2010年4月12日月曜日

【オンザウェイ・ジャーナル「月刊 寺島実郎の世界」】・【加藤周一 自選集 全10巻 : 岩波書店】・





オンザウェイ・ジャーナル「月刊 寺島実郎の世界」

最新の動画 vol.1[2010/03/27,28 OA]

記事を聞く:


http://www2.jfn.co.jp/tera/dl/tera_20100327.mp3


47回

<時代との対話~21世紀初頭を振り返って~>

木村>  先週の放送では「日本は何故、韓国に押し負けているのか~日本再生、ガバナンスの復権~」というテーマ設定でしたが、今後も引き続き深めていくお話だと思いました。我々が自己認識として日本、或いは、日本がアジアの中でどのような存在かということを深めることがとても大事なのだということがわかってきました。

 今週の前半のお話は「寺島実郎が語る歴史観」で、『時代との対話~21世紀初頭を振り返って~』というテーマでお伺いします。寺島さんが3月2日に出版会社のぎょうせいから出された対談集を元にお話をお聞きしたいと思います。

今回は、抽選でこの番組をお聴きになっているリスナーの20名の方々に、『時代との対話』をプレゼントして頂けるということになっておりますので、この後、是非、楽しみに最後までお聞き逃しなく。

寺島>  年末にPHP新書から『世界を知る力』という本を出して、この番組のリスナーの方々のお陰もあって、書いた本人がびっくりするくらい売れていまして、本が売れないこの時代に現在17万部売れています。しかも、今度、いま紹介をして頂いた『時代との対話』の出版会社の「ぎょうせい」は、日本版の「フォーブス」という雑誌を出していた出版社です。その「フォーブス」の中で、私が対談を続けてきたものを主として集めた対談集で、特に21世紀に入って9・11が起こってから時代に混迷が深まる中で、「これは」という人たちを相手に、私が対話をしたものをとりとめたものが『時代と対話』なのです。

木村>  「はじめに」の書き出しで、「時代を生きることは,時代を生きる人間と対話することでもある」という文章から始まります。

寺島>  私は本当にその思いを深めているのですが、まさに、時代を生きている生身の人間としての、しかも、私が心の中で関心を抱いたり、敬愛をできるような人と時代について語ってみるということがいかに刺激的なことかということを私自身も非常に強く感じました。それらの人たちが持っている自分自身、この時代の中で果たすべき役割についての自覚、つまり、自分は何をするためにこの時代を生きているのかということに対する強い問題意識を受けとめながら、私自身も大きな刺激を受けました。
そのような中で、対話の相手だった人たちから共通して感じとったことがあります。例えば、『時代との対話』の本の中に出てくるように、私は加藤周一さん、朝日新聞の船橋洋一さん、姜尚中さん等の対談や、藤原帰一さん、榊原英資さん、堺屋太一さん、国連の明石康さん、緒方貞子さんの対談を含めて、最後の方は建築家の安藤忠雄さん、宇宙飛行士の毛利衛さん、佐藤優さん等の方々との対談を続けました。私は「一点の素心」という言葉が大好きなのですが、これはお祭りの時の「ソイヤ」という掛け声と関係があります。何故、「ソイヤ、ソイヤ」と言って神輿を担いでいるのだろうかと疑問に思い、調べてみると、「そい」というのは「素意」なのです。これは私が先程申し上げた「素心」と同じで、素の心、軸のぶれない心の奥にある、筋道を立てて、心の底にある真心と言いますか、一点の素心なのだと思います。時代がどんなに揺れ動いても、崩れない問題意識や方向感があって、「素心をもっている人」という言い方があるくらいで、まさに、「ソイヤ」もそうなのだと思います。そのようなものを求めて、自分たちは神に対して「素意や」なのです。つまり、「素の心をもっている」ということを掛け声にしているのが、お祭の掛け声というわけです。いずれにしても、私はこれらの人たちとの対話に素心を感じました。

