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Tuesday, July 14, 2009

【太陽光;レザー装置を利用して、海水淡水化の実現をめざす研究】の紹介

【太陽光;レザー装置を利用して、海水淡水化の実現をめざす研究】
  【出展リンク】 http://wiredvision.jp/blog/yamaji/

          山路達也の「エコ技術研究者に訊く」           

世界は、石油文明からマグネシウム文明へ【 1/3 ~ 3/3 】

【出展引用リンク】

   1/3 :http://wiredvision.jp/blog/yamaji/200907/200907031401.html

   2/3 :http://wiredvision.jp/blog/yamaji/200907/200907031402.html

   3/3 :http://wiredvision.jp/blog/yamaji/200907/200907031403.html


【1/3】以下の通り

 化石燃料の枯渇が迫っているが、自然エネルギーだけで今の世界経済を支えることはできない。理想のエネルギーと言われる核融合への道もまだ遠い……。だが今、エネルギーや資源の問題を一挙に解決するかもしれない研究が進んでいる。その鍵はマグネシウム。海水に無尽蔵に含まれるマグネシウムを取り出し、エネルギー源として利用。生じた酸化マグネシウムは、太陽光レーザーを使ってマグネシウムに精錬する。この壮大な計画に取り組むのが、東京工業大学の矢部孝教授である。
マグネシウムを燃やして、エネルギー源にする

 金属マグネシウムは、携帯電話を始めとする電子機器や飛行機、自動車などで広く使われる。
──次世代エネルギーとして、マグネシウムを用いる研究を進めているとお聞きしました。マグネシウムがよく燃えるのは知られていますが、なぜ今までエネルギー源として使われてこなかったのでしょうか?

 ほとんどの金属は粉末にすればよく燃えて、燃料として使うことができます。昔から、金属燃料エンジンの研究はどの自動車会社もやってきていますし、実際にマグネシウムを配合したロケット燃料も作られています。

 では、なぜマグネシウムが一般的なエネルギー源として使われていないかといえば、マグネシウムを作るのに莫大なエネルギーをかけなければならないからです。触媒を使う今までの技術だと、マグネシウム1トンを作るために石炭が10トンも必要になります。石炭の発熱量が30MJ/kg、マグネシウムは25.5MJ/kgとほぼ同じ。これでは誰もマグネシウムをエネルギー源に使うはずがありません。

 それならば、自然エネルギー、例えば太陽光を集める太陽炉を使って酸化マグネシウムや塩化マグネシウムからマグネシウムを直接精錬してはどうかということになるわけですが、これも困難でした。酸化マグネシウムからマグネシウムを精錬するには2万℃という超高温に相当するエネルギーが必要で、仮に太陽光を集めてそれだけの温度にできたとしても、炉が耐えられません。製鉄炉の耐熱温度が千数百℃ですから。

 マグネシウムをエネルギー源にできるなど、誰も考えていなかったのです。

太陽光を直接レーザーに変換する「太陽光励起レーザー」
──それなのに、なぜマグネシウムをエネルギー源にできると思われたのですか?

 きっかけになったのは、7年前です。私は30年以上レーザー核融合を研究しているのですが、それを応用して、飛行機を飛ばす実験を行いました。

──レーザー核融合と飛行機にどういう関係があるのでしょうか?

 レーザー核融合では、レーザーを使って数千万度の超高温を作り出します。レーザーがすごいのは、時間的にも空間的にもエネルギーを集中できるということ。つまり、少ないエネルギーであっても、一瞬だけ一点に集中させることで、大きな効果を得ることができるのです。私たちは、長さ5cmくらいの小さな模型飛行機に水タンクを載せ、外からレーザーを照射しました。水は一瞬で水蒸気に変わって飛行機の後方へ吹き出し、その反作用で飛行機が進みます。つまり、水蒸気ロケットができたということになります。この実験で使用したレーザーの出力はたったの5W。5Wなんて懐中電灯並みですが、レーザーにすれば模型飛行機を飛ばすこともできるのです。

 では、人が乗れるような飛行機を飛ばすには、どれだけの出力を持ったレーザーがあればよいのか。計算してみたところ、1GW(1ギガワット=100万キロワット)という答えが出ました。これは大規模発電所の出力に相当しますから、こんなレーザーを電気で作ることはできません。

 どうしたらよいかと考えた時に思い当たったのが、太陽光をそのままレーザーに変換する、太陽光励起レーザーです。1995年、我々のグループの一人、吉田國雄特任教授がクロムとネオジムからレーザー媒質を開発していました。日本のある会社はこれをさらに改良し、2005年には効率が42%のレーザー媒質を作ることに成功しました。太陽光をこのレーザー媒質に当てると、レーザー光線が出ます。



 矢部研究室が用いているレーザー媒質。これに太陽光を当てると、レーザーに変換される。

──このレーザー媒質は大量生産できるのですか?

 クロムとネオジムを混ぜて焼き固めるだけですから、大量生産するのは簡単です。

 ただ、レーザーで飛行機を飛ばすといっても、そんな実験にはどこもお金を出してくれないので、別の応用を考えました。それが次世代エネルギー、レーザーによる酸化マグネシウムの還元だったのです。もっとも、今ではこちらが本命になってしまいましたが(笑)。

(1/3 )以上

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【1/3 】以上
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【2/3】以下の通り

海水中には無尽蔵のマグネシウムが含まれている
──マグネシウムを燃やしてエネルギーを生み出し、できた酸化マグネシウムは太陽光励起レーザーで還元して、またマグネシウムに戻すわけですね。しかし、リサイクルを綿密にやったとしても、エネルギー源になるほどの量があるのでしょうか?

この地球上には、マグネシウムが無尽蔵といってよいほどあります。海水中には石油30万年分に匹敵するマグネシウムが含まれています。

──ですが、海水からマグネシウムを取り出すにもエネルギーが必要になるでしょう?

 そう思うでしょう(笑)。ここにもう1つのポイント「淡水化」があります。

 2025年には、30億人分の淡水が不足すると言われています。最も広く使われている逆浸透膜方式で30億人分の淡水を作ったとすると、現在世界で使われている電気の半分が必要になります。

 そこで、太陽光を使った淡水化装置を作り、特許を取りました。私たちは「エレクトラ」というベンチャー企業を興し、この装置を海外に販売しています。現在、アジアの二カ国から国家レベルの発注が来ています。

──太陽光を使って淡水化するということは、光を集めて水を蒸発させるということですか?

そういうことです。しかし、単純に熱を加えて蒸発させようとすると大量のエネルギーを消費します。

みんな、水は100℃にならないと蒸発しないと思っていますが、私たちが汗をかいたら自然に乾きますね。洗濯物も自然に乾きます。

──湿度が関係しているのですか?

はい。湿度のバランスをうまく調整することで、エネルギーをほとんど使うことなく淡水を作ることができます。

 現在の逆浸透膜方式は、装置コストを1とすると、20年使った場合のランニングコストは20。

 これに対して、私たちの装置は装置自体のコストも1桁安いですし、エネルギーもほとんど必要としません。スピードも速く、1台当たり1日10トンの淡水を作れます。2Lのペットボトルなら5000本分です。

──あとには、塩やその他の物質が残るというわけですね。マグネシウムはどう取り出すのでしょう?

 淡水を取ったら、あとには塩(塩化ナトリウム)と、にがり(塩化マグネシウム)が残ります。塩とにがりを分離するのは、エネルギーが不要な昔ながらの方法を使います。

 塩化ナトリウムと塩化マグネシウムの混合物に、上から少し水を掛けると、ぽたぽたと液体がしたたってくるのですが、これがほとんど塩化マグネシウムなのです。塩化マグネシウムは塩化ナトリウムより水に溶けやすく、この性質を利用するだけで簡単に塩化マグネシウムだけを取り出せます。



 マグネシウム循環社会のイメージ。海水や砂漠の砂に含まれるマグネシウムを取り出してエネルギー源として利用。太陽光励起レーザーでふたたびマグネシウムに戻す。

 マグネシウムがエネルギー源になると、世の中はどう変わる?
──あとは、太陽光励起レーザーで塩化マグネシウムをマグネシウムに精錬するというわけですね。それでは、マグネシウムは世の中でどう使われるのでしょうか?

 まず、火力発電所です。現在の火力発電所では、石油や石炭で湯を沸かし、その蒸気でタービンを回して発電しています。マグネシウムの場合、水と反応させることで水素が発生し、この水素を燃やせば高温高圧の水蒸気が発生します。これでタービンを回して発電すればよいのです。これまでの火力発電所の設備は、タービンも含めてほとんどそのまま流用できます。発生した水素と酸素を反応させれば水になりますから、二酸化炭素も出ません。

 自動車用の燃料電池も研究が進んでいます。例えば、米国のベンチャー企業は亜鉛燃料電池で動く自動車を2003年に開発しました。この自動車は百数十kg弱の亜鉛を積み、走行距離は600kmです。マグネシウムなら亜鉛に比べて3倍のエネルギー密度がありますから、10kgあれば200kmは走れるでしょう。燃料となるマグネシウムは、コンビニで売ることを想定しています。爆発もしませんし、少々水がかかっても大丈夫です。マグネシウムの価格は現在kg当たり300〜400円ですが、太陽光励起レーザーによる精錬で価格が下がれば、マグネシウム燃料電池自動車以外はすべて消えることになるでしょう。

──マグネシウム燃料電池も水と反応させるのですか?

 火力発電の場合は水と反応させますが、燃料電池の場合は酸素と反応させます。酸素と反応させると水素が発生しないため、安全だからです。水素は軽いために自動車のどこかに貯まる可能性があり、引火すると爆発してしまいます。また、燃料電池の電極に水素が付くと、電極の性能が著しく低下します。現在の燃料電池は、高価な白金で水素を吸着しようとしていますが、それくらいなら最初から水素が発生しない反応を使えばよいのです。

 マグネシウム燃料電池の技術的課題はほとんど解決されており、今は燃料待ちの段階。マグネシウムの価格が安くなれば一挙に実用化が進むでしょう。燃料電池を使って生じた酸化マグネシウムは、やはり太陽光励起レーザーを使ってマグネシウムに精錬できます。

 400Wの太陽光励起レーザーを今年中に実現


 80Wの太陽光励起レーザーなら、ステンレス板に一瞬で穴を開けることができる。



 読書用ルーペなどにも用いられるプラスチック製フレネルレンズ。東工大のレーザー発生装置には、4㎡のフレネルレンズが使われている。
──太陽光励起レーザーを使って、いかに低コストでマグネシウムを精錬できるかにかかっているのですね。

 2007年に北海道の千歳にレーザーの実験施設を作り、実験を重ねてきました。現在4㎡のレンズで集めた太陽光をレーザー媒質に当て、80Wのレーザーを出力できています。80Wのレーザーでもステンレス板に一瞬で穴を開けるほどの威力があります。しかし、4㎡に当たる太陽光は4kWですから、80Wというのは2%の変換効率でしかなく、このままでは商用化できません。目標の出力は400Wですが、すでに目処はついており、今年中には達成できるはずです。

──5倍の出力アップをそんなに簡単に実現できるものなのですか?

まず、レーザー媒質に混ぜるクロムの割合を増やします。理論的には、これだけで変換効率を3倍にできます。

 また、太陽光励起レーザーではこういうプラスチックレンズを使っているのですが、この設計を改良します。

──えっ、こんなプラスチックレンズなんですか?

 はい、これのサイズを大きくしたものを使っています。金型でどんどん作れますから、大量生産すれば製造コストはタダみたいなものですよ。

 ただし、現在のレンズは気泡が混じっていたりして、太陽光を半分くらいしか集められていません。金型を作り直してレンズの精度を上げれば、太陽光の透過率は2倍にはなるでしょう。

 レーザー媒質とレンズの改良を合わせれば、5倍の出力アップはそれほど難しくないと考えています。
【 2/3 】以上

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【3/3】以下の通り
3/3

 太陽光励起レーザーの発生装置は1台50万円


 東工大の屋上で実験中のレーザー発生装置。上部のフレネルレンズで集めた太陽光を、中心部にあるレーザー媒質に当てる。
──酸化マグネシウムからマグネシウムを精錬するには2万℃の超高温が必要になるとおっしゃっていました。 これに耐えられる炉は実現できるのでしょうか?

 そこでレーザーの長所が発揮されます。レーザーなら、1mmのスポットだけ2万℃にするということが可能です。その周辺はすぐに冷えますから、炉全体が2万℃に耐える必要はありません。

──細いレーザー1本では、大量の精錬が難しいのでは?

 だからこそ、太陽光励起レーザーの装置をたくさん作るのです。何百台という装置を並べてレーザーを作り、各装置から光ファイバーで精錬所に伝えます。酸化マグネシウムにレーザーが当たると、0コンマ数秒でマグネシウムを精錬できます。

──レーザーの発生装置は高価になりませんか?

 現在東工大の屋上で実験装置を稼働させており、太陽の位置を自動追尾して最適な出力を得ることができます。水道用のパイプなどを利用して組み立てたら、1基当たり50万円ほどで制作できました。

──太陽光がいつもあるところでないと、精錬はできませんね。

 アリゾナやモンゴルの砂漠など、1年中雲のない地域は世界中どこにでもあります。こういう地域でマグネシウムを精錬して、日本に持ってくればよいでしょう。

 淡水化事業からスタートし、マグネシウム循環社会へ──マグネシウムの循環社会は、どういうステップを経て実現すると考えていますか?

 まずは、海水を淡水化する事業で利益を上げます。先に述べたとおり、すでに海外から淡水化装置の発注が来ており、この事業だけでも十分に利益を出せます。今後、世界の淡水ビジネスは年間150兆円規模になると言われています。

 次は、マグネシウムの精錬ですが、最初はエネルギー源としてではなく、資源としてマグネシウムを売ればよいでしょう。携帯電話のボディなど、マグネシウムの需要はいくらでもあります。マグネシウムは今1kg当たり400円と高価ですからここでも利益を得られ、そうすれば太陽光励起レーザーの装置をもっとたくさん作れるようになります。ちなみに、マグネシウムに限らず、鉄やアルミ、シリコンも、レーザーを使って同様に精錬可能です。金属産業の構造を根本的に変えてしまう可能性もあると思っています。

 そうして十分にマグネシウムの値段を下げられるようになったら、エネルギー源として、発電所や家庭、自動車に使えばよいでしょう。燃料として使った後にできる酸化マグネシウムは、太陽光励起レーザーで精錬してマグネシウムに戻します。

──これからのロードマップはどうなっていますか?

 ある外国の企業が200億円出資してくれることになり、この資金を使って今年中には沖縄の宮古島に実験施設を作ります。この施設では、海水の淡水化からレーザーによるマグネシウムの精錬まで全サイクルの実験を行います。投資を得られたので、政府からの補助金も必要なくなりました。

 マグネシウム循環社会は、2025年に実現する
──エネルギー生産から、産業利用、リサイクルまで、1つの街で完結するんですね!

 はい。宮古島の施設が成功したら、東南アジアの各所に同じような施設を作り、もっと大規模な実験を行う予定です。


 うまく行けば、2025年頃にはマグネシウムをエネルギー源とした社会を実現できるのではないでしょうか。みなさんが考えるより、早いペースで進むと思っています。

──少し前には、水素社会という言葉がもてはやされました。マグネシウムではなく、水素をエネルギー源にしてもよいのではないでしょうか?

 水素は、保管場所が問題になります。700気圧で保管すれば場所を取らないという人がいますが、700気圧に耐えられるタンクはごくごく小さいものしか作れず、結局は1気圧で保管するしかありません。日本が必要とするエネルギーをすべて水素にしたとすれば、日本中の地下が水素タンクになるでしょう。

──マグネシウム循環社会の実現可能性をどう見ていますか?

