2009年8月28日金曜日

政(まつり:祭り)事の日本の古代から伝わる伝統的な文化の根底・基本的原則と偽善的政治・まつり事について

1.

 政(まつり:祭り)事の日本の古代から伝わる伝統的な文化の根底・基本の中においては、そこの自治権者の総意で、自治民衆が祭りごとの式次第を決定し、神輿を担ぎ、その自治に所属し、民衆が参加をして、参加する多くの民衆によって、その行事の進行を見守られながら神の前で、その神輿を担(かつ)ぎ、練り歩き、【神なるもの】に対して、その自治体の代表者等および参加する民衆自身がその自治体の安寧を誓願することで、祭り(まつりごと)が開始されるのである。
 

 その自治民衆の請願をまとめ、収め、収納する神聖なる場所が、神殿(国会)であるのである。

 自治共同体の神殿や神輿について、まず共同体の理念を確認して、どのような骨格の造形や飾りつけにすべきであるのか、あるいは使用材料はどのようなものを使用すべきかを自治権共同体の所属する参加者が検討し、そのことに対して、調達すべき予算を計上見積もりして、予算の執行を決定し、その資金集めを共同体内部にて、実行するのである。自治共同体の協議に基づいて、神輿や神殿に係る設計協議を重ねて、最終的に合意され、決定した設計図の通りに、神輿をつくり、神のもとへ奉納することで、始められるのである。


2.

 このことは、現代の政治【政事】においても、上記と同様な、構造を持っているのである。

自治の代表執行者を自治参加所属する者達の中から、自治体で、決められた手続きによって、合法的、公正に選び出すことで、政治(政事)の行事・行政の運行が始められるのである。


3.

 古代において、自治共同体の時代的な盛衰によって、その自治体の支配権をめぐり、内部的な要因と外部周辺の自治体との関係における抗争が出現されてくるようになり、その自治支配抗争を収めるために、有力の勢力が生まれ、いつまでも、繰り返す抗争を終結させる目的で、自治の集合体を統御すべき支配権者として、統率的、共同体の意思決定の機能・機構の制度が、社会のなかにおいて、る共同体に参加する人々・住民からの要請、要望的社会構成の制度化の意思に基づいて、天皇制のような政治機能制度が生まれて、その祭りごとを執り行うことになったのである。

 このことは、日本の長い伝統文化の歴史の中で、伝えられて、行われてきたのである。

 同様なことが、世界の伝統文化・歴史の中で、見られるのである。

 エジプト古代文化、中国の秦の始皇帝、ギリシャ古代文化、ペルシャ古代文化において、人間の社会構造・文化の同様な歴史が残されてきているのである。


4.

 本来において、政治がやるべきことは、主権者の総意・要望によって、決められた政治行政・政策・制度の創生を適宜・適切に、無理・無駄を排除して、効率的に執行して、公正的・公平・公明性において、主権者である民衆の共同的社会の秩序と共同体の共有の富を積み上げを、計画し、形成して、その共同的自治体活動や共同体に生存する人々の生活の維持・向上や安寧を築くことにあるのである。


5.

 この公正なるべく共同体の政治・まつりごとが、現代の自民・公明党政権においては、国民主権を、これを完全に無視して、数の多いさによる偽善的な偏向的な支配をおこなって、主権者の国民の生活の基盤を破壊し、国富を浪費して、国民を困窮の谷底に突き落としてしまったのである。 

 そして、今後においても、その隠された国民が信認しないような私的な宗教的偏向の支配を意図を内在し、覆い隠して、政治政権の権力支配を目論む偽善的な特性と正体そのものを保有し、表している悪しき勢力なる政権の正体なのである。 この10年間の自民・公明党政権の行ってきた政治・経済路線を振り返れば、そのことが、明らかになっているのである
 
 このことは、世論調査や、前回の選挙において、主権者による国民民衆の支持率の総計が50%を割った時点において、その政権は、その政治的な効力をすでに、失っている死に体の偽善集団なのである。

 それについて、政権運営の責任を回避して、自公政権は、今回の選挙を散々に引き伸ばしてきたのである。

 これほどの、主権者を蔑(ないがし)ろにして、日本の国富を破綻させたこのような欺瞞・偽善的な自民・公明党の政権運営の支配行政に対して、誰もが、これを信用、信頼するはずがないのである。


6.