この対談集を読んで頂くとおわかりになると思いますが、この中に私がいまでも一番心に残っていることがあります。それはこの本の一番最初にもってきた加藤周一さんとの対談です。加藤さんは亡くなられてしまいましたが、「知の巨人」と盛んに言われていて、20世紀を代表する日本の知性であったと思います。9・11が起こって、日本がイラク戦争に引き込まれていった時、「日本の知識人や日本のメディア等に関わっていたインテリと呼ばれる人たちの言葉がどんどん軽くなっていき、時代の混迷の中で、まさに、日本が素心の欠けた国になっていっている」という類のことを私が話題にしました。その時に、加藤さんは、「知的活動を先に進める力は単なる知的能力ではない。一種の直感と結び付いた感情的なものだと思います」と語りました。そこで、加藤さんは「戦慄くような怒り」という言葉を使ったと記憶しているのですが、要するに、知識というようなものは時代を生き抜いていく上で、何の役にも立たなくて、時代が抱えている問題や納得がいかない不条理なことに対する感情的に戦慄くような怒りが、もしも失われてしまったのであれば、それはもはや知識人でもなければ、人間でもないという類の空気のことを彼は表現していたということです。

木村>  加藤さんとの対談の冒頭で、寺島さんが生まれた年に加藤さんが論文をお書きになったとありましたが、加藤さんが「あなたは生まれた時にすぐに読んだわけではないでしょ……」とジョークで返していましたね。

寺島>  80何歳の加藤周一さんが、ギョッと私を睨んで「人間には戦慄くような怒りがなかったら知的活動とは言えないのだ」という表現をしました。「いくら頭が良くてもダメなので、目の前で子供を殺されたら怒る能力がなければなりません」と。「或いは、一種の感情を生じないとダメです。もしも、それを平気で見ていられるのであれば、いくら頭が良くてもダメです。情報を集めただけではどうにもならない」という言葉を繰り返していたのですが、加藤周一をして加藤周一にせしめたというのは、この空気なのです。世の中に博識の人はいくらでもいるし、本当に森羅万象に通じたような人もいるかもしれませんが、やはり、我々は目の前にある出来事に対する問題意識を持たなければダメなのです。

私が言いたかったのは、綺麗事の言葉によっていまの日本を「ふるさとは地球村」的な、美しい言葉で納得してしまったり、核の問題に関心のある人が、広島の慰霊碑の話を引いて「二度と過ちは繰り返しません」という言葉に納得してしまったりするのですが、どのように繰り返さないのか、どのようにふるさを地球村にするのかというところの方法論に対する強い問題意識と方向感がなければダメだということです。

 したがって、私は彼が喋ったロジックよりも、彼の身体から溢れだしていたような時代に対する怒りようのような、情念のようなものが伝わってきて、この対談をした時には私は物凄く心に響きました。

木村>  これは寺島さんがお出しになった『世界を知る力』について、前にこの番組でお話を伺った際に「つまり、知識というものは一体何のためなのか」という質問をした時に、たしか寺島さんは「不条理に対する怒り」という言葉を使われたと思いますが、そこに通じるものがあるということですね。

寺島>  それは、ひょっとしたら、私が加藤周一さんからのり移ったように引き継いだものかもしれません。経済学者で『自動車の社会的費用』の筆者でもある宇沢弘文さんと対談をした時もそうですが、私は全ての人と対談をした時に常に心の中に問題意識がありました。それは何かというと、「目の前にいるこの人物は、何故この人物になったのか」、「どのような経験とどのような体験を後ろに背負いながら、このような人物になってきたのか」ということに踏み込みたかったのです。私は宇沢さんとの対談の中で、この世代の人たちが戦争をどのように受けとめたのか、敗戦をどのように受けとめたのかということを聞き出そうとして、宇沢さんに話題を向けた時に、彼が話した言葉を思い出します。「人は人によって育てられるのだ」と思ったことは、戦前の旧制第一高等学校の校長をやっていた安倍能成さんから与えられた影響が大きかったということです。戦争に負けた時に、一高の寮に進駐軍のジープでやって来た、将校たちに安倍さんが対応をしました。将校たちは一高の寮を進駐軍のために接収するというように言い渡しにいたのです。その時に、安倍さんが立ち向かって、「一高はリベラル・アーツのカレッジである。リベラル・アーツは人類がこれまで残してきた遺産を学問でも、芸術でも専門を問わず、ただ、ひたすら吸収して、ひとりの人間としての成長を遂げると同時に、その大切な遺産を次の世代の子供たちに伝えるのだ。聖なる営みをするところなのだ。ここは聖なる場所なのである。占領というような世俗的な目的には使わせない」と言ったのだそうです。彼はそれを見ていて、その瞬間に何かを感じ取ったのだということを私に話してくれたのです。これは凄い話です。そのような状況下になった時に、高校の校長が見せた知性の瞬間に、おそらく、それを見ていた学生たちが感じたものは大きいと思います。私はそのことが物凄く心に響いて、このことによって、安倍能成が宇沢弘文さんを生んだのだと思いました。
 「この人をして、このようにせしめたものがあるのだ」ということがこの対談集の中で、それがいくつもの場に表れ出ていると思います。