 私は30年間レーザー核融合の研究をしてきました。レーザーを出す、金属を溶かして反応させる、そうした研究はマグネシウムの精錬や淡水化にすべて活かされています。そして、吉田國雄特任教授によるレーザー媒質。こうした要素が今この時期にすべて合わさったのはとても不思議で、自分はこれをやるために生まれてきたのではないだろうかという気すらします。実験を繰り返して実証データも蓄積されており、実現には絶対的な自信がありますよ。



 研究者プロフィール

 矢部 孝(やべ たかし)

 現職は、東京工業大学・大学院理工学研究科・教授。1973年、東京工業大学工学部を卒業後、同大学助手に就任。その後、1981年に大阪大学・レーザー核融合研究センター講師、85年に同助教授、1995年には東京工業大学・教授となり現在に至る。また大学発ベンチャー「株式会社エレクトラ」の代表取締役も兼任。1999年の英国王立研究所200周年記念招待講演を行うなど、数多くの賞を受賞。現在、国際数値流体学会の名誉フェロー、計算力学国際連合の理事など。


【 3/3 】以上

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------- ------- ----- 以上出展引用終わり -----
【参考リンク1】海水淡水化;逆浸透膜 (wikipedia) :

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%86%E6%B5%B8%E9%80%8F%E8%86%9C

【参考リンク2】20年後に生き残る水資源開発を

      http://www.spc.jst.go.jp/hottopics/0907water/r0907_yabe.html 

【参考リンク2】引用開始以下の通り。

矢部 孝(東京工業大学教授、株式会社エレクトラ 代表取締役) 2009年6月5日

 我々は、株式会社エレクトラを東京工業大学の大学発ベンチャー第38号として2007年1月に設立した。現在の主な事業内容は、太陽光励起レーザーの開発、レーザーによるマグネシウム還元技術の確立、太陽光エネルギーを利用した淡水化装置の開発である。将来的にはこれらの技術が弊社の提案する再生可能エネルギーサイクル、マグネシウム社会の基幹技術として一つのサイクルを形成することになる(図1参照。参考文献 日経サイエンス2007年11月号)。これらエレクトラで開発を行っている技術のうち、本稿では、我々が開発し実用化が間近な淡水化装置について説明する。


図1マグネシウムと太陽光励起レーザーを用いたエネルギー循環システム

 水不足の問題は、人類にとって早急に解決しなければならない問題である。2025年には30億人分の水が不足すると報告されている。この30億人分の水というのは計算すると年間1.5兆トン(1日当り41億トン)となる。よってこの水不足問題の解決には、20万トン/日の淡水化プラントを20年以内という時間の制約の中で、2万基新設する必要があるということである。また仮にこのクラスの淡水化プラントが2025年までに完成したとしても、このプラントを稼働させるためには当然エネルギーが必要となる。しかし消費電力が少ないと言われている逆浸透膜淡水化プラントでさえ60気圧の圧力で駆動する必要があるため、20万トン/日クラスのプラントを稼働させるためには、多大な電力が必要となる。30億人分の水不足を解消するため、2万基の逆浸透膜淡水化プラントを稼働させると使用電力は年間9兆kW時となる。これは2002年の世界電力使用量16兆kW時の56%に相当する莫大な電力量である。

 比較的低消費電力で稼働するといわれる逆浸透膜法淡水化装置でさえこのような状況なので、現存する淡水化装置で将来の水不足問題を解決するというのは現実的ではないように思われる。水不足問題の解決のためには、建設が容易かつ低消費エネルギーで稼働可能な全く新しい淡水化装置が必要となる。

 さらには、逆浸透膜法にはいくつかの大きな欠点がある。その1つは海水中のホウ素が除去できないことである。WHOの基準では、1リットルの飲料水中のホウ素の量を0.4mg以下と定めている。これ以上では、人間の生殖能力に影響が出るからである。しかし、最新の逆浸透膜でさえ、まだ、1-3mg残存している。

 意外な問題もある。淡水装置の性能が良すぎると塩などが取れすぎて、この塩害をどうするかということも中東では問題となってきている。我々は、こうした淡水装置から出てくる塩やその他の資源を有効に利用するためのプロジェクトにも取り組んでいる。その1つが、この残存物から得られるマグネシウムの有効利用である。このマグネシウムは、太陽から直接作られた太陽光励起レーザーによって精製され、石炭の代わりとなって発電所の燃料や自動車の電池に使われる。この点については、多くの新聞や上述の日経サイエンスで紹介されているので、ここでは省略する。

 それでも結局最も大きな問題は、淡水装置を駆動する電気であることの例をここに紹介しよう。2007年5月25日のAP通信で報じられたドバイの新型淡水装置建設計画である。日産270万トンの淡水装置に対して、必要発電設備900万キロワットということである。これは、大型火力発電所9基分である。2050年までに、CO2排出を半減させようというが、後、20年後に50%のCO2排出増がありうる、淡水化装置を受け入れることはできないであろう。

 将来は、我々が提案するマグネシウム燃焼によって駆動される淡水化装置がその役割を担うであろうが、その前に、今ある技術で緊急な対策が必要である。この解決に有望なものは、太陽などの自然エネルギーを利用した淡水装置であるが、現在提案されている装置は逆浸透膜と蒸発式の混合であったり、真空を利用した蒸発方式であったりと、電気で駆動されている逆浸透膜装置の10倍以上の価格となっている。最も、逆浸透膜が20年間で使用する電力を非石油生産国の電気代で計算すると、逆浸透膜装置の10倍の価格となるので、どちらも同じといえば同じであるが。

 この問題解決のため、我々は太陽熱を利用する低消費電力かつ安価な淡水化装置を開発した。この淡水化装置は、逆浸透膜法のように高圧の状態を作り出す必要は無く、常圧で淡水を製造することが可能である。また装置を多段化し、排水による熱ロスを少なくする工夫により、低消費電力で稼働する淡水化装置となっている。

 本装置は、太陽エネルギーを利用する装置でありながら、太陽のない夜間を含め24時間運転することができ、現在、日産10トンクラスの装置の試験を行っている。今後の予定では、宮古島との協力により、2009年8月には、日産600トンのテスト装置を稼動させる予定であり、そのテストプラントと同時にある地域での実用装置を建設してゆくための予算が確保されている。現状では、世界中に早く技術を広めるために、太陽光を利用しているが、近い将来は、我々が開発した太陽光励起レーザーによって還元されるマグネシウムを石炭の代わりとする燃焼熱で淡水化が可能となるであろう。

 我々が開発中の淡水化装置は、低消費エネルギー、低コストの装置となるが、淡水化装置自体にはなんら難しい技術は必要としておらず、いわゆるローテクの塊である。新しいのはその発想である。東京工業大学の矢部研究室ではこのようなこれまでにない発想に基づく技術がたくさん存在する。しかしこれらは未だ一般的にはなじみのないものがほとんどである。そこでこれらの技術を世に広めるため、ベンチャー企業を設立することになった。これが株式会社エレクトラを立ち上げたきっかけである

 エレクトラの究極の目標はマグネシウムによる循環型社会の構築である。しかし、この目標に対して外部資金を導入するのは不可能であると考えた。我々も何度も国のプロジェクトに応募したが、すべて落選している。その理由は、「太陽電池で水を分解し、水素を作り燃料電池を使えば、もっと簡単で有望である」ということだった。しかし、水素はエネルギー密度が低すぎるので、貯蔵には向かない。100万キロワットの発電所のわずか一日分でも、1km四方で高さ10mのタンクが必要である。高圧で大型のタンクが作れないからである。これは、自動車にも言える。確かに700気圧の小さな自動車用タンクは作れるかもしれないが、それに注入するために、全国に水素タンクを作るとどれくらい大きなタンクが必要かを考えた人がいない。メタンやメタノールを改質して水素を作るという案もあるが、そのときにCO2が発生するとは誰も言わない。

 こうした無理解な審査員を相手にいくら頑張っても意味がないということで、すべて自己資金でプロジェクトを進めることを決断した。これがエレクトラを設立した理由である。その資金で2007年7月に千歳に太陽光励起レーザー施設を建設し、現在、世界最高の効率を実現し、太陽光励起レーザーによってステンレス板を切断できるまでとなっている。資金さえあれば、一年以内に、必要なレーザー性能を達成できるであろう。しかし、これだけでマグネシウム社会を構築するまでの資金を確保することは困難なので、まずは、短期間で収入を上げる道を模索したのである。そこで生まれたのが、新型淡水化装置である。これを呼び水にして投資家の外部資金を獲得することに成功し、宮古島プロジェクトが始まろうとしている。


図2 千歳市に建設された4m2レーザー。一基あたり1kWのレーザー出力を目指す


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PROFILE

矢部孝(やべたかし):東京工業大学教授、株式会社エレクトラ代表取締役。

 1950年1月生まれ、1972年東京工業大学工学部卒業、1972年東京工業大学助手、1981年大阪大学講師、その後助教授を経て、1995年より東京工業大学教授、1980年東京工業大学 工学博士(論文博士)。

 大阪大学でレーザー核融合研究に従事し、その時代に考案した計算手法CIP法は世界中に広まり、参照数1200を超えている。この業績により1999年には、英国王立研究所設立200周年記念講演を行った。

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【以上引用終わり】

【参考リンク】:マグネシウム:wikipedia :

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0

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不足する水と、「水の私有化」の危険性

【不足する水と、「水の私有化」の危険性】
    2009年7月 6日

【出展リンク】:http://wiredvision.jp/news/200907/2009070623.html

全世界で真水の供給が近いうちに危機的に不足すると科学者たちが警告し、水の私有に向けた争奪戦を企業が繰り広げる中、水は基本的人権と考えるべきだとする声が一部の研究者や活動家からあがっている。

6月30日付けの『Public Library of Science Medicine』で編集者たちが綴った小論には、「健康に不可欠な、きれいな水を手に入れることが脅かされている」と記されている。

この考えは、知識人たちの間でも一貫して支持されている。水は、国連の世界人権宣言第25条に登場する「食糧」とまったく同様に、生きるために欠かせないものだというのだ。

現在、世界保健機関(WHO)では、世界の疾病の多くが水不足や不適切な水によるものであり、全死亡件数の6%は、安全な飲み水と衛生状態の改善を世界中で確保することによって防ぐことができると推測している。また、国連によれば、基礎的な水の需要を満たせない人は2025年までに28億人にのぼると考えられている。

もちろん、権利を宣言するのはそれを実行するよりもはるかに簡単だ。飢えを終結させるという国連の誓いにもかかわらず、10億人近い人々には食べるものが十分にない。水不足に苦しむ人々の数を2015年までに半減させるという国連の約束も、実現の見込みはサハラ砂漠で雪に降られるようなものだ。しかし、『Public Library of Science Medicine』の編集者たちが指摘しているように、水を人権の1つと考えることによって、少なくとも「水の私有化」に対処する枠組みができるだろう。

過去20年にわたり、水道事業は、国際通貨基金(IMF)と世界貿易機関(WTO)の支援を受ける形で、わずか3社が支配する5000億ドル規模の世界産業に成長している。[3社とは「ウォーターバロン」(水男爵)とも呼ばれる、仏Veolia Environnement社、仏Suez社、英Thames Water社(元は独RWE社の子会社、現在は豪Kemble Water Limited社の子会社)。水道施設の設計・構築から運転維持管理、代金回収、下水処理までをトータルで受託する。世界の水道利用者の5%以上が民間水道を利用しており、その人口は10年間に12倍になっているが、そのうちの5割を仏の2社が寡占状態。Veolia(ヴェオリア)社は日本でも子会社を開設、3件受注したと報道されている]

非営利団体のFood and Water Watchが発表した報告によると、水道の私営化は、米国でも開発途上国でも大きな失敗になっているという。

国連総会議長の水問題に関する上級アドバイザーを務めるMaude Barlow氏は、昨年発表された小論の中で、「このモデルは失敗であることがわかった」と述べている。「水道民営化が残した負の遺産には、貧しい人々への供給停止、高い水道料金、サービス低下、約束不履行、そして汚染などがあげられる」

[水道民営化の問題としては、利潤追求が第一目標になり、収益が再投資されず株主配当や内部留保に回る/貧困層や地方部は取り残される/コスト削減で水質などに問題、等が上げられる。事業に失敗して企業が撤退した国も多く、撤退の仕方も問題になっている。

また、「水の私有化」に関する他の問題としては、ボトルウォーター事業のために水源が買収され、大量に水がくみ上げられることで水源が枯渇するという問題が各国で問題になっている。

Maude Barlow氏には以下のような訳書がある。『ウォーター・ビジネス――世界の水資源・水道民営化・水処理技術・ボトルウォーターをめぐる壮絶なる戦い』(邦訳作品社)、『「水」戦争の世紀』(集英社新書)]

参考論文: “Clean Water Should Be Recognized as a Human Right.” By the PLoS Medicine Editors. Public Library of Science Medicine, June 30, 2009.

[日本語版:ガリレオ-平井眞弓/合原弘子]

WIRED NEWS 原文(English)

私の尊敬する恩師・星野芳樹氏の社会・政治家の貴重な逆境経験と星野氏の思い出とその活動に係わる人々の人生経験を紹介致します。


ナイロビ便り 星野芳樹著

アフリカ人婦人と談笑する星野芳樹











1909年東京下谷に生まれる。静岡高校在学中に左翼運動に加わり7年間獄中生活を送る。刑期満了後上海に渡り中国人子弟のために容海中学校を創設、終戦まで経営。帰国後、第1期参議院議員に当選。シベリア抑留者帰国促進運動を展開。1954年より静岡新聞論説委員。海外特派員としてアジア、アフリカ各地を取材。1974年、同新聞を定年退職後、妻巴とケニア、ナイロビに日本アフリカ文化交流協会「ケニヤスワヒリ語学院」を設立、1988年病に倒れるまで日本人留学生にスワヒリ語やアフリカ文化を、又現地のケニア人や在留外国人には日本語や英語を教えた。1992年5月群馬県沼田にて死去83才。



ナイロビ便り 星野芳樹著

アフリカ諸国の夜明け前

1974年、ケニアナイロビに居をかまえ「ケニヤスワヒリ語学院」を運営した著者が、真のアフリカを伝えたいと学院留学生の家族や日本の知人に当てて送った通信文「ナイロビ通信」。月刊で約11年119号を発行。

独立気運最盛期のアフリカの政情や動向をリアルタイムに伝えると共にアフリカの自然や風俗、日常などが愛情に満ちた口調で語られている。

当初200部ほどだったものが800部まで至るが原稿作成から印刷、発送のための宛名書きまで全て一人でこなしている。

本書では「ナイロビだより」(全119号)の他に、アフリカ駐在の日本人向けに発行された「アフリカ古人今人」(全87号)、静岡新聞海外特派員時代掲載されたアフリカ関連記事(抜粋)も収録



参考リンク
http://www.suikodo.com/job/book.html 

:現在はリンクできなくなっています。


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社会・政治家の逆境経験と私の尊敬する恩師・星野芳樹氏の思い出とその活動に係わる人々の人生経験を紹介致します。

1.【恩師 星野芳樹氏の忘れがたい思い出】

私が大学生時代の時であった。 

当時、東海大学海洋学部の初代学部長 速水祥一郎氏(速水氏の母校京都大の京都大学防災研究所所長兼務)が、亡くなられて、静岡県清水市の東海大学海洋学部での学園葬の式典において、その式典に参列していて、その式典の進行の最中に、私の隣席に居られた星野芳樹氏が、突然に、私に、涙声で、語りかけてきました。 

星野氏の上海において、共産党員として、宮本書記長と共に潜伏活動をしながら、国家権力機関からの迫害・追放等の亡命生活の中で、当時、速水祥一郎氏が上海で、揚子江の河川の土木工学上の研究をされていた職場において、速水氏の研究の手助けをしていて、その職場で、速水祥一郎氏が、星野氏に優しくして頂いたという思い出と活動を私に語られたのです。私は、突然なことで、まごついてしまいました。

その時において、私が若く、未熟であり、未だ知りえない星野氏の心の奥に、深く刻まれた亡命生活同様のような生活での、想像を越える辛さや社会の不条理を経験したことを理解し得たことは、後生のことであった。

私はその式典の後において、星野氏が第2次世界対戦中に、戦争反対の思想・政治的な活動のために、中国に亡命生活を余儀なくされて暮らしていたことを知ったのは、星野氏の自伝を友人から借りて、読んだ後であったのである。
 
当時において、知り得ないことであるが、星野氏が海洋学部の政治学の講師と招かれた理由には、たぶん、海洋学部長の速水氏の推挙・推薦があったからであろう。

その両者ともに、既に、この世から、生命を絶たれて、失なわれてしまっておりますが、私の心の奥底に、両者の生きてきた時代の人生観が強く刻みこまれているのです。 

若者に対して、優しくふれて、気軽に、対話を応じて頂いた思い出と共に、私の社会や人生に対する見方を育んでくれた人達であった。


【追記1】

40数年前に、私たちに、アフリカの大切さを教え示して、後世をアフリカのケニヤ、ナイロビにて、日本の若者達に、スワヒリ語をまなばせる学校を設立して、励まれたその人生のなかにおいて、同時期に、米国大統領オバマ氏の父親が住んで暮らしていたことを知ったのもつい最近のことである。

ケニヤのナイロビで、星野芳樹氏とオバマ氏の父親と、交友がなされたことがあったのではなかろうかと思うのである。感慨深いものがある。

【追記2】

米国大統領として、大活躍をなされているオバマ氏の人生の逆境を乗り越える信念・闘争力と星野芳樹氏の不条理への闘争・反骨精神を重ねて、思い描くときに、現代の日本の社会・政治指導者達の人生と比べて、眺めれば、雲泥の人生の質の落差があることが、理解できるのである。

そこに、日本の社会の政治的構造における危機が潜んでいる様に強く、思いを致し、未来の社会を担うべきリーダーたるべき人生経験の重さ、社会経験の真なる厳しさのある政治家が活躍されていないことに対して、憂慮を覚える
のである。

人生の真なる目的を持たずに、人生に真の闘争を経験していない人たちが名誉と権力だけを求めて、社会や政治の指導者として、おられることが、この現代
日本の社会の混迷を深めさせている様なのである。

逆境を乗り越える経験したことがないと思われる自民党の小泉氏、阿部氏、福田氏、麻生氏や公明党の太田氏や経済界の権威者等である御手洗氏、トヨタ奥田氏等に、共通的に、そのエリート的な人生を歩んで来た人やこれから歩もうとしている人達に、人生上の真の逆境における経験がない人達の共通する危うさが、かいま見えてくるのである。


