【出展引用インク】:
http://mainichi.jp/select/opinion/jidainokaze/
【引用以下の通り】
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時代の風:苦きバレンタイン=同志社大教授・浜矩子
◇失態続きの日本国
今日はバレンタイン・デー。甘い香りが漂うはずの日だ。ところが、現実の香りは至って甘くない。苦い味をかみしめながら、今日の日を迎えている面々が少なくなさそうだ。
まずは、何といってもトヨタ自動車。世界のトヨタがリコールのトヨタと化している。空の王様転じて裸の王様と化した日本航空も、法的整理という名の苦い薬を飲まされた。経営統合に失敗したキリンとサントリーも、チョコレートならぬシャンパンの香りで成婚成就の祝杯を上げるはずだったのに、あえなく破談の苦杯を飲まされた。そして、日本相撲協会は、暴力ざたによる横綱引退という苦々しい恥辱を味わっている。
こうした有り様を巡って、海外メディアからの取材が集中した。なぜ、かくも悪い話が重なるのか。日本に何が起こっているのか。モノづくり大国ニッポンはもう終わりなのか。なぜ、何をやってもこんなにうまくいかなくなっているのか。世界の目が、「あれよあれよ」のまなざしで、成功の甘い香りから見放された日本をみつめているのである。
もろもろの取材に応じながら、しきりに既視感覚を味わった。この感じ、前にもあったなぁ。そう思えて仕方がなかった。
そこで記憶をたどってみると、1999年から2001年という時期のことが思い起こされた。東海村の臨界事故。雪印乳業の食中毒事件。三菱自動車のリコール隠し問題。今回ほどに立て続けではないが、一つの波紋が沈静に向かうかと思えば、また次の衝撃的問題が持ち上がるという展開に、やはり、誰もが「あれよあれよ」感を抱いた。あの時も、たくさんの「日本はどうした」取材に対応したのであった。ちなみに、その後、2003年には、新日鉄とブリヂストンタイヤの工場で相次いで大型火災が発生した。これまた、人々を大いに愕然(がくぜん)とさせた。
あの時期は、1990年代の「失われた10年」から日本がようやく何とか、曲がりなりに脱却し始めた時期だった。そして、2002年から、かの「いざなぎ超え」の景気拡大が始動することになる。
そんな時期に発生したあの一連の諸問題の背景に、何があったか。それは、長い集中治療の中で日本経済が強いられた過剰リストラと、長期入院がたたっての基礎体力の低下だったのではないか。起こるはずのない事故が起こる。あり得ないはずの品質管理上のミスが発生する。問題を起こすと、パニックしてそれを隠そうとする。いずれも、気力・体力ともに萎(な)えた経済のなせる業だったのではないかと思う。
本来なら、まだまだリハビリが必要なところ、有無を言わさず、退院させられてしまった。そんな日本経済が、ふらつく足元を踏みしめながら、無理な社会復帰を急ぐ。その中で、あの時の不祥事の数々が起こったのではなかったか。
そして、およそ10年の時間が経過した。思えば、その間に各種の食品偽装問題なども発生した。かくして、今に至っている。こうしてみれば、「日本はどうした」問題は、実は今に始まったことではない。どうも、20世紀が幕を閉じ、21世紀が開幕するプロセスの中で、次第に深化してきた病弊のようである。
10年前の諸問題が過剰リストラと基礎体力減退症の結果であったとすれば、苦いバレンタイン・デーをもたらしている各種の失態は、何の産物か。それは、グローバル時代への過剰適応と、適応不全の奇妙な組み合わせであるように思う。退院間もない元患者たちが、必死でグローバル・ジャングルの掟(おきて)にかなう行動を身につけようとする。その無理が、ちぐはぐさと右往左往につながって来た。
生産と販売は限りなくグローバル化する。だが、品質管理と生産管理がそれについていかない。地球的な広がりの空を手中にしようと志す。だが、内なる経営実態は旧態依然の親方日の丸。華麗なM&Aで、グローバル市場にふさわしい規模を追求する。だが、最終場面で相性の悪さを乗り越えられない。テニスのウィンブルドン並みに、競技者の顔ぶれはグローバル化する。だが、彼らに統一的な規律を守らせる器量が形成されていない。
ふと気がつけば、失われた10年の入院生活が終わって以来、日本経済は休む暇がなかった。ゆっくり考えるゆとりなく、やれ、市場原理主義だ、成果主義だ、企業価値の向上だ、金融立国だ、と追い立てられて来た。その流れに乗らざる者、生き残るべからず。どこからともなくのしかかって来るグローバル資本主義の圧力に追い詰められて、うろたえながら何とか必死で対応して来た。
その行き着くところが「日本どうした?」症候群なのではないか。歯止めなき安売り合戦が生みだすデフレの無限ループも、決して無縁のテーマではないだろう。この辺で、少し休んで呼吸を整え、じっくり方向感を練り直したいところである。だが、グローバル世間はなかなかそれをさせてはくれない。
甘い香りのバレンタイン・デーは、なかなか戻って来そうにない。まだまだ、苦汁をなめる日が続きそう。それが目下の現実だ。=毎週日曜日に掲載
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