 主権者である民衆達が祭りあげるべき【神】や【神輿:政治政権】は、自治共同体の民衆によって、決定され、民衆の正義・理念を表現し、具現化されたものであるのである。

7.

 偽善的な勢力が、その政治・まつりごとをすることは、民衆が信頼し、信認して祭るべき【神神】が決して許すものではないことを認識すべきである。



8.

 次期政権者は、直ちに、その神輿【政権政策構造】の設計つくりを、その行事の式次第【政権行政運営】を主権者に、提示して、主権者の総意や合意に基づいて、政治・政事を運営していかなければならないのである。




9.

 政治政権は、政治家によって、運営されているのではなく、主権者である国民の代理人としての役割だけなのである。

 国民による信認に基づいて、その政治的な行政権限が与えられているのであることを、政治家は、忘れては、ならないのである。 その失政によって、国民の信認を失えば、その政治政権は、国民によって、政権責任を追及され、追放されるのである。
 
10.

 これが、近代的政治における、真なる民主主義社会における政治政権の宿命なのである。


11.

 政治政権を担うことを目的とするならば、このような、まつりごと【政事】の神聖的な公正なる責任と義務のなかで、おこなわれるべきであり、一宗教ごときの支持票を取り込むようなことや、大企業等財界の一方的な論理による偏向した政治経済政策を行うならば、直ちに、その政権は、その信用と信認が失われることを認識すべきである、


12.

 歴史をふりかえれば、一宗教団体が、直接的に、政治政権に参加して、その政治政権の運営において、一方的な支配権力を行使すれば、その支配権力によって、必ず、その社会に存在していた既成の合理的な理念が、分断されて、破壊されてしまい、直ちに、社会的共同体の混乱が、引き起こされて、社会的な騒乱や支配権をめぐる内部闘争の出現等によって、社会共同構造の秩序・保全がなされなくなってしまうことが引き起こされて、社会的な分断構造が現れてしまうことが理解されるのである。

 例えば、

(1)平安時代の比叡山僧による政治政権への干渉による社会の混乱

(2)戦国時代の末期の足利政権の政治権力と結んだ一向宗徒による社会の騒乱

 その他、歴史の中で、日本に限らず、数しれぬほど、同様なる社会的、宗教的政治政権支配をめぐる抗争による社会の混乱が生み出されてきたのである。

 
13.

 権力支配をめぐる政治政権抗争に、宗教が利用されたり、宗教が政治政権に干渉・関与することは、 非常に、危険であることを、そして、そこに社会的な分断と無秩序なる混乱が生まれることを認識すべきである。


14

 主権者である国民によって、祭り上げるべき【神】、【神輿:政治政権】、【神殿:国会】は、すべての国民主権者の中で、共通・共同、公平なものとして、存在し、信頼され、崇拝されるべき共同的なる構造価値がなければ、成り立たないのである。

 政権制度の運営において、自己撞着、自己拘泥的な理念の押し付けや公平性の欠如した偏向・偏極を行うならば、社会的に成立されないのである。

 そこにおいて、賛同されない他者のものから賛意・賛同が生みだされることが可能になるための調整的な機能制度や努力がなければ、成立されないのである。

 共同体の中から、便宜的に選ばれた代表者が専横的に、共同体に対して、物事の決定権を行使して、押し付けをするならば、反対するものの抵抗が起こるのである。

 参加するすべてのもの達が、できるだけ、賛同、同意できるような努力をおこたるならば、共同的、政治まつりごとは、成立されないのである。

 賛同が生まれることができるような機能調整の努力が伴わなければならないのである。

 自公政権は、野党の反対に対して、このような調整のための努力を怠り、最善を図ろうとは、しなかったのである。
 

15.