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2.【星野芳樹氏の活動に係わる人達の紹介】

【google検索を利用しました。】

【出展引用】

ダニエルサラーム便り 根本 利通(ねもととしみち)
http://jatatours.intafrica.com/habari66.html

【出展引用】

ケニア旅行記3
http://www.geocities.jp/walkabout_ted/kenya_travel3.htm

【出展引用】 星野芳樹氏の政治活動記録

第001回国会 在外同胞引揚問題に関する特別委員会引揚促進並びに感謝決議に関する小委員会 第1号

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/001/1536/00108071536001a.html


【出展引用】:

日本―アフリカ交流史の展開 
日本-アフリカ交渉史の諸相を考える
―いくつかの研究課題と展望ー

大谷大学文学部  古 川 哲 史
2008 年1月15 日受付,2008 年1月31 日受理
連絡先: 〒603-8143 京都市北区小山上総町
大谷大学文学部
e-mail:

http://wwwsoc.nii.ac.jp/africa/j/publish/pdf/V72/75-81.pdf


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【星野芳樹氏の生涯】;出展引用:

http://www.jacii.net/page004.html 

http://74.125.153.132/search?q=cache:1162EFvEHswJ:www.jacii.net/page004.html+%E6%98%9F%E9%87%8E%E8%8A%B3%E6%A8%B9&hl=ja&strip=1

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創立者・星野芳樹の一生

1909(明治42) 3/30 東京下谷区にて出生、本籍は父 光多の出身地群馬県利根郡利南村大字戸鹿野(現沼田市戸鹿野町)697-1で、光多は当時両国教会の牧師で日本 キリスト教界の指導者の一人として活動していた。

母みねは光多が横浜フェ リス女学校の教頭時代に同僚であった。

1891(明治24)年7月15日に結 婚、芳樹が生まれた時父50才、母41才であった。

家族は兄二人姉一人と アメリカ留学中の父の妹あいがいて、芳樹が3才の時帰国、母校の津田英 学塾の教師になった。

長兄直樹は、後に東大を出て大蔵省に入り満州国総 務長官時代、時の首相東条英機に請われて帰国、国務大臣を勤めた。

戦 後A級戦犯として獄につながれた。釈放後はダイヤモンド社会長、東急ホテ ル社長となった。

次兄茂樹は東大で土木工学を学び鉄道省に入りトンネル 建設の第一人者として清水、丹那、関門各トンネルを手懸けた。

すぐ上の七 歳違いの姉花子は津田卒業後アメリカ留学、ミシガン大学教授の日系二世 山極越海と結婚、そのままアメリカに永住した。

1915(大正 4) 4  東京市立小日向台小学校入学。

1921(大正10) 4  私立早稲田中学校入学。

1926(大正15) 3  同校卒業。

1928(昭和 3) 4  旧制静岡高等学校文科甲類入学野球部入部、選手制度に疑問を持ちストライキを起こす。

1929(昭和 4) 共産党系の社会科学研究会の友人と交友が始まる。 同校3年在学中、思想運動に関係して逮捕され、放校処分を受ける。

1930(昭和 5) 7  同校退校。

1932(昭和 7) 7/7  父光多、永眠。

長兄直樹、満州へ赴任。

1933(昭和 8) 6
大阪で非合法活動中逮捕される。実刑5年未決通算7百日の判決を大阪北刑務所に下獄する。

獄中母方の従妹羽太巴の面会を受ける。その後図書の差し入れ、激励の手紙を貰う。

豊多摩刑務所に移される。

7年間の獄中生活に、語学特にエスペラント語や科学関係の本が読めた。初歩微分積分から理論物理学の書物、アインシュタインの一般相対性理論、プランクの量子力学まで原書で読み学の何たるかを知り得たと思い、社会思想をこの科学知識で見直した。

マルクス主義は資本主義の病理現象を鋭く分析した結果、マルクス主義は歴史的には認められるが、それ自身も病理現象を伴っており、これらの分析排除が必要でその限界を知ることが肝要であると悟る。

またこの期間、多くの共産主義者といわれる人々が転向していった。

芳樹はこれらの転向者とは根本的に違い、当時の日本政府が中国への武力侵入していることを批判、反対していた自分が、ここで転向という政府に謝罪を乞うのは筋が通らないと非転向を貫いて満期まで獄にいた。

この獄中で養った精神的エネルギーがその後の活動の基になったと後年語った。

さらに海外での多くの知友を得られたのも獄中の思考が役立った。

1934(昭和 9) 1 羽太巴、奈良女高師(現奈良女子大学)附属実科高等女学校英語教師に採用される。

1939(昭和14) 3 羽太巴、芳樹と結婚のため退職して上京、落合に一人でいた芳樹の母と一緒に住む。

1940(昭和15) 2/24
                        3/30
                       4

紀元二千六百年祭の恩赦で、満期より一ヶ月位早く出獄する。

巴と結婚、時に芳樹31才、巴29才。

国外へ行こうと計画をたて満州国経由で上海に向かう。途中ソウルで後に南北統一の星と呼ばれた呂運亨と語り合った。

1941(昭和16) 7
                        9
                        11

上海で華興銀行の鷲尾氏の紹介で上海自然科学研究所の助手となる。その間中国語を学ぶ。

夜間日本語講習会を開き、ここで多くの中国の友人が出来た。

上海市公平路に中国人児童のための容海中学校を創設、1945年8月15日敗戦の日まで同校を経営する。

自然科学研究所を退職。

この容海中学校の設立と経営は精魂傾けた最初の事業であった。当事の中国人は上下共日本を憎悪していたので、将来日中両国民族友好のためには憎んでいるが日本の科学技術に一目置いていることが解った。

そこで容海中学校で自分でも教壇に立って数学と物理を教えた。

1945年には小中併せて370名の生徒が在籍していた。後事を託して引き揚げる時、盛大な送別会を開いてくれた。

1981(昭和56年)3月、35年ぶりに上海を訪れた時、迎えてくれた7人の内4人が高校の理科と数学の教師になっていた。

1944(昭和19) 1/28
                         3  一子「楊」、生まれる。

日華親善の功により大東亜省より内山完造、頓宮博士と共に表彰される。日本政府が中国に対しそれまでの強圧政策を「日華共甘同苦」の政策に改めたためである。

1945(昭和20)12 日本敗戦後本国に先立って、在上海日本人居留民の間で総選挙を行い、代表委員30名を選出し日本人自治会を作る。帝国政府領事館が解散したため、その業務を自治会が引き継ぐ。

その代表委員の一人として、宣導部の教育班を担当帰国まで勤務する。

1946(昭和21) 5 日本に帰国。津田塾塾長の叔母星野あいの家に一時身を寄せる。

1947(昭和22) 2 未帰還同胞帰還促進連盟を組織、東京支部長として全国運動の中心となって活動する。当時革新政党も熱心でなかったソ連に抑留されている同胞の帰還促進を要求する市民運動であった。数寄屋橋で21日間の断食をしたのもこの時であった。

第一回参議院議員の選挙に全国区より立候補し、3年議員に当選。労働者農民党に属す。

1948(昭和23) 3
                         6
                         9/25
                         11/ 5 家族と共に沼田に引揚げ、以後住居を沼田に構える。 

                             巴、群馬県立沼田女子高校教諭の職を得る。              
                             「共産主義卒業の記」土佐書房より刊行。                 
                             「上海路地裏の人々」世界社より刊行。  著者 星野芳樹       

1949(昭和24) 巴の母れん、同居する。

1950(昭和25) 4 参議院議員任期終了。

1952(昭和27)11/15
                       12 母みね、永眠。

仏教、キリスト教の有識者を集め、宗教者平和連盟を組織、これと労働組合幹部との話し合いを設営して平和促進国民会議を作る。しかし、容共派の人たちと意見が合わず離れる。

1953(昭和28) 2 仏教団体のインドへ農業技術者を送り届ける通訳兼付き添いとして僧衣で渡航。30万円の貧乏旅行であった。

節約した旅費でビルマのラングーンで開催されたアジア社会党大会にオブザーバーとして参加、アジア・アフリカ諸国に多くの知友を得る。

この間、インド、パキスタン、アフガニスタン、ネパール、スリランカ、ビルマ、マレーシアを広く周遊し、ラングーンの会議で知り合った人々を起点に多くの人々と知り合い、深い議論を交わした。

1954(昭和29)11 兄直樹が静岡新聞社の大石光之助社長を紹介してくれ、同紙に一週間に一度かこみ記事を書き同社の論説委員になる。

1955(昭和30) 1 姪百合子(直美長女)同居する。

1957(昭和32) 5/27 義母れん、永眠

同社海外特派員として取材活動を委託され、費用2000ドルで半年間アジア、アフリカ諸国をめぐる。この時初めてアフリカを訪れる。以後静岡新聞社時代のアフリカ取材は19回に及ぶ。

1958(昭和33) 4 利根沼田水泳協会設立する。
この地方にまだプールがなく利根川で泳いでいたころから多数の少年少女を水泳を通して訓育した。沼田中学水泳部が県内優勝10回、その後もしばらく利根沼田の中学が他都市に優勝旗を渡さなかった歴史を作った。

訓育の方針はあくまで個人の選手を育てる事でなく、団体の中で助け合ってみんなが伸びるという原則をとおした。「小父さん」の名前で慕われ、1979年70才で一時帰国の際、誕生会を沼田で開いた所、水泳協会の関係者を中心に96名もの人が集まり歓迎してくれた。

1959(昭和34) 1 「アジア・アフリカ紀行」講談社から出版する。

1961(昭和36) 4 巴妹直美、沼田へ転居。

1967(昭和42) 4 楊、群馬県公立学校教諭に採用沼田西中学に奉職。

1969(昭和44) 3 楊結婚。

1970(昭和45) 3/31
                         4
                         4 巴、沼田女子高校を退職。

静岡新聞主幹に任ぜられ、静岡新聞社に常勤する。

静岡に家を建て妻と転居する。

静岡大、静岡薬科大、東海大海洋学部の学生有志を集め、静岡青年海外事情研究会を作り、毎年冬と春の休暇を利用して4名ずつ東南アジアと韓国の安値旅行の手ほどきをした45)ばして帰って来た。しかも120ドルを余して。この経験から若者を海外に出すことの意義を知った。

1971(昭和46) 「バングラデッシュ独立の経過を通して世界政治の裏をのぞく」を静岡新聞社より刊行。

1972(昭和47) 12/ 5 幼児のころから家族同様だった叔母星野あい永眠。
                         兄茂樹永眠。

1974(昭和49) 1/10
                          3/ 2
                         11/16 静岡新聞社定年退職、住居をケニア、ナイロビに移す。

過去20回近くの海外取材で一番気に入った土地であった。娘も独立、安心して妻と此処を永住の地と定めた。静岡の家を処分し、その他自己資本を投じて土地、家屋を購入した。此処から静岡新聞に論説を送ると掲載してくれた。

ケニア国ナイロビ市に「日本アフリカ文化交流協会」設立の準備を始める。

上記の協会がケニア政府から認可される。

1975(昭和50) 1/ 1
                         4

「ナイロビだより」第1号発刊、各地に送る(二百部余りから段々増え後に七百部ぐらいを自分で表書きし送った)。

日本アフリカ文化交流協会(ケニア・スワヒリ語学院、星野スクール)は第1回留学生として6名を受け入れる。

この学院はナイロビの中心より僅か2キロ、キリマニ(丘)の樹木の緑と静かな環境の一画にある。日本人にスワヒリ語、英会話、アフリカの政治、経済事情、文学、歴史、芸術等を取得する機会を与えるために、又ケニア人とケニア居住の外国人に、日本語の教育をするために開校されたアフリカ唯一の教育施設である。開校当初より門扉を持たず、人種の間に壁を作らぬ交流を奨励するため、通称「星野スクール」と呼ばれ多くの人たちに親しまれている。

当初NHK放送文化基金及び財界からの補助もあり、1975年の第1期生より1979年の第8期生までは(社)アフリカ協会による運営。第9期生以降の留学生の募集・選考・派遣は、この協会の日本事務局で行なわれている。

第1期生授業開始。

1988年3月ナイロビを引揚げる時には、日本よりの留学生は第24期生に達した。第1期と第2期は学習過程を1年としたが、第3期からは半年としたため、1年に2回学生を受け入れ、1期の定員を12名としたので、総数で270余名が学んだことになる。

このほかに、ケニアの人々に対する日本語学習講座を設けたが、これは延べ211名、またケニア在住一般外国人のためのスワヒリ語講座は延べ320名の学習者があった。

1976(昭和51) 4 第2期生受入れ。
第2期以来日本人留学生は毎期卒業式の際、スワヒリ語を用いて何か劇を演じる伝統が生まれ、必ず実施している。半年前までスワヒリ語を全く知らなかった青年が自分たちで劇の台本をつくり、スワヒリ語に直し、舞台装置、衣装も作って演じることは、ケニアの官民にひとつのミラクルとして評価されたいる。

1977(昭和52) 3 「アフリカ古人今人」第1号発刊。

1978(昭和53) 5/29 兄直樹、永眠。

ブロンズ社より「アフリカの指導者」刊行。

1982(昭和57) 1 1982年までに160名の留学生を迎える。ケニア在住外国人のスワヒリ語講座は320名、ケニアの人々への日本語講座は211名の学習者があった。
読売新聞夕刊の「人」欄で4回にわたって紹介される。

1984(昭和59) 7
                         8 「アフリカ古人今人」第87号で終刊する。

このころは留学生引率のため、妻巴と交互に帰国する以外他国に行っていなかったが、従妹(窪田てい)の娘婿浅羽満夫が隣のタンザニア大使として赴任して来たので、久しぶりに近くに来た親戚に会うためにオンボロの愛車でダルエスサラームへ出かけた。ナイロビ、ダルエスサラーム間の標高差1800メートル、距離1000キロの完全舗装とはいえない悪路もある長距離運転。
帰途車がえんこしたり、悪路にはまったりで散々な目に遭ってやっとのおもいでナイロビに帰って来た。このため体調を崩し静養を余儀なくされた。

1985(昭和60) 2
                         9
                         11 学生引率のため帰国中に入院す。

「ナイロビだより」第119号で終刊となる。

日本とアフリカの文化交流の功により叙勲、勲三等旭日中綬章を、妻巴は勲五等宝冠章を授与される。

日本アフリカ文化交流協会の事業としてスワヒリ語学院を始めて10年間、卒業生も20期230名を超えた。

1986(昭和61) 6 リブロポート社より「星野芳樹自伝」刊行。

この書物でも一貫して真の革新とは何か?と問いかけている。スターリンのソ連帝国主義の破綻を予見していた。さらに北朝鮮については、民主主義の萌芽さえ見られず、独裁者金日成が偽者であると言及している。

彼によれば、彼が7才の時に朝鮮に金日成という指導者がいて日本帝国主義に反抗して白頭山で日本軍と戦った英雄として朝鮮民族に仰がれていた人物がいた。

戦争が終わりソ連軍が平壌に入った時、これが金日成だと連れて来た男は彼より年が3つ若いことがわかり偽者だと直感した。

この男の政権下で優秀な人物がずいぶん粛清されている。

朝鮮が日本に支配されていた時、頑強に抵抗し独立運動をした人たちが北朝鮮に帰ったけれど反乱罪で処刑されている。

現に従妹と結婚した東大出の金斗鎔も帰国後消息がつかめないでいる。

1987(昭和62) 1/7 姉花子、永眠。

アジア・アフリカ文化財団主催、第5回「アジア・アフリカ賞」を受ける。

1988(昭和63) 3/5 故郷沼田に引揚げ、療養生活に入り再起をはかる。

この時スワヒリ語学院は第24期生が修了、卒業生数は270名に達していた。後任を第6期卒業の上田栄一氏に託す。

1990(平成 2) 1/23 義妹羽太直美、永眠。

1992 (平成 4)  5/31
                         6/6 心筋梗塞のため沼田脳神経外科病院で永眠。

日本基督教団沼田教会で葬儀・告別式挙行、同教会メモリアルパーク内の墓地に納骨。


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【引用終わり】:以上の通り

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私の尊敬する恩師・星野芳樹氏の社会・政治家の貴重な逆境経験と星野氏の思い出とその活動に係わる人々の人生経験を紹介致します。

http://www.suikodo.com/job/book.html


ナイロビ便り 星野芳樹著
星野 芳樹
アフリカ人婦人と談笑する星野芳樹

1909年東京下谷に生まれる。
静岡高校在学中に左翼運動に加わり7年間獄中生活を送る。刑期満了後上海に渡り中国人子弟のために容海中学校を創設、終戦まで経営。
帰国後、第1期参議院議員に当選。シベリア抑留者帰国促進運動を展開。
1954年より静岡新聞論説委員。海外特派員としてアジア、アフリカ各地を取材。
1974年、同新聞を定年退職後、妻巴とケニア、ナイロビに日本アフリカ文化交流協会「ケニヤスワヒリ語学院」を設立、1988年病に倒れるまで日本人留学生にスワヒリ語やアフリカ文化を、又現地のケニア人や在留外国人には日本語や英語を教えた。
1992年5月群馬県沼田にて死去83才。

