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【引用始め;以下の通り
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和中 清(㈱インフォーム 代表取締役) 2009年 1月13日
【10-001】鄧小平の「先に豊かになる人」のほんとうの意味
何もなかった中国は市場経済社会に転換し、その国家財政を道路、橋、鉄道などの建設投資に振り向けました。1990年の財政支出に占める経済建設の比率は44.4%、それに対して社会文教支出の比率は23.9%です。そしてやっと2006年になりほぼその比率が等しくなっています。
深圳の市民中心/深圳福田駅の建設
その結果、社会福祉や文教面への財政投入は遅れ、格差社会に取り残されていく人々への救済や都市生活の環境整備も遅れました。その問題は今も中国のいたるところにあらわれています。今年の春節前、深圳で高速道路を走る路線バスは客を立たせて走ってはいけないとの通達が出されました。過去にも同じことが言われ、結局根本的な解決策がとられないため、同じ通達の繰り返しですが。中国では今も満員のバスに客が立ったまま高速道路を走る光景もめずらしくはありません。
中国の財政は地方が40の収入で60の負担をすると言われるように、教育や住民福祉、環境整備をになう地方にそのしわ寄せがいき、環境整備や福祉の遅れをもたらしました。深圳市は今どんどん香港との一体化が進みつつあり、香港、深圳から広州そして武漢、北京に至る時速350㌔の高速鉄道の建設も進みつつあり、その深圳の駅も姿を見せつつあります。街の中心は近代的な国際都市の雰囲気が漂います。
しかし郊外では環境整備が遅れ、街の中を流れる川が下水管がわりになっているところもたくさんあります。
また同じ深圳市では農民工に対する失業保険への加入がいちおうは義務づけられています。しかし失業して保険請求をしようとしても申請を受け付けないという常識では考えられない不合理さもあります。高速道路を満員の乗客を立たせたままフルスピードで走るバスも地方の財政問題を端的にあらわしています。これは中国の建設投資の裏に潜む隠れた問題でもあるでしょう。
しかしその一方、今や長江には30を超える大橋が架けられ、農村の道路が変わり、前にこの欄でも紹介したように、今や沿海から内陸、北方から南の広東省にいたる広大な10の経済圏がまもなく高速鉄道での7時間経済圏として出現しようとしています。
武漢近郊の長江にかかる大橋/武漢近郊の長江にかかる大橋
お金を与えるか、希望を与えるか
これまでの社会文教分野への財政支出の遅れを見ればそこに格差で苦しむ人々の姿が見えます。それは見方によれば中国の経済成長の陰でもあり、犠牲者にも見えます。しかしその一方で進んだ建設投資は今、農村の人々にも豊かさへの実感をもたらしています。
4兆元の景気刺激策による内陸での公共投資や農村での家電購入補助の家電下郷が農村の人々の消費意欲までも高め、2009年度中国は8.7%の経済成長率を達成しました。日本ではこれらの政府の施策は国家主導で内需の力強さに欠けるとの指摘もあります。またバラマキだとの指摘もあります。しかし中国の農村の人々のこれまでの生活を見れば、政府の景気刺激策や助成だけで彼らの消費意欲が高まり内需に結びつくことは疑問だと思います。
農村に建てられたアパート
ブラジルではスラムで暮らす人への助成が経済成長の起爆剤になりましたが、楽天的なブラジル国民と中国人は異なります。
家電下郷を受けた農村の人々の消費の背景には、変わり行く農村の姿があります。村の道路が泥の道から舗装道路に変わり、橋ができ、都会に仕事に出た子供たちは高速道路で故郷に帰ってくる。村の近くに伸びた高速道路は村に郷鎮工場を呼び込みました。村を通る道路に面して新しく家を建て、そこで雑貨を売る村人が見られるようになりました。
既に新農村建設で新しく建てられた近代的なアパートが多くの農村で見られるようにもなっています。
2009年12月26日に武広高速鉄道が開通しました。350㌔で走る高速列車を間近に見た農民は感嘆の思いを「列車の姿が見えず、風のように通り過ぎた」と形容しています。その農民の思いの向こうには、いつの日か都会に出た子供たちもその列車に乗って故郷に帰ってくるだろうとの希望があります。
私たちは社会福祉を犠牲にしてまで進んだ中国の建設投資が与えたものは、表面的な経済効果だけでなく、貧しい人の希望でもあることにも思いを向けねばならないと思います。私はその希望が家電下郷を内需に結びつけたと考えています。
既に今年度、政府は家電下郷の対象となる金額上限額をテレビは3500元を7000元に冷蔵庫は2500元を4000元に、ほぼ全品目を40%から100%増額しています。
先に豊かになる人のほんとうの意味
内陸に暮らす人のこの希望は直接の社会福祉で得られるよりもはるかに大きな経済効果をこれからの中国にもたらすだろうと私は思います。
そしてこの20年の中国の改革開放の進展を見て、鄧小平の述べた「先に豊かになる人」の真の意味をも感じます。これから始まる内陸時代を思えば、その言葉の本当の意味は「後の人の我慢と辛苦」ではなかったかとも思います。
中国が市場経済を取り入れ経済開放を進め、またそれを進めるためにも財政の比重を建設投資に向ければ、自ずとそこに取り残される多くの人も生まれます。だから「先に豊かに」の言葉の裏は「後の人には我慢」を強いる言葉でもあったのではないでしょうか。日本の知識人には中国の農民は現代の奴隷とさえ述べる人もいます。しかし私は多くの農村の人と接して、中国の農民自身が自分達の置かれた状況を誰よりも認識し、「後の人」の意味を理解したのではないかと思います。そしてその我慢の中で、道路が変わり、橋ができて、泥の家が変わり、少しずつ我慢の向こうにある希望が見えてきたと考えています。