 ましてや、主権者である国民の信頼、信認を失った私的な一宗教(創価学会)に偏向した政治政権(まつりごと)の政権運営は、主権者である国民の許すべきものではないのである。


16.

このような偽善的な政治まつりごとによって、日本の社会構造が分断されて、社会構造の政治・経済の基盤が、破壊されてしまうのである。


17.

 社会的な秩序のある安寧を創生するためには、まずもって、この偏向的な欺瞞的政権・宗教の合同的な勢力による政治政権の支配体系構造を解体させなければならないの理由がここに存在するのである。


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 悪しき政治・宗教の合体の勢力団体に騙されて、脱会した元創価学会員より     2009.8.28


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【追記 1 】


 現代の不全的政治構造の再構築について、や地方分権における政治形体について、将来、未来の政治のあり方等について。 今後の論考を進めていきたいと考えています。


【追記 2 】

 日本の神話の中で伝わる古代の大和王権によって、形成されたといわれている伊勢神宮の神の社神殿は、日本文化の起源を伝えるものであり、その建物の質実・質素の中に、備わる、神々しい威厳・尊厳の価値は、古来からそこに住み、暮らしてきた人々によって尊崇されて伝わって形成されてきたのである。

 この日本人に共通する、【神を尊崇する素朴な民衆のこころ】 をも否定する 創価学会の支配下のもとにある公明党の偏向的、唯我独尊的な宗教的な理念で、独善的に、他を批判し、自己撞着に固められ、脚下照顧もなく、自己顕示的な政治・運営では、主権者である国民に信認されることなく、国民の共通・共有する政治的構造とは、成りがたいのである。
 
 また、その私的な宗教と一体となった政治活動において、公明党政治政権は、国民の全般の賛同を、得られることはないのである。


 神とは、人々のこころのなかに、自己の思念の中で、生まれるべきものである。

 この神という権威・尊厳を利用し、権力支配をする偽善性を内有して、偽善性を覆い隠した宗教活動が、現代においても、悪魔的な妖術(宗教的・催眠術的なマインドコントロール)を用いて、人々の心を支配していくのである。
 
 そこには、偽善的な、宗教的支配の偽善的な金集め目的の隠れた目的が、存在するのである。
 
 その集められたた資金によって、宗教団体の豪華な殿堂が建設されて、偽善的な権威を人々に見せ付けるのである。
 
 そこには、単なる宗教的な権威と宗教的な権力支配だけが、存在しているのであり、主権者である国民が、尊崇するような効力のあるといわれる【神】は存在しないのである。

 偽善的な宗教の殿堂構造物は、部外者にとっては、一円の価値もない、無価値なものである。
 
 偽善で覆い隠された宗教集団は、やがては、その社会全体の支配を目的化して、既存の政治権力に擦り寄っていくのである。

 そこで、現れるのは、偽善的なる神すなわち悪魔によって、作り出された権力支配の社会構造を持つ世界なのである。


 これが、自民・公明党連立政権および創価学会の支援により形成された日本の10年間に渡る政治政権支配の正体なのである。

 9年、10年程前の過去において、旧公明党の内部において、自民党政権と連立する政治路線とそれに反対する政治路線に2分されて、分かれたが、内部分裂を防ぎ、調整することさえ不能なる政治勢力であったのである。

 このような政治的調整の能力のないことを証明するような現在までの公明党の政治路線 であったのである。


【追記 3】

 神なるものの権威を利用した明治政府の神仏分離、廃物稀釈における国家神道と結びつけた権威主義の当時の政治政権の欺瞞的理念・思想や第二次大戦の際の天皇の権威を利用した軍部政権においても、社会や人々を混乱と暗黒世界へと導いた歴史があるのである。