ナイロビ便り 星野芳樹著


アフリカ諸国の夜明け前



ナイロビ便り写真

1974年、ケニアナイロビに居をかまえ「ケニヤスワヒリ語学院」を運営した著者が、真のアフリカを伝えたいと学院留学生の家族や日本の知人に当てて送った通信文「ナイロビ通信」。月刊で約11年119号を発行。
独立気運最盛期のアフリカの政情や動向をリアルタイムに伝えると共にアフリカの自然や風俗、日常などが愛情に満ちた口調で語られている。
当初200部ほどだったものが800部まで至るが原稿作成から印刷、発送のための宛名書きまで全て一人でこなしている。
本書では「ナイロビだより」(全119号)の他に、アフリカ駐在の日本人向けに発行された「アフリカ古人今人」(全87号)、静岡新聞海外特派員時代掲載されたアフリカ関連記事(抜粋)も収録


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社会・政治家の逆境経験と私の尊敬する恩師・星野芳樹氏の思い出とその活動に係わる人々の人生経験を紹介致します。


1.【恩師 星野芳樹氏の忘れがたい思い出】


私が大学生時代の時であった。 当時、東海大学海洋学部の初代学部長 速水祥一郎氏(速水氏の母校京都大の京都大学防災研究所所長兼務)が、亡くなられて、静岡県清水市の東海大学海洋学部での学園葬の式典において、その式典に参列して、その式典の進行の最中に、私の隣席に居られた星野芳樹氏が、突然に、私に、涙声で、突然に語りかけてきました。 
星野氏の上海において、共産党員として、宮本書記長と共に潜伏活動をしながら、国家権力機関からの迫害・追放等の亡命生活の中で、当時、速水祥一郎氏が上海で、揚子江の河川の土木工学上の研究をされていた職場において、速水氏の研究の手助けをしていて、その職場で、速水祥一郎氏が、星野氏に優しくして頂いたという思い出と活動を私に語られたのです。私は、突然なことで、まごついてしまいました。 その時において、私が若く、未熟であり、未だ知りえない星野氏の心の奥に、深く刻まれた亡命生活の想像を越えるつらさや社会の不条理を経験したことを理解し得たことは、後生のことであった。


私はその式典の後において、星野氏が第2次世界対戦中に、戦争反対の思想・政治的な活動のために、中国に亡命生活を余儀なくされて暮らしていたことを知ったのは、星野氏の自伝を友人から借りて、読んだ後であったのである。 
たぶん、当時において、知り得ないことであるが。星野氏が、海洋学部の政治学の講師と招かれた理由は、速水氏の推薦があったのであろう。


その両者も、すでに、この世に、生命を失ってしまっておりますが、私の心の奥底に、両者の時代の人生観が刻みこまれているのです。 


若者に対して、優しくふれて、気軽に、対話を応じて頂いた思い出と共に、私の社会や人生に対する見方を育んでくれた人たちであった。


【追記1】


40数年前に、私たちに、アフリカの大切さを教え示して、後世をアフリカのケニヤ、ナイロビにて、日本の若者達に、スワヒリ語をまなばせる学校を設立して、励まれたその人生のなかにおいて、同時期に、米国大統領オバマ氏の父親が住んで暮らしていたことを知ったのもつい最近のことである。ケニヤのナイロビで、星野芳樹氏とオバマ氏の父親と、交友がなされたことがあったのではなかろうかと思うのである。感慨深いものがある。


【追記2】


米国大統領として、大活躍をなされているオバマ氏の人生の逆境を乗り越える信念・闘争力と星野芳樹氏の不条理への闘争・反骨精神を重ねて、思い描くときに、現代の日本の社会・政治指導者達の人生と比べて、眺めれば、雲泥の人生の質の落差があることが、理解できるのである。

そこに、日本の社会の政治的構造における危機が潜んでいる様に強く、思いを致し、未来の社会を担うべきリーダーたるべき人生経験の重さ、社会経験の真なる厳しさのある政治家が活躍されていないことに対して、憂慮を強めているのである。

人生の真なる目的を持たずに、人生に真の闘争を経験していない人たちが名誉と権力だけを求めて、社会や政治の指導者として、おられることが、この日本の社会の混迷を深めさせている様なのである。

逆境を乗り越える経験したことがないと思われる自民党の小泉氏、阿部氏、福田氏、麻生氏や公明党の太田氏や経済界の権威者等である御手洗氏、トヨタ奥田氏等に、共通的に、そのエリート的な人生を歩んで来た人やこれから歩もうとしている人達に、人生上の真の逆境における経験がない人達の共通する危うさが、会間見えてくるのである。



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2.【星野芳樹氏の活動に係わる人達の紹介】


【google検索を利用しました。】



【出展引用】

ダニエルサラーム便り 根本 利通(ねもととしみち)
http://jatatours.intafrica.com/habari66.html

【出展引用】

ケニア旅行記3
http://www.geocities.jp/walkabout_ted/kenya_travel3.htm


【出展引用】 星野芳樹氏の政治活動記録

第001回国会 在外同胞引揚問題に関する特別委員会引揚促進並びに感謝決議に関する小委員会 第1号
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/001/1536/00108071536001a.html


【出展引用】:

日本―アフリカ交流史の展開 
日本-アフリカ交渉史の諸相を考える
―いくつかの研究課題と展望ー

大谷大学文学部  古 川 哲 史
2008 年1月15 日受付,2008 年1月31 日受理
連絡先: 〒603-8143 京都市北区小山上総町
大谷大学文学部
e-mail:

http://wwwsoc.nii.ac.jp/africa/j/publish/pdf/V72/75-81.pdf


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【星野芳樹氏の生涯】;出展引用:

http://www.jacii.net/page004.html 

http://74.125.153.132/search?q=cache:1162EFvEHswJ:www.jacii.net/page004.html+%E6%98%9F%E9%87%8E%E8%8A%B3%E6%A8%B9&hl=ja&strip=1

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そのため、このページの最新版でない場合があります。 詳細

フルバージョンハイライトされているキーワード: 星野 芳樹
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創立者・星野芳樹の一生

1909(明治42) 3/30 東京下谷区にて出生、本籍は父 光多の出身地群馬県利根郡利南村大字戸鹿野(現沼田市戸鹿野町)697-1で、光多は当時両国教会の牧師で日本 キリスト教界の指導者の一人として活動していた。母みねは光多が横浜フェ リス女学校の教頭時代に同僚であった。

1891(明治24)年7月15日に結 婚、芳樹が生まれた時父50才、母41才であった。

家族は兄二人姉一人と アメリカ留学中の父の妹あいがいて、芳樹が3才の時帰国、母校の津田英 学塾の教師になった。

長兄直樹は、後に東大を出て大蔵省に入り満州国総 務長官時代、時の首相東条英機に請われて帰国、国務大臣を勤めた。戦 後A級戦犯として獄につながれた。釈放後はダイヤモンド社会長、東急ホテ ル社長となった。

次兄茂樹は東大で土木工学を学び鉄道省に入りトンネル 建設の第一人者として清水、丹那、関門各トンネルを手懸けた。

すぐ上の七 歳違いの姉花子は津田卒業後アメリカ留学、ミシガン大学教授の日系二世 山極越海と結婚、そのままアメリカに永住した。

1915(大正 4) 4 東京市立小日向台小学校入学。

1921(大正10) 4 私立早稲田中学校入学。

1926(大正15) 3 同校卒業。

1928(昭和 3) 4 旧制静岡高等学校文科甲類入学野球部入部、選手制度に疑問を持ちストライキを起こす。

1929(昭和 4) 共産党系の社会科学研究会の友人と交友が始まる。 同校3年在学中、思想運動に関係して逮捕され、放校処分を受ける。

1930(昭和 5) 7 同校退校。

1932(昭和 7) 7/ 7 父光多、永眠。

長兄直樹、満州へ赴任。

1933(昭和 8) 6
大阪で非合法活動中逮捕される。実刑5年未決通算7百日の判決を大阪来た刑務所に下獄する。

獄中母方の従妹羽太巴の面会を受ける。その後図書の差し入れ、激励の手紙を貰う。

豊多摩刑務所に移される。

7年間の獄中生活に、語学特にエスペラント語や科学関係の本が読めた。初歩微分積分から理論物理学の書物、アインシュタインの一般相対性理論、プランクの量子力学まで原書で読み学の何たるかを知り得たと思い、社会思想をこの科学知識で見直した。

マルクス主義は資本主義の病理現象を鋭く分析した結果、マルクス主義は歴史的には認められるが、それ自身も病理現象を伴っており、これらの分析排除が必要でその限界を知ることが肝要であると悟る。

またこの期間、多くの共産主義者といわれる人々が転向していった。芳樹はこれらの転向者とは根本的に違い、当時の日本政府が中国への武力侵入していることを批判、反対していた自分が、ここで転向という政府に謝罪を乞うのは筋が通らないと非転向を貫いて満期まで獄にいた。

この獄中で養った精神的エネルギーがその後の活動の基になったと後年語った。

さらに海外での多くの知友を得られたのも獄中の思考が役立った。

1934(昭和 9) 1 羽太巴、奈良女高師(現奈良女子大学)附属実科高等女学校英語教師に採用される。

1939(昭和14) 3 羽太巴、芳樹と結婚のため退職して上京、落合に一人でいた芳樹の母と一緒に住む。

1940(昭和15) 2/24
3/30
                        4
紀元二千六百年祭の恩赦で、満期より一ヶ月位早く出獄する。

巴と結婚、時に芳樹31才、巴29才。

国外へ行こうと計画をたて満州国経由で上海に向かう。途中ソウルで後に南北統一の星と呼ばれた呂運亨と語り合った。

1941(昭和16) 7

11
上海で華興銀行の鷲尾氏の紹介で上海自然科学研究所の助手となる。その間中国語を学ぶ。
夜間日本語講習会を開き、ここで多くの中国の友人が出来た。

上海市公平路に中国人児童のための容海中学校を創設、1945年8月15日敗戦の日まで同校を経営する。

自然科学研究所を退職。

この容海中学校の設立と経営は精魂傾けた最初の事業であった。当事の中国人は上下共日本を憎悪していたので、将来日中両国民族友好のためには憎んでいるが日本の科学技術に一目置いていることが解った。

そこで容海中学校で自分でも教壇に立って数学と物理を教えた。

1945年には小中併せて370名の生徒が在籍していた。後事を託して引き揚げる時、盛大な送別会を開いてくれた。

1981(昭和56年)3月、35年ぶりに上海を訪れた時、迎えてくれた7人の内4人が高校の理科と数学の教師になっていた。

1944(昭和19) 1/28
                         3 一子「楊」、生まれる。

日華親善の功により大東亜省より内山完造、頓宮博士と共に表彰される。日本政府が中国に対しそれまでの強圧政策を「日華共甘同苦」の政策に改めたためである。

1945(昭和20)12 日本敗戦後本国に先立って、在上海日本人居留民の間で総選挙を行い、代表委員30名を選出し日本人自治会を作る。帝国政府領事館が解散したため、その業務を自治会が引き継ぐ。

その代表委員の一人として、宣導部の教育班を担当帰国まで勤務する。

1946(昭和21) 5 日本に帰国。津田塾塾長の叔母星野あいの家に一時身を寄せる。

1947(昭和22) 2 未帰還同胞帰還促進連盟を組織、東京支部長として全国運動の中心となって活動する。当時革新政党も熱心でなかったソ連に抑留されている同胞の帰還促進を要求する市民運動であった。数寄屋橋で21日間の断食をしたのもこの時であった。

第一回参議院議員の選挙に全国区より立候補し、3年議員に当選。労働者農民党に属す。

1948(昭和23) 3
                         6
                         9/25
                         11/ 5 家族と共に沼田に引揚げ、以後住居を沼田に構える。 

                             巴、群馬県立沼田女子高校教諭の職を得る。              
                             「共産主義卒業の記」土佐書房より刊行。                 
                             「上海路地裏の人々」世界社より刊行。  著者 星野芳樹       

1949(昭和24) 巴の母れん、同居する。

1950(昭和25) 4 参議院議員任期終了。

1952(昭和27)11/15
                       12 母みね、永眠。

仏教、キリスト教の有識者を集め、宗教者平和連盟を組織、これと労働組合幹部との話し合いを設営して平和促進国民会議を作る。しかし、容共派の人たちと意見が合わず離れる。

1953(昭和28) 2 仏教団体のインドへ農業技術者を送り届ける通訳兼付き添いとして僧衣で渡航。30万円の貧乏旅行であった。

節約した旅費でビルマのラングーンで開催されたアジア社会党大会にオブザーバーとして参加、アジア・アフリカ諸国に多くの知友を得る。

この間、インド、パキスタン、アフガニスタン、ネパール、スリランカ、ビルマ、マレーシアを広く周遊し、ラングーンの会議で知り合った人々を起点に多くの人々と知り合い、深い議論を交わした。

1954(昭和29)11 兄直樹が静岡新聞社の大石光之助社長を紹介してくれ、同紙に一週間に一度かこみ記事を書き同社の論説委員になる。

1955(昭和30) 1 姪百合子(直美長女)同居する。

1957(昭和32) 5/27 義母れん、永眠

同社海外特派員として取材活動を委託され、費用2000ドルで半年間アジア、アフリカ諸国をめぐる。この時初めてアフリカを訪れる。以後静岡新聞社時代のアフリカ取材は19回に及ぶ。

1958(昭和33) 4 利根沼田水泳協会設立する。
この地方にまだプールがなく利根川で泳いでいたころから多数の少年少女を水泳を通して訓育した。沼田中学水泳部が県内優勝10回、その後もしばらく利根沼田の中学が他都市に優勝旗を渡さなかった歴史を作った。

訓育の方針はあくまで個人の選手を育てる事でなく、団体の中で助け合ってみんなが伸びるという原則をとおした。「小父さん」の名前で慕われ、1979年70才で一時帰国の際、誕生会を沼田で開いた所、水泳協会の関係者を中心に96名もの人が集まり歓迎してくれた。

1959(昭和34) 1 「アジア・アフリカ紀行」講談社から出版する。

1961(昭和36) 4 巴妹直美、沼田へ転居。

1967(昭和42) 4 楊、群馬県公立学校教諭に採用沼田西中学に奉職。

1969(昭和44) 3 楊結婚。

1970(昭和45) 3/31
                         4
                         4 巴、沼田女子高校を退職。

静岡新聞主幹に任ぜられ、静岡新聞社に常勤する。

静岡に家を建て妻と転居する。

静岡大、静岡薬科大、東海大海洋学部の学生有志を集め、静岡青年海外事情研究会を作り、毎年冬と春の休暇を利用して4名ずつ東南アジアと韓国の安値旅行の手ほどきをした45)ばして帰って来た。しかも120ドルを余して。この経験から若者を海外に出すことの意義を知った。

1971(昭和46) 「バングラデッシュ独立の経過を通して世界政治の裏をのぞく」を静岡新聞社より刊行。

1972(昭和47) 12/ 5 幼児のころから家族同様だった叔母星野あい永眠。
                         兄茂樹永眠。

1974(昭和49) 1/10
                          3/ 2
                         11/16 静岡新聞社定年退職、住居をケニア、ナイロビに移す。

過去20回近くの海外取材で一番気に入った土地であった。娘も独立、安心して妻と此処を永住の地と定めた。静岡の家を処分し、その他自己資本を投じて土地、家屋を購入した。此処から静岡新聞に論説を送ると掲載してくれた。

ケニア国ナイロビ市に「日本アフリカ文化交流協会」設立の準備を始める。

上記の協会がケニア政府から認可される。

1975(昭和50) 1/ 1
                         4

「ナイロビだより」第1号発刊、各地に送る(二百部余りから段々増え後に七百部ぐらいを自分で表書きし送った)。

日本アフリカ文化交流協会(ケニア・スワヒリ語学院、星野スクール)は第1回留学生として6名を受け入れる。

この学院はナイロビの中心より僅か2キロ、キリマニ(丘)の樹木の緑と静かな環境の一画にある。日本人にスワヒリ語、英会話、アフリカの政治、経済事情、文学、歴史、芸術等を取得する機会を与えるために、又ケニア人とケニア居住の外国人に、日本語の教育をするために開校されたアフリカ唯一の教育施設である。開校当初より門扉を持たず、人種の間に壁を作らぬ交流を奨励するため、通称「星野スクール」と呼ばれ多くの人たちに親しまれている。

当初NHK放送文化基金及び財界からの補助もあり、1975年の第1期生より1979年の第8期生までは(社)アフリカ協会による運営。第9期生以降の留学生の募集・選考・派遣は、この協会の日本事務局で行なわれている。

第1期生授業開始。

1988年3月ナイロビを引揚げる時には、日本よりの留学生は第24期生に達した。第1期と第2期は学習過程を1年としたが、第3期からは半年としたため、1年に2回学生を受け入れ、1期の定員を12名としたので、総数で270余名が学んだことになる。