木村>  最後のところで、この方との対談だったかと、意表をつくような人で、元外務省で情報の専門家と言われた佐藤優さんでしたね。

寺島>  この人は、まさに、博覧強記な人で、ある意味においては大変に巨大な知性を持った人であるというのが私の印象です。一番共鳴心が働いた部分は、いまの時代に対する、本質的なところにおいての見抜き方です。ポイントは「ポピュリズムの先にはファシズムがある」という捉え方です。つまり、例えば、人気とり的な政策や、大衆受けするような政策、ともすると、拍手がおこりがちな方向に世の中が進んでいったのであれば、ワイマール共和国の中からヒットラーが出てきたように、フランス革命の混濁の中から、みんながポピュリズムに走って自己主張し、多くに期待だけが高まっていくだけの状況の中では、行き着いたところは結局、ナポレオンだったように、「ポピュリズムの先にファシズムが来る予感」が起こるのです。この言葉は対談の最後のところに出てきますが、これは凄く大事なポイントだということです。このあたりのことを抉り取ることができたというこことが佐藤さんとの対談における1つの成果だったのです。また、1人1人の人たちとの対談の中に、確認したこと、確認し得なかったことがあるけれども、やはり、対談というものは、ある緊張感の中で、大変に刺激を受けて時代を感じ取ることができる大きな機会だったと思います。私にしてみると、初めての対談集なのです。非常に意味のある対談集であったと自分でも思っています。

木村>  いまの寺島さんのお話を伺ってみて、「時代との対話」を読む時に、更に深まりというものがあるのではないかと思います。つまり、お二人が非常に和気あいあいのうちに問題を深めていたり、ということがあるけれども、実は、そこに良い意味での精神の緊張感があって、その中で問題が考えられて、深められていくのだと思いました。その緊張感を知ることも「時代との対話」を読む時に我々の大きな刺激となるのではないかと思います。
 

<後半>

木村>  後半ではリスナーの方からのメールを紹介してお話を伺おうと思います。
 先ず、東京でお聴きのラジオネーム「タバター」さんからです。

 「私はこの春、大学を卒業しますが、未だに就職先が決まっていません。世の中不景気というのはよくわかりますが、就職する段階になって初めて実感したというのが本音です。このまま就職できなければ、就職浪人ということになります」という内容のメールで、切実な思いが語られていて、「一体この就職難はいつまで続くのでしょうか?」という問いかけがあります。

 もう1人のリスナーの方のメールも御紹介します。大阪でお聴きのラジオネーム「かずま」さんからです。
 「小学校で教員をしております。寺島さんのお話を聴くにつけて、自分自身がもっと世界のことを知っていかねばならない。もっと視野を広げ、視点を増やしていかねばと感じています。学校教育でこれから何が大事なのか。また、今までやってきたことの中で何を捨て、何を続けていけばいいのか考え、実践する今日です」ということで、学校教育への示唆を頂ければというメールです。

寺島>  お二人の質問の根底にあるものについてお話しします。私は昨年の4月から多摩大学の学長をやっていて、実際に就職戦線に出ていっている学生の話を聞いたり、それをサポートしている職員の人たちの苦闘がよく分かっていて、大変な時代だということを実感しています。

そこで一緒に考えたいと思うことは、ただ会社に正社員として入ることができればそれでことなれりなのかというと、そのようなものではないのです。どんな仕事であれ、ある種の持続的な志をもって自分の人生を設計し、立ち向かっていってもらわなければならないということが強い問題意識としてあるのです。ただ会社に入れればよいというものではありません。会社に入ったとしても大きな流れとして、例えば、人生をかけて立ち向かうことができるような仕事に出くわせるかというと、必ずしもそんな容易な時代ではないわけです。

要するに、このような時代は仕事に対する考え方を考え直さなければならないのです。分かり易くいうと、時間を切り売りして、それでも飯を食わなければならないために、生計を成り立たせる仕事を探しているのか、それとも、人生をかけてその仕事を通じて自分を高めていく仕事を探しているのか、両方が一致しているものを見つけることができるのであればこんな素晴らしい話はないけれども、そう簡単にはいかないということです。

そのような時に、失ってはならないものは志です。本当に自分は何をしたい人間なのかということを分かっていない人のほうが結構多いのです。我々も若い頃に、本当に志をもって自分の職業を選択していったのかというと、そのようなものではなくて、日本人の傾向は就職よりも就社なのです。つまり、昔から自分のJOBを何にするのかというよりも、「○○会社」に入ることが人生の目的のようなことになりかねない状況があったわけです。