 ここにも人々に対する妖術的な権力支配を企てる勢力の悪魔的な欺瞞を覆い隠した広報活動や洗脳的教育の政策的な詐術が用いられているのである。

 悪魔的な勢力は、常套的に、欺瞞に満ちた社会的不正義の名前をかえて、それがこの現世で、最上で、一番正しい正義であるとのような自己保全、自己顕示欲的、誇大妄想の広報や洗脳活動を行いながら、その悪魔的な勢力による支配をもくろむのである。

 かってのドイツのヒットラー軍事支配政権が、このような道を推し進め、世界の大戦を引き起こしたのである。
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【参考記事】 :

  2009年7月14日

【公明党よ いまこそ目を覚ませ】 :
   

(二見伸明氏(元衆議院議員・誇り高き自由人)
   

 【出展リンク】:

  http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/07/   

【上記の投稿記事への一般投稿コメント記事:引用始め】以下の通り
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投稿者: サンダース軍曹 2009年07月15日 09:51

 日本国憲法第20条信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
 
 9条改憲論が持ち上がるたびに「日本の憲法はGHQに押し付けられた憲法だ」という論が沸騰する。ならばGHQはなぜこの条文を憲法に持ち込んだかという事だ。
 
 戦前から戦中に行われた天皇奉賛政策。具体的にどういったらよいか解らないが、集団自決や特攻隊の自爆を語るときに必ず語られる、天皇陛下万歳のエピソード。

 天皇陛下の肖像の前で読まれた教育勅語、学校に置かれた鳥居。外国人から日本の政治形態を見たとき、国家神道による宗教政策の弊害という見方をされていたように思う。

 だからこそ、作成者は憲法の条文にこれを盛り込んだのではないか。ともすると日本では「政教分離」を言葉だけで語る傾向が強い。それは、宗教と政治と結び付いた時の悲惨な歴史を、日本人自身が実感していない事と、そういう歴史認識がないためだと思う。

 宗教と政治が結びついた時の陰惨な歴史を紐解くなら、欧州のキリスト教と政治にまつわる史実を見れば理解できる。だからこそ欧州は憲法や法律で宗教と政治が結びつく事が出来ないように腐心するのだと思う。

 ここで、宗教が政治に参加する事だけを批判する人が多いが、それは片手落ちだという事は知ってほしい。


一番怖いのは、宗教が政治を利用する事ではなく、政治が宗教を利用する事だ。

 憲法二十条の条文を改めて良く考えてほしい。


 また、日本人もかこそういう事を行った史実が有るという事を、認識してほしい。

 公明党の問題に関しては、個人的には解党すべきだと思う。

 しかし、ほとんどの人が無意識でいるアメリカのキリスト教原理主義のような、特定宗教によるロビー活動の方が、もっと恐ろしものである事には、気がついてほしい。

 日本人は宗教に無関心である事を誇りにする嫌いが有るが、それゆえに、真の信仰がいかなる者かを知らない。

 だからこそ宗教を論理的に捉え、真の哲学観を精査する力に欠けているのも事実である。

 日本には、多くの信仰宗教があり、問題を起こすたびに、些末な法律で処理され教団が存続するのはなぜか、胸に手を当てて考えるべきだ。

 この憲法の問題は単に公明党の問題だけではなく、日本人が逃げずに考えるべき、宗教やそれに付随する生死観、倫理観に付随する宿題だ。


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【以上引用終わり】

 元創価学会員より 

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 【参考1】:   【 神殿とは 】 : wikipedia : で、調べてみましたが、記載がありません。 個別的な古代の神殿に係る検索項目は多く個別的に存在している。

【参考リンク1】: 【 伊勢神宮 】: Wikipedia :

  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E7%A5%9E%E5%AE%AE
  
【参考リンク2】: 【 ヤマト王権 】: Wikipedia :
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%88%E7%8E%8B%E6%A8%A9

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