このほかに、ケニアの人々に対する日本語学習講座を設けたが、これは延べ211名、またケニア在住一般外国人のためのスワヒリ語講座は延べ320名の学習者があった。

1976(昭和51) 4 第2期生受入れ。
第2期以来日本人留学生は毎期卒業式の際、スワヒリ語を用いて何か劇を演じる伝統が生まれ、必ず実施している。半年前までスワヒリ語を全く知らなかった青年が自分たちで劇の台本をつくり、スワヒリ語に直し、舞台装置、衣装も作って演じることは、ケニアの官民にひとつのミラクルとして評価されたいる。

1977(昭和52) 3 「アフリカ古人今人」第1号発刊。

1978(昭和53) 5/29 兄直樹、永眠。

ブロンズ社より「アフリカの指導者」刊行。

1982(昭和57) 1 1982年までに160名の留学生を迎える。ケニア在住外国人のスワヒリ語講座は320名、ケニアの人々への日本語講座は211名の学習者があった。
読売新聞夕刊の「人」欄で4回にわたって紹介される。

1984(昭和59) 7
                         8 「アフリカ古人今人」第87号で終刊する。

このころは留学生引率のため、妻巴と交互に帰国する以外他国に行っていなかったが、従妹(窪田てい)の娘婿浅羽満夫が隣のタンザニア大使として赴任して来たので、久しぶりに近くに来た親戚に会うためにオンボロの愛車でダルエスサラームへ出かけた。ナイロビ、ダルエスサラーム間の標高差1800メートル、距離1000キロの完全舗装とはいえない悪路もある長距離運転。
帰途車がえんこしたり、悪路にはまったりで散々な目に遭ってやっとのおもいでナイロビに帰って来た。このため体調を崩し静養を余儀なくされた。

1985(昭和60) 2
                         9
                         11 学生引率のため帰国中に入院す。

「ナイロビだより」第119号で終刊となる。

日本とアフリカの文化交流の功により叙勲、勲三等旭日中綬章を、妻巴は勲五等宝冠章を授与される。

日本アフリカ文化交流協会の事業としてスワヒリ語学院を始めて10年間、卒業生も20期230名を超えた。

1986(昭和61) 6 リブロポート社より「星野芳樹自伝」刊行。
この書物でも一貫して真の革新とは何か?と問いかけている。スターリンのソ連帝国主義の破綻を予見していた。さらに北朝鮮については、民主主義の萌芽さえ見られず、独裁者金日成が偽者であると言及している。彼によれば、彼が7才の時に朝鮮に金日成という指導者がいて日本帝国主義に反抗して白頭山で日本軍と戦った英雄として朝鮮民族に仰がれていた人物がいた。
戦争が終わりソ連軍が平壌に入った時、これが金日成だと連れて来た男は彼より年が3つ若いことがわかり偽者だと直感した。この男の政権下で優秀な人物がずいぶん粛清されている。朝鮮が日本に支配されていた時、頑強に抵抗し独立運動をした人たちが北朝鮮に帰ったけれど反乱罪で処刑されている。現に従妹と結婚した東大出の金斗鎔も帰国後消息がつかめないでいる。

1987(昭和62) 1/ 7姉花子、永眠。

アジア・アフリカ文化財団主催、第5回「アジア・アフリカ賞」を受ける。

1988(昭和63) 3/ 5 故郷沼田に引揚げ、療養生活に入り再起をはかる。
この時スワヒリ語学院は第24期生が修了、卒業生数は270名に達していた。後任を第6期卒業の上田栄一氏に託す。

1990(平成 2) 1/23 義妹羽太直美、永眠。

1992 (平成 4)  5/31
                         6/ 6 心筋梗塞のため沼田脳神経外科病院で永眠。

日本基督教団沼田教会で葬儀・告別式挙行、同教会メモリアルパーク内の墓地に納骨。


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【引用終わり】:以上の通り

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Monday, July 13, 2009

世界の安寧のある平和社会の創生を目的にし、未来の世界の安寧を開く海洋開発産業を国民の総力で育てよう。


世界の安寧のある平和社会の創生を目的にし、未来の世界の安寧を開く海洋開発産業を国民の総力で育てよう。

日本の社会の未来を担う若者等のために、未来志向を育み、国際協力を促進させ、世界的な平和・安寧の社会の創生のために、改定鉱物資源開発問題、海底天然ガス・石油エネルギー資源開発、人口増大対策、食料の確保・保全(洋上の農林・水産業)の展開、洋上太陽光発電・太陽熱発電等の諸課題の解決・完遂させるための国際的な社会資本の有効活用、国際的公共事業、温暖化防止環境対策課題等の総合的な解決の方策として、循環型資源活用等、多岐に渡る海洋開発発展をめざし、その舞台の創生にむけて、長期計画を立案し、諸制度を確立を早急に検討し、実現可能性計画等を国際協力を旗印に掲げ、全国民の参加を促進させ、世界の人々に、広報し、日本国民の知恵の総力を挙げて、すみやかに、海洋基本計画策定に際して、政治政策の最重要な課題として、次期政権の運営される方々に、検討して頂きたいのである。

日本の未来を切り開き、進み行くべき道として、世界の人々とともに、世界の混迷や争乱を根絶し、仲良く、明るい希望のある平和で、安寧のある世界の創生をめざす方向性と哲学を備えたものであるべきである。 

 その政治経済、技術哲学を世界の人々に行き渡るように戦略的な広報を拡大させて行く必要が、現在の日本にもとめられているのである。

 次世代の希望のある世界を創生する役割の主役を担うのは、若者達である。
 その若者達に、明確な夢と希望を提示して、その舞台創生に、最大の努力することをしなければならない政治家や産業人達は、既成の枠組みの社会概念にしばられているのである。 若者を既設社会の構造に縛り付けてはならない。
 
 これを、早急に、改めていかなければ、時代的な要請に、日本の社会は立ち向かうことは困難になってしまうのである。

 現在の社会的な、政治・経済・財界の権力者の概念では、解決がなされないままで、時間と経済資本の無駄に消費されてしまうのである。

 今後の激変する世界の状況に、対応するために、その理念創りに、若者を主体にしていく時代が、切に求められているのである。
 
 老兵は、その栄光の舞台創りを、若者達に、ゆずり渡さなければならない時代的な要請なのである。若者達に、助力を惜しまずに、社会的に、慕われて、尊敬されるように、多くの人達の幸せを願い、豊かな人生を送ることに努めるべきである。

 日本の若者は、勇気をもって、その使命感を奮い立たせて、困窮する世界人々のためにに活躍されることを切に祈ります。
 
 日本の未来は、世界の人々と協力して進めば、やがては、明るい社会になるであろう。



画像:
記入日時: 2009/7/13 23:10:55

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中国太陽光発電計画で゙の課題と日中関係

最新中国人民網ニュースの紹介: 太陽光発電計画で゙の課題と日中関係

参考リンク:http://j.peopledaily.com.cn/home.html

----------以下の通りーーーー

国内初の1000万kW級風力発電基地、2つの問題に直面
 
 中国が計画している1基目の1000万キロワット級風力発電基地の建設について、記者が甘粛省酒泉市で調査を行ったところ、電力網併合とピークシフト電源の建設が風力発電の発展に2つのボトルネックとして立ちはだかっていることがわかった。新華社のウェブサイト「新華網」が12日に伝えた。

 酒泉市は甘粛省電力網の末端に位置し、電力網のグリッドが弱いため、現在の110キロワットと330キロワットの電力網では大規模な風力発電の出力をまかなえない。すでに稼動している一部の風力発電所でも満負荷で発電できていない状況だ。

 酒泉市の管轄下にある玉門市では、電力出力に関わる制限が地元の風力発電の発展を制約する問題となっている。地元の発展改革委員会の紹介によると、玉門市の電力出力は主に330キロワット送電線に依拠しており、風力発電の送電量は設計の50%前後にとどまり、すでに稼動した風力発電所が満負荷で発電できていない状況に陥っているという。玉門市はこの数年で、251万キロワットの風力発電、400万キロワットの火力発電、200兆ワットの太陽光発電、300万キロワットの原子力発電開発プロジェクトを相次ぎ実施する計画であることから、電力出力の問題は日増しに浮き彫りになってくる。

 風力発電は安定性に欠けることから、電力網と電力供給の安定性を確保するためにも、ピークシフト電源を建設する必要がある。風力発電とその他の発電のピークシフトの比率が1:2という専門家が出した結果に照らすと、1000万キロワットの風力発電を建設すれば、理論的には2000万キロワットのピークシフト電源による調整が必要になる。しかも、風力発電所におけるピークシフトがより合理的とされる。しかし酒泉市の現在の火力発電装置と水力発電装置の容量で風力発電のピークシフトの需要を満たすのは不可能な状況だ。(編集KA)

 「人民網日本語版」2009年7月13日
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【私の見解】

1.必死に国家の発展に邁進する中国は、多方面にわたる難題の山が立ち塞がっている。
 これを、日本人は、傍観せず、ともに協力し、より平和の満ちる社会になるように、相互的語形の技術交流を創りあげて行かなければならない時代になっている。
 
 中国が、民主的な国家になるためにも、国際的な、助力や国際的な協議が不可欠である。
 
2.すでに、中国経済活動は、直接的に、日本の経済や世界の経済活動に、大きな影響を及ぼしている。

3.日本が、今後において、この中国と一体どのような関係を作り上げていくべきかについて、相互信頼を形成して、協議がなされる関係になることが、基本的な条件になるであろう。  


参考リンク:Asyura投稿:http://www.asyura2.com/09/senkyo67/msg/182.html

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日本の屋台骨を支えるあらゆる中小の町企業、産業を未来の世界を開く海洋開発産業に育てよう。

日本の未来を担う若者の活動舞台の創生のために、日本の屋台骨を支えるあらゆる中小の町企業、産業を未来の世界を開く海洋開発産業に育てよう。

1.日本の海洋基本法の成立で、本格的な海洋資源開発が、与党自民・公明党政権で進められようとしているが、あいも変わらず大企業、中央官僚、社団法人等の主導でおこなわれつつある。

2.この政治・官僚・大企業の既得権益集団体勢を再構築しなければ、日本の新分野の産業を育成することは、困難になるであろう。

3.国民全般の参加で、日本経済を再構築する必要がある。大企業の独占的支配を許してはならない。

4.中小の企業で、汗を出す人々に幸せをもたらすような政治や産業政策でなくてはならないのだ。

5.現在の自公政権は、その権力機構を利用しているだけで、真なる国家産業育成の手段と政策をもっていないのである。

6.この構造を再構築をしなければならない。

7.海洋の利用については、将来の人類社会に多方面に便益を与えるものである。

8.この海洋開発には、未来にわたる人類社会の構築に結びつけた理念と構想力が必要である。 

9.汗で積み上げた多額の税金を海洋開発に投入することに、国民の関心と国民主体の意思を呼び起こさなければなら名い理由がここにあるのである。

10.日本の社会の未来を担う若者等のために、未来志向を育み、国際協力を促進させ、世界的な平和・安寧の社会の創生のために、資源問題、人口増大対策、食料の確保・保全(洋上の農林・水産業)の展開、洋上太陽光発電・太陽熱発電等の諸課題の解決・完遂させるための国際的な社会資本の有効活用、国際的公共事業、温暖化防止環境対策課題等の総合的な解決の方策として、循環型資源活用等、多岐に渡る海洋開発発展をめざし、その舞台の創生にむけて、長期計画を立案し、諸制度を確立を早急に検討し、実現可能性計画等を国際協力を旗印に掲げ、全国民の参加を促進させ、世界の人々に、広報し、日本国民総力を挙げて、早急に制度の策定を検討して頂きたいのである。

11.日本の未来を切り開き、行くべき道として、世界の人々とともに、仲良く、明るい希望のある平和な世界の創生をめざす方向性を備えたものであるべきである。 


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Saturday, July 11, 2009

法華経を多少なりに勉強した人は、この意味することを理解しているはずである。現公明党政権・創価学会は火事場にあるのだ。

仏教の精髄である法華経の中で、説かれる比喩的な表現の例えの中で、【火宅にある赤子】を如何に救い出すかについての知恵が説かれている。

1.この法華経を多少成りとも、勉強した人は、この意味することを理解しているはずである。

2.ましてや、創価学会の研鑽に於いてもである。 この法華経の大教義原則にも、背いているのが、悪しき権力に寄り添って、その傲慢性をも、覆い隠さずに、日本の国政を支配・采配して、主権者の困窮と叫び声にも、まったく、省みずに、腐った枯れかけた官僚制度に、寄りかかり、その政治・行政の能力を発揮できず、その無能力さを覆い隠し、与党政権に、蔓のように、巻付いて離れずに蔓延って、その権力誇示を続けて、自己の保身と延命のために、大事な国民のための政治政策を打ち立てず、野党政権の批判ばかりを繰り返す欺瞞と偽善の政治集団が、現在の公明党政権の正体である。

3.このように、現在の創価学会を主導する幹部およびそれに繋がる公明党を主導して、形成する党幹部の人達は、この【火宅の赤子】の例えにあるように、自分の周りで、生じている危急的な火事場を自らの誤謬によって、引き起こして、多くの汗を流し、涙を隠し、懸命に生きようとする善良な国民達を逃れることが極めて困難その火事場(経済的な困難)に突き落としながら、その火事場から、真っ先に、逃げ出して、自らのその行為について、社会的な正義を守ると偽りながら、自己保身と延命に、懸命なのである。を遂行し このような不実性の、偽善的な与党公明党を糾弾しなければならない理由とともに、その因果によって、多くの国民からの批判の声が燎原の火の如く、この日本の社会に、燃え広がっているのである。

4、この法華経の教えをも、まったく、無視した傲慢・不遜な存在になっているのである。

5.このような悪行による結果は、必ずや裁かれると法華経の大原則の大切な教えの中で、厳格に説かれている。

6.悪しき自民党と成り果てたその与党の権力支配に、日蓮大聖人が時の政権に対して、行った合理的批判ももたず、前面的に協力して、あくまでも、支援をする公明党の夜叉の如き欺瞞的な本性を賢い国民は、見抜いているのである。

7.この偽善的な集団に、政治的政権を委ねざる得ない現在の日本は、まさに、法華経の比喩にある大火事のど真ん中に置かされているのである。

8.この大きな火事場を、国民は、早急に、消し止めるために、国民の総力をあげて、その火事を引き起こした不逞のやからを、政治の舞台から引きずりだして、公正な断罪をしなければならないのである。

9.まさに、批判されるべき現在の自民・公明党与党政権政治の実態である。

10.主権者である国民は、必ずこれを、真の法華経で説かれた正義によって、断罪するのである。

11.その因果を御覧ぜよ。その舞台の大展開する日は、その悪しき欺瞞的な公明党集団が、逃れようとしても、すぐそこに、断罪の場面の大舞台が、目前に来ているのである。

12.一同お覚悟あれ。 
   
  元創価学会員より

 参考:Asyura 投稿: http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/1200.html


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日本の政治経済政策としての海洋資源開発政策の柱と成る得るメタンハイドレートとは?海洋開発においても、官僚任せの無能力自公政権だ。

日本の政治経済政策としての海洋資源開発政策の柱と成る得るメタンハイドレートとは?