そこで、敢えて言うのであれば、私は盛んに「稼ぎと務め」と言い続けています。要するに、生計を成り立たせるために、人生においては、嫌な仕事かもしれないけれども働かなければならないということがあるのです。しかし、そのようなもので、ただ満足をしていてはならないし、納得していてはなりません。務めというものは社会的な貢献や自分を必要としていることや自分を高めることができるような仕事で、そこに立ち向かっていくという問題意識を失ってはならないのです。
したがって、生計を成り立たせながら、なんとか歯を食い縛って自分が本当にやりたいと思う仕事を見つけ出していくという気迫や問題意識を失ってはならないということで、志の部分が問われてくるわけです。

私は就職で苦しんでいる学生たちに申し上げたいことは、例えば、「景気が良くなったのであれば良い仕事がたくさんあるでしょう」などという話ではなくて、自分の人生、自分の能力、自分の気質をしっかりと見つめて、友達、社会の中で自分がどのように思われているのか、何に自分が向いているのか、何をするために生きているのか等ということを若いうちに悩みながら真剣に考えてみることが必要です。残念ながら、そのように時間を割り当てなければならない時期もあるかもしれないけれども、ただただ稼ぎのためだけの仕事に、やがて、この状況を乗り越えてやるぞという問題意識だけは若さを込めて立ち向かってもらわなければ困ります。私はそれが仕事というものだと思います。

とにかく、景気が早く回復してというような話ではないというとこをしっかりと考えて自分の仕事を通じて世の中を良くし、国を高め、そのような仕事に自分は立ち向かっていくのだという志を失ってはならないのです。私はここが重要なポイントだと思っています。


日時: 2010年03月28日 09:00 | パーマリンク

http://www2.jfn.co.jp/blog/terashima/2010/03/47.html


================

【参考リンク】: http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/028341+/top.html


加藤周一自選集 全10巻 鷲巣 力 編 「私とは誰か,を決定するのは,私ではなくて,他者である」

刊行にあたって
『加藤周一自選集』は,山口昭男岩波書店社長の提案に始まり,当初の編集会議にはまだ体調を崩していなかった加藤氏も加わった.70年余の著作活動の軌跡を表し,加藤周一を定義する選集となることを加藤氏は望み,これを編集の基本方針に据えた.収録著作の選定には編者が当たったが,病が進んでいたにもかかわらず,加藤氏は選定された著作を自ら確認した.
加藤氏の著作は,美しくかつ精確にして明晰な文で表されている.詩人の魂と科学者の方法を兼ね備えた作家だった.加藤氏を支えたのは,人間の自由を求める烈しい情熱と,ものごとの意味を究めようとする冷徹な知性である.そして,少数者としての矜持を保って発言し続けた.
この自選集が,「加藤周一の精神」を理解し,これを継承することに役立ち,読者諸賢の生きる力となり得れば,加藤氏にとっても大きな喜びであるに違いない.
2009年5月
鷲 巣 力
[編者]鷲巣力(わしず・つとむ)
1944年生まれ.ジャーナリスト.現在跡見学園女子大学非常勤講師.平凡社に勤務し『加藤周一著作集』(第 I 期・全15巻)を編集する.退社後も『加藤周一著作集』(第II期・全9巻)や『加藤周一セレクション』(全5巻)の編集などに携わる.