日本では中国の農民暴動とかのニュースも伝わりますが、その誇張された情報はともかくとして、全体として中国社会が安定していたのは中国の農民自身がその意味を理解し、またその理解を実感できたところの身の回りの変化があったからではないでしょうか。
賛否とそのとらえ方の問題はあるかとは思いますが、10億近い農民に希望を与えながら経済建設を進めた政治力にはすごい力があるとも感じます。
中国の経済成長は世界の歴史が経験しなかった出来事
人力資源市場
中国の人材募集センターは「人力資源市場」と名前がついているように中国はまさしく13億の人力資源の国です。
また、この人力資源の国の経済成長の姿はこれまでの世界の歴史では経験しなかった現象であるとも言えます。13億人の市場経済、しかも30年前までは社会主義そのものの国が軌道を変えてひたすら市場経済社会につき進んでいる体験などこれまでの世界の歴史にはありません。
1980年、中国の農村人口は98705万人、国民の80%を超える人が農村に住んでいました。今も中国の農村人口は50%を超えています。ドイツを追い越し世界トップの輸出国となり、自動車の販売台数も昨年、米国を抜き、今年はGDPも日本を追い越し世界2位となるだろう中国。その一方の顔は農村住民がまだ50%を超える中国です。
ある意味では、これまでの経済理論、ケインズもマーシャルもあてはまらない世界もそこにあるのではないでしょうか。まして日本が歩んだ経験で中国をとらえようとしてもとらえきれないとも思います。
90年代からの中国の高い経済成長率をとらえて嘘だと言う人もいます。中国の電力消費を見ればその成長は4%程度と本などで語る人もいますが、こういうとんちんかんな意見が出るのも、ついこの前まで10億人近い農民、農村生活者の意識や生活行動、13億人の国の特殊性が私たちのこれまでの体験の範囲外にあるからだと思います。
中国の北方地域の冬は極寒の寒さですが、街の多くは90年代の経済成長の前から石炭のスチーム暖房が行き届き、夜は熱くて窓を開けて寝る住民もいるほどです。しかし中部地域はマイナス5度以上にも気温が下がるところもめずらしくはありませんが、冬場の暖房の習慣もなく、学校の子供たちは厚手のセーターにコートを着て勉強をしています。教室で本の頁をめくるのに手が凍えて、ポケットから手を出さずに口で頁をめくる生徒もいます。
北の街のスチームをたく工場の煙/最近増えてきた天津のアパートのクーラー
90年代、中国に進出した企業には省力化よりもいかに機械化せずに人手をかけて生産するかをテーマとした企業も多くありました。
オフィスでも日本人が先ず驚くことは暗い中でも明かりをつけずに平然と仕事をする中国人の姿です。タクシーに乗るよりバスを選び、バスよりも少しの距離なら歩くことを選ぶ。これがいまも一般的な中国人の姿です。そういう意味では中国は日本よりも進んだ省エネ国かもしれません。
2000年でも中国の都市家庭のクーラーの普及率は100家庭あたり30.8台でした。まして農村ではそのクの字さえ見られなかった社会です。
だから中国は高い経済成長率が続けば、皆が暖房を使い、クーラーをつけ、車に乗るような国ではなく、そんな日本の体験で中国のこれまでの電力消費をとらえ、そこから成長率を類推してもつかめません。
私は中国の経済成長率は難しい経済学や分析の世界の問題ではなく、小学生の算数の問題だとつくづく思います。5人家族でお茶漬けばかり食べていた家庭にいきなりステーキを食べる息子が現われた。これまでの中国の経済成長率はそんな世界だったのではと思います。
むしろ電力消費などよりファーストフードのケンタッキーの売上やナイキやアデイダスなどの運動靴の売上の方が中国の経済成長率を端的にあらわすのではないでしょうか。
春節前、中国に進出した企業はいかにスムーズに社員を故郷に帰郷させるかが人事や総務部のテーマになります。高速道路の発達とともに帰郷のバスも多くなりましたが、鉄道運賃に比べておよそ5倍ほどのバス料金がかかり、帰郷のために1カ月の給料が運賃で消えるという人も珍しくはありません。だから彼らは極力鉄道での帰郷を望み、そのための切符の手配などが大変です。中にはバス料金の補助を会社が出してもバスで帰らず、結局故郷に帰れない人もあり、春節後、汽車の切符が取れずに出社ができない人が必ず出てしまいます。私は中国に通い始めて20年になりましたが、今も中国を理解することは大変だなとあらためて感じています。
㈱インフォームを設立、代表取締役
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。
- 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
- 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻) 制作・著作:PHP研究所
- ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
- 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
- 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
- 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
- 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
- 中国が日本を救う(長崎出版)