1.メタンハイドレート Wikipedia とは、  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88

参考リンク:日本もアラブやドバイのような資源大国になれるか!? 日本近海に眠るという新エネルギー「メタンハイドレート」とは?
   http://trend.gyao.jp/trivia/entry-251185.html

2.近未来のエネルギー資源として、日本の近海の海底に、無尽蔵に埋蔵が予見されるメタンハイドレートの技術開発には、日本政府の産業育成の指導力が問われなければならない。

3.これに関する産業技術の開発進展には、多大な研究の労力と時間を必要とされるが、現在の自公政権の産業政策には、そのための開発戦略計画を時代おくれで、既設的な制度や既得権益を擁護する官僚だけに重要な政治・政策を任せているだけで、海洋開発予算の配分においても、主導的、率先的な手腕を示さず、明確な方針を確立しようとする努力もなされていないのである。

4.その自公政権の政治政策の無能力さが、妨げになっているのである。

5.海洋基本法の制定後の海洋基本計画の策定は、一体どうなっているのか???。

6.政権が不安定で、海洋基本計画策定が一向に進展していないのである。

7.まったくあきれる無能力な自民・公明与党政権である。

8.現在の自公政権は、日本のイノベーション産業等の発展の足かせになっているのである。

9.官僚のみに頼る政治・政策を直ちに、止めよ。 そこにあるのは、時間と税金の無駄使いばかりの無策・無能である。


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Friday, July 10, 2009

日中友好に大活躍する笹川陽平氏の真摯な活動について:中国人民網インターネット放送招待出演される。

日中友好に大活躍する笹川陽平氏の真摯な活動について:中国人民網インターネット放送に招待出演される。 

 笹川陽平氏の活動について、是非、多くの皆さんに、この人の確信をもった活動の人生の努力を見て頂きたいと存じます。

  笹川陽平氏の中国における真摯な活動について、確信をもった見解を中国国民に遠慮することなしで、アピールされている。 これこそ民間外交の本髄的で、最大的な特徴である。 政府外交では、不可能なことであり、日本の外交戦略においても、大事で゙、重要な外交的な方策のひとつであると考えます。 このような民間外交の手腕と実力を持つ人は数少ないのである。
  

 以下に、中国人民網日本語版・インターネット放送出演に招待されて、出演の放送ビデオ等関係の紹介をいたします。

   (2009年6月9日 招待出演放送)

 

【注】  

 中国の人民網は、かたぐるしい権威で、かたぐるしい中国政府機関誌の人民日報とは、異なり、インターネット放送で、中国国内で、3億人の視聴者があり、そのうち1億人がアクセスするとのことです。
 
 このインターネット放送の利用を通じて、日中間両方向の相互においで、意見交換等のアクセスできる様になったら、種々の相互交流・理解等の議論ができて、友好を拡大させていくことが可能になる日も近いであろう。

 日本語と中国語の両方が、視聴が可能です。

 
【以下出展リンク】
        
      1:笹川陽平氏 動画単独インタビュウを含む 
              
           http://j.people.com.cn/6675265.html
           
           http://j.people.com.cn/94475/6672836.html
               
           http://j.people.com.cn/94475/6672898.html
                
           http://j.people.com.cn/94478/96695/6673368.html


        2:笹川陽平ブログ 
            
           http://blog.canpan.info/sasakawa/archive/1980
                                                          
       
        3:人民網日本株式会社 : 中日経済情報週刊 の案内
         
           http://j.people.com.cn/6621084.html
             
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー                    
【追記】 私の見解

 日本と中国の間で、初めて、インターネットの回線で、日中両国の人々に、同時期に、放送が公開さrれたことに、笹川陽平氏の中国に対する長い間の活動の努力の積み上げの結果であろう。
 
 このことは、日中の友好を進めてきた笹川氏の努力の賜物を証明するものである。

 長生きをして、世界の平和の創生の舞台創りに活躍されることを祈ります。

 笹川陽平氏の実兄の笹川尭氏(現在 自民党総務会長)とは、まったく異なるキャラクターを有しているようである。

 今後、 このインターネット放送の利用を通じて、日中間両方向の相互においで、意見交換等のアクセスできる様になったら、種々の相互交流の議論ができて、友好を拡大させていくことが可能になる日 も近いで あろう。


 平和な世界をつくろうとすれば、相互の対話が、絶えることがないように相互に努力が求められるのである。

 

【参考リンク】: 
  
  中国人民網インターネット :   http://j.people.com.cn/

   無料登録ができるようです。 日本語なので、中国のニュースも解かります。
        
   ( ただし、政府系の情報の操作には、気をつけて、各自で判断をする必要があると思います。)



【参考リンク】 
 
Asyura 私の投稿リンク : http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/1153.html


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Thursday, July 9, 2009

悪しき権力行使により天地・主客が逆転になった世の仕組みを国民の総力で、秩序・調和の溢れる日本に取り戻そう

悪しき権力行使により天地・主客が逆転になった世の仕組みを国民の総力で、秩序・調和の溢れる日本を取り戻そう。

1.国民は、現在の悪しき自民・公明党の政治・経済政策路線で、不当的な支配下に、遭遇している。

2.国民は、この状態から、逃れられずに、ますます困窮を増している。

3.本来、政治は、主権者の国民の総意によって、国政が、運営されるべきである。

4.その当然に、あるべきことが、逆転されていて、好き勝手で、し放題のこの自民・公明党政権は、親分気取りで、国民から何を批判されても、平気のへいざである。

5.まったく、あきれてしまうのである。

6.この主客逆転の政治権力を主権者の国民の手で、早急に取り戻さねば、権力支配の暴力的な力で、闇黒的な社会に、突き落されるだけである。

7.この偽善的な権力支配が、現在の日本で、行われているのである。

8.このような、悪性の政治状況は、日本においては、戦前の軍事政権の時代にしか、みあたらないのである。

9.この軍事政権時代においても、主客転倒であった。

10.日本の現在において、その時代と、そっくりな権力支配の状況が作られている。

11.この自民・公明党政権は、もはや、政治の舞台から、立ち去るべきであると国民が声を上げても、平気の平左のままである。

12.政治政権は、本来において、国民のものである。

13.主権者である国民をないがしろにするような政権は、国民の手によって、国民のもとに、取り返さなければならない。

14.自公政権は、早急に。国民の総意に従うべきである。

15、世の中の主客転倒をただし、悪しき権力行使の逆転支配の構造を許さずに、この日本社会から、追放させよう。

16.その魁が、目の先の都議選である。

17.国民が正義をもとめるならば、この悪しき政権を打ち倒そう。

18.いざ勝ち鬨を揚げて出陣だ。明るい安心のある社会をめざそう。

19.おさらば、さらばよ。悪しき自公政権。永久に、この日本から立ち去れよ。


【Asyura投稿】: http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/1050.html

http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/1050.html


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希望のある人類社会の創生にむけて、大型浮体構造物の利用技術を開発促進し世界の発展をめざそう

希望のある人類社会の創生にむけて、大型浮体構造物の利用技術を開発促進し世界の農業・水産業・海洋開発産業等の新分野の産業を増やし、世界の人口増大に伴う食料生産や世界的な失業問題の解決のための雇用産業としての海洋開発の発展、地球温暖化防止の方策等、滝に渡る有力な産業に育て、世界的な政策・事業として、その発展をめざそう




[Photo]




 Harmony World . I would like to live in the harmoious world such as Paradise which we can feel kindly heart,with friendly people as goddes where live in Heaven or tropical island which are floated in the Ocean.
 
 I hope that kindly people can to catch such world,which are fulfilled with harmony heart. I would like to make up them from this real world,on the Floating Ocean Structure in the ocean surface.
 
I would like to make up those World such as Pradise or Heaven which were made by gods. I think that it is possible.
 
 If people want them rightly. If people can to love or help other pure people. Make up some modern noah's ark. Let make up them with kindly peaple the world such as Heaven in the ocean.

    matuoka yuuji  (松岡 雄二)

  ( Ocean Civil Engineer in japan. graduate Tokai Univecity in 1971 ) 

【1】 My googlegroup link no.1 : Let make up Noa's Ark
 
   http://groups.google.com/group/Let-make-up-noah-s-ark  


【上記【1】の提案書の抜粋;以下のとおり】

  《(注):この提案書は以前において、別名で公明党国会議員へ、10年程前と2年前に、2度に渡り、提案し宛てたものであった。》

 
Let make up modern Noah's ark.

大型海洋浮体構造物の利用についての提案
(海洋利用技術の発展と人類の未来のために)


 大型海洋浮体構造物の利用についての提案:(海洋利用技術の発展と人類の未来のために)1)

主目的

 近い将来の世界的な人口増加に備えて、またこの地球上に,広く存在する貧困が多くの人々を宿命的にしばりつけている状況から救い出すために,この有限な地球上で,大きな面積を有する海面上を利用した食料資源等の増産対策方法の開発並びに,海面を利用した太陽エネルギーを活用した新しい分野の産業の開発及び、種種の機能,方途を持たせて,各種の基地として,活用させて、人類社会の事象に貢献させ,合わせて国際的な協同作業により,協調のとれた平和な社会の世界を築き上げ,促進させることを主目的とする。

A①

 人類社会の将来に予想されている人口の増大に対処すべき方策として,食料増産問題の解決策として,海上に浮かば せた大型の浮体構造物で、食料用の植物類,家畜類等を大量生産する。

A②

 食料不足による民族間等の紛争を抑制し,防止することにより平安を創生する。

A③

 この事業を推進し,世界各地に生存している貧困な人々や難民等の生活の手段として,継続的仕事を提供し,雇用創出し,安定した社会構造を築くものとする。




 大型浮体海洋構造物を利用して,海洋上の海水面に作用するの太陽エネルギーの有効利用に関して、海面上のあらゆる水域での活用について、実施検討し、実現可能性を探求し,技術の研究開発を確立させて,有効利用を図り、社会に貢献し人類の福祉の向上に役立たせるものとする。

B①

 浮体上に設置した太陽光発電装置,太陽熱発電装置による電気分解で,水素ガスの大量生産を実施する。

 水素ガスは自動車等の燃料として活用できる。ガソリンの代替燃料となる。

B②

 浮体上で生産したトウモロコシ等の発酵によるエタノールの大量生産を実施する。
 エタノールは自動車等の燃料として活用できる。ガソリンの代替燃料となる。


 
 浮体に海水淡水化装置を設置し、大規模,長距離のパイプラインを敷設して,陸上の乾燥地帯,砂漠地帯,あるいは,水源の乏しい内陸地帯での農業用の灌漑用水,工業用水として利用する。



 各種活動の基地としての活用。

E①

 緊急時の災害・救難ヘリコプター等のヘリポート基地として,活用する。

E②

 国際的な緊急事態に処するための支援活動の基地としての活用の体制を確立する。

E③

 国際紛争における難民の一時的な住居の提供のための基地として、活用する。

E④
 
 緊急時の食料不足等に対処する食料の生産基地,貯蔵基地として,活用する。

E⑤

 海底鉱物資源の開発基地 :浮体構造物で実施可能

 海底鉱物資源の開発については、深海(約3000m程度)から鉱物資源を引き上げる方法を別途、検討研究する必要がある。


 
2)波及効果

 以上の施策の実行により,以下のような波及効果が生じるものとなるであろう。

1.
 
 世界的に,青年、若人等の失業が広がろうとしている情勢に対して,各国家もその失業対策の方途として,新しい事業分野を確立できない様相の中で,世界中の若人に、未来の夢を与え,世界中に活力をもたらす事業分野となる可能性が十分にある。

 これらの関連の事業を,世界の各方面で,実施するならば,雇用の新分野の開発や拡大が世界的にもたらせられる可能性が生じる。

 若人,青年等から、中高年齢までも含めたの各世代の人々,並びに多方面にわたる各種関連分野の技術者、研究者,経験技能者等の雇用の拡大につながる。 海洋開発を推進することにより、世界に広がる失業対策としての新事業としての雇用の拡大の発展・開拓につながるのである。

2.
 
 国内の公共事業による景気対策の考え方を上記のような国際的な協力事業の施策に変換し、国際協力を旗じるしにして、その事業を推進し、拡大させることで、世界各国での景気対策,雇用対策,失業対策としても,大きな効果が引き出される可能性が十分にある。

(注)
 
 日本の近年の経済政策において,〝日本国内での公共土木事業の効果として,特に,道路事業関連の投資する事業費額に対して、失業対策、雇用対策,景気対策,公共の社会資本の整備等の価値としての経済的な投資効果が過去の事績に比べて,少なくなっている〝と社会の一部からの評論が大きく論述なされていて,政府の政策に,そのような考えに基づくように,社会資本投資,道路事業等の公共事業費の削減が,年々なされてきている。しかし私は,このような考え方には,組しない。これには,複雑な背景があるものと思われるが,詳細な論述は後述において述べるものとする。

 公共土木事業という概念のなかで、その理念の根本の第一には,”公共,市民の福祉の向上”を目的としたものであり,元来において,明治時代の文明開化期に,欧米から学び,取り入れ,その時代の社会,国家を築き上げた先達の労苦のもとで,日本の近代国家の骨格をかたち作るための大切で,重用な国家的な事業の遂行の方策手段として,有効で,価値のあるものであり,理念の高いものから生まれている。
 
 欧米の諸国では,〃シビルエンジニアリング〃と呼称されているものであり,〃シビル〃とは,市民を意味している。
 すなわち、市民を対象にした,市民よる、市民の福祉の向上のための,エンジニアリングである。
しかしながら,近年において,公共の土木事業にたずさわり,社会的にも,重要な職責のある一部の人々により,引き起こされている社会を裏切るような行為,すなわち入札談合,入札価格の漏洩等が政府の機関の中ので公然として,なされていて,時々,ニュース等で,汚職事件等として、摘発されていることを耳にする。
 しかも,そのような人々の履歴は、その機関の幹部であり,その機関のいわゆる”OB”と呼ばれる人々の罪の意識のない行為であり,既得権力構造を担う重責のある一部人々の無責任な行為であり,国家から何10億,何100億円を盗むに等しい私腹を肥やす税金泥棒に他ならないし、反社会的で罪の重いものである。これらの現象が若人に与える影響も大きなものがある。

 このことは,正に,現在の官僚組織及び政府機関が有している病理現象であることに他ならない。
 このような事態になっているのは,一体、どこの,誰が,どこで,どのように,責任をとって,国家的な事業の遂行がなされているのが不思議に思うぐらいである。
 
 公明党も政権に参加して,久しい。正に政府の管理する機関の職責は重大である。しかし,多分,そのような重責にもかかわらず、責任を担う国会議員の人々の認識は,薄いとおもはざるを得ない。
 
 昔日なら,クーデターが引き起こされてもおかしくない近年の有り様である。 しかしながら,幸なことか,不幸かは、判別できかねるがクーデターを起こすような気骨のある前途ある青年を生み出すような社会状況には,なっていない。このことは,皮肉ながらも,幸なことである。 暴力による社会変革には、大反対である。
 
 道路公団という行政の組織体が,社会資本の整備を目的とした高速道路建設の事業において,高度成長時代の端緒をなし,重責を担って来た。今日まで,実績のある行政組織が,いよいよと民営化がなされる事になった。 このことは,土木関係を歩んできたものにとっては,非常にさびしいもので,感慨深いものがある。
 
 しかしながら,このことは,時代の衰勢であり、新しい時代に沿う行政組織の改変であり,組織固有のライフサイクルのひとつに過ぎない。
 
 新しい時代を迎えるには,新しい意気ぶきをもった若い人々の積極的な参加が必要である。
将来に対する責任感と世界観を育むための舞台が若人には,不可欠である。

 これからの時代を担い,そのような舞台を提供できる要素が無限といってよいぐらい大きな可能性を秘めているのが,所謂 海洋開発の事業であり,国際協力事業である。これらは,人類の将来の保全と安寧を呼び起こし、築き上げるための基になるフロンテイアとなり,21世紀,今後の100年間,数100年間にわたる人類の今までにない大事業である。
 
 未知なる海洋文化の創生、これには,正しい理念と哲学あるいは,あらゆる人々の叡智と,困難を切り開く,正念,根性、勇気、正義感が必要である。

3.

 国際間の紛争をなくし、国際的な共通課題の解決に向けて、協同作業,協同活動を実施することで,国際協力の訓練の場,教育の現場として、最適な環境をを提供することになり、真の国際的な相互理解を促進させ,経済的,福祉的に安寧な世界,並びに平穏な国際社会を築き上げ,獲得することが可能となり,国際間の平和的な関係の構築の基となり,源泉となる得るのである。

4.
 