全巻構成

11937-1954
1937 映画評『新しき土』
1938 正月/編輯後記(第一高等学校校友会『校友会雑誌』第363号)
1939 戦争と文学とに関する断想
1943 妹に
1944 トリスタンとイズーとマルク王の一幕
1946 天皇制を論ず/天皇制について/新しき星菫派に就いて
1947 ポール・ヴァレリー/金槐集に就いて/オルダス・ハクスリーの回心/象徴主義的風土/四つの四行詩/愛の歌
1948 さくら横ちょう/定家『拾遺愚草』の象徴主義/漱石に於ける現実
1949 木下杢太郎の方法/芥川龍之介小論/木下杢太郎とシナの医学
1950 日本の庭/外と洋学/ジャン・ポール・サルトル/演劇のルネサンス
1951 龍之介と反俗的精神/途絶えざる歌/ヴェルコールについて/「ネギ先生」の想い出/木下杢太郎と吉利支丹研究
1952 火刑台上のジャンヌ・ダルク/ルオーの芸術
1953 解説(吉田秀和『音楽家の世界』)/一枚のボッシュに
1954 現代オペラの問題
21955-1959
1955 日本文化の雑種性/私文学論/石川淳小論/ジャン・ジロドゥー小論/信州旅日記/ヴィーンの想い出
1956 果して「断絶」はあるか/木下順二小論
1957 天皇制について/近代日本の文明史的位置/サルトルと共産主義/映画における古典主義の誕生/ゴットフリート・ベンと現代ドイツの「精神」/グレアム・グリーンとカトリシズムの一面
1958 荷風覚書/カール・バルトとプロテスタンティズムの倫理
1959 ヨーロッパとは何か/石川淳覚書/外とその時代/戦争と知識人/薬師寺雑感
31960-1966
1960 物と人間と社会/安保条約と知識人/余は如何にして基督信徒とならざりしか/親鸞
1961 日本の英語教育/日本人の世界像
1962 現代日本文学の状況/宇津保物語覚書
1963 外と「史伝」の意味/茶の美学
1964 カルル・クラウス/読書の想い出/詩仙堂志
1965 『源氏物語絵巻』について/野村万蔵の芸/狂雲森春雨/西田幾多郎全集への期待/福沢諭吉と『文明論之概略』
1966 日本文学の伝統と「笑い」の要素/サルトルの知識人論/竹内好の批評装置
41967-1971
1967 仏像の様式/日本の美学
1968 宗達私見/世なおし事はじめ/言葉と戦車
1969 アメリカ再訪/日本における芸術思想の展開/芝居についての芝居
1970 ジャコメッティまたは純粋芸術家/丁丑公論私記
1971 小倉朗または音楽の現代/林達夫とその時代/日本文学史の方法論への試み/亡命の問題三つ/「追いつき」過程の構造について/米中接近――感想三つ/感受性への忠実/外全集に寄す/中国または反世界/中国・二つの顔/中国または人民の兵営
51972-1976
1972 音楽の思想/中国の屋根の反り/去年之雪今何処/死の見方・江戸時代と近代/富永仲基と石田梅岩/花の降る夜のなかで/超リアリズムまたは現実の多義性/斎藤茂吉全集賛/歓迎徂徠全集
1973 『日本庶民文化史料集成』を歓迎する/鉄斎覚書/仏教美術の評価に資する/書巻を開き,古賢に逢ふ/論語読み/宗達の世界/福永武彦を論ず
1974 推薦文(中村真一郎『この百年の小説』)/推薦文(筑摩書房版『近代日本思想大系』)/世阿弥の戦術または能楽論/内田義彦の「散策」について
1975 「神は人也」または『古史通』の事/狂気のなかの正気または『リヤ王』の事/形式の発明または『渋江抽斎』の事/大和心または宣長の「遺言」の事/いざ往かん,君にさも似しかの国へ/「本歌取り」または『方丈記』の事/芸談または『夏に技冬に声』の事/批評についてまたは『吉田秀和全集』第1巻の事/ジャポングレまたは「フラングレ」の事/新井白石の世界/「人間性」についてまたは『デカルト流言語学』の事/顔で笑って心で泣いてまたは『随想録』第1巻第38章の事/青春または『ひとりね』の事/大きさの話または『野生の思考』の事/女の解放運動または『正法眼蔵』(「礼拝得髄」)の事/怒る事の大切さまたは『金芝河詩集』の事/自然愛または『奥の細道』の事/柳随筆/亡命または『仕事日記』の事/言論の自由または『平民新聞』の事
