurricanes. Although we cannot attribute any particular storm to global warming, we can certainly look at the trend. Dr. Greg Holland from the National Center for Atmospheric Research says that we have already experienced a 300-400 percent increase in category 5 storms in the past 10 years in the United States. Last August, hundreds of thousands of people had to evacuate as Hurricane Gustav hit the Gulf Coast. And then, of course, there is the destruction of Galveston and areas of New Orleans, where the residents are still recovering. The same is happening in the rest of the world. Last year, Cyclone Nargis inflicted catastrophic death tolls in Burma (Myanmar) killing twenty thousand people and leading to the suffering of many more.
For these and many other reasons, now is the time to act. And luckily, positive change is on the way.

In February, when the Congress voted to pass the stimulus bill, it laid the groundwork for critical investments in energy efficiency, renewables, a unified national smart grid and the move to clean cars. This was a crucial down payment that will create millions of new jobs, hasten our economic recovery, strengthen our national security, and begin to solve the climate crisis.

Now, we must take another step together, and pass the American Clean Energy and Security Act. Chairman Waxman and Chairman Markey have pulled together the best ideas in the Congress to begin solving the climate crisis while increasing our energy independence.

Let me highlight a few items in the bill that I believe to be of particular importance: It promotes the rapid introduction of the clean and renewable technologies that will create new jobs and reduce our reliance on carbon-based fuels.

It is time to close the carbon loophole and begin the steep reductions we need to make in the pollution that causes global warming.

It helps us use energy more efficiently and transmit it over a secure, modernized, digital smart grid system.

Of course this move to Repower America must also include adequate provisions to assist those Americans who would unfairly face hardship. For example, we must recognize and protect those who have toiled in dangerous conditions to bring us our present energy supply. We ought to guarantee good jobs for any coal miner displaced by impacts on the coal industry.

And this bill also focuses on intensive R & D to explore carbon capture and sequestration to determine whether and where it can be a key part of the solution.

Our country cannot afford more of the status quo, more gas price instability, more job losses, more outsourcing of factories, and more years of sending $2 billion every 24 hours to foreign countries for oil. And our soldiers and their families cannot take another 10 years of repeated troop deployments to regions that just happen to have large oil supplies.

Moreover, the best way to secure a global agreement that guarantees that other nations will also reduce their global warming pollution is for the U.S. to lead the world in meeting this historic challenge. The United States is the world’s leader. We are the only nation in the world that can. Once we find the moral courage to take on this issue, the rest of the world will come along. Now is the time to act before the world gathers in Copenhagen this December to solve the crisis. Not next year, this year.

I urge bipartisan support of this crucial legislation.

Friday, June 19, 2009

VOYAGER - LA SPIRALE - ALLE ORIGINI - 2/2

  古代の巨石文化は、世界に共通していた。

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