 海洋利用のための最先端技術等の開発を促進させ,海洋の利用の方途を開拓し,新しい技術開発,学問分野の拡大を促進させて,人類社会の福祉の向上に,役立たせるものとなる。

 
3)活動の舞台

 利用する海洋及び沿岸の諸国家ならびに非沿岸内陸の諸国家
 
   太平洋北部域、中部域、南部域
 
   インド洋
 
 
   大西洋
 
 
   その他の海洋
     北極海,南氷洋,東シナ海,日本海,地中海,他
 
  等の海面を利用して、その有効利用の方法を開発する。

(注)

海洋の全面積361128×1000k㎡. 陸地の全面積148,822k㎡であり、
海洋は地球の全面積の70%を覆っている。 未利用名な領域の海洋資源の有効活用による人類社会への貢献を計る。

参考;(注1:海洋学通論による。)

(注)

 海洋に接する国(領海を有する)、あるいは内陸国で海洋のない諸国の中で、海洋水面と接していない国々についても海洋水面での利用の権利は,人類の共生を考えるならばその使用について権利を有するものとし,参加の制限をしないものとする。

(注)

現在の国際海洋法での、公海及び領海について、その利用の制限を見直す必要がある。
新しい概念の国際的な海洋利用の法制度の検討が必要になる。

4)

 現状,背景

 (1)

   アフリカ諸国
   インド
   中国
   モンゴル
   ロシア
   その他等諸国
 
 これらの諸国では,食料供給量(生産量)と人口の増大において、将来において,食料生産の需給バランスが取れなくなるであろうと予測される。

 特に気候条件が悪く,水源地が少なく、水温の低い地域のや年間降雨量が少ない国々、あるいは農業技術,灌漑施設の造成事業の遅れている国、あるいは、農業開発費の資金のない国々での人口の増大についても考慮していかなければならない課題である。

(2)

 特に開発途上国においては、人口増加に,対して、食物生産量が間に合わなくなると予測される。

(3)
 
 そして、人口増大の制限に関して、既に実施している国、あるいはこれから、実施しようとしている国も予見される。(4)

 現在の食料実情において、欧米諸国の一部の裕福な国々を除いて、現在の日本の食料実情の様に、他国から輸入する諸国が、世界の大半以上を占めている事は、現実であり、世界的に将来に対する食料不足の不安感が存在する。

(5)

 歴史を眺めて見れば、将来において、如何なる場所で、世界のどこかで、あるいは世界的な気候変動により、大規模な食料不足による飢饉が起こる可能性はゼロではない。

(6)
 
 現在においても、世界の諸国のなかで、食料に関して,十分に充足していない地域があリ,貧困で,困窮する多くの人々が生存している。 この様な世界的な実情を深く考慮するならば、世界的な農業政策、として陸地での、農地の新開発及び海洋水面上での農林畜産の食料の生産は、避けて通れない大きな課題である。

(7)
 
 人口の増減については、食料生産量の多少により、人類自身が人口の制限することが一部の国でおこなわれているが,不幸な事である。
 
 人類には,太古から,現在まで、地球上で、生命を継続してきた事による知恵を備えて持っている。 来るべき時代に促して新しい知恵と創意工夫で,国際社会の発展と生活の基盤の向上をさせなければならない。

(8)

 時の、日蓮大聖人は、天地から受けた食料飢饉において、人々の生命が失なわれて,なくなった人々を海岸にうち捨てるような処置を平然と行う状況に対するする時の政権の処置,人事に対して,あるいは人間社会の有り方として、非常に嘆き悲しまれた。 

 このことが日蓮大聖人の哲学の始りであり、立正安国論の基になった。
 それ程、人命は大事で、貴重で、唯一の尊厳そのものである。その生命を保持するためのものは食料である。

(9)

 キリストの教えの中でも、隣人を愛しなさい。と言い伝えられている。 わずかなパンという食料を等分し、生活を共にするという,喩えのとおり心的な協同の教えの大切さは国境を越えて,人間社会の助け合いの基本となっている。
 
 近代化の中で、上記の隣人については、現代においては,国際的な関係、世界的な広域な関係になっている。

(10)
 
 日本人の特性として持ち合わせている,古くから続く,農業に対する創意工夫の努力の姿勢と近代的な科学技術での新しい創意工夫を合わせて,新しいフロンテイアである海洋という未知で,大きな自然の舞台と多民族を相手として,食料の生産という目的で,積極的に事業と行動を共同で,実践し進めて、国際的な活動の場,舞台の中で,国際社会の一員としての日本人の役割を果たし,国際社会の人々の福祉の向上をめざし,実践する活動を経ながら,日本人としてのアイデンテイテイ,を打ち立て,築き上げる道筋をつけることを,一つの目的とする。それらを実践することは,引いては国際社会からの信頼を勝ち取る大きな道筋に通ずるものと確信できる。

 このことで,日本人が国際人としての自信につながり,さらに,新しい舞台に立つことができる様になる。 また,この中で,新しい技術の開発による成果も合わせて勝ち取る事になるであろう。 これは,人類の福祉の向上に結び,新しい文化を出現させる可能性も含んで,秘めている。

(11)
 
 地球に対する太陽の活動による光線,熱量の放射の影響は,比較的に定常的であるが,気候的な影響に対するそれらの効果は,各地域上で,年々様々な現象を生じさせていて,人類社会生活の各方面に,毎年毎に恒常的に,多大なな影響を与えている。北半球だけでも,毎年,熱帯低気圧,台風を数十個ほどを発生させる要因となっている。
 
 現代において,人類は、太陽の活動による影響は定常的ではなく,短期的にも,長期的にも,周期的に変動している事を,経験的に,あるいは観測データ-等で理解している。 太陽のフレアー(黒点)の活動も,毎年,様々である。

 農業は,太陽からの光線、熱線等の自然の恵みを巧みに利用して成り立っている。,人類にとって,農業は,長い歴史の中で,何千年も前から,営まれて,築き上げられててきた大事な事業であり、文明の発生の主要因となっている。太陽活動によっては、地球上に飢饉や干害等をもたらす事もあったのであろう。 人類はそれらの困難をも乗り越えて,現代に
 
ーーーーーーーー【以下続く】。

【抜粋は終わり】


【参考リンク】

【1】Asyura 投稿:http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/1079.html


【2】 MY googlegroup link no.2 :

       太平洋横断架橋を創ろう
 http://groups.google.co.jp/group/pacific-oceanbridge?hl=ja

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Wednesday, July 8, 2009

【植草一秀さんを冤罪から救うのは、私たち一人ひとりの支援である。】

 
民主党の中井浩氏と民主党幹事長岡田克也氏に、 私(matuoka yuuji)から 下記の内容の 

 【植草一秀さんを冤罪から救うのは、私たち一人ひとりの支援である。】

の題目の Mail 

 【Ⅰ】、【Ⅱ】 のメールを それぞれ両者個別に、届けたく思い、送付致しました。

 これを公表し、植草氏の正義の主張について、両者からの返事なり、見解を、見てみたいと思っています。 次期政権においても、正義、不正義の断罪について、非常に最重要で、大事なことと判断しているからです。 そして、たった一人で、闘争して、正義を主張する植草氏を見殺しにして、それを救うことができなければ、多くの国民も、同様にな状況に、追い込まれると判断するからである。 植草氏一人だけの問題ではないと判断したからである。 国民の主権と人権にかかわることであると判断したからである。

 両者とも多忙であるので、果たして、この Mail を読んで、頂けるかは不明です。

しかし、このMail を 公的に、公表することによって、何とか、私の意向および国民の声が、為政者に伝わるのではないかと、大きな期待を持って、待つことにしています。

 果たして、両者が、一国民の要望に耳を傾けてくれかが、判明されるでしょう。

 私は、民主党のサポーターですが、この結果で、最終的に、支援の政党を選ぶ判断をしたいと考えています。

 私の期待はずれに、終わってしまうかもしれません。 神のみが、存じることかもしれません。

 両者から回答が。あれば、それを Asyura で公表するつもりでおります。

 その動機は、正義を掲げて、逆に、闇黒の世界に突き落とされた極限的な窮極にある植草氏に少しでも助けたいがためです。

 良い結果が生まれることを、切にお祈り致します。 皆さんも声を上げて、支援して下さい。

 このような悲しいことが、起こらないで、安心して暮らせる政治が正に必要なのである。

 政治が。国民から問われているのである。

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【Ⅰ】のメール:以下のとおり

拝啓 岡田克也様

 民主党サポーター from matuoka yuuji 2009.7.7 あえて、挨拶を省きます。

岡田様、現在において、困窮する国民が、何を政治にを求めているのかについて、それを、つかめたのでしょうか?

 全国に、政治活動を休むまもなく飛び回り、党務を手堅く、こなし。ひろく、国民と接触し、握手をして、ご多忙でありましょう。

 しかし、会った人の数を貴重なHP上で、表明するよりも、もっと大事なことがあると私は、考えます。

あった人の数より、会った人の声を、拾い上げて、そのHPで、国民がどのように、生活、政治・経済等に関して、考えて、望んでいるかについて、岡田氏のそれに対する反応が読み取れません。 高価なHPをしようしている中において、それが’あなた自身の思考が、まったく、解かりにくいのです。 自分の心を打ち明けることに、慎重になりすぎていて、伝わるものがないのです。 政治家として、真面目で、一生懸命であることは、ある程度伝えてはくれます。

 しかし、そこに、国民との共感や心のつながりがまったく見えません。 そこには、共感のしようがないのです。

政治の原点は、人々の声を、かみしめて、共感を同有し、ともに、考え、なやみながら、政治のあるべき姿。政治や社会の正義の確立を追求することではないでしょうか? こころの内をしめしてこそ、そこに、反感や共感が、生れるのではないでしょうか。

 いままでも、数度、私のかってながら、私からメールを遅らせていただきましたが、それに対する反応がまったくないのです。
 
HPのこのようでは、単に、反感をもたれるように、なるおそれがあるとおもいます。

 政治家は、元来、自分の政治信念を、一方的に、表明する以前に、両方向の会話なりの双方向性がなければ、そして、国民との一体感がなければ、国民はその政治家に対して。共感など、できないのです。 これは、日常の社会生活においても、同じことです。

 厳しい指摘を表明しましたが、今後の政治活動において、このことを生かすように、老婆心ながら、期待をこめて。、あえて、申し送りました。
 
 要するに、国民の共感がなければ、政治や国民は、うごかないのです。

 以下に、国民が、何をもとめているかの参考として、ある人の投稿を紹介いたします。

現在の国家運営を憂いている人がたくさんいます。政治家以上の信念を持つ人は、数え切れないでしょう。

 その人たちの生き様に、果たして、共感できるのでしょうか?

 私は、それを、見てみたいのです、政治家の精魂や本音を見てみたいのです。

 以下に紹介いたします。
       
    参考リンク①   http://asyura2.com/09/senkyo66/msg/411.html

              :くまのプさんのAsyura投稿です。

     私のブログ②   http://matuoka1248.blogspot.com/
             
              ;matuoka yuuji のAsyura投稿です


以上 
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【Ⅱ】のメール:以下のとおり

 拝啓 中井浩 様  ご多忙のところ、大変し失礼をいたします。

 民主党サポーター matuoka yuuji の web 闘争 ;植草氏への応援 Asyura投稿記事を紹介いたします。

忙しいことは、重々理解しておりますが、その間に、この植草氏の現政治権力支配者に対する主張には、十分に理がかなうところが、あると私は判断しております。、この本当に、勇気のある主張を展開している人は、現在の日本では、この植草氏と天木氏において、見当たらないとおもっています。 どうかこの植草氏を応援・支援をしていくように努力して頂きたく存じます

この件は、多くの国民に、非常な関心が、そそがれている案件ですので、政権を奪取した暁には、最大限のその究明を展開して頂きたく存じます。 

植草氏は、現権力者側の妨害的な、圧力により、冤罪といえるような処分がなされています。 その中での彼の言論闘争におけるその姿勢はりっぱなものである誰もができるようなものではありません。と私は判断いたしております。
 
 政権を与党自民・公明党から、勝ち取った暁に、何よりもまして、政治に国民からの信頼を獲得することが必要です。

その信頼を得る方法の要件は、政治・司法において、社会的不正義を正すことであることが、何よりも重要で、大事なことだと思います。

国民が汗と涙で、積み上げてきたの日本の経済的な国富を先の竹中小泉政権自民・公明党が台無しにして、破壊してしまったからである。と国民は判断しています、その政治不信に対して、現在の政治・行政・司法が十全に対応の処置がなされていないのです。

 この現与党政権の偽善性を国民の前で、合法的に、裁くことが必要となっているのです。

このことを次期政権が、避けたならば、現与党政権。自民・公明党と同様に、国民から、糾弾されてしまうでしょう。 それほど重要な案件であると私は判断いたしております。

 どうか、検討をお願い致します。

 【追記】:前原氏、野田氏の支援の投稿を7月7日に開始いたしました。

 以下私の投稿です。

  ①  http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/959.html

  ②  http://matuoka1248.blogspot.com/


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 以上が【1】、【Ⅱ】のメールです。

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 参考リンク① については、
  
 次のAsyura投稿記事出展引用です:

 【植草一秀さんを冤罪から救うのは、私たち一人ひとりの支援である。】のAsyura 投稿者 クマのプーさん の投稿を引用させて頂きました。

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以下引用開始ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK66 > 411.html  
次へ 前へ
植草一秀さんを冤罪から救うのは、私たち一人ひとりの支援である。(Aobadai Life)
http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/411.html
投稿者 クマのプーさん 日時 2009 年 6 月 28 日 12:50:00: twUjz/PjYItws

(回答先: 皆様の温かなご支援に感謝申し上げます (植草一秀の『知られざる真実』) 投稿者 クマのプーさん 日時 2009 年 6 月 28 日 12:41:28)

  http://ameblo.jp/aobadai0301/entry-10288973982.html
   2009年06月28日(日) 05時43分55秒
  植草一秀さんを冤罪から救うのは、私たち一人ひとりの支援である。

 「人として生まれた貴重な時間をどう充実させるか。

 それが人生の課題だ。

 不条理や理不尽を与えられることもある。

 その困難、試練を乗り越える原動力は愛の力だと思う。

 『愛を知ること』が生きることの素晴らしさだと感じた。

 心と心は時空を超えてつながる。

 それを感じることができるなら、いかなる困難も克服できると思う。

 苦難を克服し、信念を守って生きてゆきたい。

 発言を続けることは危険を伴う。

 しかし、人はパンのために生きる存在ではない。

 いかなる妨害があろうとも屈服せず、

 勇気をもって今後も発言を続ける覚悟だ」

(『知られざる真実-勾留地にて-』(植草一秀著より))


小泉政権下における卑劣な政治弾圧事件のひとつである

植草一秀さんのチカン冤罪事件が、最高裁で上告棄却された。

これにより、植草氏は懲役四か月の実刑が確定し、収監されることになる。


植草さんの一連のチカン冤罪事件の詳細については、

ご本人の著書をはじめ、インターネットの無数の支援サイト、

そして識者の方々が、汚名を晴らすために情報発信されているので、

ここでは私は繰り返されないが、

要は、小泉・竹中政権の経済政策を徹底的に批判し、

また、りそな銀行の国有化をめぐる自民党のインサイダー取引を

メディアで告発したため、

国家権力にチカンをでっちあげられてつぶされたのだ。

また二回目の事件に関しても、竹中平蔵氏が内閣を去るにあたって、

かつて、亀井静香氏らが財政金融担当大臣の候補として

担ぎ出そうとしていたこともある植草一秀氏を、

完全に社会的に抹殺することによって、

その後の復活の芽を完全につぶしたというのが背景である。


もう、賢明な国民は、

この国の警察、検察、そして裁判所にいたるまで、

いかに不公正な動きをし、政治権力に加担して動き、

中立性も、公平性なんてものも何もなく、

いまや、ロシアや、イラン、中国とたいして変わらないような

政権側よりの権力構造になってしまっているか、ということを知っている。


だから、総選挙を目前に控えたこのタイミングで、

「政権交代」に向けたもっともすぐれたオピニオンリーダーであり、

カリスマでもあった植草一秀氏の収監を実行に移すことは、

インターネット上や、著作活動での情報発信に対して、

政権側が危惧を感じ、植草一秀氏の「身体の自由」を三度、奪ったのだろう。


しかし、それにしても、政治弾圧が目的であるとはいえ、

でっちあげた容疑が、相手の身体にさわったということだけで、

五か月近くも勾留をされ、今度は懲役四か月と。

いかに、この国の司法さえも、無茶苦茶で、

もはやまともに機能しなくなっているかということがわかる。


司法といえば、日本で一番有名な現役弁護士は、

「行列のできる法律相談事務所」のレギュラーである北村弁護士だが、

彼は、あいかわらず、日曜日の「サンデーNEXT」で、

感情をむき出しにして、ヒステリックなまでに、

麻生擁護論を一方的に騒ぎ続けている。

そんな彼を、「賢者」であるように扱っているのがテレビ界の現状である。

結局、われわれの国の司法の現状なんて、

その程度にしか見られていないし、その程度であることが現実なんだろう。


さて、植草さんへの支援の輪が、

なかなか広がりを見せているようで、見せていない点で、

その一番のネックとしては、

今回謀略にはめられた案件が、チカン冤罪であるということだ。


つまり、チカン事件自体は、そもそもナイーブな事件であるから、

今回、植草さんが冤罪をでっちあげられた事件においても、

一応、「被害者」を演じているはずの女性がいて、

だからこそ、その存在が、人権問題上、批判をすることができなくなっているのだ。


政治家も、正面をきって植草さんの支援を表明しようものなら、

「被害者の心の傷をあなたはどう考えるのか?」

と、マスコミの猛バッシングにあう。

これはある程度名の知れた評論家に関しても同じ事情だ。


だから、副島隆彦氏のように、高名な評論家が、

真正面から支援を表明することは、

本来、ものすごく勇気のいることである。


おそらく、植草さんをチカン冤罪ではめた背景には、

このあたりの計算もあって、こういう事件のストーリーを仕立てたのだろう。


「売国者たちの末路」 では、

何もチカン冤罪は、政治弾圧のために使われる常套手段だけではなくて、

一般企業においても、役員陣の権力闘争で、相手をつぶすためには、

チカン冤罪をでっちあげておけば、社会的に抹殺することが簡単にできて、

それが普通に行われている現状について書かれていた。

その背景にあるのは、「それでもボクはやっていない」(周防正行監督)