1976 小説の愉しみまたは『迷路』の事/天皇について/政権交代または『柳橋新誌』の事/神秘主義または『イスラーム思想史』の事/脱神秘化または『胆大小心録』の事/戦争または『フロイト著作集』の事/転向または『獄中贅語』の事/辞世または『狂文狂歌集』の事/多数専制または『自由論』の事/文学的周辺理論のためにまたは『枕草子』の事/文学の擁護/再びヴェトナム戦争についてまたは『くさびら』の事/方法の問題または『皮膚科学講義』の事/人間学または『状況第九』の事/土着文化または『万葉集』の事/子供の国/徳川治下の詩人たちまたは『詩人の庭』の事/天喪予または『論語』の事/偽善的であることの大切さまたは『ローマ帝国衰亡史』の事/酒は涙か溜息か/短詩
61977-1983
1977 単純な経験と複雑な経験/丸山真男『戦中と戦後の間』/道化にとって座頭市とは何か/光悦覚書/E.H.ノーマン・その一面/堀辰雄愛読の弁/『杜甫詩注』への期待/淀長流解説『愛のコリーダ』/日本人の死生観(抄)/司馬太郎小論/文章副読本/小林秀雄『本居宣長』
1978 古典の意味について/推薦文(「岩波現代選書」)/白鳥/戊午公論/一休という現象/現代日本作家の諸問題
1979 美しい時間/中国再訪/龍門石窟/ポール・ロワイヤール論理学/山中人話/ねむの木のうた/誄/スポレートの教会/管弦楽/福永武彦の死/小さな花/サルトル論以前/人と方法/ヴェネツィアの冬/石川淳または言葉の力/美しい顔
1980 文学研究のこと/無題/ピカソ回顧/推薦文(平凡社版『日本人の自伝』)/二つの映画/翻訳のこと
1981 映画・東京・「岩波ホール」/二葉亭問題/万作十牛図/桑原武夫私記/意味の大きい日本語訳/桜に鶯・CARICATURA/何故杢太郎全集か/宮本百合子のソ連経験/民主主義のために/フランスから遠く,しかし……/福永武彦の『百花譜』
1982 『源氏物語絵巻』/教科書の検閲と「ユーフェミズム」/随筆についての随筆/クリムトのダナエ/後ろ姿の女たち/大岡昇平・人と作品/女の眼の語ったこと/訳詩偶感/女の描いた女/序(青木信二『狂言――野村万蔵の世界』)/ゴヤの版画の魔女/『アヴィニョンのピエタ』
1983 踊る女/『加藤道夫全集一』読後/働く女/北国再訪/偶像の誕生/ムンクの場合/『日本古典文学大辞典』の効用への期待/美しい衣裳/ドゥガ・問いと答え/戦後文学史上,思想史上の記念碑/ゴルドーニ回想録
71984-1986
1984 永遠の今/『中村真一郎評論集成』の出版を歓ぶ/キリストの孤独/サルトル私見/林達夫を思う/日本社会・文化の基本的特徴/信ずべき者/林達夫 追悼/敦煌所感/聖から俗へ/偉大な時代錯誤/『大百科事典』の編集方針について/推薦文(梅谷文夫・水田紀久『富永仲基研究』)/『イグナティウス・デ・ロヨラ』の余白に
1985 吉満義彦覚書/『中野好夫集』再読/富岡鉄斎/シャガール回顧/解説(『高田博厚著作集』第1巻)/山崎剛太郎の脱出/真夏の夜の(悪)夢/『子午線の祀り』について/現代の女の問題
1986 マラルメとプルースト/梁塵秘抄/『夕鶴』1000回/カトリック教会の役割/仏典読むべし/河野夫妻の想出/歴史の見方/渡辺守章さんのラシーヌ/『コリオレイナス』所見/白井健三郎への手紙
 ほか
81987-1993第8回/4月28日発売
歌舞伎雑談/中村真一郎と蝶々の話/西洋文学とは何か/内田義彦とはどういう人か/明治初期の文体/矢内原伊作の三つの顔/丸山真男『近代日本のイデオロギー 膨張主義の起源』序文(イタリア語版の訳)/翻訳古典文学始末/明治初期の翻訳/中原中也の日本語/斎藤茂吉の世界 ほか
91994-1998
堀田善衛私記/本多秋五私記/外・茂吉・杢太郎/読書道楽/近代の翻訳詩/日本文化における時間と空間について(講演録)/中野重治断章/富永仲基異聞――消えた版木(戯曲)/昆劇と狂言との出会い ほか
101999-2008
20世紀の自画像/陳舜臣先生と話さなかった事/邦生の詩と真実/鍋島元子さんの想出/『婦人の友』百年に寄す/文学の役割/狐と義経と野村万作/木下順二の世界/戦争とプルースト/誰でも読む一冊の本について/鶴見俊輔小論/随筆についての随筆/一海知義さんとユーモア/一海知義さんと現代性 ほか


[著者]加藤周一(かとう・しゅういち)
1919年,東京に生まれる.東京帝国大学医学部卒業,医学博士.戦後,留学生として渡仏,医学研究のかたわら西欧各国の文化を吸収し,それが日本文化研究のきっかけとなる.東西文化に通じた旺盛な評論・創作活動を展開.2008年12月,逝去.


加藤周一自選集 1 1937-1954
四六判・上製カバー・平均420頁



0 件のコメント:

Follow by Email

ブログ アーカイブ