で取り上げられていた起訴有罪率99%以上という、

司法の壊滅的な、無機能状態である。


じゃあ、こうして考えていくと、

誰がいったい植草さんのことを守ることができるかというと、

私たち一般国民である。インターネットの力である。


政治家や、評論家のように、

社会とのかかわりにおいて、直接利害関係をもってしまった人ではなく、

私たちのように、何ら利害関係もなく、


「正しいことは正しい。間違っていることは間違っている」


と、ちゃんと自分の頭で考えて、判断のできる一般国民が、

植草さんのような、日本国のために尽くして、

しかしながら、政治的陰謀によって、つぶされる人々を救うしかない。


だから、「サイレントマジョリティー」ではダメで、

私たち一般国民が、もっと声を上げていくしかないのである。


これも「売国者たちの末路」に書かれていたエピソードであるが、

植草さんは最近まで外出を控えていたそうである。

つまり、また事件に巻き込まれるんじゃないか、

という恐怖で外出ができなくなってしまっていたのである。


ここまで追い詰められた思いでありながらも、

しかし、彼は日本国のことを真剣に憂い、

インターネットや、著書で、真実を国民に訴えつづけてくれていた。


二回目のチカン冤罪に巻き込まれた時、

植草さんは駅事務所で自殺未遂を起こしている。

---

私は事務室の椅子に座った。

このままでは自分が犯人にされる。

警察では真実が真実として扱われない。

必ず悲惨なことが起こる。

以前の事件の経緯から、

私はとんでもない惨事が私と家族を襲いつつあることを知った。

あの二の舞だけは絶対に避けなければならない。

そのためには、この場で私が命を断ち、すべてを遮断するしかない。

命を断つとすればそのタイミングはいましかない。

と、とっさに判断し、

駅員が外側を向いて私に背を向けているすきに、

ネクタイをはずして、

そのネクタイで自分の首を絞めて自殺を図った。


私は家族のためにはいつでも命を投げ出す覚悟を持って生きてきた。

首を締める瞬間、恐怖心はあったが、

これが自分の生き方だと思い決行した。

だが、その途中で駅員に気付かれ、力づくで阻止された。

この自殺未遂で私の両眼は激しく充血し、

治るのに一か月ほどの時間がかかった。

---


私たち一般人は、

普段、たいして何にも気づくことなく暮らしている。


しかし、世の中の先頭の立つ人、頭が良すぎる人ほど、

ある面、孤独な部分があって、

一般の人には見えない「多くの真実」を、

その知性や、知識、感性の鋭さから知ってしまう。


そして、心のきれいな人ほど、

なんとか自分が知ったたいへんな真実を世の中に訴えようとして、

葛藤し、悩み、苦しむのである。


ただ、そのレベルに追いついている人は少数だから、

なかなか自分の考えのレベルに一般の人が

追いついてこれないことに、孤独を感じるのである。


おそらく、民主党の小沢前代表も、同じ孤独を抱えているこだろう。

日本国の民度の低さ、政治のレベルの低さに、

何度も絶望をしてきたことだろう。


しかし、それでも、

「かくすれば かくなることと 知りながら やむにやまれぬ大和魂」

なのである。


日本が好きだから、人間が好きだから、家族が好きだから、

なんとか少しでも社会が良くなるように、

自分の力を、世の中のために役立てようとするのだと思う。


私たちは、植草一秀さんの事件を通して、

この国の「姿」というものを、ちゃんと考えなければいけないと思う。

また自分自身のことも考えなければいけないと思う。


勇気をもって、命がけで、

この国のために尽くしてくれている愛国者に対して、

私たちは、なんて無力で、そして何もできていないことか。


こうして理不尽な形で、植草さんが総選挙前に

また刑務所に入れられていしまうという事実があっても、

私たちは何もすることができない。


いや。。本当に、何もできないのだろうか。

できることはたくさんあるはずだ。

それを、私たち一人ひとりが自分の頭で考えて、

実行に移していくことが大切だと思う。


それは、

まずは、植草一秀さんが命がけで訴えてきた

「政権交代」を実現するために、

その力のひとつに自分がなることだと思うし、


一人でも多くの人に、植草事件の真実を口コミで伝えていくことかもしれないし、


政権の手先として、機能停止した最高裁判所に、

次の国民審査で、×をつけて落選させていく力になることかもしれないし、


植草さん資金面で援助するということを考えて、

天木直人氏との動画や、植草さんの著書を購入することかもしれないし、


もし、学生であれば、

法律の勉強をしっかりして、この国の腐りきった司法を、

いずれ変えていってほしいと思うし、


役所やマスコミや、検察の中にも、

植草さんの事件に対して、一人の人間として、

良心の葛藤を抱えている人はたくさんいることと思うし、


つまりは、日本という国を良くするために、

私たち一人一人が、自分に今できることは何かを考えて実行していくことだと思うのだ。


さて、私は最近の日本の政治や、社会の様子を見ながら、

まさに幕末そのもので、

植草さんの事件をはじめ、一連の国策捜査も、

「安政の大獄」とだぶって見えてしかたがない。


太平洋戦争の時にも、無謀な戦争や、軍部の横暴を批判した言論人は、

みな憲兵に連れて行かれたものである。


いつの時代も、優秀な指導者や、学者ほど、

時の権力に危険視されて、理不尽なかたちで葬られようとするものだ。


しかし、いずれ正義は証明される。


安政の大獄で、処刑された吉田松陰はこのように書いている。


「末の世において道義を実践したならば、
 必ずその時の人々から、
 極端だといわれるであろう。
 もしまた、世人から極端だと
 いわれるくらいでなければ、
 決して道義ではないのであって、
 すなわち世俗に同調し
 濁った世に迎合したものにすぎない」


私は吉田松陰の生き様と、植草一秀さんの生き様が、

最近、まったくだぶって見える。


植草一秀さんは、ネットや、著書を通じて、

明日の日本を救っていくべき人材を育て、


そして、「末の世」において、道義を実践しようとしているのだ。


植草さんを救う原動力は、私たちひとりひとりの行動にかかっている。


--

裁判所がどのような判断を示そうとも、真実はただ一つである。

私は嘘を言わない。私は天に誓って無実潔白である。したがって、心には一点の曇りもない。このような不当判決に遭遇して、怒りは沸騰するが、これが残念ながら日本の現状である。

幸い、多くの皆様が真実を見つめ、私の発する真実の声に真摯(しんし)に耳を傾けて下さっている。私を信じ、私の無実を確信して下さる方が多数存在する。

この皆様方の心を支えとして、私は自信を持って、今後も進んで参りたいと思う。

日本の命運を決する総選挙に向けて、微力ではあるが私もネットから全身全霊を込めて情報を発信している。そのタイミングでこのような不当判決が下されたことに対して、大変強い憤りを感じるが、いかなる弾圧に直面しても、節を屈せず、微力ながら一歩ずつ前進して参りたいと考えている。


多くの心ある人々の力を結集して、政権交代をあらゆる障害を乗り越えて達成しなくてはならないと考えている。

日本の警察・検察・司法制度の前近代性除去は、政権交代後の新政府の最重要課題のひとつになる。


なにとぞ、今後とも温かいご支援とご指導を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

--

(植草一秀ブログ「知られざる真実」)

 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上引用終わり
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私のブログ②については ;私のAsyura投稿

【植草さん、了解しました。外資に繋がる村上ファンドとオリクッスとを結ぶ偽善売国の政治家、財界人を究明することですね。 matuoka yuuji】:
   
      http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/959.html

 上記Asyura投稿を掲載した私のブログを出展引用しました。以下のとおり

     http://matuoka1248.blogspot.com/

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  私(matuoka yuuji) のAsyura投稿:

【植草さん、了解しました。外資に繋がる村上ファンドとオリクッスとを結ぶ偽善売国の政治家、財界人を究明することですね。】    

   http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/959.html

を引用しました。

以下のとおり
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引用開始ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 植草さん、了解しました。外資に繋がる村上ファンドとオリクッスとを結ぶ偽善売国の政治家、財界人を究明することですね。

1.日本の国民が営々として、汗して、積み上げた形成された国富を、ダニの如く、吸血鬼の如く、飢えたブタの如くに寄生し、貪る既得権力擁護の官僚と権力支配的な偽善売国の政治家、財界人を、主権者である国民が,営々として、積み上げて創りあげてきた政治、司法、行政の総力で、主権者である国民の前に、国民のための社会的な正義のために、国民のための正義に反する欺瞞的な不当行為・不法によって、収奪をする人々やその悪徳の集団とその偽善的な作為について、そして、その陰謀について、国民の前に、公表しようとするか弱き正義感のある賢人達を、冤罪等で、陥れる悪徳な、悪魔的な人々を主権者である国民の面前において、白日のもとに、公表して、一連托生の不当・不正義の陰謀に対して、国家反逆罪で、合法的に、断罪し、地祭りにして、国家の大事な国法に定められた公正な合法的手続きを経て、裁き、監獄へ送り出せば宜(よろ)しいのですね。

2.既得権力を利用して不当権力行使を行っている官僚、政治家、財界人達の社会的な不当・不正義を正すことが、日本の主権者である国民から、大勢の人々から求められているのである。不正義を正すこと。これが、次期政権に対して、一番重要な案件であると私は考えます。これは、混迷する現在の日本の政治に、対して、国民に信頼を取り戻すための第一の必須条件である。

3.日本の日々に汗して働く人々は、政治的、権力の不当行使や不正義を、厳格に、裁き、この闇黒支配の集団を公的な正義をもって、断罪することを、真実の心で、望んでおられます。

4.社会的不正義に対して、断罪することにおいて、このことは、天地開闢の古来からの厳格な人類社会の法則の中で、確実に行われてきていることであり、そのことを確信し、そして、日本の社会に、厳然と蔓延る(はびこる)不正義を断罪し、日本の社会的、公的な正義を守るべき天地の神々(主権者国民)が、必ずや、その正義のための成就をやり遂げることになるでしょう。

5.その裁きのときは、刻、一刻と、確実に、近づいています。

6.どのような、敵の卑劣な罠でも、恐れる必要などない。

7.あせらず、一歩、一歩を、その暗闇が、明らかにされるように、正義を裁く主権者である国民と、ともに、正義の旗を、高く揚げて、進めば、必ず成就されることが証明されるのである。

8.あなたのインターネット論説の主張を、その悪魔的な力で、不可能とするための陰謀的な工作によって、苦しまれているようですが、そのことに、理解をしている仲間達が、力強く、大勢控えていることを認識して、これからも、がんばってください。

9.悪なる集団は、一見しぶとく、強がりをもって、その怨敵を追い落とすことに、悪知恵にたけているだけで、実体は勇気のない弱い無能力なもの達の集まりである。

10.いざ、その正義のための大風・おおかぜをこの日本中に、巻き起こさん。

11.現在のこの闇黒的な日本を麗(うるわしい)日本にかえるために、正義を掲げた主権者国民の前に、神風を吹かせよ。 

12.その時は近いのである。

13.覚悟せよ。自公政権に蔓延るその悪の集団の人々達よ。

14.一人、二人と冤罪で、陥れても、国民による貴き汗で成り立つ税金の収奪のような不適切な運用・搾取によって、陥れても、正義による追求は、止むことなしで、主権者である国民の手によって断罪がなされるでしょう。

15.正義の風を巻き起こすため、あらゆる善知識・知恵を集結させて、その目的の完遂のために、油断することなしに進めていきましょう。

16.主権者国民とともに、勇気と正義の力で、その正義の神風をこの日本に巻き起こしていきましょう。

17.まずは、その悪の集団に取込まれた最大の敵陣である自民・公明党政権に寄りかかる一人一人を善知識・知恵をつかって、確実に、無尽の深き谷底に、2度と再起できないように、合法的な方法により、きれい、さっぱりとして、地獄の暗闇に、徹底的に、つき落とし、国民が決定する公なる正義にて、断罪を進めて行きましょう。

18.国民の期待を裏切り、悪性的な存在と化した自民・公明与党政権の国会議員諸氏は、その因果によって、そのような場所が、その煉獄の地底が、とても良く、お似合いの適切、適宜、適時な場所である。 偽善的な権力ではなく真の公明・公正の国民の力を結集させて、究明で、判明された悪人を奈落の底に、つき落として行きましょう。

19、次期政権は、国民のこの期待に応えるために、これを実現させるため、現在の政治・選挙、官僚制度改革、司法制度改革の刷新を、断固として、推し進めねばならないことが国民から求められている。

20.このことを憂いている国民は、正義は必ず勝たねばならぬという信念を持ちて、いざ、出陣の勝ち鬨を揚げたまえ。

 元創価学会員より Asyura投稿リンク:http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/959.html

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引用終わり

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Tuesday, July 7, 2009

謙虚に反省した民主党前原氏、野田氏等を支援しよう

謙虚に反省した民主党前原氏、野田氏等を支援しよう

 以下の私(matuoka yuuji)のメールを民主党の中井浩氏と岡田克也氏と鳩山由紀夫氏に送ったのは、2009年5月17日の当時の民主党党首小沢氏の問題で、沸騰している最中であった。
 
 現在において、この中で、私が批判の対象とした前原氏や野田氏は、そのことで、深く、謙虚に、反省したようである。非常に良い結果になったようである。
 
 現在新民主党党首鳩山氏や岡田氏の指揮のもとで、謙虚に、反省し、活躍されていることに対して、ここで、彼らの活躍を願って、エールを送りたいと考えました。今後の前原氏や野田氏の活躍を祈ります。
 
 民主党は、一致団結して、敵陣に対して、怯(ひるむ)むこと無しで、挑戦して行かなければ、政権を勝ち取れない。

 今後の彼ら、若手が、活躍するべき時代は、すぐそこまで来ている。

 一致協力して、がんばろう。悪の自民・公明党与党政権を我々の力を結集させて、敵陣を蹴散らして行こう。


以下が、私が当時にメールした内容です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

拝啓 中井浩様  

 いそがしいところ 大変失礼致します。   民主党の党首には、叩かれても負けない根性が必要です。私は創価学会に10年ほど所属していましたが、
 小沢一郎を最後まで支持を致します。(現在:私は創価学会を退会しました。政教一致も考え物す。)

 小沢一郎氏や鳩山氏と協力して、悪政自公与党政権を打ち倒しましょう。

 小沢元党首に反抗的な前原氏や野田氏等は敵陣の政権与党の影に操られているようである。
 彼らの主張は、戦いの前における利敵行為に他ならない。と私は、判断しています。 
 まるで彼らの言動は敵陣の撹乱戦術の様です。
  戦場において、大将を非難して、守ろうとしないものは、戦場に着く資格がないと判断します。
    
 僭越でございますが、此の際、彼らを除名処分してはいかがですか? 
 それぐらいの厳しい指導が彼らに対して今必要です。 党幹部諸氏において、覚悟して、
 彼等の若手に対して説得的な指導が戦術的になされるべきであると考えます。 
 彼らにきらわれるだけの覚悟が必要です。
   
 これが、誠実な指導方法ではないかと思います。 民主党の若年議員は、あせっているようですが
 目先の益を、早急に求める嫌いがあります。
 これが、敵陣の狙いでしょう。 選挙を先に伸ばす戦術なのでしょう。 別にあせる必要などないの
である。
 
 必然的に、選挙が来るのである。
 そこで、罵声を浴びようが、各自の地元の声を大きな懐におさめ得る度量が若手議員に必要である。
 
 彼らの心配はそこに潜んでおられる。
 ベテラン議員が彼らを十分に支援すべきである。

 そうすれば、彼等の半分程度は多分出て行かないでしょう。 
 後の半分は本来敵陣であるので出て行くと撹乱戦術の意味がなくなるから彼等も出て行かないでしょ う。
 また、多少現議員が減っても、新しい人材を立てて、次回の選挙で勝てばすむことです。 

 例え、ここで、彼らが民主党を割ったとしても、与党自民・公明党の悪政の情報操作されたマスコミ
は喜ぶことでしょう。
 しかし、国民の目は騙されません。 民主党の戦いの旗頭はやはり、戦術を心得た小沢一郎氏でょ
う。

 民主党議員は、選挙に勝つために、旗頭を鮮明に打ち立てていかなければ、
 
 やがて、あの手、この手で、敵に自公政権に撹乱されて、潰されてしまうでしょう。 
  
 すでに、民主党にとって、天地人は、そろっている。 後は、その時を待てば、良い。

 中井さんも安心して、政務に励んでください。 私は民主党サポーターとして、選挙時には、万全の

 努力をおしまぬ覚悟でおります。
     
  ただし、敵方の戦術、特に巧みなマスコミ操作等に用心することが肝要だと思います。 
   
 ここにおいて、右往左往しないことと地道な国民の意見を謙虚さで伺う姿勢と努力が肝心だとおもい
ます。
  
 前回の高橋千秋氏の選挙において、先頭をきって先導していたことを私は十分に理解しています。
 がんばってください。 必勝をお祈りいたします。
  
 どうぞ、私の今日のブログでの主張を時間の赦す範囲でご覧ください。 
 
 岡田克也氏にもメールしたところです。
 
 では、失礼致します。
  
   参考:“民主党小沢一郎は命懸けで政権の再編に着手した。”
     
         http://matuoka1248.blogspot.com/  2009年5月14日

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上
以上の私からメールを中井浩氏は、読んで返事がきました。以下に記する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下

 〇 〇 様

 御意見、ありがとうございます。
今の民主党の若手議員に最も必要な事は、政権党自民党の色々な揺さぶりや、
マスコミの感情的な報道に右顧左眄せず、腰を据えて判断する事だと常々思っています。

 誠に的を得たご指摘をいただき、又、激励もありがとうございました。
小沢元代表と共に政権交代目指して不屈の魂で頑張ります。

 これからもよろしくお願い致します。

衆議院議員 中井洽 事務所
              〒100-8981 東京都千代田区永田町2-2-1                   衆議院第一議員会館533号室
              TEL(03)-3508-7263(直通)                             FAX(03)-3592-9044  

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以上が私のメールに対する中井氏からの返答であった。

 参考 私のブログ;http://matuoka1248.blogspot.com/  

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 参考 asyuraへの私の投稿リンク:http://asyura2.com/09/senkyo66/msg/966.html

http://blog.with2.net/link.php?847650

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